Technology2016.05.25

PVはジャーナリズムと矛盾? 習慣化や滞在時間も重視 デジタルメディア生き残りへ、日経電子版とYahoo!ニュースが追う数字は

3月に初めて開催された「デジタルジャーナリズムフォーラム2016」でのセッション「データ活用でデジタルメディア大競争を生き抜く ページビューだけで読者は見えない 日経電子版とYahoo!ニュースのデータ戦術」では、日本経済新聞社とYahoo!ニュースの担当者が、メディア運営において追うべき指標について語りました。立ち見が出るほどの人気だったセッションの中身を一部紹介します。

【出演】(敬称略)

  • 山内 秀樹 日本経済新聞社 デジタル編成局編成部
  • 苅田 伸宏 ヤフー株式会社 ニュース・スポーツ事業本部編集部
  • 庄司 和正 ヤフー株式会社 ニュース・スポーツ事業本部 ニュースアプリ サービスマネージャー
  • 【モデレーター】岩本 有平 AOLオンライン・ジャパン株式会社 TechCrunch Japan 編集・記者

岩本 有平(TechCrunch Japan/以下、岩本) 最近GENKINGの記事でめちゃめちゃPV(ページビュー)を稼ぎました(会場から笑い)。僕の話はいいんですが、僕たちのような特化型のメディアも含めて、デジタルメディアはどんな指標を追えば良いのか、という話をよくしますが、今までだとそこで「PVでなんぼ」「インプレッションでなんぼ」というビジネスをやっているところが多かったと思います。TechCrunchで言うと、日々の数字はGoogle アナリティクスなどのツールを見るぐらいしかできていないのですね。そこで2社の取り組みについてうかがうことで、これから僕たちデジタルメディアに関わる人間がどういう指標を追いかけ、どういう戦略を立てていけばいいのか、ということを考えていければと思っています。

PVだけを指標にすると、ジャーナリズムとの両立が難しく

山内 秀樹(日本経済新聞)

山内 秀樹(日本経済新聞社/以下、山内) 2010年3月に日経電子版という形で、いわゆるサブスクリプションモデルで会員登録、有料会員モデルを作りました。会員ゼロから6年で46万まで、無料会員も合わせると300万人分ぐらいを獲得できています。あとは機能を充実させ、使うメディアとして、ビジネスマンの生産性を高めるというところに注力してきました。

元々、電子版の前に日経ネットというサービスをやっていて、それはサブスクリプションモデルでなくて、純粋広告モデルでした。PC中心に立ち上げて来ましたが、非常にスマホシフトが進んだ。アクセスや解析の仕方も相当変わっています。特に「PVで良いのか」というのが大きな課題になってきています。大きなニュースがあるとPVは増えるんですけども、ECのように直接利益につながらないという課題もあったりして、メディアの皆さんも抱えている課題かと思っています。さらにジャーナリズムで考えると、PVを取る記事って軟らか目だったりとか、見出しが釣り気味だったりとかですね。数字を取ることがジャーナリズムとしての価値を高めているのか疑念があって、この両立はPVだけで見ると非常に難しくなってしまいました。

IDでお客さんを理解、リーチ向き、エンゲージ向きの記事の違いも分かる

日経電子版の有料会員の特徴

それで「人」を理解してくことにシフトしていったらと、日経IDを作りました。初めてお客さんのデータ、お客さんと直接つながったのが特徴です。今まで新聞って、販売店が配っていたんで、お客さんと向き合ってたのは基本的に販売店だった。ただ、IDによって、どういう年代なのか、どういう記事を読んでいるのか、どこに住んで、ってことまで理解できるようになった。それが今300万規模であるので、データを軸にして、お客さんがどう行動して、何を求めているのかが分かるようになるんじゃないのか、というところで注力しています。

ブラウザで捉えると、朝読んで、昼読んだ人って別人になるんですけど、IDベースで見れば、連続した読者として、朝こういう記事を読んだ人が昼にその補強をしてるんだな、みたいなことがはっきりみてとれます。例えば年代や性別で、全然読んでいる記事って違いますよね。あとは会員と、非会員を含めた全体で比べても、関心の違いがわかる。会員になってから読む記事って、割と深掘り系の記事だったりとかするんですけど、最初のタッチポイントは、もうちょっと軟らか目の記事だったりします。何を出せばリーチが取れて、何を出せばエンゲージに効くのか、ということも比較で分かったりします。

1月に読まれた記事のランキング。会員と、非会員を含めた全体で違いが表れている

いわゆるビッグデータ解析みたいなものも手がけていて、例えば解約とか入会をデータで科学するみたいなことも始めています。当然かもしれないですが、アクセスが少なくなったらやめやすいよね、ってのは分かるかなと思うんですけど、うちの場合は新聞なんで、平日に読んでくれないとやめるよね、とかですね。後はどうにもならないんですけど、利用案内とかヘルプをやたら見るようになるとやめるとかあるんですけど。もうそうなっちゃうともう何をしてもやめちゃうので、なかなか手の施しようがないというところもあったりしますが。

習慣化するほど解約率低く、メール作戦は失敗?

