Inside2015.03.11

“焼き鳥屋”と“ダイエット”から生まれた3.11の「電気予報」メーター~エンジニアとデザイナーが担ったジャーナリズム

 東日本大震災から4年が経ちました。これまでの記事でもお伝えしましたが、震災はヤフーにも多くの教訓を残し、中には東北に拠点を移した社員もいました。今回は、震災直後にYahoo! JAPANのトップページなどで提供を始めた「電力使用状況メーター」と、独自のアルゴリズムを組んで作成した「電気予報」について、当時の担当者が振り返ります。
 見えないものを予測し、可視化する――。今ではある程度認知されるようになったデータジャーナリズムインフォグラフィックという言葉がまだ知られていなかった4年前、エンジニアとデザイナーが手探りで取り組んだ情報発信の裏側はどのようなものだったのでしょうか。

Photoshopを定規代わりに、東電の画像を手動で電力換算

 

 ヤフーでは震災の翌日からタスクフォース(以下震災TF)が役員室の近くに設置された。各サービスから有志で集まった社員が24時間で泊り込みで対応にあたり、この現場から募金や公共機関へのキャッシュサイトなどさまざまなサービスが誕生。そんな中、震災発生後ニーズが急速に高まったのが、福島第一原発事故の影響による電力供給状況や計画停電の情報だった。

――震災発生2日後の3月13日に節電の特設ページ、3月22日には電力使用状況メーターをリリースした

河野清宣・震災TF制作担当(当時) 震災直後、「とにかく出せる情報を提供していこう」ということで、見やすく提供する以前に情報を早く正確に提供することを最優先して、デザイナーがページをつくっていきました。震災直後の13日にリリースした節電特設ページは簡素なHTMLでつくった、プレハブ小屋のようなページ(下の画像)でした。当初は節電の啓発や計画停電の情報などを更新していましたが、いつ発表されるかわからない状態だったので、24時間担当が張り付いて都度手作業で更新していました。

↑震災発生2日後にリリースした節電特設ページ。簡素なHTMLでつくった「プレハブ小屋のような」ページだった。

河野 節電特設ページリリース後にアクセスが殺到し、翌14日のYahoo! JAPAN全体のPVは当時過去最高となる23億6500万PV(日)を記録しました(グラフ参照)。まさに「拙速は巧遅(こうち)に勝る」状況であることを体感した瞬間でした。

高橋義典・震災TF開発責任者(当時) 3月22日には東京電力が電力使用実績を公開したので、その日のうちに、電力使用状況が一目でわかる「電力使用状況メーター」をリリースしました。前もって東電がどのような情報をだしてきてもいいように、事前にパターンを想像して準備をしていたため、なんとか公開直後にリリースできましたが、最初はアナログ作業の連続でした。自動に更新される仕組みが出来上がるのを待っていたら間に合わないので。

河野 いざ情報が公開されてフタをあけてみると、「縦軸に数字が記載されていない、折れ線と棒グラフの画像データ」だったので、数字データから自動的に電力使用率を算出することができませんでした。どうするんだ、ということになって……ひとまず応急処置としてPhotoshopでグラフの長さをはかって、「1ピクセル=何万KW」といった具合にピクセル数を電力に換算してツールに打ち込んで……という作業をリリース直後はひたすら行っていました(参考:画像)。その後自動で計測できるようにしましたが、IT企業に入って、Photoshopを定規代わりに使ったのは後にも先にもその時だけだったような気がします。

――電力メーターのデザインはどのように決まっていったのか

河野 リリース前のたたき台となったデザインも含め、ボツになった候補のデザインもいくつかありましたし、リリース後もユーザーの声を聞きながら改善していきました。最初は80%以上を赤色とするデザインだったのですが、「危機感をあおりすぎている」というツイッターのつぶやきを見て、赤の割合を95%以上にするなどしていき、徐々にシンプルなデザインになっていきました(画像参照。※画像中の数値はテスト用に作成した仮のものです)。

高橋 今でいうと、「アプリのレビューに対してどう対応するか」というPDCAを1日単位でまわしている感覚に近いかもしれません。捨てるものはどんどん捨てて新しいものをつくっていって、という状況でした。夜帰宅して翌朝出社するといつのまにか新しいサイトが出来上がっている、という“毎晩一夜城”状態は茶飯事だったのを覚えています。

↑実際には使用されなかった「電力使用状況メーター」のボツ案(右側はボツ理由)。(※画像中の数値はテスト用に作成した仮のものです)

焼き鳥店で生まれた「電気予報」のアイデア

 3月22日にリリースされた「電力使用状況メーター」はリリース後から膨大なアクセスがあったものの、致命的な課題を抱えていた。東電から提供される電力使用状況データは1時間以上前の時間帯のもので、「いまの電力使用状況がどうなっているか」がわからないため、実際の節電行動につなげることができなかったからだ。
 そんな課題を解決するために生まれたのが、2011年4月27日にスタートした「電気予報」だった。


澤田泰良・震災TF開発担当(当時) タスクフォースで寝泊りして作業をしながら、合間にメンバーと通っていた近くの焼き鳥店があったのですが、そこの店員さんが「計画停電が始まったら店を閉めなければならない、一方、店を開けるなら前もって仕込みをしなければいけない。節電には協力したいのだけど、自分達はどうしたらいいのかわからない。先の電力が予想できたらいいのに……」と困り果てていて。それをきっかけに、メンバーと「過去のデータをもとに先の電力を予測できないか」という話になって、生まれたのが「電気予報」だったんです。

