Media Watch2018.05.28

「書く楽しさ」は「読む楽しさ」につながる――深津貴之さんが考えるnoteの戦略

文章や写真、音声、映像などを投稿できるメディア・プラットフォーム「note」。ブログとしての機能にSNS的な要素を備え、クリエイターと読者をつなぐ新たな仕組みとして、今日では一般ユーザーのみならず著名な書き手も利用しています。

その運営元の株式会社ピースオブケイクに2017年秋、UXデザイナーの深津貴之さんがCXO(Chief Experience Officer)としてジョインしたことが話題になりました。さまざまなUXの改善実績を持つ深津さんの参画で、noteはどう変わっていくのか? 深津さんに、今この時代だからこそメディアに求められているものを伺いました。

取材・文/友清 哲
編集/ノオト

noteは「出版」に近いルーツを持っている

複数の会社・クリエイターで構成されたITとデザインのチーム「THE GUILD」代表でUI/UXデザイナーの深津貴之さん

――株式会社ピースオブケイクのCXOに就任して約半年になりますが、もともとnoteというツールにはどのような印象をお持ちでしたか?

僕自身の活動は、ブログから始まっています。その背景からブログコミュニティーの再設計やデザインには以前から関心を寄せており、noteに関しても興味深く見ていました。他のブログと比べて、濃い作品が生まれる場になっていますよね。これはおそらくルーツの違いによるものでしょう。例えば、アメブロやLINEブログの場合は、初期から著名人に浸透させる戦略でユーザーを増やしてきた経緯があります。

しかし、ピースオブケイクはもともと、2012年から作家やエッセイストのコンテンツを掲載するプラットフォーム「cakes」の運営を行ってきた会社で、どちらかというと出版業界に近いルーツを持っています。

そのためnoteには、作家をプロデュースする、作家にとって使いやすいツールを提供するという意識が、当初から根付いていたように感じられます。

――CXOに就任されてからこれまで、noteには具体的にどのような改善が加えられたのでしょうか。

基本的な施策については、そのつどnoteへの投稿で報告している通りです。記事を発見しやすくするために検索機能を強化したり、エディターの精度を向上させたり、公開前のプレビューを共有できるようにしたり……。ユーザーが書いたnoteを1000記事以上読み、ユーザーの声を聞きながら改善を行いました。

何か画期的な新機能を追加するというより、コツコツと細かな改修を続けている状況ですね。大まかに言えば、こうした取り組みを通して、ユーザー体験の向上とビジネスの健全化を矛盾なく両立させることが自分の役目だと考えています。

――ビジネス面における成果についてはいかがでしょう。

アクティブユーザー数で見れば、昨年8月から3倍、クリエイターの継続率も1.8倍に伸びています。また、検索からの流入数は2.5倍、流通額も数倍になるなど、おかげさまでここまでは順調に運んでいると思います。

手段を選ばなければ、数字を伸ばすこと自体はさほど難しくはないかもしれません。ですがnoteでは、そのようなグロースを推奨せず、健全な成長を目指しています。例えば1つの記事を何ページかに分割してPVを稼ぐような手法は、多くのメディアが行っています。しかし、それは読者にとって健全とは言えません。

noteでは、「クリエイターファースト」、「ユーザーと対話をする」、「多様性を大事にする」、「素早く試す」、「大きな視点で考える」の5つのコンセプトを大切にしています。これはもともとピースオブケイクにあった考え方を、ワークショップを重ねながら改めて言語化したものです。

このコンセプトを踏まえて、コンテンツそのものを面白くし、それを読みたいと思うユニークなファンを増やしていける施策を選ぶことが理想です。

「ブログを書く」という体験をまるごとアレンジする

――noteは今後、どんな方向性を目指していくのでしょうか?

noteのミッションは、「誰もが創作を始められ、続けられるようにする」で、そのためには“ブログを書く”という体験をまるごとアレンジする必要があると思います。潜在的に書きたい意欲を持っていながら二の足を踏んでいる人というのは、楽しいコンテンツを目にすれば刺激されるものです。その意味で大ざっぱに言えば、「読む楽しさ」を追求することは、「書く楽しさ」を追求することと同義でしょう。

まず「読む楽しさ」とは、書き手が有名であるか否かにかかわらず、面白いコンテンツが届けられること。これは優れた文章を埋もれてしまわないよう、noteの持つSNS的な機能がサポートする部分ですね。

