Inside2015.04.24

Yahoo!ニュース“Buzz”はなぜ「失敗」したのか~エンジニアに「解」を与えた編集者の存在

普段Yahoo!ニュースをご利用いただいている方の中にはお気づきの方もいらっしゃると思いますが、3月31日、Yahoo!ニュースから「Buzz」コーナーが姿を消しました。

時を同じくして、「Buzz」のリニューアルという形で「テーマ」機能をリリースしました。

ブラウザ版はテストリリース期間中のため現在は3%のユーザーに表示される仕組みとなっていますが(100%リリースは5月完了を予定)、Yahoo!ニュースアプリの最新ver.では全てのユーザーの皆様がご利用可能です(画像参照。テーマの機能やアプリの詳細についてはこちら)。

Yahoo!ニュースの「Buzz」は、2013年7月のリリース(ブラウザ版リリースは翌月)からわずか1年8カ月でその役目を終えました。

Buzzの機能や狙いなどについて書かれた当時の記事を振り返ってみると、当時の狙いは以下のようなものでした。

世の中の大きな動きとしてソーシャルメディア発のニュースが生まれるなど、モバイル端末を使うユーザーの環境は大きく変化している。そんな現状を踏まえ、「インターネット上で話題になっているコンテンツを独自のエンジンを使って抽出する新たなコンテンツを実装した」――コンセプトは世の中の“今”を知る 「Yahoo!ニュース」アプリの狙いとは? ‐ ITmedia Mobile(2013年7月12日)より

「Buzz」が「テーマ」へ変わるまでの約1年8カ月、Yahoo!ニュースの中ではどんなことが行われていたのでしょうか。なぜYahoo!ニュースは「Buzz」をやめたのか、そしてなぜ「テーマ」という形でリニューアルに踏み切ったのか――。

リリース後の今だから話せる当時の反省とリニューアルの経緯と裏側、そしてこれからについて、担当者らが語ります。

「ねじれ」のはじまり~Buzz時代の反省

――Buzzが始まった経緯や、当時を振り返ってみて感じることは

爲房新太朗 「テーマ」開発担当 Buzzの構想が始まったのは2012年のはじめごろでした。構想が立ち上がった当時は、Yahoo!ニュースと切り離した独自サービスとしてプロジェクトが立ち上がりました。「Yahoo!ニュースのユーザー層とBuzzのユーザー層は違うのではないか」という意見がありまして。Yahoo!ニュースにはトピックスというマス向けの見せ方はありましたが、それ以外のニュースの消費体験を提供しよう、というところからスタートしたのが 「Buzz」です。Yahoo!ニュース以外の外部サイトが直接入ってくるジャンルができた、ということは、当時のYahoo!ニュースにとって大きな変化だったと思います。

佐久間謙弥 「テーマ」テクニカルリーダー ですが、その後さまざまな議論を経て結局はYahoo!ニュースの一部としてスタートすることになりました。今思えばそこが「ねじれのはじまり」だったような気もします。「Yahoo!ニュースでもこういった機能が話題性がありそうだから」という雰囲気になっ て、そのままコンセプトの見直しをせずに、気がついたらBuzzのリリースに向けてプロジェクトが進んでいた……という感じでした。

エンジニアがあたった「精度」の壁

――Buzz時代の開発で悩んでいたことは?

爲房 一番悩んでいたのはキュレーションの「精度」の部分です。Buzzは、話題となっている人物などの言葉「Buzzワード」に関連する情報や記事を集める仕組みだったのですが、リリース後、闇雲に「Buzzワード」が無限に広がっていき、最終的に4万ワードまでいきました。そのワードにあまり関連していないような記事まで入ってくるようになってしまい、玉石混交状態になってしまっていたんですね。

――PVだけをみても「精度」の良し悪しははかれないような気もするが、「精度がよくない」ということを具体的にどのようにとらえていたのか

爲房 開発している自分が見ても、「使いたくないな」と思えるようなものが半分以上あって、「これは精度がよくないな」と。感覚のようなものですね。

佐久間 そうですね。4万ワードを全て人力でチェックすることは不可能ですが、ある程度自分がざっとワードを見てみると、ユーザーとしてみても面白くないだろうな、という関連しない記事まで拾ってきてしまっていたので……「ほかもその程度の精度だろう」、と。案の定、フォローも増えなくなっていきました。

