「パイプカット」炎上事件 100年前の大流行と現代の女と男の「戦争」を思う 北原みのり
作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、年初、SNSで起こっていた「パイプカット炎上事件」について。 * * * 新年早々、Xが炎上していた。 新婚の夫(33歳)にパイプカットをしてもらったという12歳年上の女性の漫画だ。乳がんサバイバーのためホルモンに影響するピルを飲めないが、子を産む意思はない。コンドームでの避妊に何度も失敗したことから、夫がパイプカットしたという話である。漫画として特別に面白いわけでなく、劇的な展開があるわけでない。ところがこれが「パイプカット炎上事件」と名付けられるまでに炎上した。夫にパイプカットを受けさせた女性に対して、「男性差別だ」「暴力だ」「卵管切除しろよ」というような怒りの声が、主に男性側から吹き荒れたのだ。 いったい男性たちは何に怒ったのだろう。 女が男の身体に口を出すことが悔しかったのだろうか? パイプカットされる男の気持ちに過剰に自分を投影してしまったのだろうか? 怖かったのだろうか? 男性器は聖域なのだろうか。 ちなみに、パイプカットは妊娠を望まない女性側からしたら、大歓迎の避妊法である。精管を結紮などすることで精液に精子が含まれないようにする原始的な処置だが、局所麻酔などで陰嚢から精管を引き出して行い、数十分で終わる。技術的には再接合も可能とされている。手術代は一般的に10万~20万円ほどだが、ピルを飲めない女性や、コンドームだと不安を感じる女性や、命に関わることで妊娠できない女性にとってはお金には換えられないありがたさがある。男性の経口ピルがまだ開発されていない現代においては、男性ができる確実な避妊方法なのだ。 ちなみに陰嚢といっても想像できない女性は、自分の大陰唇部分を想像すればよい。大陰唇に局所麻酔をして一部切り皮下処置をする……というイメージだ。うん、怖いけど、たぶん、子宮口にグリグリと冷たい棒を差し込まれる子宮がん検診よりも痛くない感じがします。