Media Watch2020.03.23

ウェブの「化学反応」を紙面へ生かす日刊スポーツのデジタル戦略−−データをヒントにYahoo!ニュースとも連携

1946年の創刊のスポーツ紙・日刊スポーツ。新聞紙面にとどまらず、ウェブでの記事配信やSNSの活用でも多くの読者を獲得し、存在感をますます高めています。さらに2018年からは、Yahoo!ニュースと連携してコンテンツを制作。データをもとに従来のストレートニュースとは異なる角度からの発信を目指すなど、新たな挑戦をし続けています。

実は、紙面の売上が最高潮に達していた1997年頃から、ウェブにも力を入れ始めたという同社。スポーツ紙がもともと持っている強みを生かしながら、デジタル時代に即したさまざまな戦略を打ち出していくとは一体どういうことなのでしょうか?Yahoo!ニュースとの連携企画やSNSの活用を含めた、日刊スポーツのデジタル戦略を聞きました。

取材・文/友清 哲
編集/ノオト

「補完」的な存在だったウェブの今−−紙面に影響を与える存在に

メディア戦略本部・本部長の南澤哲也さん

「日刊スポーツがウェブ展開を意識し始めたのは、Windows95が世の中に広まり、インターネットが普及し始めた1996~97年頃のことです。今でこそ紙面とウェブの2本柱と言えますが、当初ウェブはあくまで紙面を補完する程度の役割。その後、速報をウェブで流したり、本紙の記事を48時間後にウェブに転載したりと、少しずつ試行錯誤を重ねていきました。現在は、原則として、すべての記事をウェブでも公開する方針になっています」

そんな紙面とウェブのバランスの変化を語るのは、メディア戦略本部・本部長の南澤哲也さん。実は、日刊スポーツがウェブに着手し始めた1997年は、紙面の発行部数がちょうどピークに達した時期だったそう。

「2020年現在も、売上規模でいえばまだ紙面がメインではあります。しかし、やはり流れとして、スポーツ紙全体が発行部数を縮小しているのは否定できません。そこで、ウェブを紙面と並ぶ『もう1つの柱』としてしっかり育てていく必要を早い段階から強く感じていきました」

スポーツ紙のフィールドは、スポーツ全般をメインに社会ニュースや芸能ニュースが中心。これらは同じ記事でも、掲載場所によって読者層には大きな違いが生まれているそうです。

「やはり紙面は中高年の男性がメインで、女性の購読者は少ないんです。一方、ウェブは現在、3~4割ほどが女性読者。ところが、面白いことに女性の紙面購買数が大きく伸びるときもあるんです。例えば、フィギュアスケートの大きな大会があった翌朝、羽生結弦選手などが一面に大きく載ったとき。今、紙面は選手のファンにとって、一種の記念品のような側面があるということですね」

また、紙とウェブの大きな違いとして、記事単位で反響を細かく追える点にあります。そこで、日刊スポーツではウェブ記事のPVや反応を、朝刊の紙面構成の検討材料にすることもあるのだそう。

南澤さんは「目先のPVだけで判断するのではなく、あくまで参考程度」と話すものの、読者との直接的な接点を持ちにくく、あくまで紙面の補完的な役割だったウェブが、紙面に影響を及ぼすようになったのは大きな変化です。

ネット担当チーム。3月には、このチームが会社の中央のデスクに移動し、各部署と物理的にも連携がしやすくなる予定

SNSで新聞記者の“個”の強さを全面に打ち出す

日刊スポーツのウェブ戦略と言えば、「SNS」も外せません。会社全体としての公式アカウントの他に、野球や競馬、芸能など分野別のアカウントを複数運用中。さらには、相撲ファンに愛される佐々木一郎さんなど記者個人が多くのファンとつながるケースも見られます。そこにはどのような狙いと方針があるのでしょうか。

「分野別のアカウントでは、ある程度ツイート数を絞って情報の精度を守りながら、少しずつ堅実に日刊スポーツそのものの認知に繋げていければと考えています。また、これだけ多くのニュースメディアが存在する中で、新聞社の強みはやはり全国に記者がいるという取材力です。そのアドバンテージを生かすために、特別な講習を受けた記者は個人のSNSアカウントを持つことを日刊スポーツとして公認しています。記者それぞれが発信力を持つことで、日刊スポーツの公式アカウントと連携しながら、相乗効果を狙っていければと考えています」

長く、深く、広く、全国にネットワークを作ってきた新聞社。現場で培ってきた記者それぞれの知見を、“個”の力として生かすために、SNSはうってつけの手段となっています。

こうして読者との接点が増えたことによって、記事との出会いが「面」から「点」へ移行しつつあると南澤さんは語ります。

「ウェブの台頭により、従来のように紙面全体の中から気になる見出しを追っていく読まれ方から、記事単位のピンポイントな読まれ方が増えてきました。すると、どうしても各記事のPVが重視されがちですが、それだけでなく、記者が書きたいものを尊重することも大切だと思っています。そこには取材現場でしか感じ取れない何かが、必ず内包されているはずですから」

