LCCの就航でぐっと身近になった奄美大島。2019年には、年間68万人を超える過去最高の入域者数を記録した。
コロナ禍で移動の自粛が求められている中、島の素材を活かした特産品は「奄美ファン」や全国の消費者から支持を集めている。奄美群島ならではの「島土産」。島の素材を磨き上げ、商品開発に挑む人々の姿を追った。
大島紬の親方が原点。伝統の技を現代に伝える。 まえだ屋本舗
デザインや使い勝手など、定期的な見直しと新商品の開発が欠かせない。
大島紬の親方(生産管理と卸売り)をルーツに持つまえだ屋本舗。創業は113年前。奄美空港と景勝地・あやまる岬の間に位置する本店の他、奄美空港の出発ロビーにも店舗を構える。
「LCCの就航は来島者増の大きな契機になりました。奄美大島以外にも、与論島から喜界島まで奄美群島の特産品を扱っています。生菓子などの賞味期限が短い食品類も積極的に売り場で展開。リピーターの方からも好評です」と話すのは、代表取締役の前田伸二さん(57)だ。
専務取締役の前田奈津実さん(50)は、商品開発や販売商品のマーチャンダイジングを担う。「大島紬を使った小物類は、土産としても根強い人気です。バッグやポーチ、ネクタイなどは時代や流行を捉え、定期的に商品会議を開いて見直しを行っています。スマートフォンの収納ケースなど、ニーズに耳を傾けることも欠かせません。大島紬柄のタンブラーは、スリムなデザインと柄を選ぶ楽しみがOLさんに好評です」と伝統の素材を現代の生活にマッチさせる必要を語った。
コロナ禍で6000枚以上売り上げた「大島紬マスク」
「こんなに売れるとは、全く予想していませんでした」と話すのは、顧問の前田紀子さん(80)。ミシンの前に立ち、アシスタントと共に、大島紬を活かした小物類の生産を続けている。
「大島紬のマスクは、年間で6000枚の売り上げ。大島紬の親方として積み上げられたノウハウが、微力ながらコロナ禍の中でお役に立てたことが嬉しい」と話す。
本店の店頭にあるアトリエ。「様々な柄が魅力の大島紬。和装にも洋装にも合わせやすいと好評です」と話す前田顧問
「緊急事態宣言を受け、何か役に立てることはないかと、地元の小学校に綿布で作ったマスクを寄贈したのがマスク作りのきっかけ。店頭からマスクが消え、価格も高騰していました。ゴム紐も品不足。ゴム紐が安定して供給されたタイミングで大島紬のマスク作りに着手しました。伝統的な柄や、白無地などの豊かなバリエーションのマスクが完成。鼻にかかる立体的に縫製したタイプの生産も始めました。素材に向き合い、時代の求めに耳を傾ける。改良を重ね、お客様に評価を委ねる。大島紬の魅力を伝え続けたい」。
店内のアトリエでは、今日もミシンの音が響いている。
ヤギのミルクに注目して乳製品を生産 ソレイユファーム
海風が牧草に適度な塩分を与えている自家牧場。隣接する農園ではマンゴーやパッションフルーツなどの果樹が栽培されている。
ヤギ食の文化がある琉球・奄美。お祝いの席では「ヤギ汁」が振る舞われ、「ヤギ刺」は酒宴の席では極上のおもてなしだ。
ソレイユファームを経営している勝島さん親子はヤギのミルクに注目し、自ら飼育を始めた。
父の利美さん(60)は「ヤギのミルクは風味が豊か。ヤギのミルクから作られたチーズは、ヨーロッパやアメリカでも盛んにつくられており、ポピュラーな存在。私達の牧場では、春にヤギたちが出産を迎え、ミルクが出なくなる秋まで搾乳。子ヤギのためにお母さんヤギが出すミルクでチーズを仕込み、ソフトクリームなどの加工品を作ります。島ならではの自然豊かな牧場は、海風が吹き抜け、ヤギの健康にも良いようです」と奄美の自然環境を活かした飼育に手応えを見せる。
