産後うつ状態の母親の割合が倍増していることがわかった。コロナ禍以降、里帰り出産の断念や遠方の家族からサポートが受けられないなどの社会制限を受けたことが背景にあるとみられる。産後うつに悩む親たちの状況はどのようなものなのか。Yahoo!ニュースがコメント欄で「育児で疲れ果てた経験」を募集したところ、ワンオペ育児や孤独、睡眠不足に悩むママパパたちの姿が浮かび上がってきた。(8月6~8日のコメント計1758件を基に構成)(Yahoo!ニュースオリジナル特集編集部/監修:産婦人科医・重見大介)
コメントから垣間見える産後育児のつらさ
「【みんなで考えよう】赤ちゃんの子育て、疲れ果ててしまったことはありますか?」のコメント欄には上の図のような親のさまざまな悩みや苦労が寄せられた。そこで全コメントを対象に単語の登場回数などを割り出す解析をし、各コメントの段落内で同時に出現する頻度の高い単語同士を線で結んだ「共起ネットワーク」を作成。中でも多くの単語のつながりがあったネットワークを2つ抽出した。
図を見ると、子育てをしている「自分」と「時間」「ない」が相互に結びついており、出産後に自分の時間がないことがつらい状況を生んでいる実態が垣間見える。「時間」が「睡眠」ともつながっていることから睡眠不足に悩む親の存在もうかがえる。
コメント欄には「やるべきことやしたいことはどんどんたまるのに毎日何一つ終わらない。寝かしつけで1時間以上お布団にいたら(自分も)寝落ちしてしまって絶望」「とにかく寝られないのがつらかった」などの声も。
また別のネットワークでは「育児」に「夫」「ワンオペ」がつながっており、ワンオペ育児に悩む母親が一定数存在することを物語っている。コメント欄には「夫は普段の休みでさえ週1あるかないか。慢性的な睡眠不足に加えワンオペが永遠に続いて心身が疲れ果てました」「子どもの一時預かりに一番困りました。歯が痛くなっても夫が休めるまで3日我慢しました」など悲痛な叫びが並んだ。
コロナ禍で4人に1人は産後うつ状態
神奈川県立保健福祉大が2021年10月、産後1年以内の母親600人を対象としたインターネット調査では、28.7%が産後うつ状態であることがわかった。新型コロナウイルスの感染拡大による里帰り出産の断念や入院中の面会制限などの制約により、コロナ禍の前と比べ産後うつ状態の母親の割合が倍増していた。
なぜ産後うつを発症するのか。要因や予防法などを妊産婦のオンライン相談の第一人者で産婦人科医の重見大介氏に聞いた。
「放置されたらほぼ100%おかしくなる」
重見氏によると、コメント欄に多く投稿があった「慢性的な睡眠不足」や「自分の時間がないストレス」「周囲のサポート不足」のほか、「妊娠中から続く不安」「アイデンティティーのゆらぎ」「精神疾患の既往歴」などが産後うつのリスク因子としてあげられる。
「睡眠不足に加え、自分次第で死んでしまうかもしれない命を抱え続ける状況で放置されたら、母親でなくてもほぼ100%おかしくなってしまうと思う」と重見氏。周囲の助けがあっても産後うつになるリスクは常に存在していると指摘している。
産後うつの恐ろしいところは、母親自らが産後うつだと気がつきにくいことだ。
「子どもの名付けについて気になることがある」。重見氏とのオンライン相談中にある母親から出た一言。いつもならなだめて済ますが、「子どもがこのまま生きていいか」とまで思い詰める様子に違和感を覚えた。その後、子どもを産んだ産婦人科を受診してもらい産後うつだと判明したという。
重見氏は「そもそも母親自身は自分の『おかしさ』に気づきにくい。周囲が異変に気づいて専門家にちゃんとつなげることが大切だ」と訴える。母親や周りの家族が産後うつの兆候に気づくのに有効なのが「2項目質問法」だ。
どちらか一つでも「はい」があればうつ状態の可能性があるとされている。
産後うつと診断された場合、緊急性の有無によって対応は分かれる。医療現場でも使われている「周産期メンタルヘルスコンセンサスガイド2017」によると、緊急性とは「自殺や希死の思いがあり、その気持ちを抑えられない場合」「幻覚や妄想などの精神病の症状が急に出た、悪化した場合」「自分やだれかを傷つけてしまう危険がある場合」とされる。緊急性を帯びていたケースもコメント欄には寄せられていた。
産後うつになったらどうなる? 子どもや夫に影響も
コメントにあるような「消えたい」「死にたい」との思いを抱くような緊急性が認められるケースでは、育児環境から切り離して睡眠不足の改善や精神的なストレスから遮断をするためにまず入院措置が取られる。その上でうつ病の治療が行われる。
緊急性がなくてもうつ病と診断された場合は投薬や認知行動療法などの処置が取られ、症状の改善には数カ月要するという。また、治療と並行して家庭・育児環境の改善も行われる。
母親の産後うつは夫も産後うつを発症するリスクを高めたり、子どもの成長に悪影響を与えたりすることが知られている。重見氏は「母親の産後うつをいかに予防するかが大事」とし、「お母さんはもっと自分を大事にしようと思ってほしい」と呼びかけた。
産後うつを防ぐポイントは?
記事のコメントには自身が育児のつらさや産後うつ状態を乗り越えた方法も寄せられていた。多くの母親が育児でつらいとコメントした内容について重見氏にアドバイスをもらった。
Q:ワンオペ状態でつらさを共有できず、孤独感しかないです。
Q:自分の時間がなく、子どもがかわいいと思えなくなってきました。
Q:育児本やネットに書いてあるようにできない。自分はダメな親に思えてしまう。
母親自ら悩みを解決することも産後うつ予防になるが、最も重要なのは周囲が協力して母親のストレス要因やリスク因子を排除することだ。
例えば「育児中の寝不足はしょうがない」とするのではなく、周囲が協力して母親の睡眠時間を確保する。妊娠中から不安を訴え続けている場合は、何が不安なのかを周りが把握して不安を取り除く。母親をいかに孤立させないかが重要になってくる。
社会全体で産後うつを減らすには?
横浜市と東京大学による共同研究で産後うつの高リスク者を3分の1以上減らした事例がある。
妊娠中から産婦人科医や小児科医、助産師といった専門家にいつでもどんなことでもオンラインで相談できるようにした妊婦と、従来の妊娠・出産環境の妊婦を比較した。オンライン相談を利用したグループのほうが産後うつの高リスク者の割合が相対的に33.5%低いという結果に。「相談先があって安心できた」「ささいな疑問も聞けてよかった」などの声が寄せられ、心身の負担軽減度は96%に上ったという。
また、記事のコメント欄にも「相談できなかったら私もうつになっていたかも」「ママ友や保健師さんに相談して心が落ち着いた」などの相談の必要性を訴える意見も目立っていた。
研究にも参加していた重見氏は地域の保健師だけですべての母親をケアするのは現実的でないとした上で、「地域での直接支援に加え、オンライン相談の需要は大きい。今後はオンラインの活用が不可欠になってくるはず」と話した。
重見大介氏
遠隔健康医療相談サービス「産婦人科オンライン」代表を務め、オンラインで女性が専門家へ気軽に相談できる仕組み作りに従事している。また、産婦人科領域の臨床疫学研究に取り組んでいる。他に、SNSやYahoo!ニュース エキスパートオーサーとして積極的な医療情報の発信をしている。
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