――Buzz時代は、そのような「質」の部分をみている人はいなかったのか

佐久間 どうしようか、と考えてくれているメンバーはいましたが、じゃあ「登る山をどこに設定しようか」という「決め」の部分を明確に示すことができる人材がおらず、困っていました。開発者としては、全く関連していない記事を入れないようにするのは簡単なんですけど、困るのは、「少しは関連していて、微妙なラインの記事」をどうするかという判断。

例えば、ある俳優の名前の記事をひいてくる時に、その俳優が出演した映画の監督がメガホンをとった別の作品の記事が出てきたときにどうするか、とか……。結局、「関連性は薄いけどバズってるから出しておこう」という感じで表にだしていて、結果的に、ユーザーにとって価値が届いているかこちらにとっても判断しにくいページになってしまっていました。

河野優子 「テーマ」プロジェクトマネージャー それぞれのユーザーにとって“シグナル”と“ノイズ”の判断は違うと思うのですが、そこについての判断基準がありませんでした。メンバーが質の部分での「解」を見失ったまま前に進まざるを得ない状況が続き、そういう意味でBuzzは失敗だったと言えるかもしれません。

Yahoo!ニュースにない記事も取り込もう、というのが当初の狙いだったのですが、Yahoo!ニュースの一部としてリリースしたことで、「このサイトはYahoo!ニュース内で表示すべきか」などブランディングについて議論したり、悩むこともありました。

“ブラックリスト”から“ホワイトリスト”への転換

――そういった課題を抱えながら、リリースまもなくリニューアルに向かって進みだした中で、どのように「テーマ」をつくっていったのか

佐久間 「Buzz」でいう「ワード」はリニューアルしてからは「テーマ」と呼び名が変わったので、ここから先は「ワード」のことを「テーマ」と呼びますね。ユーザーにフォローしてもらうためのテーマをつくるにしても、ある程度のルールがないと、膨大に膨れ上がってしまっては開発側も対応しきれなくなってしまいます。精度の部分を良くしようとリニューアルに取り組んだわけですが、ありとあらゆるサイトを取り込んでいたら埒があかなくなってしまう。沢山のテーマを用意してなんとなく関連している記事を集めて……という戦法でいくと、テーマにひもづいた記事一覧に関連性が薄いものが半分くらい一覧に並んでいたら、ユーザーは離れていってしまうだろうというのはわかっていました。

そこであがったのが、「ブラックリスト形式ではなく、ホワイトリスト形式にしよう」という考え方でした。テーマに関連しないサイトをはじいていく「ブラックリスト」の考え方ではなく、「ホワイトリスト」の考え方でアルゴリズムを組んでいこう、と。ただ、そこを進めるにも問題があって……。

――どのような問題?

爲房 「ホワイトリスト」をつくる、つまりテーマの精度をブラッシュアップしようにも音頭をとる人がいなくて。エンジニアとしては、システムをリニューアルのために処理しても、結局出来上がったものの評価が明確にできなかったんですよね。

変更を加えたところで、それがよい変更なのか、悪い変更なのか、「正解なのか」がはっきりと判断できない上に、Buzz時代から引き継いだテーマが4万件もあるので、人力で一つずつ見ていくこともできず……。

――正解がわからない、とは?

爲房 網羅性を上げようとすると、単なるキーワード検索と一緒になってしまうんですね。でもそうすると、テーマと関係のない記事も引っ張ってきてしまうので、ユーザーにとっては「精度が低い」ということになってしまう。どこでどうバランス取るか、悩んでいました。「動画はいれるべきか」「イラストサイトはどうなんだ」とか、サイトの種別も含めて考えなければいけない軸が複数あって、そのバランスをとるのに苦戦していました。

リリース延期、「解」を与えた編集者の存在

――そんなエンジニアの苦労をどのように解決していったのか

河野 2014年の10月ごろ、プロジェクトにYahoo!ニュースの編集者が加わることになったんです。それまでこのプロジェクトに編集者は関わっていなかったのですが、「Yahoo!ニュースはプロの編集部隊を抱えているにも関わらず、品質の面で悩んでいるプロジェクトになぜ編集者がいないんだ」という話になりまして……。

