《追悼・鳥山明》『ドラゴンボール』で世界中を虜(とりこ)にした、希代の漫画家が描き続けたワクワクドキドキの冒険心
モチーフは『西遊記』
「少年ジャンプ」を代表する看板作家となった鳥山氏が、1984年の『Dr.スランプ』連載終了後、3カ月の休載期間を経て世に送った作品が『ドラゴンボール』だ。 『西遊記』をモチーフとして始まったこの作品は、当初は、「神龍に願いを叶えてもらうため、世界に散らばった7つの玉を集める旅をする」という、ほのぼのしたロードムービーの趣があった。 しかしやがてバトル展開に入っていき、人気も盛り上がっていく。もともとブルース・リーの『燃えよドラゴン』や、ジャッキー・チェンのカンフー映画のファンだったという鳥山氏が描くアクションは、読者の心をがっしりつかむことになった。 『Dr.スランプ』に続いて『ドラゴンボール』もアニメ化される。連載は1995年に終了したが、アニメ版はシリーズを重ねて97年まで放映され、その人気は全世界へと広まっていく。2009年には実写映画版『DRAGONBALL EVOLUTION』も公開。この映画の評価は微妙だったが、13年には鳥山氏が原作として参加したアニメーション映画『ドラゴンボールZ 神と神』が製作される。こちらは全世界で興行収入約5000万ドルを記録し、あらためて作品の魅力と、鳥山氏のクリエーターとしての凄(すご)みを見せつけることになった。 『ドラゴンボール』の人気は今も変わらず熱い。新シリーズ『ドラゴンボールDAIMA』の2024年秋からの放映が発表されている。鳥山氏がキャラクターデザインを担当するゲーム『ドラゴンクエスト』も1986年の第1作以来、長く愛されるシリーズとなり、現在、本編12作目が制作中だ。
子供の頃の心境を思い出して描く
「少年ジャンプ」編集長の堀江信彦氏は鳥山氏の作品について、 「鳥山先生の作品は、まさに少年が望むもの、あるいは少年に必要なものを、真正面から照れることなく、さりとて説教調でもなく描いている。少年漫画誌の作品としては王道といえる視点を持っているのだ。」 と語っている(「鳥山明の世界 少年漫画の王道を行く鳥山作品」)。 ゲーム作家のさくまあきら氏は、かつて漫画評論家時代にまだ若い鳥山明氏と直接交流があり、当時の印象について「子供のまんま大人になっちゃったという感じ」と語り、しかし「子供の感覚を持続させていくっていうのはすごくむずかしいことだよね」と指摘していた。(「BIRD LAND PRESS」1982年3月号) そうした鳥山氏だからこそ、少年漫画の王道を歩み、切り開くことができたのだろう。 では少年漫画の王道とは、いったいなにを伝えるものなのだろうか。突き詰めるとそれは「冒険」ではないか。 考えてみれば、鳥山氏がファンだった『スター・ウォーズ』も、ルークという田舎にくすぶっていた若者が、今いるところを離れて冒険の旅に出る物語だった。『ドラゴンボール』もまた、そうだ。 冒険の旅に出る。新しい世界では新しい出会いがあるだろう。それを考えると「オラ ワクワクしてきたぞ」。鳥山作品にはそんな気持ちがいつもあった。 鳥山氏は、「少年漫画を描く上で大切にしてることは」という質問に答えてこう語っている。 「これはもうワクワクドキドキしかないですね。いつも子どもの頃の心境を思い出して描いています。」(「漫画脳の鍛えかた」) 鳥山氏の伝えてくれた「ワクワクドキドキ」は、これからも大切に受け継がれていくだろう。 ちなみに鳥山氏は、かめはめ波についても、誰もいない時に自分自身でいろいろとかっこよさそうなポーズを取って、あの型に決めたのだそうだ。その巨大な業績の中ではごく小さなエピソードに過ぎないが、そういうところ、さすがだと感じる。
【Profile】
堀田 純司 HOTTA Junji 作家、マンガ原作者。上智大学文学部卒。主な著作は『僕とツンデレとハイデガー ヴェルシオンアドレサンス』、シナリオを担当した『まんがでわかる妻のトリセツ』(ともに講談社)など。集英社「よみタイ」にて『まんがでわかる「もっと幸せに働こう」』を連載中。編集者としても『生協の白石さん』(講談社)などのヒット作を企画、編集している。最新作(漫画原作)は『東大教授が教える 日本史の大事なことだけ36の漫画でわかる本』(講談社)。日本漫画家協会員。