Inside2022.02.15

ユーザーによる記事へのフィードバックを媒体各社へ還元──Yahoo!ニュースの「記事リアクションボタン」開発の舞台裏

「学びがある」「わかりやすい」「新しい視点」。2021年夏からYahoo!ニュースの配信記事の下部に置かれている3つのボタン。

これら「記事リアクションボタン」は、既存の記事配信料に加えてPV※とは異なる評価に基づいた記事配信料を支払う「課題解決バリュープログラム」と連携しています。「記事リアクションボタン」によるユーザーからの記事へのフィードバックを、媒体各社に支払う配信料へ加味することで、PVの量だけでは測れない質の高いコンテンツを支援します。開発に関わった編集・デザイナー・アナリストらに、この機能の導入に至った経緯と背景を聞きました。

※PV(Page View)とは ユーザーがサイト内でページにアクセスした数のこと。ユーザーが同じPCから同じページを何度も見た場合、その回数分だけカウントされる

取材・文/友清 哲
編集/ノオト

「記事リアクションボタン」スタートのきっかけは

企画・濱田 まず、「課題解決バリュープログラム」について教えてください。
アナリスト・鈴木 はい、従来よりYahoo!ニュースでは、PVに応じて記事配信料をお支払いしていました。一方で記事の価値というのは、必ずしもPVだけでは測れないはずだという課題意識もありました。Yahoo!ニュースはきちんとユーザーの理解や、社会の課題解決につながる記事への支援を進めていくことが重要だと考えています。そこで2016年4月に、従来のPVによる配信料だけではなく、ユーザーの課題解決につながる記事を支援するために配信料を追加で支払う取り組み「課題解決バリュープログラム」を開始しました。

PV以外にどのような指標を用いるかを議論し、一時期はヤフー内の基準によって支払う仕組みで運用されていました。しかし編集者の目線だけでなく、ユーザーの意見を取り入れるべきではないかとさらに議論が進み、それが現在の記事リアクションボタンのアイデアにつながっています。
デザイナー・萩野 加えて、Yahoo!ニュース全体が抱える課題として、約430社から毎日7500本前後(2021年11月時点)の記事が配信されているのに、たくさん読まれる記事に埋もれてユーザーに全ての記事を届けられていない点もありました。最終的に記事リアクションボタンの形に帰結したのは、ユーザーを巻き込みながら新しいYahoo!ニュースを作れないかという思いがあってのことです。
企画・濱田 編集サイドにおいても、PVでは測れない価値がある記事が、たくさん読まれる記事に埋もれてしまっているという課題意識はあったんですか?
編集・田中 それは大いにありました。新聞が一面で報じるようなニュースはトピックスとして選択し掲出することが多いですが、スポーツやエンタメ系のニュースのほうがよく読まれることは少なくないです。どちらも大事なニュースではありますが、多様な記事を届けるという観点では、Yahoo!ニュース内の仕組みで改善できる部分があるのではという思いはありました。

数十種類のパターンのテストを重ねて、3つのボタンを決定

企画・濱田 そこで「学びがある」「わかりやすい」「新しい視点」というボタンの設計に至ったのはなぜでしょう?
デザイナー・萩野 当初案では「いいね」ボタンも構想されていましたが、例えば事件報道に対して「いいね」「よくないね」という判断軸は必ずしも適切ではないだろうとの意見がありました。ハートマークやスマイルマークなどビジュアルで表現した方が、幅広い記事に適用できるかなども検討しました。
編集・田中 編集視点でいうと、例えば「いいね」やハートマークを用いると好きなアイドルの記事にリアクションが集中してしまったり、その反面、凄惨(せいさん)な事件の報道などは綿密な取材記事だとしてもリアクションしにくくなってしまったりするのではないかという懸念がありました。
デザイナー・萩野 そこで感情を軸としたボタンに加えて、「学びがある」など評価軸の案を加えて、さまざまなパターンが検討されました。最終的には数十パターンほどのABテスト※を繰り返し、その結果として現状の3つに落ち着いたというのが大まかな経緯です。

※ABテストとは ページの一部分を2パターン用意して、実際にユーザーに利用してもらい、どちらがより高い効果を出せるのかを検証すること

記事リアクションボタンのABテストの一例
編集・田中 現状の3つのボタンは一見、異色な設計かもしれませんが、詳しい分析や長期にわたった取材による読み物などの骨太な記事に対してユーザーがリアクションしやすい組み合わせだと思います。実際、ABテストやその他の分析でも、それを裏付ける結果が出ていましたしね。
アナリスト・鈴木 僕のようなアナリスト側からすると、「課題解決バリュープログラム」による支払いに関してどうしても数字ベースの分析に偏ってしまうので、日頃から配信記事を読み込んでいる田中さんのような編集視点はすごく重要なんですよ。

