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世界自然遺産・徳之島で描く私の日々 溢れる島の力を受け止めて――魅力の発信はいつも「自然体」

提供:奄美群島広域事務組合

最終更新:

2021年7月26日、奄美大島・沖縄島北部及び西表島と共に世界自然遺産に登録された徳之島。

主要空港からの直行便は無く、農業が主力産業の島だ。固有の動植物を守ってきた森が広がり、透明度の高い海には珊瑚礁が光る。

闘牛が盛んな島としても知られ、年に3回開催される「全島一闘牛大会」には、約4千人が闘牛場に集う。

2020年、空港近くの浅間湾屋洞窟(通称ウンブキ)では7千年以上前のものとみられる土器が発見され、全国に広く報道された。

「自然」「文化」「歴史」の魅力に満ちた徳之島。島に居を移し「島の力」を受け止めながら、溢れる思いを描き出す人がいる。自由に、鮮やかに。自然体で。

「インターネットを通じて島の動画や画像、文章を発信」「クラウドファンディングで募った資金で過疎の集落を支援」「自ら栽培した農作物にとびきりの願いを込めて島外に出荷」

行政も未来へとつながる取り組みに対し、サポートを惜しまない。様々な施策や事業で熱意を受け止める。

奄美群島・徳之島を舞台に島の魅力を発信し続ける3人の日々を追った。

空撮と水中撮影でクジラに迫る 平野菜摘さん

徳之島町の井之川集落にある「みらい創りラボいのかわ」。徳之島町が2017年に多目的スペースに改装した。海に面していることから温水シャワーも完備され、仕事途中の気分転換に磯遊びを楽しむことも出来る。撮影:平野菜摘さん

横浜市出身の平野菜摘さん(33)は4年前、徳之島に居を移した。スキューバダイビングに魅せられ、伊豆でプロライセンスを取得。「一度きりの人生、やりたいことを突き詰めたい!」とダイビングの武者修行をするために徳之島に飛び込んだ。

「透明度が高く、1年を通してウミガメと出会える徳之島の海。冬にはザトウクジラの雄大な姿やブリーチ(ジャンプ)を見ることが出来る。最近では船上からクジラを観察できる『ホエールウオッチング』に加え、クジラと一緒に泳ぐ『ホエールスイム』を楽しむ方も増えました。私が空撮したクジラの姿と水中でのクジラの様子、見てみませんか?」

「なちゃれブログ」と題したブログで徳之島の魅力を発信する平野さん。船上からドローンを使った空撮や水中撮影でクジラを追い、雄大な姿をフレームに収める。

待ち合わせに指定されたのは、徳之島町の井之川集落にある「みらい創りラボいのかわ」。廃止された保育所を徳之島町が2017年に多目的スペースに改装した施設だ。無線LAN(Wi-Fi)や複合機、プロジェクターが整備され、ワーケーションで島を訪れる人のコワーキングスペースとしての利用も増えている。

パソコンの再生ボタンが押される。画面に飛び込んで来たのは、出航の風景。クジラの迫力を捉えた空撮と水中撮影がテンポ良く展開されて行く。

撮影:平野菜摘さん

「全国ネットのニュース番組に素材を提供した時には、大きな反響が寄せられました。より多くの人に徳之島の魅力、海の魅力、クジラの魅力を伝えたい。『みらい創りラボいのかわ』は、編集や打ち合わせ場所としても重宝しています。インターネットの通信速度も十分。WEB会議や動画のアップロードもサクサクはかどります。海沿いに立地しているので窓からの眺めも素晴らしい。新鮮な気持ちで仕事に向き合うことが出来ます」

