真の民意の反映、それとも… ルーマニア大統領選挙の驚きの結果と「疑惑」
衝撃の結果
11月24日におこなわれたルーマニアの大統領選挙。24日深夜から25日未明にかけてテレビの開票速報番組に出演していたコメンテーターたちは、口々に「まったくの驚きだ」、「まるで地震」、「心臓発作にでもなったかのようなショックだ」と発言した。 彼らが驚いていたのは、事前の世論調査では有力候補としてまったく浮上せず、政党や組織に所属せず、本格的な選挙運動をおこなったこともなかった候補者が、約23%の票を獲得し、第1位として決選投票に進んだからだ。 対して、事前の世論調査で最有力とされていた現職首相は3位になり、決選投票に進む資格さえ得られなかった。 【画像】1位の候補はTikTok以外ではほとんど活動していなかった
TikTokのカリスマ
第一回投票を制したカリン・ジョルジェスク(62)は、右翼過激派でキリスト教正教原理主義者として知られる。また、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を「祖国を愛する人」と称賛し、ウクライナへの支援の停止、EUやNATOからの脱退を主張している。新型コロナウイルスは存在しないと語っているようだ。 ドイツメディア「ドイチェ・ヴェレ」によると、ジョルジェスクは元農業技術者で、環境省や外務省などの省庁で長らく働いた後、政治活動を始めた。 特に力を入れていたのが、TikTokだ。テレビに出演したり、既存のメディアの取材を受けたりといったことはほとんどしてこなかったというが、彼のTikTok動画は何十万回も再生され、多くの人に拡散された。 ジョルジェスクの人気は、反西洋に傾く東欧という流れの一環として見ることもできる。しかし興味深いのが、同様の主張をしている「政党」はすでにあったことだ。ジョルジェスクはかつてその政党に所属していたこともあったが、離反している。事前には有力視されていたその政党の候補は今回14%しか獲得できず、4位となった。 このことから、ジョルジェスクはまさにTikTokのおかげで勝利したと言えそうだ。
民意か世論誘導か
事前に予測できなかった結果になったことについて、一部の専門家は「政治階級と国民の乖離」を指摘する。 これは全世界的な傾向かもしれない。ルーマニアほど極端な形ではないものの、米国では事前の予測で苦戦が予想されたドナルド・トランプがあっさりと勝利したし、ドイツではこれまたTikTokなどを活用した新興政党の勢いがますます強まっている。日本でも、SNSを駆使する候補者が力を伸ばしている。 ただ、一部の人々は、SNSにおける人気を単純に民意の反映とすることに疑いを持っている。ジョルジェスクが親プーチン的な主張をしていることから、ロシアの介入があったのではないかと考える人や、資金の流れが不透明なことから、大量の「サクラ」アカウントの手で動画が拡散され、ほかの候補者よりも有利な状況を作り出したのではないかと考える人もいる。 欧州メディア「ユーロニュース」によると、ルーマニア当局は、TikTok上のジョルジェスク陣営の動きがEUデジタルサービス法に違反している可能性があるとして、欧州委員会にTikTokの調査を要請している。 元大統領のトラヤン・バセスクはユーロニュースに対し「ジョルジェスクは国民と会うことも、国中を回ることも、選挙活動をおこなうこともなかった。ただAIがメッセージを作り上げて第一回投票でリードできただけだ」と憤る。 これはSNS選挙の危機を正当に言い当てたものなのか、あるいは「政治階級」の単なる僻みなのか──欧州委員会の調査と決選投票の結果が注目される。
COURRiER Japon