岩本 解約を防ぐための施策として、うまくいったものはあるんですか。

山内 試しに、解約しそうな確率が高い人に人にスコア付けてメール送ってみたらどうなったかっていうと、余計やめたと。やめる行動をとっている人に送ったら余計に「あ、やめるの忘れてた」って。例えば訪問日数が少なかったらやめるんだったら、その前に手を打つべきだろうと。やめそうな人にユーザーインタビューすると、何が駄目だったかが分かるんで、そこをカバーしていくことにシフトしていく感じです。

結局一番重要なポイントって、長期的な視点で習慣化させることです。毎日来てくれる人ほど解約率が低い。毎日使わせるために何をしたかっていうと、サービスだけじゃなくて機能とか、マイニュースって機能をつくって、なるべくあなたに必要な記事をプッシュするとかですね。あとは習慣化するために、ある程度サービスがどんなものか分かってから入ってこないと厳しいので、最近だとワンコインお試しみたいなのをやって、サービスに親しんでもらって、習慣化できるイメージを持ってから入ってもらう。そうすると継続すると。そういう取り組みをどんどんやってきて、一定に有料会員は増やせています。普通は無料の会員、全体の会員数が増えると有料比率って下がっていくんですが、有料会員比率は15%で一定してとれています。

左から岩本(TechCrunch Japan)、山内(日本経済新聞)

アプリは利便性高く、一人当たりの広告売上はスマホブラウザの数倍

岩本 続きましてYahoo!ニュースのお話を伺えますでしょうか。

庄司 和正(ヤフー株式会社/以下、庄司) Yahoo!ニュースに限らず、ヤフー全体としての大きな戦略として、スマホアプリにシフトをしています。Yahoo! JAPANってブラウザが強いですけれども、ブラウザにしがみついていくと、廃れていくことが目に見えてわかっていますし、アプリの体験はブラウザにないサクサク感とか、アプリならではの利便性が高いので、そっちにシフトさせてより便利に使っていただこうと。アプリで見てもらった方が、ユーザー体験が良いと、自信を持って言えます。加えて、ビジネスもやっていますので。アプリでの広告売上は、実はもうスマホの広告売上、一人当たりの広告売上の数倍になっていますので、ビジネス的な観点からもアプリシフトを進める方針になっています。

岩本 ちなみにスマホアプリの体験として一番「刺さる」ものってどういうものなんでしょうか。「プッシュ通知がある」とかそういったことですか。

庄司 一番に挙がるのはプッシュですよね。その人に伝えたいものを、その時間、リアルタイムに伝えられるというのは、アプリならではの優位性ですね。

苅田 伸宏(ヤフー株式会社/以下、苅田) やっぱりスマホのアプリでぜひ使っていただきたいということで、スマホのブラウザの方にバナー広告なりを出してですね、アプリに誘導するということをやっています。一見何だろうと思われるかもしれないですが、これがバナーの一つになります。

「ローカル」ジャンルの滞在時間や、プッシュ開封率はエンタメ級

あとは機能面で申しますと、タブの一つに都道府県タブがあります。これは、自分が住んでいるところでも、過去に住んだところでも、出身地でも何でもいいんですけど、その土地のニュースが読みたいと思う地域を設定して、見ていただくものです。

先ほど舞妓さんのバナーが出ていましたけども、ニュースアプリを使っていただくために、アプリの便利な機能をアピールしたバナーをYahoo!ニュースのページ内に掲出してダウンロードをおすすめしました。プッシュ通知を受け取れます、アプリだとサクサク読めますとか、いろいろ試したのですが、一番反応が良かったのは都道府県タブをアピールしたものでした。いわゆるローカルニュースへのニーズがこんなに高いのかと思うぐらい、ダウンロードに結びつきました。

私たちのPC時代からのノウハウだと、エンタメとスポーツが一番読まれてユーザーのニーズに応えるジャンルとして重視しました。しかし調べていくと、ユニークブラウザベースですけども、実はローカルニュースの方が滞在時間が長いということが分かりました

昨年12月からは、地域別プッシュ通知を始めました。都道府県ごとにプッシュを打ち分けることができるようになりました。その成果を、プッシュが配信された中でどのくらい開かれたか、っていう開封率で見ているんですけど、先ほどもあったように、ローカルへのニーズがエンタメ級に高いというのがわかるデータになっています。

例えば自分が住んでいないところでの事件のニュースであれば、遠くの社会現象、社会問題だと思うんですが、自分の地域で起きると、生活に直面したリスクとして捉えたり、地元の話題になったりとか。やはり自分のニュースとして受け止められるので、みなさん関心が高いのかなと。なので、その人に合ったものをきちんと出すということを、皆が知っていた方がいいという重要ニュースとともに、お届けしていきたいと考えています。