「ザトウクジラは尾ビレの模様や傷により、個体を識別することができます。自然の標識から『徳之島が好きなクジラの親子』がわかるかも?」撮影:平野菜摘さん

徳之島町在住のフリーカメラマン、加川徹さん(62)は平野さんの作品を高く評価する。自身もクジラをテーマに35年以上撮影を続け、多くの作品を発表している。

「私は親しみを込めて彼女を『クジラ娘』と呼んでいます。特に船上からの空撮作品は素晴らしい。プロのダイバーなので、水中撮影にも余裕があり、クジラの表情や尾の模様までも丁寧に写し込んでいる。被写体への愛情がストレートに伝わって来ますね」と目を細める。「徳之島の事も良く勉強している。彼女がSNSやブログで配信している記事は『島の人も勉強になる』と感心する事も多く、友人同士で記事をシェアすることもあります」

徳之島の話題をブログで配信 地域密着のWEBコンサルとしても奔走

地域密着のWEBコンサルタントとしても奔走する平野さん。この日は子育てを支援しているNPO法人「がじゅまるの家」のホームページ改修の打ち合わせ。サービス利用者の目線に立った内容を職員の方々と練り上げる。

徳之島に来る前は、都内のWEBベンチャーや広告代理店でキャリアを重ねた平野さん。移住してからはダイビングインストラクターとしての活動に加え、徳之島の情報をブログで配信している。タイトルは「なちゃれブログ」。なっちゃん(自身のニックネーム)+ナチュレとくのしま(運営する空撮とダイビングのサイト)+チャレンジ(何事も挑戦)を組み合わせたものだ。

ブログの内容は多岐にわたる。飲食店の紹介や観光案内、移住のヒント、地域経済から人口解析、島の歴史や動植物といった内容まで盛りだくさんだ。

「私が知りたい事は、島民や旅行者の方も疑問を持ち、知りたいと思っている事。生活者の視点から島を見つめ、小まめな情報発信を心掛けています」

ブログでの情報発信が契機となり、島内の事業者や行政からホームページや情報発信、空撮の依頼が寄せられるようになった。

徳之島で子育てを支援している「われんきゃ広場」を運営するNPO法人親子ネットワーク・がじゅまるの家も平野さんのアドバイスを受けている事業所の一つだ。

理事長の野中涼子さん(45)は「職員や利用者からのヒアリングを重ねて作ったホームページは見やすくて便利。父兄の利用度が高いSNSとの親和性も良好です。島外業者に依頼した場合、費用も時間もかかる事が多かった。限られた時間の中で、言いたい事が言えなかったことも。島内から駆けつけてくれる平野さんは心強い味方です」と笑顔を見せた。

「単身、ダイビング修行のためにやって来た徳之島。島の人の温かい支えがあって今日の私がいる。果てしなく続く島の空と海。世界の海を自由に旅するクジラは日々の虚無さえ吹き飛ばしてしまいます。大好きな徳之島は私にとって特別な場所。島の恵みをこれからも発信し続けます」と平野さん。

「満天の星空が徳之島のイルミネーションなんですよ」。照明を落とした窓の先には無数の星が。ノートパソコンを閉じた先には、静かな島の夜に波の音がどこまでも続いていた。

集落の自生植物は宝の山 集落支援と復興に夢を託す 林美樹さん

徳之島町の集落支援員として従事する傍ら、一般社団法人みらいたね工房の代表理事を務める林さん。「2019年に鹿児島県内の自治体で初めて内閣府『SDGs未来都市』に選定された徳之島町。SDGsを原動力とした集落の創生を推進する力になりたい」と力を込める。

平野さんも利用している「みらい創りラボいのかわ」を拠点としながら、地域活性化のプロジェクトに挑んでいる人がいる。徳之島町の集落支援員であり、一般社団法人みらいたね工房の代表理事を務める林美樹さん(40)だ。

徳之島町生まれの林さん。中学校まで町内の山(さん)集落で過ごし、高校は島外に進学。防衛大卒業後、海上自衛隊に勤務したものの、実父の介護のため島に戻った。

「まず、目に飛び込んで来たのは耕作放棄地。過疎化が進んでいたために、集落で聖地と呼ばれた大切な場所でさえ十分な手入れがされていなかった。『今、やらなければ誰がやるのだ』『若い私が立ち上がらなければ』との思いが強くなり、本格的に集落支援に取り組むことにしたのです」