紙面に載る記事にも、記者自身が感じたことをあえて書くケースも

デジタル時代だからこそ、記者だけが感じる現場感を守りたい。その視点もまた、新聞社ならではでしょう。

Yahoo!ニュースとの連携企画で、ネットユーザーに届ける知見を

一方、文字数やニュースの優先順位から、紙面ではなかなか実現できない企画を、ウェブ版で展開する新たな取り組みも行っています。この連携企画はどのような経緯でスタートしたものなのでしょうか。

編集局東京五輪パラリンピック・スポーツ部次長の八反誠さん

「Yahoo!ニュースさんから『一緒にウェブ用の企画を作りませんか』とお声掛けいただき、社内で検討を始めたのが2018年末のことです。われわれとしてはこれまで持ちにくかったインターネット上でのマーケティング意識を学べる点で得るものの多いコラボレーションでした。また、何より“より多くの人に記事を読んでほしい”という記者の心理を踏まえれば、Yahoo!ニュースとの連携はいい機会だと思い、ご一緒したいと思いました」

そう語るのは、今回の連携企画に携わった編集局東京五輪パラリンピック・スポーツ部次長の八反誠さん。

2019年にスタートしたYahoo!ニュースとの連携企画は、骨太なルポルタージュ企画ばかり。シリーズ第一弾「その壁を超えてゆけ〜アスリートはいかに課題解決したのか」でトップアスリートがぶつかってきた壁とその乗り越え方を、現在連載中のシリーズ第二弾「#みんなの3年間〜令和の部活事情」ではさまざまな切り口から部活の実情や問題に迫っています。

これらの企画の下敷きになっているのが、ヤフーが持つデータを使った、「共起ネットワーク」や「検索データ」。例えば、スポットの当たらなかった野球部の控え部員の思いに当てた企画は、毎年3月から「部活やめたい」というワードの検索数が増えるというデータがヒントになったそう。そうやって高校生の関心を持ちやすいテーマを感覚だけではなく、数字でも探り、全国にいる記者が対象者を探し、取材に向かっています。

これらのシリーズの制作を通して、新鮮な気づきがいくつもあったそう。

「随所にネットメディアならではのデジタル思考を感じました。例えば、記事の書き出しは、紙の新聞だと内容をまとめるという原則があります。しかし、細かい行数制限のないウェブなら、もう少し文字数を使って読み手をひきつけるような書き方ができる。また、見出しの付け方ひとつをとっても、紙面を作るのとは勘所が大きく違うんです。これは新聞記者として新鮮な気づきであり、自分の力や記事を磨くチャンスだと感じています」

「新聞取材の現場ではどうしても感覚に頼っている部分が多くなるんです。例えば、Jリーグの結果を伝える記事にしても、Aチームの記事が30行、Bチームの記事が50行といった文量配分を、明確な根拠やデータをもとにするのではなく、チームの知名度や話題性などを踏まえて培ってきた『感覚』で行ってきました。もちろんそれを否定するわけではないのですが、今回の連携企画では、PVやコメント、読者に関する詳細なデータがフィードバックされ、こういう使い方もあるのだなと気が付きました。今後は、そのデータと『感覚』の双方をどう生かしていくかが課題ですね」

そこで気になったのは、こうしたネットメディアならではの手法に、紙の現場でキャリアを積んできたベテラン記者の皆さんが、どのような反応を示したかですが……。

「興味深いことに、年配の記者のほうがウェブに前向きでしたね。どんどんウェブに載せて、これまで記事を届けられなかった層にも記事を読んでほしい、と。それに比べて、若い記者のほうが紙を重視していて、ウェブより先に紙面に載せたいと直訴されることもありました。これは、ちょっと意外な反応でしたね」

また、八反さん自身もこの企画を通して、こんな気づきを得たと言います。

「紙とウェブの最大の違いは、記事の消費スピードだと思っています。ウェブでは次々に新しい記事が出て、日常のニュースはあっという間に埋もれてしまう。だからこそ、われわれとしてはテーマの本質をより深堀りする、新聞らしい記事作りを大切にしていきたいとあらためて感じています。淡々と事実を報じるだけでなく、ときには記者の思いをたっぷり詰め込んだ、明日への活力になるような原稿をこれからも届けていきたいですね」

5G時代に向け、動画コンテンツを強化

間もなく到来する5G時代。ウェブの世界はさらなる様変わりが予想されます。そこで日刊スポーツは今後、どのような展開を考えているのか。前出の南澤さんは次のように語ります。

「ネット環境の進化に合わせて、UI/UXもアップデートしていかなければなりません。また当然、今後は動画コンテンツを強化していくことになるでしょう。2月からは『アスリートの視線』という新企画を始めました。これはさまざまな競技のアスリートにアクションカメラGoProを着けてもらい、競技者の視点から見える風景を映像で提供する試みです。例えば、プロスキーヤーや水泳選手、セーリング選手の視点で世界を見られることは、それだけで斬新な映像コンテンツになるでしょう」

セーリングや競泳、走り高跳びなどのコンテンツが公開されている

新しいユーザー体験をいかに企画し、成立させていくかが今後の目標だと南澤さんは言います。

「その意味でも、このタイミングでYahoo!ニュースとの連携企画が実現し、一定の化学反応が得られたことは有意義でした。紙面の販売量が減っていくのは避けられなくても、全国に取材拠点を持っている強みを生かしながら、これからも愚直にスポーツ紙らしさを追求していきたいですね」

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