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急上昇で血管にダメージ――身近なリスク「血圧サージ」の実態

2017/10/28(土) 10:00 配信

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血圧の急変動にご用心――。1日のあるタイミングだけ血圧が異常な上昇・下降を繰り返し、血管にダメージを与える状態が、最近の研究で注目されている。一過性の血圧の変動が高波(サージ)のように繰り返される、いわば“血圧サージ”だ。高血圧の人はもちろん、血圧が正常な人にも発生し、気づかないうちに脳卒中や心臓病などのリスクを高めることが分かってきたという。専門家は「30代から注意が必要」と指摘する。その実態と対策を取材した。(取材・文=NHKスペシャル「“血圧サージ”が危ない」取材班/編集=Yahoo!ニュース 特集編集部)

(画像:NHK)

ある日突然、脳の血管が破裂

2015年1月、当時福岡県に住んでいた池田武志さん(39)は夕食後にお酒を飲んでいたとき、体に突然の異変を感じた。

「ガッと眠気が襲ってきて、どうもおかしい、と思って横になったんですよね。それで1時間半くらい寝て起きたら、もう足がもつれて動かない。こりゃもういけんって思って」

妻の綾子さん(39)が救急車を呼び、病院に運ばれる途中、池田さんは意識を失った。搬送後の画像検査で、脳に白い影が見つかった。脳の血管が破裂し、大量に出血。脳卒中だった。

池田さんの脳の画像。白く見える部分が出血していた箇所(画像:NHK)

3日経過しても池田さんの意識は戻らなかった。綾子さんは医師から「宣告」を受ける。

「『明日の朝までに意識が戻らなかったら脳死と判定します』って……。もう24時間ドキドキして。どうにか目が覚めてって感じでした」

その日の深夜、池田さんは意識を取り戻した。後遺症で右手の握力は3分の1に落ち、建設作業員の仕事は辞めざるを得なかった。

一般に脳卒中は、高血圧や高血糖などが原因で起こるとされている。池田さんは発症直前、医療機関で血圧測定や採血などの検査を受けていたが、値はすべて正常。血圧はもちろん、血糖やコレステロールなどにも異常は見られなかったのだ。なぜ、突然脳の血管が破裂してしまったのか。

(画像:NHK)

池田さんを担当した、おんが病院循環器内科部長の吉田哲郎医師は、脳卒中の症状が少し寝た後で悪化したことに着目した。そこで特殊な血圧計を使って、普段は調べない寝ている間の血圧を詳しく検査することにした。すると、本来なら睡眠中は120mmHg(収縮期血圧)程度まで下がるはずの血圧が、急激に上がっている時間帯があることが分かったという。

「もっとも高い時間帯には正常より80mmHgも高い200mmHg近くまで上昇しているときもあったのです。睡眠のたびに繰り返されたこの血圧の急激な変動が、脳卒中を起こした大きな原因だったのではないかと考えています」

異常な「血圧の変動」=血圧サージとは

健康な人でも、1日の中で血圧は波のようにゆるやかに変動している。しかし池田さんのように、ある時間帯だけまるで高波(サージ)のような変動をしている人の場合、血管に負荷がかかり、命に関わる病気のリスクが高まることが分かってきた。

日本高血圧学会理事で、自治医科大学の苅尾七臣(かりお・かずおみ)教授はこう警鐘を鳴らす。

「もともと血圧が高い人はもちろん注意が必要ですが、健康診断で血圧が正常値という人も無関係ではありません。健康診断で正常値でも自宅で朝や夜に血圧を測ると高いという血圧サージが疑われる人は、正常血圧者の10~15%、およそ600万~900万人に及ぶと考えられています」

青が正常、紫が高血圧の血圧変動。赤と黄色で示されているのが血圧サージの血圧変動。正常な変動と比較すると、朝に急激に上がりすぎたり、夜になっても下がらなかったりする(作成:NHK)

「血圧サージは1回出たら即病気、というわけではありません。問題は、健康診断や医療機関の検査では正常な場合があり、なかなか自分では気が付かないということです。血圧サージが長期にたびたび繰り返されていると、血管にダメージを与え、脳卒中や心臓病などのリスクを高めてしまうことが分かってきました。できれば30代から、家庭での血圧に気をつけてほしいと思います」

