共働きで夫婦ともに帰りが遅く、子どもは毎日塾通い――。多忙な家族の生活時間を合わせるのは難しい。毎日の食事を家族一緒にとることは簡単ではないが、専門家は「食事の時間は心に大きな影響を与える」と指摘する。実例や専門家のアドバイスから「家族で食卓を囲む意味」を考える。
「一家団らん」は週1回あればいいほう
「昨夜も夫は23時頃帰宅して、1人で置いてあった夕飯を食べたみたいです。私は、すでに子どもと寝てしまっていたので、その様子は見ていませんが……」
川崎市在住の西田玲奈さん(仮名、37)は、保育園に通う3歳の息子と3人暮らしだ。メーカーの事務職で、勤務時間は平日の9時から17時まで。8時前に家を出なければ、始業時間に間に合わない。夫の幸平さん(仮名、40)は、ジムでインストラクターとして働いており、平日は基本的に午後から夜までの時間帯に勤務している。帰宅は深夜になることも珍しくなく、おのずと起床も遅くなる。
「夫が不規則な勤務のため、息子は私と2人きりの食事がほとんど。家族で食卓を囲めるのは週1日あればいい方です。仕方のないことだとわかりつつ、息子に大人数での楽しい食事や一家団らんをできるだけ経験させたいなと思ってしまいます。夫と食事をともにできないので、夫婦の会話も以前より減ってしまいました」
食事の「相手」と「距離」が心に大きく影響する
「食事は、日常生活で当たり前に繰り返される時間だからこそ、心に大きな影響を与えます。私は、食卓は人間関係の質をはっきり示す場だと考えています。いい食卓は、のびのびとして明るく温かい心を育みます」と、食卓コミュニケーションを研究する、室田洋子さん(臨床心理士・聖徳大学前教授・兼任講師)は言う。
一方で、「問題のある食卓」は、閉ざされた心やキレやすい心を生んでしまう場ともなり得るという。
「『孤食』といわれる一人きりの食事や、母親がガミガミと怒りながらの食事は、当然いい食卓とはいえません。子どもだけに食事を『食べさせる』のではなく、大人も合わせて『一緒に食べる』ことが大切。心を病む子どもは、食卓に問題があることが多いんです」
室田さんは、食卓において注目すべきは「相手」と「距離」だと指摘する。
「近い距離で食事をともにする場ですから、大人はもちろん子どもは特に相手の影響を受けやすい。そのため、一緒に食事をする機会が最も多い家族から、食卓を通して感情の動きや考え方、人との関わる姿勢などを学びます」
また、1メートル前後に家族全員が座る食卓では、「言葉には表れない本音もわかってしまう」と室田さん。
「態度や仕草などによる意思疎通をメタコミュニケーション(非言語コミュニケーション)と呼びますが、食卓ではこれが多く交わされます」
メタコミュニケーションが増えると、相手の様子をうかがいがちになり、緊張感が漂ってしまう。食卓を張り詰めた空気にしないためには、できるだけお互いに声かけをすることだ。「おいしいね」「今日、帰り道にこんなことがあってね~」といった他愛のない会話を交わすことで、食卓の雰囲気や子どもへの影響は大きく変わるという。
原風景に「モーレツ社員」の父親世代
意識的に夫婦、家族での食事時間を取ろうとしている家庭もある。都内在住の松本洋介さん(仮名、49)と妻の有希さん(42)は結婚10年目。夫はカメラマン、妻はライターと夫婦ともにフリーランスで、1歳の息子と3人暮らしだ。自宅を主な仕事場としているため、平日の夕方の流れはほぼ一定だという。
18時近くになると、洋介さんは保育園へ子どもの迎えに。同時に有希さんは、仕事を終わらせてキッチンに立つ。まず炊飯器にスイッチを入れ、20分ほどで味噌汁と子どもの分のおかずを作り終えると、ちょうど洋介さんと息子の帰宅時間。そのまま、洋介さんが子どもにご飯を食べさせ、有希さんは引き続きキッチンに向かう。10分ほどかけて夫婦分のメインディッシュを作り終える頃には息子の食事が済むので、イスに座らせたり遊ばせたりしながら、夫婦2人で一緒に食事をとる流れだ。
松本さん一家では、結婚当初から夫婦2人で過ごす食事の時間を大切にしていたという。
