4月に向けて、認可保育園の当落が続々と発表されている。無事に入園が決まったとしても、息つく間もなく多忙な新生活がやってくる。初めての出産・育休から仕事に復帰する母親が直面するのは、幼子を抱えての共働き生活だ。覚悟していたつもりでも、予想以上にハードな毎日につまずき、戸惑い、疲弊してしまうことも。育休復帰後の環境変化をいかに乗り越えるか――。その具体策を探る。
育休でキャリアがリセットされてしまうのでは
「もう仕事ができなくなったらどうしよう……」
一昨年の夏、フリーランスのライター・中野早苗さん(仮名・39)は初めての子育てに苦心し、追い詰められていた。産後、想像以上に体力は低下。しかし、子どもの世話で片時も気を抜けず、常に疲労感がある。出産前は早期の仕事復帰を見据えていたが、それどころではない。翌年の4月から子どもを保育園に入れるため、保活を始めなければいけないのに、区役所に行く心身の余裕すらなかった。
一方で、フリーランスで編集者をしている夫(43)は、子どもが生まれてからも変わらず好きなだけ仕事をしている。子どもはかわいい。それでも、夫がうらやましく思え、さらに焦りが募った。
「私は母親になって、子どものペースに合わせた生活しかできなくなった。なのに、夫は父親になっても以前と同じペースで生活し、バリバリ仕事をしている。正直、『ずるい』と感じてしまいますよね」
早苗さんが住むのは、都内でも認可保育園に入るのが難しい地域。認可外保育園も競争率が高く、正社員の母親でも復帰を諦めるケースは多い。個人事業主の早苗さんは入所選考の基準となる「点数」を低く設定され、より状況は厳しかった。
フリーランスになってもうすぐ4年。ずるずると復帰が遅れれば、積み上げてきたキャリアがリセットされてしまうのではないか――。「自分のアイデンティティー」と言い切れるほどに人生を懸けてきた仕事を、一時は“諦める”ことさえ考えたという。
定着した「偏り」を解消できず……
早苗さんの夫は、家事や育児に非協力的なわけではない。むしろ、「主夫をやってもいい」とまで言ってくれる頼もしいパートナー。それでも産後すぐは、分担がなかなかうまくいかなかった。今思えば、出産前の話し合いが十分ではなかったと振り返る。
「毎朝毎晩、食卓をともにし、コミュニケーションは取れていたんです。ただ、出産後の仕事のペースなど、具体的なところまで想像ができておらず、何も共有できなかった。結果、当初は育休中の私ばかりが多くのタスクを抱えることに……。今は何とか保育園に入れることができましたし、夫も徐々に家事や育児をやってくれるようになり、私も少しは時間的な余裕を感じられるようになりました。でも、育休中にできあがってしまった偏りの不文律はなかなか解消されません。たとえば、保育園の送り迎えは必ず私がしています」
しかし、このままでいいはずもない。自分がどれだけ苦しんでいるのか、夫に本音をぶつけようと決めた。
「これまでは『言わなくても察してよ』と、不満を募らせがちでしたが、恋愛中ならまだしも、子どもができたら家族の生活をうまく回していくことが最優先。そういう駆け引きなんかどうだっていいなと思い始めたんです」
夫婦でキャリアについての話し合いを
早苗さんのように、妻の育休中に生じた家事・育児負担の偏りが復職後も解消されず、再始動の足かせとなってしまうパターンは珍しくない。その原因について、パートナーシップ&ペアレンティングアドバイザーの林田香織さんは次のように分析する。
「多くの場合、育休中は家にいる妻が家事・育児をやり、夫が稼ぐという分業制がとられます。それを復帰後も解消できないのは、育休中に“家族運営”についての共有ができていないからではないでしょうか」
重要なのは、家族という一つのチームをともに運営していく意識。「子どもが生まれてからも共働きを選ぶなら、お互いのキャリアビジョンや働き方、家事・育児のルール、家計について、夫婦間で認識を共有しておくことが望ましい」という。
