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ヨロンの浜は宝物─島民・行政・来訪者が守る、与論島の自然

提供:奄美群島広域事務組合

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美観維持と環境保護に向き合う

鹿児島県・与論島 。一周約20kmの島だ。奄美群島の内では最も沖縄県に近い位置にあり、琉球文化と奄美・大和の文化が混在している。言葉、食文化、住居は沖縄北部の影響が色濃い。
島の周囲は珊瑚礁で囲まれており、美しいサンゴ礁の島としても知られている。ハイビスカスやブーゲンビリアなどの熱帯の花が咲き、エメラルドグリーンの海では、カラフルな熱帯魚が泳ぐ。年間7万人を超える人々が観光に訪れる。
人口は約5千人。農業と観光業が島の経済を支えている。島は「生活の場」であり、人口の14倍の観光客を受入れる「おもてなしの場」でもある。
島民と行政、来訪者が力を合わせ、与論島の美観維持と環境保護に向き合う日々を追った。

与論島の浜は「宝物」。毎朝の海岸清掃に汗を流すボランティアグループ

毎朝6時30分から始まる海謝美の海岸清掃。与論島63ヶ所の海岸を廻り、30周目に入った。

毎朝、6時30分から海岸清掃に励むボランティアグループがある。住民を中心につくる「海謝美(うんじゃみ)」だ。与論島の全海岸63カ所を1日1~2カ所ペースで廻り、 2021年1月には、30周目に入った 。モットーは「無理しない」「楽しむ」こと。活動の様子はインターネットを通じて発信。翌日の清掃場所も告知する。
活動を始めたのは、生活研究グループ仲間の堀行かず枝さん(79)と福幸子さん(72)、青木利枝さん(61)の3人。6年ほど前からこつこつと続けていたところ、徐々に人が増えたことからグループ名をつけた。
グループ名の「海謝美(うんじゃみ)」は、海に感謝して美しくとの思いを込めた。読み方は、かつて島に存在した祭り「海神祭」の方言名(与論はウンジャン、沖縄ではウンジャミ)からもらった。
ラジオ体操で体をほぐした後、1時間かけてごみ拾いに汗を流す。悪天候時以外はほぼ毎日。常連メンバーは6~7人。その時々で住民や子ども、来島客が加わり、共に汗を流す。ごみ袋は町役場の配慮で、ふるさと納税から提供を受けた。

だから続ける。島のために、私のために。

集まったのはビールの空き缶、ペットボトル、発砲スチロール、漁網などの漁具。海岸に隣接したやぶの中から大型家電製品や自転車が見つかったことも。海洋生物の生態系を破壊するとして世界的な問題にもなっているプラスチック製品も少なくない。

「私たちの姿を見て、子どもたちが古里の与論を守りたいと思ってくれたら」と話す海謝美の阿多尚志会長(63)。阿多会長はアメリカ・テキサス州で半導体の開発・設計に従事した後、古里の与論島にUターン。

「漂着ごみは国レベルの対処が必要だ。島の人だけではどうしようもない」と話すのは、メンバーの原田誠一郎さん(62)。連日インターネットで活動を発信しているのも「環境問題に目を向けるきっかけにしてほしいから」と力を込める。
活動がメンバーの日々の活力につながっているのも確かだ。大山文子さん(85)は、「丈夫な足腰が、更に丈夫になりました。崖を下ってゴミを拾い、回収後は重いゴミ袋を担いで登りきる。毎日スポーツジムに通っているようなもの。ラジオ体操でしっかり準備運動しないと大変ですよ」と笑顔を見せた。

毎日の活動が終わると集合写真を撮影。その日に拾ったものを持ってポーズを決めるのがお約束。日々の集合写真は、海謝美の活動ブログ「さすらいの風来簿」に掲載。

海の中も守る。現状を伝え、みんなで考える。

サンゴ礁保全活動の1つとして、陸域からの負荷軽減措置を模索。調査・研究活動を続けるNPO法人「海の再生ネットワークよろん」の池田事務局長(中央)