「食べることが好きなので、どうせなら好きな相手と一緒に会話をしながら食事をしたい。夫とは同業者なので、仕事やテレビ、趣味のこと、時には家族会議のようなちょっと大事な話まで、毎日いろいろなことを話しながら、向かい合って食事をしています」(有希さん)
洋介さんは夫婦で食卓を囲むことを強く意識した一因に、自らの原風景を挙げる。
「僕が子どもの頃、父親世代は朝から晩まで会社で身を粉にして働く、いわゆる『モーレツ社員』ばかり。周囲を見回しても、父親と一緒に落ち着いて食事をするのは日曜日ぐらいという家庭が少なくなかったような気がします。特に、平日に一家団らんを楽しんでいる家庭は少なかったですね」
有希さんは、子どもが生まれてから「時間や行動に制限が生まれて、改めて一緒に食事をとる時間を大切にしようと感じました」と話す。息子が大人と同じような食事をとれるようになり、保育園に通いだした半年ほど前からは、食事のあり方や、料理や家事がスムーズに進む流れを考えるようになった。
「料理時間を30分と決めて効率化し、忙しい時は炒め物で済ませます。その代わり、できる範囲で工夫しています。栄養が取れるよう味噌汁に5~6種類の具を入れたり、同じ具材の野菜炒めでも飽きがこないよう塩麹やオイスターソースなど味つけに変化を出したり。煮物などは、まとめて2~3日分を作り置きすることもあります」
料理にも「TPO」がある
厚生労働省の「全国家庭児童調査」によれば、毎日、家族全員で夕食を取っている世帯は減少傾向にある。1986年の調査では全体の36.5%だったが、2001年になると31.6%に減少。2004年の調査で25.9%になり、最新の2009年では横ばいの26.2%という結果になっている。
男性の料理参加を支援するビストロパパ代表でパパ料理研究家の滝村雅晴さんは「男性は、料理をするようになると、腕を磨くことや趣味に走ってしまいがち」と話す。「子どもがいる・いないにかかわらず、夫婦や家族で食事をとるためには、まずは男性の『意識改革』が重要です。そこで男性たちへ強く伝えているのが、『料理のTPO』なんです」
滝村さんは「『料理上手なパパ』ではなく、家族と一緒に食事をする『共食』をするパパを増やしたい」という思いから、3年前に「日本パパ料理協会」を設立した。
料理は作るシチュエーションによって5パターンのTPOがあり、それに合った料理を作らなければ、家事としてはあまり意味がない、と滝村さんは言う。
「毎日の料理は、5つ目の『家庭料理』にあたります。家庭料理は、自分だけが食べる『自炊』や趣味の料理とは異なるという視点を持つことが非常に重要。“家族のために”という視点がある人は、家族が好きな料理を作ろうと思うし、そもそも一家でご飯の時間を持とうという気持ちも自然と生まれるはずです」(滝村さん)
大げさな努力は必要ない
では、家族でともに食卓を囲むためには、どんな工夫ができるのだろうか。滝村さんにポイントを3つ挙げてもらった。
「これらの工夫をする際は、妻か夫のどちらかではなく、夫婦でその方法を考えることが重要です。やはり、家族での食事は自分のためだけの『自炊」ではなく、家族のための『家庭料理」ですからね」。また、滝村さんは男性たちにこんなアドバイスもしているという。
「どうしても料理を妻に任せざるを得ない人、残業であまり食卓をともにできない人もいるでしょう。それでも、家族の予定を把握して全員でご飯を食べる日がわかっていれば、食卓を楽しくする工夫はできるはず。たとえば、会社帰りにシュークリームなどのちょっとしたデザートを買ったり、休日の昼に出張のおみやげのそばを茹でたりすればいいんです」
妻が夫と同じ立場のケースでも、同様のことが言えるだろう。滝村さんは続ける。
「大切なのは、家族での食卓を作ろうとする気持ちです。大げさな努力ではなく、まずは家族で予定を共有して、できることから無理なく取り組むことで、家族が囲む食卓は実現すると思いますよ」
取材・文:野々山幸(TAPE)
編集・制作:ノオト
[写真]
撮影:栃久保誠 林和也
イメージ:アフロ
[図版]
藤田倫央
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