Media Watch2017.05.24

フェイクニュースが拡散され、真実が「フェイク」と揶揄される時代――メディアはどう信頼を勝ち取るか BBCが重視するスローニュースとは


 “The FAKE NEWS media is not my enemy, it is the enemy of the American People!”(フェイクニュースメディアは私の敵ではない、米国民の敵だ!)――トランプ米大統領が記者会見で報道記者に対し「フェイクニュース」と批判した翌日、同氏はこの一言をTwitterに投稿しました。

 米大統領選挙やイギリスEU離脱国民投票を経て、大きくクローズアップされているフェイクニュース。偽の情報が拡散され、真実が「フェイク」と揶揄(やゆ)される時代に、メディアが信頼され続けるには何をすべきなのでしょうか。
 イギリスの公共放送局BBCは4月18日、トークイベント「Value of news in the fake new era」を開催しました。フェイクニュースとメディア、ジャーナリズムの未来とは――。語られた内容を紹介します。

「事実はコストが掛かるし、簡単ではない」

 まず登壇したのは、BBC Global News Ltd.の編集責任者・Jamie Angus氏。フェイクニュースを取り巻く世界の状況と、BBCの姿勢を話しました。

Jamie Angus氏
BBCワールドニュース、BBC.comを運営するBBC Global News Ltd.の編集責任者

「意見と事実を区別できないものや、政治的な安定性を故意に損なわせるものもフェイクニュースです」

Jamie氏
フェイクニュースが起きる要因は3つあります。1つめは経済状況の悪化。2つめはテロなど安全保障上の懸念。3つめはEU離脱の要因でもあった移民です。

デジタル化により安価に、簡単に、誰でも発信できるようになったのも大きなポイントですね。チャンネルの変化とテクノロジーの進化により、フィルターバブル(※編注:検索エンジンのアルゴリズムによって自分の好みや価値観にマッチしたものしか表示されないため、偏った情報しか手に入らなくなること)の問題も起きています。

「不安定な時代に生きることが、フェイクニュースの要因なのです」

Jamie氏
視聴者にとって、信頼は価値になってきています。しかし、事実を得るのはコストがかかりますし、簡単ではありません。事実よりフェイクニュースのほうが広がる特性もあります。それでもフェイクニュースのトレンドは阻止しなければいけないでしょう。

BBCが追いかける姿――Slow News(スローニュース)とは

BBCは、世界で最も信頼されているメディアだと言われている

Jamie氏
BBCは、例えば政治選挙を語る時、どちらかを言わない報道はしません。信頼は公平性、中立性に基づくと考えています。大事なのは“Independence”(独立性)。BBCは受信料を視聴者からもらう公共放送で、政府の息はかかっていません。

報道の世界ではニュースをいかに早く伝えるか――速報性が大変重要視されますが、BBCは一番でなくていいと考えています。つまり、これからはスローニュース(※編注:調査や分析で情報を掘り下げ、視聴者のニュースへの理解を深める報道)を大事にしていくということです。

検証可能なニュースを、検証していく
Jamie氏
そこで始めたのが“Reality Check”、事実を見極める施策です。これまでの例で言えば、トランプ米大統領が『報道機関は十分に報道していない』と指摘したのは真実なのかをデータで検証しました。情報源であるデータの公開も必要になるので、テクノロジーやデータビジュアライズにも投資をしていく予定です。

フェイクニュースによって、これからの報道はどうなるのか

 イベントの後半では、パネリストによるディスカッションが行われました。登壇したのはJamie氏に加え、以下の3人です。

William Mallard氏
ロイター通信日本支局長として、ロイターが世界に発信する日本発のニュースを統括
Martin Fackler氏
元New York Times東京支局長。現在はフリージャーナリストとして活動
苅田伸宏
元毎日新聞記者。現在はYahoo!ニューストピックスの編集業務を統括

モデレーターを務めたのは、BBCでキャスターを担当する大井真理子氏


 それぞれのパネリストは、フェイクニュースによる影響や、今後のジャーナリズムをどう考えているのでしょうか。

苅田
まず、Yahoo!ニュースでは実績や専門性のある媒体社と契約して記事配信を受ける方法で運営しています。米大統領選では一般人が発信した根拠不明な情報が拡散されて問題になりましたが、そのような情報が紛れ込むことはありません。問題のある記事が配信されたら媒体社に改善を求めることで質を保っています。

ただ、フェイクニュースの影響を深刻にとらえています。ネット上には報道機関のきちんとしたコンテンツがたくさんあるにも関わらず、ひとくくりに信用性が低いと見られてしまわないか懸念しています。
Martin氏
トランプ米大統領が誕生した背景で、New York Timesの有料会員数は伸び続けています。これは、視聴者がトランプ氏のメディア攻撃に対しどう反応したかという結果です。つまり視聴者は「メディアに戻った」――とてもポジティブな結果ですよね。デジタル化や政権の圧力の中、ビジネスモデルを成立させていくのはとても難しいですが、New York Timesの例はとてもいい流れだと思っています。