林さんはまず、荒れ地の整備に乗り出した。集落を守り続けた先輩に相談し、土地所有者とも交渉を重ね、手入れを始める同意を得た。

「シークニン(島ミカン)・サネン(月桃)・カラギ(肉桂)・ヨモギといった昔から島に自生している植物は耕作放棄地でも元気に育っている。自生植物ゆえに無農薬。ありのままの姿が『宝の山』なのだとハッとしました。機械不要の収穫作業は、住民や旅行者が気軽に参加出来る。収穫したものを販売して『集落の活動資金にしよう』と動き始めたのです。目指すのは、私が子どもの頃の活力があった集落の姿。目前に控えていた米国留学を蹴って古里の徳之島にUターンしたのです。私は集落の復興に、自身の夢を託しました」

行政のサポートを受けてクラウドファンディングに挑戦

「島の新しい歴史を切り拓く子ども達。集落の歴史を伝えるのも大切な取り組みです」と話す林さん。「キラキラと輝く目に教えてもらうことも多い。責任も重大です」写真提供:一般社団法人みらいたね工房

奄美群島内の12市町村で組織されている奄美群島広域事務組合では「奄美群島 with CAMPFIRE」と題し、クラウドファンディングを通じた新規事業や起業をサポートする事業を行っている。

林さんも2021年3月に制度を活用した。目的は集落に自生する作物の加工食品製造に必要な食品乾燥機、真空包装機、蒸留器や粉砕機の購入。作物をそのまま販売するのではなく、付加価値を加えた商品作りを目指したのだ。更に耕作放棄地の整備と自生植物の植え付けに必要な資金の調達も目指した。結果は2ヶ月間で目標金額の70万円を超える92万円の支援を受けることに成功した。

「クラウドファンディングで掲げたのは、『ボタニカル・アイランド』という名称です。島の過酷な環境でも逞しく生きる『植物(ボタニカル)』と、青い海に囲まれた『島(アイランド)』から命名しました。返礼品として準備したのは、集落の方々と採取した植物や果実で作ったボタニカルティーや、自生するヨモギやカラギを使ったクッキーなど。支援金によって購入した機材により品質と生産効率が上がります」

保育園児や小学生を対象とした郷土教育にも力を入れている林さん。集落の歴史を正確に伝承するためには、集落の先輩への聞き取り調査が欠かせない。「責任を持って次の世代に島をバトンタッチしたい。そんな思いが世代超えて一つになった瞬間、私は『島に』『集落に』無限の可能性を感じるのです」

「大先輩たちからの聞き書きでは、自然との共生や逞しい生き方に学び、頭が下がります」写真提供:一般社団法人みらいたね工房

「徳之島では、山と海から衣食住や季節感・死生観など人生の全てをいただき、島々と海でつながる『環境文化』ともよばれる逞しい生き方をしてきました。島には『水や山うかげ、人や世間うかげ(水は山のおかげ、人は世間のおかげ)』という格言や、労働をお互い様で支え合う『ユイワク』(結いの精神)という文化・伝統があります。過去に学び、今を生きる。輝く未来を視野に入れながら」

クラウドファンディングの返礼品である「サネン×シークニンのボタニカルティー」を口に含む。爽やかでスパイシーな香りが鼻腔をくすぐる。

飲み干したカップに残った「島の香り」は、どこまでも優しく力強かった。「荒地を整備して産み出す場所に変える」。島の集落は林さんと共に確かな一歩を踏み出している。

自然豊かな徳之島 子育ても自然流 南国徳之島かえる農園 太田さん夫妻

太田さんが取り組んでいる作物の一つにマスクメロンがある。9月に植えた小さな苗が、11月には大きな実をつけるまでに成長した。生育の様子は「南国徳之島かえる農園」のブログで発信。