「“桶屋”を探せ」

――当時前例のなかった「未来の電力を予測する」仕組みは、どのように作っていったのか

澤田 「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざがありますけど、「桶屋」と「風」の関係のようなものが「電気」にとっては何なのかを探して、それをアルゴリズムに落とし込んでいきました。何がいいたいかというと、電力が使われる「要因」にあたるデータをとにかくかき集めて、それをもとにアルゴリズムを出して将来の電力を予測していったんです。3月22日から東電から発表されていた電力使用状況のデータも蓄積していましたが、過去数週間分しかないので、電力使用状況だけでは未来を予測するための情報が足りない。でもヤフーには数多くのサービスがあって、そこに膨大なデータが眠っている。それをとにかくたくさん集めて、過去の電力使用状況とあわせることで、予報の確率をあげていったんです。
 例えば、Yahoo!天気・災害が持っている天気や気温、湿度などの情報や、Yahoo!ロコが持っている各地域の人口密度の情報。都心と地方では、同じ気温でも建物の形状や地形によって体感温度が変わってくるので。また、平日と土日でも電気の使われ方のパターンが違いますし、東京ドームなど大きな施設でイベントがある日はいつもより電気が使われるので、そうしたデータなども参考にしました。

――予報の精度はどのようにあげていったのか

澤田 リリース当初は、これまで世の中に「電気を予報する」という概念がなかったですし、電力情報に関しては日本中がナーバスになっていました。人の命にも関わる情報ですから、もちろん社内からは反対する意見もありました。リリースが4月27日で、直後に大型連休に突入してしまったのですが、大型連休は人の行動パターンも通常よりイレギュラーになります。そのため、最初は予報がずれてしまうこともありました。開発側としてはなんとしてでも精度をあげなければいけないということで、電気予報の開発と同時並行で、予報のズレを自動的に学習して精度を上げるコンピューターラーニングを開発してそれを使って、徐々に予報の精度をあげていきました。

「ダイエット」に意外な共通点

――そのほかの機能などは、どのようにアイデアを得たのか

澤田 私は震災前まではYahoo! BEAUTYを担当していて「ダイエットダイアリー」を開発していたのですが、実は電気予報は、その機能を参考にしてつくりました。

――ダイエットと電気、接点があるようには思えないが

澤田 「ダイエットダイアリー」はユーザーが体重を記録する機能があって、体重の増減によってその人にあった食べ物や生活に関するアドバイスに関する文言を自動生成する仕組みなのですが、それを電気予報の「電力の増減に対して、節電アドバイスなどを自動生成する機能」に応用したんです。
 私と一緒にダイエットダイアリーを作った、沼田瑞木という企画がおりまして、電気予報のプロジェクトが動き出してすぐに手伝いに来てもらいました。家庭の電力の差配を握っているのは主婦層が多いので、そういったユーザーにアプローチするためにも、ダイエットダイアリーを担当した時の経験が非常に参考になりました。例えば、節電行動の呼びかけも言葉だけではなく、「体重の増減によって食べ物のアイコンの大きさが変化する」という見せ方を、「電気予報によって家電製品のアイコンが変わる」といった見せ方に応用したりしました。

↑「電力使用状況メーター」同様、「電気予報」もユーザーの声を受けて徐々にデザインを改善していった(注※2番目のデザインは実際にはリリースせず。また、画像中の数値はテスト用に作成したものです)。

エンジニアとデザイナーが担ったデータジャーナリズム

 「電力使用状況メーター」はその後、2011年度のグッドデザイン賞を受賞。「電気予報」をめぐる一連の取り組みは、ヤフーにとって、政府などが提供するオープンデータを活用しユーザーに可視化して伝える「データジャーナリズム」の先駆けになった。

――今、あらためて一連の取り組みを振り返ってみて

河野 今では私たちの世界ではインフォグラフィックやデータジャーナリズムという言葉は当たり前のようになりましたが、震災当時はそのような言葉は我々のあいだにも浸透していませんでしたし、ヤフー自体も、今では選挙の議席予測など「ビッグデータレポート」がおなじみのコンテンツになりましたが、当時は「ヤフー自身がデータを使ってコンテンツを外に発信する」という風潮もありませんでした。4年前は夢中で対応していましたので、「ジャーナリズム」なんて意識は全くなかったですし、「イノベーションを起こしている」なんて意識も全くなかった。「プラスティックなものをガンガン積み立てているうちになんだか大きなものができあがっていた」というような感想です。とにかく最初は早く提供し、そこを軸に表現の幅を急速に広げていく。その結果だと思います。
 
電気予報に関しては、一時期「防災速報」のアプリで電力情報をプッシュ通知でお届けする、ということも行っていました。そうした、ニュース記事のようなテキストコンテンツだけではない「データを使ったコンテンツ」もユーザーにダイレクトにお届けするようになったということも、振り返ってみて一つの転換期だったのではないかなと思います。

高橋 当時は、電気予報などのデータを節電行動につなげてもらうためにAPIを公開したのですが、データを自分達の中だけにとどめないでユーザーの生活面にどれだけ近づけられるか、ということを考えていました。当時はツイッターやアプリが世の中にどんどん出てきている時期でした。だから、データさえ使いやすい形にして公開すれば、誰かが上手に活用してくれると信じて公開していました。

澤田 私たちがデータをもとにコンテンツを発信してユーザーに問いかけることで、さらにデータがたまっていって新しい取り組みができる、そういう発見があったことは自分にとっても非常によい経験でした。データジャーナリズムを通じて、これまで世の中に知られていなかったエンジニアやデザイナーの魅力や価値を外に発信することができる、そういった可能性も感じています。

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