New York Timesが経済的に存在し続けるために必要なのは500万人の読者――つまり米国の人口の1%です。全読者に迎合する必要はないんですよね。自分たちは例えば反原発なのか、原発推進なのかなど、立場を示していくのも手でしょう。
William氏
友人がシェアした記事やFacebookのタイムラインなど、好みの情報を鵜呑み(うのみ)にする人たちにどう届けるか。私たちは自らの価値観を犠牲にしてはいけないと思います。深掘ったニュースを届けられるのは私たちだけ。視聴者が返ってくることを期待するしかないのでは。

正しい、正しくないを誰が決めるのか

 ドイツでフェイクニュースの配信者に罰金を科す法律が成立しましたが、パネリストはそれぞれ懐疑的な意見を持っていました。 (※参考記事:ドイツでフェイクニュースに「最大60億円」の罰金法案、日本でも同様の議論は起きる?[弁護士ドットコム]

Jamie氏
個人的な意見ですが、われわれジャーナリストは規制当局の関与を嫌います。立法側の問題ではないのではないかと。ドイツのジャーナリストにとってはうれしくないと思います。
William氏
私も個人的な意見ですが、正しくないやり方だと思っています。政府が正しい、正しくないの判断ができるのでしょうか。罰金はリベラルな国家がやるべきではありませんね。
苅田
正しい、正しくないを誰がどうやって判断するかが重要だと思います。正しい情報に対して罰金が課されてしまう懸念がないか気になります。また、これはフェイクニュースというよりデマツイートの部類ですが、熊本地震の際に『動物園からライオンが逃げた』といったツイートが拡散されました。ツイートした人は動物園の営業妨害として逮捕され、後に不起訴処分となりました。刑法に触れるようなケースがもしあれば厳正に対処されるべきだと思います。
Martin氏
ドイツのやり方は望ましくないですね。政府に助けを求めてはダメです。私たちには報道の権利があるんですから。正しいか正しくないかの判断を誰がして、どこからデータを取ったのかが可視化されていなければいけません。速報性で言えばTwitterには勝てないのですから、BBCのReality Checkのような働きは重要です。BBCが悪者を退治してくれるようなイメージですね。

会場には日本のメディア企業を始めとしたさまざまな参加者が見られた

調査報道をするメディアへの「投資」はどう捉えるべきか

 メディアに億万長者や業種の異なる企業が「投資」をする動きについてどう思うか、モデレーターがそれぞれの意見を問いました。

Jamie氏
短中期的には課題が解決するでしょうが、長期的には調査報道の根底が崩れる懸念があります。投資の動きは小さな地域やインフラが整備されていない場所であればいいかもしれませんね。やはり、メディアが商業的なシステムをしっかり作っていかなければ。
William氏
調査報道は利益を目的にしたものであってはいけないですね。社内でどう調査報道をするのか選択をしていき、資源配分を考えていくことが大事です。
苅田
営利企業からお金が出る場合には、その企業にとって都合のよい記事にならないように記事の公平性、公益性をどう保つかが課題になると思います。Yahoo!ニュースとして言えば、パートナーの新聞社やテレビ局から調査報道の記事をお預かりしているので、よい記事をテクノロジーの力できちんと流通させなければと考えています。PV連動型のお支払いだけでなく、取材にかかる労力やニュースの重要度など記事の質を踏まえたお支払いも始めています。
Martin氏
調査報道は本当にお金がかかるので、クラウドファンディングや投資をポジティブに捉えていきたいですね。投資は昔からよくありますが、商業的な事業目的の投資であれば失敗するでしょう。善のために資金を出せるかどうか、ですね。

日本のメディアは安住している――透明性の低さを指摘

 会場からは「日本では公開されているデータが少なく、記者会見もオープンではない。信頼性を高めるためにあらゆるデータを使いたいが、どう対策を取ればいいか」といった質問も。

Martin氏
日本は透明性が低いですよね。これは私の体験ですが、福島第一原発の事故が起きた後、ガイガーカウンター(※編注:放射線量の測定器)をつけて取材に行きました。帰りにカウンターを返す時に自分のセシウム線量を聞いたら『個人情報だから教えられない』と言われたことがあります(笑)。自分こそがその個人情報の当事者であるにも関わらずです。

日本のメディア企業は情報開示を要求しきれていないと感じています。安住しているのではないでしょうか。
William氏
日本のメディアは共犯者かもしれませんね。ある程度は改善していっているのだと思いますが、遅々としている印象かと。権利をもっと主張すべきです。
Jamie氏
公共のデータは自由に入手できるものです。例えば国会議員が1万ポンドの税金を自分の別荘のために使っていたとしたら、それは明らかにしなければいけません。パナマ文書も調査報道により明らかになりました。報道の責任があるから報じるんですよ。

編集後記

 日本でも度々、偽の情報発信やデマツイートが話題になりますが、「フェイクニュース」となると遠い国の話だと感じられるのではないでしょうか。しかし真偽が不透明なメディアを誰でも作れる今、いつ日本で問題になってもおかしくありません。例え1本のブログ記事だったとしても、信頼されるべき情報が「偽」となる危険性があるのです。
 今回のイベントを通して、改めてフェイクニュースが社会にもたらす影響力を感じました。今後もジャーナリストとして働く方にだけでなく、メディアに触れる全ての人に、フェイクニュースの危険性と、今後のジャーナリズムが目指す姿について伝えられたらと思います。

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