プッシュ連発でアンインストール促進…本数や間隔を意識

岩本 気になるのは、プッシュによる解約促進といった点です。例えば他のニュースアプリでも「号外」をやると嫌がられる、といった話を聞いたことがあります。

苅田 以前に全国向けのプッシュ通知を1日にたくさん打ちすぎてしまって、アンインストールがものすごく多かったということがありました。本数は1日に6本で、夕方以降に1時間おきに5本。振り返ってみると「うざい」っていうのが後から分かるんですけど。それから約束事として、間隔の目安を決めるとか、1日の本数、週間の本数の目安を決めるとか、意識しています。

アプリからの誘導をPVと定義してよいのか

岩本 2社では今、PVをどういう指標として見ているのでしょうか。

庄司 PVの価値がどんどん多様化して、それ一つだけで物事を判断していくってのは、もうYahoo! JAPANの中でも薄れています。滞在時間や再訪問率とか、どれだけ使われたかという指標に、今は重きを置きつつあります。もちろん広告と連動しているインプレッションPVなので、ビジネス的にはちゃんと見ます。例えばPVが下がるけど再訪問率が上がる施策には、バランスですよね。ビジネスを取るか、ユーザー体験を取るか。PVを見なくなっているわけではなく、いろんなものを見るようになりました。

山内 広告インプレッションでビジネスをしている部分も大きいので、PVは絶対に捨てられないのが現状です。PVだけで見ていると、サブスクリプションモデルのユーザーのエンゲージメントみたいな点を追えないから、両方見ましょうという気持ちです。ただ、PVで一番問題なのは、アプリでどうやって測るか。近々の課題としてはいろいろ考えなきゃな、ってところで、ヤフーさんはどう考えてますか。

左から苅田、庄司(ともにヤフー)

庄司 アプリでもPVを取れるように、裏側で頑張って飛ばしてカウントしています。オフラインで読んだとしても、PVがカウントされる仕組みを作っています。会場にYahoo!ニュースの情報提供社の方もいらっしゃると思いますけど、ちゃんともらさずに、PVとしてカウントしていますので大丈夫です。

山内 われわれはPVとしてはとってないですけど、記事が読まれたかを別にとっています。PVって言っていいか自信がなくて。今、月間3億PVって申し上げていて、一見増えていないようですけど、アプリ誘導を足したらもっと多い。含んでしまっていいかどうか、まだコンセンサスが得られてないんじゃないか不安を感じていて。だからその辺がどうなっていくのか関心があります。

メディアはプラットフォーム側にデータを要求すべき

岩本 話は変わりますが、FacebookのInstant ArticlesやGoogleのAMPなどは、メディア側が自分たちのコンテンツを外のプラットフォームに出すものですよね。そういったものに対してどのようにお考えでしょうか。「敵か味方か」とまでは言わなくとも、メディア、コンテンツの作り手として危機感があったりするところもあります。

山内 日経新聞は今までは直接流入、指名買いってのが非常に多かったんですよね。最近だと分散、ディストリビューションだと言われるようになってきていて。日頃その人たちが生活しているポイント、SNSでユーザーが友達の投稿をチェックしている中にニュースを入れていくとか。そういうタッチポイントを作っていかないと、なかなかもうわれわれの存在に気づいてもらえない可能性が出てきています。

流れは止まらないだろうと思っているんですけど、無邪気に参加するのは怖さがあります。われわれはまさに経験を積もうとしているところで、Instant Articlesとかに参加をして、具体的にどんな読まれ方をするのかを勉強している最中です。勉強したうえで、プラットフォームに「こういうデータを下さい」とか「コンテンツの提供の仕方をある程度コントロールできませんでしょうか」とメディアが声を上げていかないといけないと思っています。

庄司 もちろん脅威だなとは思っています。囲い込みをされると、その中でしかユーザーは動かなくなって、僕たちがコンテンツを出して、そこだけで消費されると、ユーザーのログすらわからない。うかつに、面白そうだからやりますってことは、できないと思っています。Yahoo!ニュースではないですが、THE PAGEというメディアで、AMP対応していただいて、実験的にどういうことができるのかやってもらってます。どう考えてもユーザー体験めっちゃいいですよね。すごくいいんで、何とかうまいことやりたいですよね。

アナリストは専任で。結果を出すには時間が必要

岩本 今日聞いたノウハウなどは僕もすごい勉強になったんですけど、じゃあ今から自分たちのメディアでもやってみようとなったときに、まずどういう観点を持つべきか教えていただけませんでしょうか。

庄司 考え方として、とりあえずアナリシスをやる人を専任で立てることが大事。掛け持ちでできるような代物じゃないですよ。それプラス、軌道に乗るまで、ちゃんとした結果が出るまで時間がかかるということを、上層部の方たちも認識をそろえてもらわないと。1カ月で急にCTR上がりますとか、人が増えますとかっていうことはないです。PDCAを回し続けないといけないんで、時間がかかるということを、上層部に認識していただきたいですね。

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