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五感で感じる大自然。世界自然遺産の島・奄美大島と徳之島をめぐるエコツアー同行ルポ

提供:奄美群島広域事務組合

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ヒカゲヘゴなどがそびえ立つ奄美大島の代表的な自然観察スポット・金作原国有林

2021年7月26日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」を世界自然遺産に登録することを決めた。絶滅危惧種や固有種が多い独特で豊かな「生物多様性」が評価された。世界の宝となった鹿児島県・奄美大島と徳之島の森。個性あふれる生き物たちの魅力を紹介する島の奄美群島認定エコツアーガイドに同行し、大自然の中を歩いた。

生き物たちが命育む森―奄美大島

エコツアーガイドが植物の特徴などについて解説した散策ツアー

亜熱帯照葉樹の森に多様な動植物が息づく奄美市名瀬の金作原(きんさくばる)国有林。シダ植物のヒカゲヘゴなどがそびえ立ち、野鳥のさえずりがあちこちから聞こえる。世界自然遺産エリアでありながら、名瀬の中心市街地から車で約60分の場所にある。人々の生活の営みのすぐ近くで生物多様性が育まれてきたことを実感できる、奄美大島の代表的な自然観察スポットだ。

6月下旬、金作原散策ツアーに同行した。案内してくれたのは奄美群島認定エコツアーガイドの喜島浩介さん(70)=龍郷町幾里=。林道入り口に進むと、セミたちが大合唱して迎えてくれた。

アオノクマタケラン、シマサルスベリ、イジュ、ミヤマハシカンボク、リュウキュウイチゴ――。歩き始めて20分ほどで、喜島さんが紹介した植物の数は10種類を超えた。

「植物にもそれぞれ性格があるんじゃないかな。このクワズイモは訪れた人が一緒に写真を撮る人気の植物。だけど、人肌に触れてストレスを感じたのか、葉が枯れてしまっている」。喜島さんは人が自然環境に与える影響についても解説した。ここには絶滅の恐れがあるラン科のアマミエビネといった希少種も数多く、植物たちがひっそりと命をつないできた場所でもある。

金作原を訪れる観光客の数は、新型コロナウイルス禍以前は増加傾向にあった。そのため、行政や民間団体など関係機関は環境負荷の軽減や混雑の緩和を図ろうと、2019年2月から利用規制の試行をスタートさせた。観光客には奄美群島認定エコツアーガイドの同行を求め、ガイドの車両台数や利用人数に上限を設けている。

森の中を進むと樹齢150年以上ともいわれるオキナワウラジロガシの巨木が目の前に現れた。「すごい」。圧倒的なスケールに畏怖の念を抱きながら、その姿をカメラに収めた。

セミが一斉に鳴きやみ、森の中に涼しい風が吹いた。耳を澄ませるとズアカアオバトやアカヒゲの鳴き声が聞こえ、オーストンオオアカゲラがくちばしで樹の幹を連続してつつくドラミングの音が周囲に響いた。

奄美大島の固有種で国の天然記念物オーストンオオアカゲラ

約2時間のツアー。騒々しい人間界から解放され、大自然を五感で感じることができた。ツアーに参加した男性(33)=東京都=は「貴重な植物を数多く観察できたので良かった。セミが急に泣きやんだのが不思議だった。次に来るときは奄美の動物たちも見てみたい」と満足した様子だった。

認定ガイドを目指している白畑梓さん(35)=奄美市=もこの日、ツアーに同行して喜島さんのガイド技術を学んだ。白畑さんは「奄美の魅力を後世に伝えていきたいと思い、ガイドになろうと決めた。同じように見えていた自然でも、ガイドとしての知識が増えると新しい発見があった。世界自然遺産になったことでたくさんの人がこれから奄美を訪れる。『また来たい』『また会いたい』と言ってもらえるようなガイドを目指したい」と語った。

生物多様性の森を体感―徳之島

徳之島の剥岳に広がる照葉樹

6月中旬の梅雨空が続くとある日、徳之島の子どもたちと森へ自然散策に出掛けた。この日は午前中から島中南部にある世界自然遺産の推薦地の一つだった剥岳(はげだけ)林道を訪れた。剥岳林道は2016年12月から、一帯に分布する希少な動植物の保護を目的に車両の通行規制を開始。2019年4月からは原則、奄美群島認定エコツアーガイドを伴った入林のみに制限されている。

剥岳林道は徳之島町大原から天城町三京へと続く全長約2.3km現在は近くに徳之島トンネルが開通しているが、以前は生活道路として林道が使われていたこともあり、急峻な箇所はほぼない。大原側から入るとなだらかな下りが続き、初心者にも歩きやすい。

「ここから先は勝手に入ってはいけません。落ちている葉っぱ一つでも持って帰っては駄目で、厳しいルールを守らないといけない特別な森です」

この日散策に参加したのは地元の親子連れなど7人。入林を前に、奄美群島認定エコツアーガイドの常加奈子さん(39)=伊仙町面縄=は注意を呼び掛けた。

「あっ、アカヒゲが鳴いている」「チョウチョが飛んでいるよ」

林道を歩き始めてほどなく、アカショウビンやリュウキュウサンコウチョウなどの野鳥のさえずりがいたる所から聞こえてきた。リュウキュウハグロトンボが一行の周囲をひらひらと舞い、歓迎を受けているようだった。

植物に止まり羽を休めるリュウキュウハグロトンボ

林道沿いにはアオノクマタケランが白い花を咲かせ、赤い実をたわわにつけるマンリョウや紫色の花を付けるノボタンなど色鮮やかな植物が目を引く。日本最大級のドングリをつけるオキナワウラジロガシの群落地もあり、地面へ伸びる板根の大きさに驚かされた。

道中では、殻に毛のような突起が生えているのが特徴のトクノシマケマイマイや奄美大島と徳之島のみに分布するアマミハンミョウ、アオバトの営巣跡などを観察した。水場近くではとぐろを巻いたヒメハブにも遭遇。世界自然遺産を象徴する生物多様性の一端を、改めて体感した。

「剥岳林道は時間帯や季節、天候など条件が変わるたびに違う表情をする。いつ来ても新しい発見があり面白い」と常さん。世界自然遺産登録後には多くの人の来島が見込まれ、自然保護と活用の両立が求められるが「ガイド同行や通行規制など保全ルールの必要性を理解していただくとともに、一人でも多くの人に徳之島の自然の価値を知ってもらい、みんなで保全していく意識が醸成できれば」と語った。

林道の植物に隠れた生物を観察する参加者

散策に参加した地元の女子中学生(14)は「人がほとんど入っていない自然環境や、いろんな動植物のことを学べて楽しかった。世界自然遺産に登録されて多くの人が来るのはうれしいが、自然は壊れてしまわないか心配。ルールやマナーを守り、世界に誇る島の自然の保護に関わっていきたい」と笑顔を見せた。

奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島

日本列島の南端、約1200kmにわたって弧状に点在する琉球列島の一部。世界遺産の登録区域は4島の陸域4万2698ha。大陸との分離・結合を繰り返した地史などによって生物が独自の進化を遂げ、維管束植物約1800種、脊椎動物約740種、昆虫類約6000種など、希少種や固有種も含め多様な動植物が生息・生育している。アマミノクロウサギ、ヤンバルクイナ、イリオモテヤマネコなど、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストに記載された絶滅危惧種95種が分布し、そのうち75種が固有種。多くの固有種や国際的な絶滅危惧種の生息・生育地となっている。