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経済効果は「インバウンド」以上? みんながモヤモヤ「年収の壁」支援策の影響は #令和のカネ

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春闘が本格化するなか、賃上げの機運が高まっている。その障壁となっている「年収の壁」という言葉をご存じだろうか。パートやアルバイトなどで一定の収入を超えると「被扶養者」を外れて、社会保険料の負担が発生し、その分、手取り収入が減少してしまう状況のことだ。

結果的に、「働き損」になってしまうことから働き控えを招き、大きな経済的損失を生んでいるといわれている。

こうした事態を深刻ととらえた政府も支援策を打ち出した。その支援策によって、私たちの生活にはどのような影響があるのだろうか。 Yahoo!ニュースのコメントに寄せられたリアルな声とともに「年収の壁」について考える。(Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部/監修:梅屋真一郎)

この記事、ざっくりいうと?
  • 一定の収入を超えると手取り減少を招く「年収の壁」が存在する
  • 「働き損」解消に向けて政府は支援策を講じている
  • 支援策の経済効果は約8.7兆円ともいわれ、インバウンド以上の効果も

年収129万円と130万円で手取り額は10万円の差も

冒頭で説明したように、「年収の壁」問題とは一定の収入を超えると、税金や社会保険料が発生してしまうことから"働き損"を招き、「働き控え」が起きてしまうことだ。

ただ、一言で「壁」と言っても年収100万円から200万円の間でいくつかの「壁」がある。下図の通り、年収103万円を超えると所得税がかかり、130万円を超えると、被扶養者を外れてしまい、社会保険料がかかる。負担が増えた結果、手取り額では129万円より130万円のほうが低くなってしまうのだ。

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実際どれくらいの逆転現象が起きてしまうのか。下の手取り計算表はあくまで概算だが、年収129万円と130万円とでは、年間10万円以上も手取り額に差が生まれることもある。

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こうした逆転現象は労働者にとって不都合なだけではない。「壁」を超えそうになった労働者が働くのをやめてしまうことで、雇用者も急激な人手不足に悩まされることがある。特に年収が確定しつつある年末に働き控えが生じると、業種によっては繁忙期の最中に「仕事が回らない」という深刻な事態に直面してしまう。

政府は昨年10月から暫定措置として支援策を開始

労働者からすれば「働きたくても働けない」、雇用者からすれば「働いてほしいのに働き手がいない」。こうした事態を改善するために、政府も支援策を打ち出した。それが2023年10月から始まった「年収の壁・支援強化パッケージ」だ。

これにより、もし130万円の「壁」を超えて働いてしまっても、事業主がその旨を証明することで、引き続き扶養に入り続けることが可能になった。ただ、この支援策は 2025 年末までの暫定措置であり、その後どうなるかは未定だ。

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働いてもモヤモヤ 「年収の壁」に不公平感の声

【みんなで考えよう】パート・アルバイトの『年収の壁』問題、支援開始後の変化は? 課題は?」のコメント欄(2024年1月24〜26日、計862件)には、「年収の壁」の支援策について、さまざまな意見が寄せられた。

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「年収の壁」を超えた人から集まったのは、社会保険料をはじめとする支払額の多さへの驚きの声だ。なかには総額が70万円以上、支払いが増えたという人も。また、「年収の壁」を超えなかった人からは、現在のところ2年間の期間限定とされている支援策を信じていいのか不安視する声も上がっている。

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そもそも「『年収の壁』は、専業主婦が多くの割合を占めていた昭和の時代性を背景に、複雑な経緯で生まれたものであることから、雇い主である企業側からは、『年収の壁』支援策だけでは抜本的な解決にならない」という声もあった。また、企業側の負担を不安視する声もある。

課題への指摘や提案も多く、「年収の壁」の制度はもちろん、配偶者手当や扶養控除といった所得控除などについて、不公平感を訴えるコメントも多かった。

年収の壁、打開なるか 暫定措置の今後は?