本来は2014年の12月のリリースを予定していたのですが、プロジェクトに加わってもらった編集者に中身をみせたら、「こんな状態でサービスが世の中に出せるわけがないじゃないか!」といわれてしまいました。プロジェクトマネージャーとしてもこのままではいけないと思い、リリースを延期することにしました。私たちも、そこでもう一度立て直そう、という気持ちでチームとして再出発できた気がします。

山本悠 Yahoo!ニュース編集兼「テーマ」編集担当 そんなそんな、怒鳴ったりはしていないですよ(笑)。

――そもそも、なぜそれまで編集がプロジェクトに入っていなかったのか

佐久間 編集は社内でもYahoo!ニュース・トピックス編集のイメージが強かったですし、「報道の専門部隊でサービス開発には興味がなさそう」というイメージがありました。私はトピックスの開発にも携わっていませんでしたし、ニュース編集者に対しては壁があった気がします。「雲の上の人たち……」みたいな(笑)。だから編集が入ってくれたことで、「編集の能力が開発に役立つことがあるのか」という衝撃は大きかったですね。

――プロジェクトの途中で加わった編集がバッサリ「延期しろ」と言い出して、「何だこいつらは」と思わなかったのか

佐久間 もしかしたら、エンジニアの中には「俺たちの苦労を何も知らない編集がいきなり来て、好き勝手いいやがって」と思ってた人もいたかもしれないですね(笑)。でも、私にとっては、編集と開発が歩み寄れたことが嬉しかった。

爲房 それまでの議論の中では、欲しい記事とそうでない記事って、ユーザーそれぞれに主観がわかれているので、プロジェクトの中で「この基準でいこう」と多数決をとって決めることもできず……モヤモヤしていて「解」を出せなかったんです。そこの解決を、コンテンツの目利きであり、Yahoo!ニュースの「質」の担保を担っている編集者が入ることによって、「決め」の役割を担ってくれて、精度をあげることができるようになっていきました。

――優等生の回答ですね(笑)

爲房 いやいや、本当にそう思ってますよ。編集側が責任をもって質の部分で「決め」を担ってくれたことは非常によかった。単語一つ一つに対する知識や判断は編集者の専門領域なので、それに対しての知見を開発に生かすことができたので。

――たしかに、「編集がこう言っているからここを変える必要がある」と上に説明しやすくなるなど、開発側からするとエクスキューズになる

爲房 そうですね。

ピラミッド図で整理、テーマを大幅に削減

――具体的には、編集側はどのようなことをしたのか

山本 まずは4万あるテーマを減らす作業ですね。単純に考えると、テーマの数が多いほうが、「色々な人の興味関心にこたえられていいよね」という考え方は成り立つのですが、でもそれでは限界があるので。以下のようなピラミッド図を作るなどして、テーマを絞っていきました。

山本 「テーマ」と一口にいっても、粒度が色々ありますよね。

例えばサッカーを階層にしてみると、スポーツという大きなくくりがあり、その下にサッカーがあって、各国リーグなりがあって、クラブがあり、その中にひとりひとりの選手がいる……といった粒度がある。まずそこを整理して、ユーザーはどういった粒度で情報を欲しいのかを考えていきました。Yahoo!ニュースの中には「スポーツ」カテゴリが既にあるので、そこを閲覧すればある程度のスポーツの情報は得ることができる。でもACミランの本田圭佑選手の情報を知りたい、となると、Yahoo!ニュースのスポーツカテゴリに行ってもすぐ探し出すことはできないですよね。

そのため、Yahoo!ニュースのサービスとしての前提を踏まえた上で、まずは細かい粒度のテーマにフォーカスしていきました。この図でいうと、下のほうにある「ACミラン」や「本田圭佑選手」ですね。編集の目線からすると、編集方針ってテーマの粒度ごとに違ってきます。なので粒度によってシステムの組み方も変わってくるはずだと思ったんです。プロジェクトのリソースなども加味しながら、まずは細かい粒度にフォーカスしながら減らしていくべきじゃないか、と提起して、プロジェクト内で納得して進めることになりました。

図でいう上のゾーンをばっさり減らしてまず1万テーマまで減らしつつ、足りないテーマを補いながら、最終的には1.2万テーマほどに落ち着きました。

夢の中で編集者に追い込まれるエンジニア

合宿を重ね、数十時間の議論を続けたことも

――エンジニアは、そういった編集者の要求にどうこたえていったのか

佐久間 山本が説明したように、テーマごとに粒度が違うので、そこの違いを編集者が調整できるような、システムの受け皿をつくっていきました。粒度が違っても、人の手である程度チューニングできるような、システムの「余白」をつくった、というイメージに近いです。

山本 「機械で80やって、あとの20は編集がチューニングできる」という感じでシステムを整備してもらいました。「人の力」をうまく引き出すためのシステム開発、という方向性にシフトしてもらったことは、ありがたかったですね。

――開発と編集が組むことで「機械か人力か」、「ゼロか100か」ではなくて、システム開発をする際にそういった「余白」をつくることの重要性を知った、ということ?