そして「書く楽しさ」とは、ツールとしての使いやすさもさることながら、自分の書いたものが誰かに読んでもらえることにあると思います。書き手にとって何よりもつらいのは、力作の原稿を書いて公開したのに、まったく読んでもらえないことです。書き手がいっそう書きたくなること自体が、「読む楽しさ」につながる。これはnoteの大きな特徴だと思います。

――その意味では、こうして多くの人がブログを書いている現状を見ると、世の中にいかに“書きたい人”が多いのかがうかがえます。

人間はもともと本能的に、情報を吐き出したい生き物なんですよね。人間が他の動物と異なるのは、知識を次の世代に伝えられること。つまり情報を伝えたいというのは、種として存続していくための遺伝子レベルの欲求とも考えられます。現代社会では、その手段の1つがブログなわけです。

また書ける場所が減っていたことも、今noteのようなメディアが再び注目を集める理由の1つでしょう。昨今、メディアが数字主義にシフトしたことで、長い文章よりもアクセスを集めやすい、映像や音声のコンテンツが増えてきました。そのため、書きたくてもその機会が得られない、難民状態のユーザーがたくさん存在しています。

商業出版物をさらに売るためにnoteが一役

――ユーザー数を拡大するために、ターゲティングしているのはどのような層ですか?

20~50代まで満遍なく使われていますが、どこか特定の層に狙いを定めるのではなく、すべての書きたい人を見込んでいます。それは在野のアマチュアだけでなく、これまでインターネット上で原稿を発表しようと思わなかったプロの作家やエッセイストも同様です。

実際、作品を出版する際にnoteやcakesを効果的に使って売り上げにブーストをかける、といったケースも増えています。田中圭一さんの『うつヌケ』や、平野啓一郎さんの『マチネの終わりに』などが好例でしょう。

――小説にしても漫画にしても、売るための工夫が求められる中で、noteがその一助になり得る、と。

そうですね。すでに感度の高い作家さんや出版社は、noteに関心を持ち始めている手応えを得ています。僕らとしては、その効果を証明していくことで、noteのブランドを確立していかなければなりません。

――では、noteをどのように使えば、既存の作家や出版物の売り上げ向上につなげられるでしょうか?

乱暴な言い方をすれば、書籍は書店で平積みされることで一定の売り上げが担保されます。もちろん、平積みされるためにはクオリティーが伴わなければなりません。どんなに内容が優れていても人目に触れなければ売れないわけです。つまり、書籍の売り上げとは、「内容×露出の回数×購入機会(買いやすさ)」によって決まります。

このうち、露出の回数と購入機会については、noteやcakesといったウェブメディアの得意分野です。上手に活用されているクリエイターさんは、内容の一端をnoteで公開するなどしてファンを増やし、その流れのまま出版して部数を積み上げています。ほかにも、noteで連載したものにプラスαのコンテンツを添えて書籍化したり、ミステリーであれば物語の前半をnoteで公開し、最後の謎解き編を含めた完全版を書籍で販売したりするなど、さまざまな手法が考えられます。

――とにかく本が売れないと嘆く出版関係者が多い昨今、インターネットは競合相手ではなく頼もしい味方になり得るわけですね。

そう思います。せっかく本を書いてもすぐに絶版になってしまうくらいなら、オンラインに載せたほうがいいでしょう。世の中には日の目を見ない優れた作品がたくさんあると思います。われわれとしてはそうした書き手や出版社とも積極的につながっていきたいですね。個人だけでなく、法人の活用も大歓迎です。

――最後にnoteのこれからの取り組みについてお聞かせください。

noteが取り組む柱は、大きく3つあります。コンテンツパワーを強くすること、発見性を高めること、そして継続性を高めることで、これは今後も変わりません。なかでもコンテンツパワーを強めるには、クリエイターを育てるという視点が必要になってくるでしょう。

例えば先日、3つの出版社と新たにパブリッシング・パートナーシップを締結しました。これはnoteと出版社をつなげることで、クリエイターの活躍の場を書籍などにも広げていくことを目的にしています。

これはまだほんの一例で、僕らが持っているオンラインのノウハウを使って、優れたクリエイターの作品を世に広めることはもちろん、将来的には文章指導や公開のテクニックを伝えるような施策もあり得るかもしれません。今日明日で手を付けられることではありませんが、われわれとしてもすべての創作者に長く作品づくりを続けてもらうために、長いスパンで考えていく必要があるでしょう。

「誰もが創作を始められ、続けられるようにする」世界をつくるために、私たちはサービスをどんどん改良していきます。

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