日本のマッサージチェアを世界へ フジ医療器の工場に潜入!
「マッサージチェア」といって思い浮かぶのは、どんなものだろう。40代以上であれば、温泉宿や銭湯にある茶色いレザー張りの古式ゆかしいものを思い浮かべるかもしれない。若い世代であれば、空港や駅、家電量販店で見かけるロボットアニメのコックピットのように深く座り込み、液晶で操作するものをイメージする人もいるのではないだろうか。 【画像】写真中央が、機械遺産にも登録されている第1号マッサージチェア。70年の時が経ち、左右の製品まで進化した 大阪には、日本で最古のマッサージチェアメーカー「フジ医療器」がある。その歴史は70年。創業は1954年というから、太平洋戦争が終わって10年が経とうとしている頃だ。戦後、日本が活気づき始めていたが、まだまだ貧しさが拭い切れない頃。映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の話より4年前のことで、地方からの集団就職列車が初めて運行され、人々の娯楽といえばもっぱらラジオだった時代。そんな時代にマッサージチェアの量産が始まった。 それから70年。日本、いや世界初のマッサージチェアは、アジア各国だけでなく、欧米や北欧にも輸出され、世界に広がりを見せている。 ■ 世界のマッサージチェアの歴史はフジ医療器の歴史から始まる 今から70年前に世界初の量産型マッサージチェアが大阪で生まれた。当時は自宅にお風呂があるのは珍しく、みな銭湯で1日の疲れを癒していたという。それまで銭湯用のタワシを販売していたフジ医療器の創業者は、人が集まる銭湯で何かできないか? と考え、マッサージチェアの開発に乗り出した。 戦後から10年を過ぎたが日本はまだ貧しく、部品は木材、野球の軟式ボール、自転車のチェーン、車のハンドルなどの廃品を利用して開発。1954年に第1号機の量産化に成功したという。実はこの第1号機、現在でも動くのだ! 非常に単純な動きだが、これをチェーンやカム、リンク機構で作るとかなり複雑だ。しかも大きなハンドルを回すと、もみ玉の位置が上下できる。すでにこの段階で、完成形に近い形になっているから驚きだ。 創業者はこの1号機に料金箱を設け、お金を入れると一定時間動くようにした製品を、大きな煙突を頼りに銭湯を探し、販売して回ったという。今でも温泉や銭湯にマッサージチェアがあるのは、フジ医療器が銭湯を中心に販売して回ったから。 そしてこの第1号機は10年前の2014年に「機械遺産」として認定された。機械遺産は日本機械学会が主催するもので、歴史に残る機械技術関連遺産を保存し、後世に伝えることを目的としている。有名なところでは初代新幹線や国産飛行機YS-11、自動織機や温水洗浄便座、回転ずしコンベア機や寿司自動にぎり機などだ。そうした現代でも使われている機械のレジェンドたちと、フジ医療器のマッサージチェアも肩を並べているのだ。 その後もさまざまな改良や拡張が続く。もみ玉が2つから4つに増え、背中や腰もマッサージできるもの、そして「揉み」ではなく「叩き」を実現した製品などだ。 さらに揉みと叩きをスイッチひとつで切り替えられるようになり、位置調整の大きなハンドルは消え、スイッチで施術位置を上下に調整できるようになる。 1980年代になるとリクライニングできるようになり、首筋から腰までをローラーが転がりマッサージするものが登場。1990年代になると、もみ玉はイスの内部に隠され、安全性やデザインも大幅に変わった。マイクロソフトのWindows 95が日本に上陸した同じ頃に登場したのは、今でも人気の、エアーの力で掴んで施術するモデルだ。 2000年代に入るとコンピューターとセンサーが進化を遂げ、体の形状に合わせて施術したり、多彩な施術コースが用意されたり、現在のようなロボットアニメのコックピットのように、全身を預けるマッサージチェアへと進化を遂げる。 ■ 世界中が「肩こり」に悩む時代。フジ医療器も世界を目指す 「肩こり」に相当する概念や外国語はない。しかし「Stiff shoulders」という言葉があり「肩のこわばり」という意味を持つ。だが日本とは少し事情が異なり、海外でいう「肩」は背中の「肩甲骨」辺りを指すというのだ。逆に日本語も少しヘンで「子供に“肩たたき”して!」とお願いすると、誰もが首の近くを叩いてくれるだろう。