与論島を囲むサンゴ礁や、サンゴ礁を取り巻く自然環境の保全と改善。調査や普及啓発に関する活動を行っているのが、NPO法人「海の再生ネットワークよろん」だ。
池田香菜事務局長(27)は「与論島の豊かな自然を未来につなげるためにも、様々な調査を行い、データを島のみなさんと共有する。島の環境を考える契機になれば」と話す。
「与論島の土壌は孔の大きい石灰岩で形成されているため、陸水が海へと流れやすい。サンゴ礁生態系は貧栄養な海に形成されるが、陸域由来の過剰な栄養塩によって富栄養化してしまうと、サンゴにとって負の影響が出てしまう。島の農畜産地域から染み出した水が与える影響は決して少なくない」と指摘した。

与論島周辺の重要サンゴ礁域として9海域を毎年調査。対象海域に50mの側線を引いて50cm間隔で側線上の底質を記録する「ライン・インターセプト・トランセクト法(LIT)」を起用。

2000年からは年2回、ボランティアダイバーと協力し、サンゴ礁の健康診断(リーフチェック)を行っている。海の中をメジャーで区分けして、ダイバーがサンゴの種類と生育状況、魚類や無脊椎生物の個体数と底質の状況を調べている。
池田事務局長は「リーフチェックを含むサンゴ礁のモニタリング調査は、データを積み重ねることがとても重要。今後も実施形態を考えつつ、毎年継続していきたい」と話し「調査はボランティアダイバーと関係者の協力があってこそ」とチェック活動の20年を振り返る。

与論の海の魅力は、抜群の透明度。

ヨロンダイビング協議会とヨロン島観光協会もリーフチェックに協力。2020年冬のチェックには、19人のダイバーが賛同した。

「与論の海は、その透明度に魅力があります」と話すのは、与論島ダイビング事業組合の垣内信男会長(61)だ。「河川がないため、海中の透明度が25~30mと非常に高く、世界のダイバーから愛されている海。与論島では季節風の影響で、主に夏は北側、冬は南側のダイビングポイントを選択することが多い。北側のポイントは、白い砂地が広がる優しいイメージ。魚影が濃く、沈船や人工宮殿などがある。ウミガメに遭遇することも多い。南側のポイントは地形がダイナミックで、男性的な豪快なイメージ。大物回遊魚などに出会うこともある。ダイビング未経験の人も、体験ダイビングを通じて与論島の海の魅力に触れることが出来たら」と笑顔を見せた。

「与論の海の魅力は、世界に誇る透明度。美しい海を次世代に繋ぐ大切さを感じていただけたら」と話す与論島ダイビング事業組合の垣内会長

幻の白い砂浜「百合ヶ浜」

「海底の砂の動きや、潮の影響で姿を変えるのが百合ヶ浜の魅力。アイドルグループのビデオ撮影時には、3つの島が現れた」と話す里さん

サンゴ礁に囲まれた与論島の東岸、大金久(おおがねく)海岸の沖合約1.5kmにぽっかり浮かぶ百合ヶ浜。例年、春から夏にかけて中潮から大潮の干潮時だけに姿を現す真っ白な砂浜だ。
百合ヶ浜へは複数の業者が渡船を運航している。最近ではSUP (スタンドアップパドルボードと呼ばれるアクティビティ)やジェットスキー(水上バイク)のレンタルを利用して渡る人も多い。
グラスボートの船長として40年以上百合ヶ浜を見つづけてきた里毅敏さん(64)は、「大きな台風が来ると、海底の砂が大きく動いて地形を変えているのが良くわかる。3月から10月の間、大潮の干潮時には広い浜が現れる。具体的な出現時刻は、マリンレジャー業者が海岸入口にホワイトボードで掲示しているが、旅行前に計画を立てる時には観光協会のホームページを確認して欲しい。大金久海岸、百合ヶ浜には、魅力がたくさん。私にとっては、世界一の海。この風景を見たら、ゴミを捨てる人はいません」と笑顔を見せた。

長期滞在型の「ヨロンスタイル」を目指して

「普段着のおもてなしの中にも安心・安全を徹底したい」と語るヨロン島観光協会の永井新孝会長(中央)と町岡事務局長(左)