2019年8月に愛知県から徳之島北西部の天城町に移住したのは、太田照久さん(47)とはるかさん(46)夫妻。京都大学大学院で林業を学んだ夫妻は、企業勤務を経た後、中学1年生の長男と小学4年生の長女の教育環境を求めて島に居を構えた。

「天城町の山海留学生の制度を活用しました。校舎や通学路に広がっているのは、希少植物の宝庫でもある国立公園の大自然。純朴で心優しい島の子どもの笑顔に私達夫婦の心も温かくなりました」

「島に来たら、農業をすると決めていました」と語るのは、夫の照久さん。天城町農業センターに研修生として入所し、1年の期限で野菜・果樹・花卉などの園芸作物作りのノウハウを学んだ。

「研修を終えた後は、メロン、パッションフルーツ、トマトなど現金収入に繋がる作物を栽培しています。冬はメロン収穫の最盛期。糖度も上々です。表面の傷みから、出荷に向かなかったメロンは、わが家の食卓にも並びます。上品なメロンの香りに包まれたダイニングで家族の笑顔を見た時には疲れも吹っ飛びます」

太田さん夫妻に露地栽培の農地を提供した同町当部地区の武田久夫区長(76)は「草刈りや地域のクリーン作戦では先頭に立って参加して下さる。心強い仲間を迎える事ができて良かった。さらに嬉しいのは、集落に子どもの笑い声が聞こえること。通学時に元気な声で『おはようございます!』『こんにちは!』と挨拶してくれると、私達まで元気になる。集落に来てくれて、ありがとう」と笑顔で語った。

ホップ、ステップ、南国徳之島かえる農園

「南国徳之島かえる農園」では栽培中に農薬を使わないか、必要最低限しか使わない。安心・安全な野菜は多くのファンから支持されている。「お世話になっている島の方が作った野菜や果物も詰め合わせた『毎月便』『季節便』も人気です」

妻のはるかさんは新事業にチャレンジ中。自身が栽培する露地物の無農薬野菜に加え、島内で生産された農産物を販売する通販サイト「南国徳之島かえる農園」を立ち上げた。

通販サイトの運営にあたって、奄美群島広域事務組合が実施している「奄美群島民間チャレンジ支援事業」に応募。徳之島産農産物の販路開拓と加工品試作に対する取り組みが評価され、採択された。

「温暖な徳之島では年間を通じて新鮮な野菜や果物が収穫されます。『奄美群島民間チャレンジ支援事業』を活用し、季節毎のセットの開発や、パンフレット制作。首都圏を中心とした本土でのPR活動に力を入れることが出来ました。自分達が作り、自分達が食べたいと思う安心・安全な野菜や果物の栽培と販売を通じて、お世話になっている徳之島に少しでも貢献出来たら嬉しい」

寄せられた顧客からのメールには「新鮮な野菜と果物が届きました。生産者の写真と農園風景の写真に癒やされます。作物の解説や食べ方も参考になりました」の文字が踊る。

移住して3年目を迎える太田さん家族。ホップ、ステップ、ジャンプ!「南国徳之島かえる農園」は多くの島外ファンと家族、島の人々に支えられ、大きく羽ばたこうとしている。

世界自然遺産に登録され、来島者の増加が予想されている徳之島。南の島は静かに時代の流れを受け止めようとしている。

3人の情報発信は等身大。シンプルでストレートだ。近道を狙う余り、ゴールを見失うこともない。土に触れ、水の温度を感じ、対話を重ねる。それが遠回りであっても。

歩み続ける先のゴールなど無いのかも知れない。それでも島の「今日」を生きる。
荒れ狂う音が響き渡る台風の日も、波の穏やかな晴天の夏の日も歩みを止めない。

溢れる思いを「自由に」「鮮やかに」描く。肩の力を抜いて、「自然体で」描き続ける。
「そのまま」「ありのまま」を重ねる日々の大切さを教えてくれたのは、徳之島だから。