「妻が復帰初年度は時短勤務にするけど、翌年からはフルタイムに戻したい。なるべく多くのプロジェクトに参加して、2人目を授かるまでに実績を作りたい……というように、具体的に思い描くのが大切です。働き方を見越した上で、復帰前から家事・育児を分担しておかないと、妻は復帰するだけで精いっぱいになってしまいます。モチベーションなんて、とても上がっていかない。互いの望む働き方を、互いが叶えていこうというスタンスが大切です」
加えて、時短勤務をはじめとする仕事と家庭の両立支援制度についても、何をいつまで利用するか夫婦で検討し、共有しておく必要がある。無計画に活用すれば、逆に自らの首を絞めてしまうこともあるという。
「法律では、3歳未満の子どもを養育する労働者に対して、時短勤務を認めることを求めています。また、子どもが小学生のうちは、時短勤務を認める企業も。しかし、目的もなく時短勤務を続けると、結局は時間的に余裕があるほうが、家事も育児も担うことになります。両立支援制度は夫も使えますが、現状は妻が利用するケースが圧倒的に多い。時短勤務によって、夫婦の『時間的余裕の格差』が埋まらない以上、ずるずると偏りを引きずってしまいます」
育休中に生じる「後ろめたさ」
また、育休中は“仕事をしていない後ろめたさ”から、妻が自らに「これくらいやって当然」と重荷を課してしまうことがある。復帰に向けて、そうした妻側の意識を変えていくのも重要だ。
長女と長男、2度の育休・復職を経験した川辺美幸さん(仮名・29)も、第1子の育休中には知らず知らずのうちに自分を追い詰めていたという。
「夫は言えばやってくれる人。でも、『仕事も休んでいるのに家事・育児くらい1人で完璧にできないようでは、妻として母として失格だ』と自分が思い込んでいました。専業主婦の母の影響も、かなり受けていたと思います。最初の育休中は夫に相談することもなく1人で抱え込み、結局は限界を迎え、夫に当たってしまうこともありました」
しかし、話し合いの回数を増やし、美幸さんに集中していた負担を軽くする方法を2人で模索した。家事・育児の分担についても、トライ&エラーを繰り返しながら、夫婦にとっての最適解を求めていったという。
「最初は分担を決めて互いのタスクを固定していましたが、2人とも窮屈で不機嫌になったので、徐々に『気づいたほうがやる』というスタイルに移行していきました」
すると、次第に復帰後のことを考える心の余裕が出てきた。互いのキャリアやライフプランについて話す機会も増えた。
「お金がすべてとは思いませんが、世帯収入が多ければ家族の選択肢は増えます。夫婦共に収入を得られる状態をできるだけ長く続けたいというのが、私と夫の考え方。だからこそ、育児が大変な時期に1人ですべてを背負わず、2人で乗り越えるという意識を共有しておく必要があるんじゃないでしょうか」
「産じょく期のケア」が大きなカギに
とはいえ、将来のキャリアビジョンを描こうにも、産後は心身のバランスを崩しやすく、復職について考える心のゆとりを持ちにくい。育休前の状態に戻していくには、出産直後から時間をかけて段階を踏まねばならない。
出産前後の女性の心と身体のヘルスケアを研究する認定NPO法人マドレボニータ事務局次長の太田智子さんは、産後からスムーズに仕事へ復帰するためにはいくつかのフェーズがあり、まず重要なのが産後8週間までの「産後ケア」だと語る。
「出産直後の母体は、胎盤が剥がれて裂傷を負っています。大げさではなく、臓器を1個摘出した直後のような状態。ホルモンのバランスがかつてないほど変化することもあり、産後の大きなダメージは全治2カ月ともいわれています。この時期は、とにかく休んで、心身の回復に努めることが必要。“頑張らないことを頑張る”時期なんです」
分娩後1~2カ月は「産じょく期」と呼ばれ、体を妊娠前の状態に戻す大切な期間。「褥(じょく)」は布団の意で、文字通り基本的には布団の上で何もせず、ひたすら回復を待つことだ。ここでしっかり休めなかった場合、さまざまな産後リスクを抱える可能性があるという。
「産じょく期が過ぎても不調が続くと、精神状態が悪化して産後うつや虐待などを引き起こすケースもあります。また、夫への愛情が下がり、不和や離婚につながることも。内閣府の調査の一環で実施した私たちのアンケートでは、マドレボニータの産後ケア教室に通った方とそうでない方とで、その後の夫への愛情の感じ方に3倍もの開きがありました」