経済効果はインバウンド超え、大規模賃上げの効果も

政府が打ち出した「年収の壁・支援強化パッケージ」にどれほどの実効性があるのか。野村総合研究所(NRI)の未来創発センター フェロー 制度戦略研究室長・梅屋真一郎氏に聞いた。

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専門家に聞く、「年収の壁支援策」の真の狙い

政府の支援策は実際に効果がある?

梅屋真一郎氏
梅屋氏
かなり大きいと思われます。この支援策は、ただ単に「働き控え」を解消する施策ではありません。長年政府が着手したくてもできなかった「大規模な賃上げ策」という側面もあります。

なぜこの支援策が、大規模な賃上げ策につながる?

梅屋真一郎氏
梅屋氏

そもそも現状では、制度が時代に合っていませんでした。この制度ができたのは1980年代で最低賃金も600円に満たない時代のことでした。ですから、当時はパートで長時間働いても、「年収の壁」が問題になることはほとんどありませんでした。

ですが、いまや都市部では時給が当時の約2倍になりました。これにより、制度が壁として立ちはだかるようになったのです。時給が上がったことで「働きたくても働けない」人が出てきているのです。

前出の129万円と130万円の年収を比較した表にもありましたが、10万円、つまり時給1000円換算で100時間の「働き損」が生じているわけです。私たちの調査では、働き損にならないのなら、今より年収が多くなるように働きたいと答えた方が8割近くいました。(下図参照)。

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働き控えがなくなると、他にどんな影響がある?

梅屋真一郎氏
梅屋氏

仮に制限なく働けるとなれば、家計収入が増加します。これまで、なかなか家計収入の増加に有効な手段が講じられませんでしたが、年収の壁支援パッケージの場合は企業側が提出する書類1枚で済むわけです。もし大企業が支援策を採用すれば、他の企業、他の地域へと波及していきます。

今までは「壁」のせいでどこの会社で働こうが106万円もしくは130万円で働くのをやめていたわけですから。ある企業が採用すれば、収入が増えるその企業で働きたくなるのは当たり前です。そうすると人材の取り合いになって、また時給が上がる......という好循環が生まれます。

経済効果はどれくらいに及ぶ?

梅屋真一郎氏
梅屋氏
この支援策の特徴は、対象者の範囲が非常に広く、数百万人に及ぶ点にあります。増加した所得の一部が消費に回るだけでもその経済効果は莫大で、約8.7兆円にも上るという試算もあります。これは、1年間のインバウンドによる経済効果、約5兆円をはるかに上回る数字です。GDPの1.6%分に相当する規模になります。これだけの経済効果を生めば、企業業績も上がるかもしれません。

政府の支援策は「2年間」の暫定的な措置。その後はどうなる?

梅屋真一郎氏
梅屋氏

現時点では不明です。ただ、働く人全員が健康保険や厚生年金に加入する、勤労者皆保険制度の方向に向かっていくと予想されます

事実、雇用保険の加入要件である週の労働時間は現在の「20時間以上」を「10時間以上」にする方向で検討が進められています。また、社会保険適用義務の範囲も拡大傾向にあり、以前は従業員数501人以上の企業が対象でしたが、2022年10月には101人以上になっており、2024年10月からは51人以上になります。

適用範囲は拡大傾向にあることから、今後も106万円の壁ではなく、「53万円の壁」などにして、早い段階で壁を突破してもらい、「年収の壁」を気にせずに働いてもらうことになるかもしれません。

「年収の壁」の支援策を勤務先に対応してもらうには?

梅屋真一郎氏
梅屋氏
被扶養者の収入確認にあたっての「一時的な収入変動」に係る事業主の証明書という書類を1枚提出するだけです。ハンコも必要ない簡単な手続きですので、雇用先に相談し、対応してもらったほうがよいでしょう。


ようやく政府が対策を始めた「年収の壁」問題。人手不足も深刻化していくなか、政府が効果的かつ継続的な施策を続け、それに対応する企業が増えることに期待したい。

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