ゾフィー上田と3人の書店員
「自分の知らない世界が
ノンフィクション本コーナーに埋もれている」

ゾフィー上田と3人の書店員

ノンフィクション本の世界は広大です。自伝に評伝、事件に調査報道、冒険、社会問題、現場発のルポなど、様々なテーマであなたを未知の世界へと誘い、「世の中にはこんなリアルがあったんだ!」という驚きを与えてくれるでしょう。そんな魅力を、芸人のゾフィー上田航平さんと3人の書店員さんが語りました。 (構成・文:原利彦/博報堂ケトル、写真:小島マサヒロ)

――まずは簡単に自己紹介をお願いいたします。

伊野尾:伊野尾書店の伊野尾宏之と申します。お店は西武新宿線と都営大江戸線の中井駅の私鉄沿線商店街みたいな中にある17坪の書店です。創業者はうちの父親で、私は2代目になります。取り扱っている本は基本、新刊全般です。

安村:三軒茶屋にある猫本専門店「Cat's Meow Books (キャッツミャウブックス)」の安村正也です。元保護猫が看板猫店員として働いていて、売り上げの10%を保護猫団体さんに寄付しています。置いてあるのは全部、どこかに必ず猫が登場する本です。

小出:有隣堂の藤沢本町トレアージュ白旗店の小出美都子です。文庫担当をさせていただいていて、今回は読者目線として参加させていただきました。

上田:お笑いコンビ・ゾフィーの上田航平と申します。実は僕の祖父が有隣堂の元副社長でして……。

小出:存じております。頭が上がりません。

ノンフィクションの苦手意識があり……

――上田さんはご自身が“読書芸人”ということでも広く知られていますよね。

上田:読書芸人というのはおこがましいんですけど……。僕、SFとかの小説はよく読みますけど、実はノンフィクションには苦手意識があるんですよ。

――理由はなぜでしょう?

上田:実際の犯罪や事件を題材にしたリアリティに重苦しさを感じちゃって。フィクションは読み終えたらそこで完結できるけど、ノンフィクションは読んだあとも必ず引きずるじゃないですか。ゴールがなくて良くも悪くも考える作品なので、しんどいときはなかなか手を伸ばしにくい印象があります。

――なるほど。今日はそんな上田さんのノンフィクションへの苦手意識が少しでも払拭できるといいですね。書店員の皆さま、上田さんの話をきいていかがでしょう?

伊野尾:そんな上田さんのために今日はおすすめのノンフィクション本を持ってきましたよ。まず、1冊目は『ルポ 虐待 ――大阪二児置き去り死事件』(筑摩書房)。

上田:いや、そのタイトルがダメなんですよ!

伊野尾:これは2010年に起きた事件で、シングルマザーが2人の子どもを部屋に放置して餓死させてしまうという。そのあいだ母親は男の人のところへ行っていたとかで、当時めちゃくちゃマスコミやネットで叩かれたんです。でも読み進めていくとだんだん「あれ?」ってなってきて、「そんな一面的な話でもないぞ」と。著者の杉山春さんは児童虐待やシングルマザー関連の問題をよく扱っていて、『ルポ 虐待』もそこに至るまでの経緯を調べています。そうすると、だんだん母親1人が悪かったのか、と思えてきます。たとえば父親や児童相談所はどうしていたのか。読み進めていくと世の中はシングルマザーの問題を放置してしまっていることがわかります。

有限会社伊野尾書店 伊野尾宏之 有限会社伊野尾書店 伊野尾宏之

埋もれていた事実を知る

上田:なるほど。タイトルに「虐待」って入っているので敬遠してしまいそうでしたけど、そんな深みもあるのか。ニュースって見出しだけを読んでわかった気になりがちですけど、こうやって誰かがしっかり取材をして、埋もれていた事実を本として残してくれること自体が有難いですよね。

安村:次に、私のおすすめは、高野秀行さんの『イスラム飲酒紀行』(扶桑社)です。イスラム教の戒律ではお酒を飲んじゃダメなんですけど、イスラムの国々にもお酒はどこかに絶対あるはずだと、なんとか探して回って、地元の人と仲良くなってこっそり飲むというルポです。高野さんの本はノンフィクションには珍しくほぼ文庫になっているので手に取りやすいですし、どれを読んでも面白くて笑えます。一番新しいのだと2020年に『幻のアフリカ納豆を追え!:そして現れた<サピエンス納豆>』(新潮社)が出版されました。納豆は日本だけだと日本人は思い込んでいますけど、実は世界各国に豆を発酵させた納豆に似たものはあるんです。そういう知らないことを追求していく作品から入るのも面白いと思います。