「農園では、養蜂とマンゴーをはじめとした果樹を栽培。加工は娘に一任。私は風味豊かな原料作りに励んでいます」と笑顔を見せた。
ヤギのチーズやアイスクリームの生産が行われている加工場。ジャムや蜂蜜の加工室も備え、リピーターからの注文に応える。
食品加工とカフェの運営を担当するのは娘の玲奈さん(27)だ。「昨年からコロナ禍により首都圏を中心とした催事での販売は制限されましたが、リピーターの方からの注文に追われています」と笑顔で話す。
「予想以上の売れ行きだったのは、ヤギのミルク。ミルクそのものが注目されました。ヤギ乳の脂肪球が牛乳に比べ小さいため消化吸収が良いことと、愛犬にも与える飼い主の方からの注文も。ヤギのチーズやアイスは、コクのあるヤギ乳ならではの風味と真っ白な色が気に入っているという声も寄せられました。牛乳にはカロチンが含まれていますが、ヤギ乳には含まれていないので、色が真っ白なのです」
養蜂、果樹園、ヤギ飼育。「全国山羊ネットワークが開催する全国山羊サミットを奄美の山羊島に誘致するのが目標」と話す勝島さん親子。
カフェの近くには、人気の観光スポット「ハートロック」と呼ばれている自然の青いプール(潮だまり)がある。勝島さんはカフェ営業時間中、駐車場を観光客に開放している。路上駐車による事故防止への配慮だ。
「ハートロックは干潮時に浮かび上がるハート型の造形。美しい風景に気持ちも癒やされますよ」。
奄美の自然をストレートに表現したソレイユスマイル。カフェには笑顔が溢れている。
地元客向けの品揃えが観光客にも好評 アンティカ・ゆらい処
加計呂麻島にある自家農園。島バナナやマンゴー、パッションフルーツやタンカンなどを栽培・収穫し、ジェラートに加工。この日は奄美キンカンと呼ばれる小ぶりのミカンを収穫。
奄美市の中心部、名瀬(なぜ)に地元産の食材を使ったジェラートを販売する店がある。ジェラートカフェのアンティカだ。店主の前田龍也さん(70)は、隣接する店舗で土産店も展開。奄美大島南部の瀬戸内町や加計呂麻島の特産品を扱っている。
「奄美大島は日本で2番目に広い島。奄美市の中心部である名瀬から南部の市街地である古仁屋(こにや)までは、車で1時間以上かかる。名瀬の土産店で、奄美大島南部の味を中心に品揃えをしたら、地元客にも好評。古仁屋の黒糖かりんとうやパン、加計呂麻島の塩や黒糖も人気です」
奄美群島の特産品をジェラートにしたアンティカ。1番人気は加計呂麻島のサンゴ塩。黒糖焼酎風味や奄美の発酵飲料ミキ、喜界島産の白ゴマ味や大和村産のスモモ味も人気だ
「ジェラートカフェはホテル群から近いこともあり、観光客の方も多く来店されますが、馴染みある地元の食材を使っていることもあり、地元客も決して少なくない。嬉しいのは、島外に居住する奄美出身者向けの発送需要が多いこと。「幼い頃から親しんでいた奄美の味を届けたい」という声に応え、素材の味を損なわないように試作を重ねました」
島育ちだからこそ見極められる味がある。南北に広い奄美大島。同じ島でも、地域により異なる味と嗜好。「地元はアイデアの源泉。大きな可能性に満ちている」と話す前田さん。地元客に愛される味は、観光客にも好評だ。発送を待つ品々には、島の愛情が込められている。
リュウキュウイノシシと奄美の島豚でカレーを作る スパイスマフィア
店舗、キッチンカー共に人気のカレー専門店・スパイスマフィア。和・洋・中・エスニックと枠にとらわれない自由な発想を皿の上で表現している。
スパイスマフィアは2018年12月、奄美大島の瀬戸内町・古仁屋にオープンしたカレー専門店だ。オーナーの弓指圭輔さん(28)は、古仁屋生まれ。調理専門学校を卒業後、都内と海外での武者修行を経て自らのお店を開店した。