Yahoo!ニュースが質の高い情報を広く届けられるメディアであるためには、数字から得られる知見だけでは不十分で、編集者やユーザーの目線が不可欠です。その意味で、編集・企画などさまざまな立場の人が参加したというのは、このプロジェクトの特徴的な部分ですよね。

感情的なリアクション・ネガティブボタンを入れない理由

企画・濱田 ニュースメディアとしては、前例のない3つのボタンであるだけに、UX※的な難しさもありましたね。

※ UX(User Experience)とは プロダクトやサービスを通じて得られるすべてのユーザー体験を意味する

デザイナー・萩野 そうなんですよ。単に感情を表すボタンであれば、一時的UX※が高いボタンとしてクリックしてもらいやすいでしょう。新しい機能を実装する際、多くの場合は「たくさんユーザーに使ってもらえた・クリックしてもらえた」ことが、高い成果を出したとされると思います。しかしこのプログラムの本質は、ユーザーが価値がある記事であると判断し、媒体各社にフィードバックされ、それが記事づくりの指標になって良質な記事がさらに増えるというエコシステムを育むことにあります。そこで、その場のクリック率ではなく、長期的な目線である累積的UX※を優先しました。デザイナー視点としてはこれが最大の難関でした。

※一時的UXとは ユーザーがサービスを利用中にどのような感情や行動をとるか
※累積的UXとは ユーザーがサービスをしばらくの期間利用した後でどのような感情や行動をとるか

企画・濱田 「良い記事」ボタンも検討しましたが、人によって「良い記事」の評価軸が異なることも重要な論点になりましたね。
デザイナー・萩野 本当にたくさん議論しましたね。最終的に、「良い記事」の判断軸を以下の3点に定めました。
一方で、なぜネガティブな意見を示すボタンが設定されていないのか、という議論もありますよね。個人的にはその理由は、悪いものを「悪い」と指摘するだけではいい世界は生まれないという結論に尽きると思っているのですが、編集視点ではどうですか?

編集・田中 世の中には悲しいニュースも決して少なくないわけで、そこに「ネガティブボタン」を置くのは、当事者の方々に石を投げる行為につながりかねません。世の中の潮流で過度にネガティブな感情が集まりやすいニュースもありますし。

記事リアクションボタンの「クリック率」を支払いに生かしていく

企画・濱田 今回の記事リアクションボタンはSNSなどの「いいね」と違い、これがそのまま媒体各社へのお支払いにつながります。それゆえの苦労もたくさんありましたね。
アナリスト・鈴木 プロジェクトの大前提として、PVだけで支払われる金額が決まる世界を変えたいという思いがあります。当然、PVの多い記事は記事リアクションボタンの押下数も多いので、3つの記事リアクションボタンが押された数に応じて金額を決める設計では、これまでと状況は変わりません。そこで今回はクリック率を採用し、金額を算出しています。そうすれば、必ずしも話題性が高い記事を配信される媒体が有利、ということにはならないです。
デザイナー・萩野 それは見出し次第で読まれる・読まれないが決まってしまいがちな現状を変えたい、という思いにも通じていますよね。記事の中身以前に、見出しの引きの強さのみによってPVが増えるのは、やはり不健全です。

しかし、現在の3つのボタンが最終形であるとも思っていません。さらにベターな形を目指して、引き続き検証していかなければなりません。
企画・濱田 2021年秋からの運用開始以降、媒体各社の反応はいかがですか?
アナリスト・鈴木 いくつかのメディアの方からは、好意的なフィードバックをいただいています。何より、こうした記事リアクションボタンはメディア業界では新しい取り組みですから、インターネット上のメディア空間を良い方向に変えていくひとつの施策として、期待いただけていると感じます。
編集・田中 良くも悪くもYahoo!ニュースが大きな注目を集めることが増えたことで、我々の責任も増しています。こうした取り組みで、ビジネス的にも社会的にもあらためて良質なコンテンツメディアを目指すことは有意義だと思います。
デザイナー・萩野 それに、媒体各社へのお支払いの文脈ばかりが注目されてしまいそうですが、これは本来、ユーザーの皆さんのための機能なんですよ。このような取り組みが、充実した内容の記事を増やすことにつながり、ひいてはユーザー、そして社会のためになるはずだ、という信念があります。逆に、そうでなければ多くのユーザーにニュースを届けるYahoo!ニュースの存在意義自体が疑われてしまうでしょう。
アナリスト・鈴木 そうなんですよね。ユーザーの皆さんにも参加してもらうことで、より良いサービスにしていくことが一番の目的です。そのために、ユーザー・媒体各社・ヤフーの三者がさらに満足できるよう、取り組みを進めていかなければなりません。

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