台湾有事、三つのシミュレーション
「台湾有事は日本有事」
2027年に台湾有事が起こるのではないかという見立てがある。発端は21年3月に、当時の米インド太平洋軍司令官が、6年以内に中国が台湾に武力侵攻を行う可能性があると、議会で証言したことである。その証言では、中国の軍事力が着実に強化され、中国共産党がその野望を隠さなくなってきたことが根拠として挙げられた。 習近平国家主席は、台湾の統一を中華民族の偉大な復興の不可欠な要素と位置づけ、台湾の解放を必ず実現すると繰り返し述べている。CIA(米中央情報局)は、習主席が27年に台湾へ侵攻する決断をしているわけではないとしながらも、人民解放軍に対して同年までに台湾への侵攻を可能とする能力を構築するよう指示したとみている。また、異例の3期目に入っている習主席にとって、27年は4期目続投の節目であり、長期政権を実現するためには軍事力を使ってでも台湾の統一を目指す可能性が指摘されている。 台湾有事の可能性が高まっているという認識が広まる中、21年12月に安倍晋三元総理が「台湾有事は日本有事」であると述べた。台湾と日本の地理的近接性と在日米軍の存在によって、台湾有事が発生すれば日本も日米同盟も無関係ではいられないという意味である。
実際、22年8月にナンシー・ペロシ米下院議長(当時)が台北を訪問した直後に、人民解放軍は台湾周辺で大規模な海上封鎖演習を行ったが、演習区域の一部が日本の排他的経済水域(EEZ)と重なり、そこに弾道ミサイルも撃ち込まれた(図1)。この演習により、沖縄県の八重山漁業組合は操業停止を余儀なくされ、日本の海運会社も運航ルートを変更せざるを得なくなった。この事例は、台湾有事が日本有事になる可能性をまざまざと示すことになった。実際に有事となれば、米軍の介入を防ぐため、在日米軍基地や自衛隊基地、民間の空港や港湾施設なども攻撃される可能性がある。 22年2月にロシアがウクライナへの全面侵攻を始めると、岸田文雄前総理は「今日のウクライナは明日の東アジア」かもしれないと述べ、欧州の危機が対岸の火事ではないことを強調した。国連安全保障理事会の常任理事国が、あからさまに国際法を破り、隣国の政府を打倒して傀儡(かいらい)政権を打ち立てようとしたからである。国際社会がロシアのウクライナ侵攻の成功を許せば、中国が同じように台湾に対して侵攻を行ってもおかしくない。全面侵攻が始まる前、国際社会はロシアが本当に軍事作戦を実行するとは考えていなかった。それに倣えば、中国が大きなリスクを冒してまで台湾への侵攻を行うはずがないと考えるべきではない。 (『中央公論』2月号では、この後に台湾有事が起こるとすればどのような形で事態が推移するのか考察している。検討するシナリオは、全面侵攻、海上封鎖・隔離、限定侵攻である。) 小谷哲男(明海大学教授、日本国際問題研究所主任研究員) 〔こたにてつお〕 1973年兵庫県生まれ。2008年同志社大学大学院法学研究科博士課程満期退学。専門は日本の安全保障、米国の安全保障、インド太平洋の国際関係・海洋安全保障。共著に『現代日本の地政学』『ウクライナ戦争と激変する国際秩序』などがある。