キャッツ ミャウ ブックス 安村正也 キャッツ ミャウ ブックス 安村正也

上田:へぇ、面白そう! そうか、紀行本もノンフィクションの一ジャンルに入るのか。そう考えると、僕はSFが好きなのでサイエンス系の本は結構読むんですけど、昨年読んだ新書『スマホ脳』(著/アンデシュ・ハンセン 新潮社)は面白かったです。スウェーデンの精神科医が書いた脳科学についての本なんですけど、読んだその日からスマホ観るのが怖くなりましたもん。この本もノンフィクションですよね。気が付けば僕も結構、ノンフィクションを読んでました。

安村:はい。そして私からは「第4回ノンフィクション本大賞」にもノミネートされていた『あの夏の正解』(新潮社)をおすすめします。新型コロナの影響で夏の甲子園が中止になってしまった高校球児のみなさんの気持ちが書かれています。もともと著者の早見和真さんの小説『店長がバカすぎて』(角川春樹事務所)とかが好きで、早見さん自身も桐蔭学園で野球をされていたそうです。愛媛県の済美高校と石川県の星稜高校の方々にインタビューをしていて、球児のみなさんが起こったことをちゃんと受け止めて、かみ砕いてから自分の気持ちを話していました。ただ悲しんでいるだけじゃないんですよね。コロナの影響を受けてぐちぐち言っていた自分が恥ずかしくなりました(笑)。その後、プロに進んだ子もいるそうです。

株式会社有隣堂 藤沢本町トレーアージュ白旗店 小出美都子 株式会社有隣堂 藤沢本町トレーアージュ白旗店 小出美都子

――上田さん、みなさんのプレゼンを聞いて、ノンフィクションへのイメージは変わりましたか?

上田:いやはや、ノンフィクションと言っても幅広いですね。スポーツから、旅から、事件まで。むしろ僕の方がノンフィクション本に対して凝り固まったイメージがあった気がする。全部、読みたくなってきた!

ゾフィー上田航平 ゾフィー上田航平

表紙で得るきっかけ

――ノンフィクション本の世界へ入るきっかけが、大事なんでしょうね。

小出:自分は本を選ぶときに表紙から入ることが多いので、パッと見て「なんだろう」と開きたくなる表紙が増えるといいのかなと思います。ノンフィクション本の表紙って、硬いものが多いじゃないですか。

上田:確かに。僕が読んだノンフィクション本の『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(著/ブレイディみかこ 新潮社)もポップで読みやすそうな表紙だから手に取ったのかも。もしあれが例えば、沈痛でシリアスな表紙だったら手に取ってなかったかもしれません。さらに、「第2回ノンフィクション本大賞」をとった作品だと、目利きの書店員さんが選んだ作品だということで手を出しやすいです。僕も実際にそれを理由に買っていますし。

安村:あとは、小説家って小説を書くためにすごく取材をするじゃないですか。だから、小説家の方が作品を生み出すために取材した内容をそのままノンフィクションとしても一緒に出せばいいと思うんですよ。開高健なんかは、『ベトナム戦記』(朝日新聞出版)を書いて、ベトナムを取材したことを小説にもしています。そういう手法なら同じ取材費で2本書けて、一石二鳥なんじゃないかな、って。

上田:おお、実は僕もお笑いでメイキングを見せる手法をやったことがあります。テレビで3分のネタを披露することが決まっていたので、ライブで同じネタの6分バージョンをやって、どこがウケたかをお客さんと考えて3分に縮める過程を少しだけ見せて、最終的にどうなったかは番組を見て確認してくださいっていう。そうすることで「ネタってこう作るんだ」って興味を持ってもらえたと思うし。メイキングや舞台裏をガンガン見せていくことで本編の見方が変わってくるんですよね。

小出:私も『黒牢城』(著/米澤穂信 KADOKAWA)にハマったとき、あの時代の歴史書も手当たり次第に調べたから、フィクションからノンフィクションへ入る入口もありますね。

上田:おおお、まだまだ自分が知らない世界がノンフィクション本コーナーに埋もれている気がしてきました。早速、本屋に寄って帰ります!

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