「与論の魅力?観光客の方から教えていただくことも多いですよ」と話すのは、一般社団法人ヨロン島観光協会事務局長・島コーディネーターの 町岡 安博さん(56)だ。
「島に来る方の目的や興味も多種多様。住民とは異なった目線で与論を見ている。動画サイトやSNSを通じ、様々な感性と切り口で表現されているのを見ると、「晴れの日も雨の日も島を楽しんでいるな」「島を良く見ているな」と、心が震えることがあります。映画やテレビ番組のロケ地としても知られている与論島。2019年には、国際観光映像祭の日本部門で「Yoron Island Japan in 8K HDR―与論島」(永川優樹監督)がグランプリを受賞。観光協会も積極的に活動のお手伝いをしたい。気軽に問い合わせて欲しい」と話す。

同協会の永井新孝会長(57)は「島民と観光客を繋ぐためにも、定期的に機関誌を発行して情報を共有。最近は、ヨロンマラソンなどのスポーツ需要やマリンレジャー以外にも、農業体験などのアグリツーリズムも注目が集まっている。島の歴史や文化に興味を持つ人も多い。コロナ禍の中、リゾートで遠隔業務を行うリモートワークのニーズも増加の一途。滞在期間も延びる傾向にあり、着地型観光にも深度が求められている。与論島の人はフレンドリー。普段着のおもてなしの中にも「安心」「安全」の徹底を周知している」と力を込めた。

島人は、スペシャリストでゼネラリスト。

「思いやりと協力。結いの心は島の誇り」と話す(左から)与論町役場の光主事と町主事

一島一町の与論島。「「島の未来は島民自身がつくる」といった意識が、長い時間をかけて醸成されているのかもしれません」と話すのは、与論町役場環境課の光俊樹主事(37)だ。
行政も環境保持のための市民活動を積極的に支援している。ボランティアグループによる海岸清掃活動でのゴミ回収以外にも、サーファーが自主的に拾ったゴミも行政が回収している。
「ゴミ収集車は自主的に回収されたゴミが出される場所を把握しており、ゴミが放置されることのないように注意を払っている。「東洋の海に浮かび輝く一個の真珠」と讃えられた与論島。進学や就職で島を離れた人が帰省した時には「美しい古里で迎えたい」。観光客を「美しい島でお迎えしたい」そんな島人の気持ちがあるのかも知れません」
総務企画課の町聡志主事(34)は「与論島の島是は「誠」。スペシャリストとして日々の生活や仕事に真摯に向き合う中、他者を尊重して互いに学び合うことにより、ゼネラリストのような幅広い知識や技術を持った島民の方も多い。自身の力を惜しみなく発揮する。思いやりと協力。結いの心は島の誇りです」と笑顔で話した。

美しい海岸、砂浜。そして満天の星空。

光害の少ない与論島。満天の星空が白い砂浜に降り注ぐ。

「今日は満天の星空。今朝掃除した浜に来ませんか?」と誘ってくれたのは、ボランティアグループ海謝美で毎朝海岸の清掃活動をしている原田さん。大手水産会社で航海士として遠洋漁業に従事した後、水産庁の外郭団体で漁労技術の指導をつとめた。退職後、古里の与論島に戻った。

「ベーリング海で見た星空も素晴らしかったけれど、与論島の星空も素晴らしい」と月明かりに照らされた白い砂浜に三脚を立て、カメラのシャッターを開ける。
原田さんが与論島からの星空を撮影し続けた作品は、「よろんほしめぐり」と命名され、カレンダーになった。カレンダーは通販サイトyoron blueで販売されている。
「昨年、環境省主催の「星空の街・あおぞらの街 全国大会」が与論島で開催される予定だったが、コロナ禍で中止。たとえ今は島と離れていても、与論島の夜空と星空の魅力を伝えることが出来たら」と夜空を見つめた。

原田さんは住民有志と共に、与論島の方言を使った絵本も制作。町内の学校で開催するエプロンシアターを通じて、言語文化の継承活動にも取り組んでいる。
「スペシャリストで、ゼネラリスト?ほら、海岸清掃の時には、崖に生えた草を指さしながら「この野草は胃薬」「この草は風邪の時に煎じて飲んだ」なんて説明をしていたメンバーもいたよね。風葬の跡を示しながら、島の歴史を語るメンバーもいる。みんな、与論島が好きなんだ。古里が好きなんだ。好きだから、学ぶ。好きだから、伝えたい」原田さんはそう語ると、カメラに手を添え、丁寧にシャッターを閉じた。