爲房 そうですね。東京だけではなく地方拠点の編集部メンバーにもチューニングに関わってもらって、機械に加えて人の力も使ってつくりあげられたことは大きかったですね。

――要求が高くて、「編集者って生き物は一体なんなんだ」とか「こいつらどんだけ質にこだわるんだ」とかトラウマにならなかったのか。いわゆる「鬼デスク」みたいな……(苦笑)

爲房 リリース前の追い込みはすごかったですね(笑)。編集者として質に対してのこだわりは感じていたので、とにかく来たボールをエンジニアのプライドで打ち返していた、という感じです。一度リリースを延期しましたし、とにかく「今回は絶対にリリースさせる」という気持ちでやっていました。

毎朝出社して社内ツールとして使用しているチャットを開くと、編集者からその日のTODOリストがずらっと並んでいて……「これはダメ」「あれもダメ」というダメだしばかりで辛くて、リリース直前は編集者の顔が夢に出てくることもありました(笑)。でも、徐々にそれらのダメだしを眺めていると、こちら側も編集が何を求めているのか、という共通点がわかってきたんですよね。ここを直せばいいんだ、編集はこういう風に考えているんだ、とか。リリースに向けて日々精度も上がっていきましたし、徐々に信頼することが出来るようになっていきました。

佐久間 私も最初は半信半疑でしたが(笑)、エンジニアとしてのプライドがありましたし、編集者を納得させてやる、という気持ちでお互いに切磋琢磨していくようになりました。

開発と組むことで見えた編集者の未来

――開発者と組むことで得られた、編集者としての気付きは

山本 ウェブ編集者の未来が語られる際に「キュレーションしていくだけで編集者の未来は続くのか」という議論もありますよね。5年ほど前に、社内の編集者が集まって編集者の未来について考えたことがあるんですね。最終的に編集者はいくつかの種類に分かれていくだろうという結論になって、その中のひとつに「ロボットティーチャー」というのがあったんです。つまり機械に編集エッセンスをどう落とし込むかという点は、編集者の未来のひとつであると今回の取り組みを通してあらためて思いました。

編集者だけじゃロジックを作るところまではたどり着けなかったと思いますし、エンジニアが編集者の持っている力をうまく引き出してくれた取り組みだったと思います。エンジニアや編集者などそれぞれの職種がチームを組んでものづくりを進めていくことが、やはり大事だと思いました。

――実際にリリースしてみてからの感触は

河野 フォロー数の面でいうと、「テーマ」は「Buzz」のリニューアルなのでBuzz時代のフォロー数もテーマに引き継いでいましたが、「テーマ」リリース後の新規フォロー数が、「Buzz」が約1年8カ月かけて積み上げてきたのべ総フォロー数を、5日間で超える結果になりました。

編集力を生かしながら、機械学習でリソースをどれだけ減らせるか

――今後の展望は

河野 「ユーザーにより興味が深まる体験を提供したい、より興味が広まる体験を提供したい」ということが「テーマ」のコアバリュー、つまりユーザーに提供したい価値です。まだリニューアルしたばかりなので、まだまだやり残していることは沢山ありますね。

佐久間 テーマ機能については、編集者が現在携わっているリソースを、ゼロではないが、できるだけ減らしていけるようにしたいです。リリース後に知見を貯めて、それを生かして出来るだけ人の手を動かすリソースを減らせるような機械学習のシステムを入れていきたいですね。編集の能力を生かしつつ、いかに労力を減らせるかという機械学習システムの開発にいま取り組んでいるところでして、そこが一番の課題ですね。編集力とテクノロジーの両輪で、これからもサービスをブラッシュアップしていきたいです。

Yahoo!ニュースからのお知らせ

お問い合わせ先

このブログに関するお問い合わせについてはこちらへお願いいたします。