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コストかけすぎるアッパー層 無自覚な「転落予備軍」

2015/12/22(火) 08:49 配信

オリジナル

高級住宅街に暮らす理想的な家族、SNSが華やかな交流で彩られた意識高い系の若者...。
都会で高い生活レベルを保つ彼らにも、リスクがある。
大都市に潜む「無自覚な転落予備軍」の実態に迫る。
(Yahoo!ニュース編集部/AERA編集部)

教育はコスパ度外視

写真:アフロ

5週間で250万円。仲の良いママ友が、息子をヨーロッパに英語留学させたときのコストだ。そんな話を聞き、東京で2人の子どもを育てる女性(44)は、心の中で我が子に向かって頭を下げた。「私はまだまだお金のかけ方が足りない。ごめんね」

女性はフリーの翻訳家、夫(47)は官僚。夫婦が今、最も力を注いでいるのが、中学1年の長女と小学4年の長男の「教育」だ。長女は地元の公立小学校から私立の中高一貫校に進学した。

写真:AERA編集部

中学受験に備えて小4から大手塾に、6年生になると苦手な国語はさらに専門の塾にも通わせた。無事に合格した今、笑顔で通学する長女を見て、親としての決断は間違っていなかったと確信する。

優れた教師や、海外経験など多様な背景をもつ子どもたちと過ごす時間は、娘の人生で貴重な財産になるだろう。当然、息子も中学からは私立に通わせるつもりだ。

他にも、グローバル化に対応するための英語塾や、感性を磨くための習い事も必須だ。長女はダンスとギター、長男はサッカーとそろばんを学ぶ。

夫婦の1カ月の収入計約50万円に対し、教育費は約12万円。決して安い出費ではない。
実際、貯金はほとんどできていないという。しかし女性は言い切る。

「子どもの教育には投資しても罪悪感がない。コスパなんて考えません」

おしゃれエリアという十字架

写真:アフロ

夫婦は3年前、東京都渋谷区の高級住宅街に念願のマイホームを建てた。世帯年収約1000万円の自分たちとは"ケタ違い"のアッパー層が暮らすエリアでは、料理、ヨガ、ピラティスなどのサロンが定期的に開催される。先日誘われて参加したフラワーアレンジメントのクラスは、1回8000円だ。花束たった一つで?とも思うが、近所付き合いを考えると断れない。

まるで女性誌から抜け出てきたようなママ友たちの中で浮かないよう、スーパーに行くファッションにさえ気を使う。郊外の公務員官舎にいた頃に比べ、洋服やコスメ代もかさむようになった。

写真:AERA編集部

今後、大幅な収入増は見込めない。息子が私立に進学すれば家計はもっと苦しくなるだろう。そのとき今の生活レベルを落とせるだろうか。老後が心配になることもあるが、子どもたちの笑顔を見ると忘れてしまう。

年収1500万円でも転落リスク

都会は貧困を隠す記号に囲まれている。ある外資系生命保険会社の営業担当者は、高収入層の"安心感"が危険だという。年収1500万円ほどのアッパー層が、高額な住宅ローンを組み、子どもの教育にお金を投資し過ぎて、老後資金が全く貯蓄できずにいる例を数多く見てきた。「普通の老後」が難しくなっているのだ。

「年の近い子どもを産んだために進学時期が重なり、高額の教育ローンを組まざるを得なかった夫婦もいます。また晩婚・晩産化で、子どもの大学進学という最も資金が必要になる時期が、夫婦の収入が下がる50代となり、住宅ローンの返済と重なって苦しむことも。自分たちの老後資金をためるべき時期にためられない一方で、子どもは後々、奨学金の返済に苦しむのです」

年収で貧困リスクを判断できる時代は終わった。必要なのは、どんな人生を歩みたいかという、綿密なライフプランニングなのだが......。

「意識高い系」でも年収右肩下がり

写真:AERA編集部

「キャリアアップ」「生涯年収アップ」を目指し、転職を繰り返す若者たちがいる。

スタバで自分好みにカスタマイズしたコーヒーをオーダーし、ゆっくりとMacBook Airを開く。留学情報のwebサービスを運営する男性(32)は、過去、成長の可能性を求めて、ベンチャー企業を転々とした。いずれも正社員。退職希望を告げると、年収700万円を提示され引き留められた。

写真:AERA編集部

昨年、安定した生活を捨て、学生時代からの夢だった留学に関わる仕事をするため起業に踏み切った。しかし1カ月の売り上げは10万~20万円と赤字が続いている。給料は月8万円の役員報酬のみだが、未来を語る口調は明るい。

「仕事? 趣味の延長ですね。人生オールインでコミットしていますから。それに、会社のバリューを高めれば必ず助けてくれる人が出てくるはず。目先の小さな利益を追わず、クオリティーを追求していきます」

自分をアップデートするために

大手電機メーカーのエンジニアだった男性(34)は4年前、映像制作会社のディレクターに転職した。年収約450万円。前職から30万円ほど下がったうえに、契約社員のため社会保障もなくなった。

自分を救うのは人脈だと信じて、ブランドのスーツをまとい、2日で数十万円するビジネスセミナーに参加する。家に帰ると、会の様子や自分が学んだこと、将来のビジョンをFacebookにアップし、業界仲間と情報をシェア。開放的なリビングが決め手になったという東京都新宿区のマンションは家賃15万円。毎月の支払いは苦しいが、SNSに写真をアップしたときの見栄えの良さは抜群だ。

写真:ロイター/アフロ

「倍倍ゲームに賭けて、収入を先行投資している状態です。情報も人との出会いもアップデートできるのは都会だけなので、貯金が底をついても離れるつもりはありません」

しかし、前出の男性(32)とこの男性の表情が一瞬くもったのが、長年、交際している彼女の話題になったときだ。結婚も考えているが、相手の両親が認めてくれないという。

夢物語にご用心

経済エッセイストの井戸美枝さんは、収入に直結しない"自己投資"に警鐘を鳴らす。

「英語留学したり、50代から大学院に通ったり、退職金で投資をはじめたり、キャリアアップを目指して新しいチャレンジをする人は多いですが、ほとんどの場合、老後資金を減らしただけの"夢物語"で終わるのが現実です。そういう人に限って、収支や年金額すら把握していません。ある程度収入がある人たちは、老後に不安はあっても何もしない、もしくは不安を解消するために間違ったお金の使い方をしてしまうことが多いと感じています」



Yahoo!ニュースと週刊誌AERA(朝日新聞出版)は共同企画「みんなのリアル~1億人総検証」を始めました。身近なニュースや社会現象について、AERA編集部の取材による記事に動画を組み合わせてわかりやすく伝え、読者のみなさんとともに考えます。今回のテーマは「都会で老いるコストとリスク」。連載の中では、読者のみなさんからのご意見も紹介します。Facebookやメールではご意見や感想を募集中です。AERA編集部から取材のお願いでご連絡させていただく場合があります。

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