人口増えた北海道東川町 誕生の喜び共有「君の椅子」贈呈で起きた地域再生
「一つの生命の誕生に、そこに暮らすみんなが喜び分かち合える地域社会を取り戻したい」。 小さいながらもひとりの人間として人格、人権を尊重したいという願いを込め、“居場所の象徴”として椅子をプレゼントするというプロジェクトを提案しようと考えた。 そこで、磯田さんはこの話を松岡市郎・東川町長にもちかけた。話を聞いた町長はいたく共鳴し、すぐに町内の旭川家具の製造業者に相談。「君の椅子ひがしかわ実行委員会」を組織した。そして、地域の人々が生まれてくる子供達に地域特産の旭川家具の椅子をプレゼントする「君の椅子事業」をスタートさせた。
家具職人、木こりを目覚めさせた
このプロジェクトにはもう一つ願いがあった。全国的にも有名な旭川家具。東川町にも大小を含め、この仕事にかかわっている企業が50社ほどあるという。ものづくりを通じて町の地場産業を支えてきた職人たちだが、必ずしも豊かではない。そんな旭川家具の職人の技に敬意を払うということ、という。 そのため、未来の子供達のため、将来のための事業となると、どうしてもボランティア的なプロジェクトになりがちだが、そうはしなかった。小さい椅子といえども実際に買うとなると、大きな椅子と同じくらいの価格になるという。その対価がしっかりと職人たちに支払われる仕組みにした。そのためにも椅子は、他に負けないデザイン、高い技術力が不可欠だったという。 そして、職人のものづくりに対する心にも変化が出てきた。壊れたら買い換えることに慣れてしまった現代で、「壊れても、とても捨てられないよ」と修理を依頼された。引き受けた職人は、「職人冥利につきる」と喜んだ、と磯田さんは言う。座る子供のことを思い浮かべながら椅子を製作する職人は、万が一壊れた時、修理する職人にもなった。 自分が手がけた物にこれだけの愛着を持ってくれる人がいる……。「君の椅子」は作り手と使い手が身近に隣り合う関係を取り戻そうとする取り組みでもあると磯田さんは話す。 2015年からは椅子の材料にもこだわり、道産の木材を使用するようになった。いつもは寡黙に伐採している木こり職人も、自分の切った木が生まれてくる子供達の最初の居場所になることを知って、プロジェクトに共感、意識が変わっていったという。 椅子を贈られた子供達がこれから生きていく年月よりも、ずっと長い時間をかけて成長した木が、今度は椅子となって新たな生命の居場所になっていく。そんな生命の循環を長く世代を超えて引き継ぐために、次世代の椅子の材料となる木の植栽事業「君の椅子の森」も2012年よりスタートした。