産後、妻の愛情が薄れてしまったと嘆く夫は少なくない。しかし、単純に「妻の性格が変わってしまった」と決めつけるのではなく、産後の心と体の回復に向き合い、しっかりサポートできたかどうかを振り返ることも必要なのかもしれない。
「原則として、家事・育児の負担は夫婦で公平に分け合うのが健全です。家族が増えるという変化への対応は、夫婦一緒に取り組んでいくのが望ましい。でも産じょく期は、例外的に夫が“プロジェクトマネージャー”として主体的に生活を回していくのが理想。男性の育休を活用するのもいいでしょう。ただその際も、夫が家事・育児をすべて抱え込んでやるのではなく、周囲のサポートや外部サービスもうまく活用し、マネジメントしていきましょう。その経験は、本格的な共働き生活が始まってからも生きてくるはず。誰かに頼っていいんだと、早い段階で気づくことも重要です」
心身を整え、復職への準備を
産じょく期にしっかりと休んだら、産後2~3カ月目あたりから妻は少しずつ外に出かけ、社会との接点を作っていきたいという。ここからは、復職に向けた心身のリハビリ期だ。
「まず体力を取り戻し、復職への土台をつくりましょう。体力がつくと、『考えて話す』エネルギーも湧いてきます。その上で、ボランティアなどに参加して、仕事のカンを取り戻していくのもありです。次第に復職への自信も戻ってくるでしょうし、キャリアについて前向きな姿勢で向き合い、そのためにすべきことを夫と話し合う元気も湧いてくるはずです」
「その後は、妻が復職した後の共働き生活を具体的にシミュレーションしていきましょう。育休中から一時保育に預けてみたり、ファミリーサポートや病児保育シッターに登録しておいたりするのもいいですね」
余裕がある時期に一度子どもを預けてみると、保育園入所後のイメージをつかみやすいだろう。特にファミリーサポートや病児保育シッターは、子どもが園を病欠したときに役立つサービス。母子分離がうまくいけば、復職後に利用する際の心理的ハードルもぐっと下がる。
「お試しでいくつか利用してみて、子どもにフィットする施設を探しておくのもいいですね。お金はかかりますが、スムーズに、健やかに仕事へ戻るための先行投資と考えてほしいです」
便利なアイテムで家事の負担を軽減
こうしたシミュレーションに加え、家事の負担を減らすアイテムを導入するのも一つの手だ。前出の美幸さんは、復職後、「新・三種の神器」とも呼ばれる洗濯乾燥機、ロボット掃除機、食器洗い乾燥機などを導入していき、家事に費やす時間を劇的に減らすことができたという。そこには、夫・紘一さんの後押しもあった。
「妻は当初、お金を出して家電に頼ることには消極的でした。『自分が頑張ればできるのに、手を抜いているんじゃないの?』と、抵抗があったようです。理想の妻像、母親像にこだわり、苦しんでいるようにも見えた。そんな苦しみを少しでも和らげられればと思い、ロボット掃除機などは僕が購入を強行したところもあります」
「家事シェア」をコンセプトとした商品群を展開しているパナソニックが30~40代の既婚男女約2700人を対象に昨年行った調査によると、「自分の家事に満足していない」と感じている妻は半数以上にのぼる。美幸さんのように、「理想の妻像」に苦しんでいる人は少なくないだろう。
“こうあるべき”という呪縛は、1人ではなかなか断ち切れない。半ば強引なリードで重荷を解いてくれた夫に、美幸さんはとても感謝しているという。
「夫はロボット掃除機が動きやすいよう、家具の配置を考えてくれたりもしました。負担が軽くなって、お互いに気持ちよく過ごせることを実感できたので、今では積極的に使っています。夫が私のつまらない意地を壊してくれたんだと感謝しています」
取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
編集・制作:ノオト
[写真]
撮影:森カズシゲ 中道薫
イメージ:アフロ
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