様々な料理ジャンルの手法を活かしたカレーの味に魅せられたファンも多い。キッチンカーも展開し、オフィス街では行列が出来る人気ぶりだ。
弓指さんが昨年から取り組んでいるのは、奄美の島豚と南西諸島に生息しているリュウキュウイノシシを使ったカレーの開発。レトルト加工で手軽に楽しめることを目指した。
「奄美大島や加計呂麻島では、リュウキュウイノシシによる農作物の被害も大きく農家の悩みの種。リュウキュウイノシシを美味しいカレーに変身させたいという思いで開発を決めました。そして奄美の島豚。在来種は絶滅してしまったものの、その復活に情熱を注ぐ食肉卸の方の話を聞いてメニューに加えることを決めました」
「島豚とリュウキュウイノシシ。島で生まれた命をカレーで活かす弓指さんの努力に負けない肉を提供したい」と話す新納専務。
スパイスマフィアに肉を卸しているのは、自社の豚舎で島豚を飼育している食肉卸の奄美ミートだ。
専務の新納天真さん(36)は「明治時代にヨーロッパの品種と掛け合わせた喜瀬豚が島豚のルーツ。耳が厚大で垂れており、背がしなれ、鼻が長く、体毛は黒色なのが特徴。生産性が低いことから、一度は途絶えてしまいましたが、戻し交配による島豚の復活を目指して飼育しています。餌はエコフード。回収された食べ残しなどを、決められた時間と温度で加熱処理してから与えています。成長を促す配合飼料を与えていないので、成長には時間がかかります。しかし、臭みが少なく自然な脂身が魅力。身質もしっかりしています。リュウキュウイノシシは、本土のイノシシに比べると小ぶり。椎の実などを食べているので、臭みが少ないのが特徴。ワナによる捕獲のため、金属片の混入もありません」と奄美産の肉に誇りをのぞかせる。
脱・レトルトカレー。お店の味をそのまま伝えたい
2種のカレーを作るため、行政からの支援とクラウドファンディングを展開。目標金額を大きく上回る資金の調達に成功。
「島の肉を使用し、小麦粉、 香料、 保存料、 着色料、 化学調味料を使わないと決めたコンセプトを守り、納得する味に仕上げました。完成したのは、「リュウキュウイノシシと生姜のキーマカレー」と「島豚と梅のポークビンダルー」。酸味を表現するタマリンドの代わりに梅を使い、日本人にも馴染みのある酸味が表現出来ました。
しかし、レトルトを作るための大量生産を行うと、味が変わってしまう。材料やスパイスを単純に増量してもダメなのだと学びました。試作を重ね、納得いく味に仕上げることが出来ました。脱・レトルトカレー。店頭での味を再現するのがゴールです」
完成後に出店した商談会では、大手百貨店や鉄道会社から手応えが寄せられた。
「あと一歩、もう一歩。思いが募るほど、不安にもなります。忖度無しで意見をぶつけてくれる島の仲間のアドバイスが支えになっています」
地元の人々の支えが、あと一歩を踏み出す力に
島内を縦横無尽に走るキッチンカー。「様々な世代から寄せられる地元の声がパワーの源」と話す弓指さん。
「地元のお客さんから寄せられる「美味しかったよ」「加計呂麻島から買い物のついでに寄ったけど、来て良かった」「今度はテイクアウトで家族分注文するね」といった声が支えになりました。レトルトカレーで、島の魅力を全国に発信。挑戦を続け、島に恩返しが出来るまで頑張りたい」。見つめる先に島の未来が光った。
旅は楽しい。出発前から旅行中、帰宅後にも楽しみは続く。土産は思い出を支えるパートナー。島土産には、島の素材。素材を育て、真摯に向き合う。
島人の誇りと真心が込められた奄美の島土産。コロナ禍の今、寄せられる注文やメッセージが生産者を支え続けている。海風に帆を掲げ、今日も歩みを続ける。