まちがっても会社でいう俗語の「肩たたき」の肩をたたく子供はいない。つまり日本の「肩」はどちらかというと、世界でいう「首」辺りを指すのだ。 昔「肩こり」は日本人の国民病といわれた時期があった。欧米では「肩こり」に悩む人が非常に少ないといわれていたからだ。なぜなら日本人は体が小さいので首を支える肩まわりの筋肉が少なく、40年ほど前のパソコン黎明期に肩こりが激増した。とくに筋肉の少ない女性は肩が凝りやすいという。しかし外国人の多くは大柄で骨太、そのうえ肩回りの筋肉量が多いのでパソコン時代には、それほど肩こりに悩む人が少なかったのだ。 しかしスマホ時代になるとこれが一変。小さなスマホの画面を、欧米の人たちも下を向いて覗き込むようになり、その筋肉をもってしても首を長時間支えることが難しくなり、近年肩こりは世界的に広まっているという。 日本でトップシェアを誇るといわれているマッサージチェアメーカー、フジ医療器の製品は、すでにアジア各国で広く愛用されている。アジア各国は日本人とほぼ同じ体格なので、肩こりに悩む人が多いのだ。また同社はアメリカにも法人を設立し、欧米にも輸出が始まっている。見学した工場にも、各国への出荷を待つ段ボールが所狭しと並んでいた。 フジ医療器が狙うのはもはや世界市場で、世界No.1を目指している。その布石として、台湾に本社をおくフィットネス機器メーカー大手のジョンソンヘルステックがフジ医療器の株式を100%取得。以降、グローバル展開にも積極的に力を入れている。 ■ 社内には「マイスター」と「ソムリエ」がいる!? フジ医療器の社内には、ワイナリーでもないのに「マイスター」と「ソムリエ」が在籍している。社内に2名しか在籍しないマイスターはエンジニア系。試作機などをテストする際には必ず声がかかり、その評価をするのが仕事だ。とはいえ「肩はソコソコいい感じだけど、腰がイマイチ」などという評価では、エンジニアにフィードバックされても「どこをどう直せばいいのか」が分からない。また自分にとっては都合よくても、一般ユーザーにとっていいのか悪いのかを指摘できる絶対的な尺度を持っていなければならない。 任天堂の「マリオ」シリーズを鬼ゲーマーがテストしてゲームバランスを決めてしまうと、ちびっこにとって激ムズのクソゲーになってしまうのと同じ。 マイスターの評価次第で製品の性能だけでなく、会社の売り上げも左右される重要なポジションなのだ。そのためマイスターに求められるのが「評価の適格な言語化」だという。先のような「ソコソコ」「イマイチ」という曖昧な単語ではなく「肩はもみ玉のタイミングが0.1秒早すぎ。腰は背骨を捉えておらず、もみの強度も甘いのであと1kg強く」(評価は筆者の妄想)というように、的確な評価と指示をエンジニアにフィードバックする。社内ではこれを「カンジニアリング」と呼んでいるそうだ。 一方の「ソムリエ」は、マッサージチェアのプロフェッショナルである点はマイスターと変わらないが、製品の特徴や向き不向きをユーザーや販売店員に的確にアドバイスする営業職だ。たとえばフジ医療器の「ソムリエコール」に電話をすれば、使い方や自分に合ったマッサージのメニューなどを教えてもらえる。 また数あるマッサージチェアの中で自分に適した製品はどれか? 製品を実際に体験できる販売店などが近所にないか? なども問い合わせができる。さらにYouTube公式チャンネルでは、ソムリエがマッサージチェアの座り方から、悩みに合わせた最適なメニューに至るまで解説をしている。ソムリエというよりは、対外的な伝道師(エヴァンジェリスト)に近いだろう。 ■ 戦後まもなく生まれたマッサージチェアは、日本から世界へ 戦後まもなくゴミの山から作り出された国産の量産型マッサージチェア第1号機。まだ家庭にお風呂が普及する前の銭湯や温泉旅館で庶民の疲れを癒してきた。 そして70年経った今。フジ医療器は日本トップクラスのマッサージチェアメーカーに成長した。国内では若年層に向けたコンパクトで低価格の「SYNCA」ブランドを新たに展開。それまで白髪の裕福層のものだった製品から脱却だ。 ITの普及で世界的に蔓延する肩こりをほぐすため、海を渡りアジア各国をはじめ、米国や欧州でも愛用され始めている。同社製品は、これからも国境を越え、癒しを届けるだろう。
家電 Watch,藤山 哲人