苅尾教授が2014年に発表した、全国の2万1000人以上を調査したデータでは、高血圧の人は正常な人の1.4倍ほど脳卒中や心臓病などの病気になりやすいことが分かった。しかし日中の血圧が正常でも朝は高い「血圧サージが疑われる人」の場合、リスクは約2.5倍まで上昇。さらに「高血圧でかつ血圧サージが疑われる人」の場合、リスクは4倍近くまで上がるという。

血圧サージはなぜ起きるのか。苅尾教授は、血圧を司る「交感神経」の働きがカギを握ると指摘する。

「健康な人でも、体を活動しやすくするために血圧は朝から日中にかけてゆるやかに上昇し、夜は休息のために低下します。この変化を司るのが『交感神経』です。交感神経の働きが何らかの要因で過敏になると、朝に必要以上に血圧が上昇してしまったり、休むべき夜に血圧が上がってしまったりします。その結果、血圧サージが生み出されてしまうのです」

血管の周りを取り囲むようにあるのが「交感神経」。交感神経が興奮するとノルアドレナリンという物質が放出され、血管が収縮して血圧が上がる(撮影:藤原隆 広島文化学園大学教授)

交感神経の働きに影響を与える要因としては、「飲酒」「塩分の多い食事」「喫煙」「不眠」「ストレス」などがある。池田さんの場合、こうした生活習慣上の要因があったうえに「睡眠時無呼吸症候群」が引き金となって血圧サージが起きた。睡眠中に短時間呼吸が止まったことによって交感神経が激しく活性化し、血圧が急激に上がってしまったと考えられる。

被災者を守った南三陸の医師の取り組み

血圧サージに地域ぐるみで取り組み、成果を上げつつある場所がある。2011年の東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県南三陸町だ。

(画像:NHK)

「血圧はだいたい低くコントロールされているけれど、この日だけ高いですね。前の晩、何かありました? お酒ちょっと飲みすぎた、とか……」

地域医療を担う南三陸病院。西澤匡史(まさふみ)副院長は、診察に訪れた男性に語りかける。男性の手には、自分の名前入りの血圧計。西澤副院長がIDカードをかざすと、男性が自宅で計測した血圧の値が診察室のパソコンに転送される。

健康診断や診察の時の測定だけでは、日々の血圧の変動をとらえるのは難しい。そこで南三陸病院では、高齢者など脳卒中・心臓病のリスクが高い人を対象に血圧計を配り、家庭での血圧を毎日測定してもらい、そのデータを投薬や生活指導の参考にしているのだ。

(写真:ロイター/アフロ)

西澤副院長が取り組みを始めたきっかけは、6年前の東日本大震災だった。

「阪神大震災のような過去の大災害で、被災後に脳卒中や心臓病で亡くなる人が増えることが報告されていました。私が医師としてできることは、災害から逃れた人たちの命をなんとか守っていくこと。これが一番の大事だと考えました」

南三陸で同じことが起きるのを防がなければならない。西澤副院長は血圧測定器メーカーに掛け合って300台の血圧計を用意し、仮設住宅や公民館に出向いて、住民一人ひとりに血圧を測る大切さを説明して回った。

(画像:NHK)

西澤副院長の呼びかけに、自ら血圧を測定する住民は増えていった。こうして集まったデータを分析して、血圧サージが見つかった住民には生活指導を行い、症状の改善に努めた。実際に自分のデータを目にした住民も、減塩や有酸素運動などに積極的に取り組むようになったという。

震災から6年、取り組みは成果を上げつつある。震災前の2010年、南三陸町を含む広域の消防本部の管内で脳卒中・心臓病で救急搬送された人は48人だった。震災後、この件数が増えると危惧されたが、起きたのは減少だった。脳卒中や心臓病で搬送される人は減り続け、2014年のデータでは23人と震災前から半減した。

脳卒中や心臓病の搬送件数は半減した(作成:NHK)

西澤副院長は言う。

「この変化には、もう本当に、びっくりしています。今までの治療はなんだったんだろうと思うぐらいですね。震災前も、一生懸命やっていたわけです。でも震災後に、こういったシステムで継続的に、血圧サージに注意して診療することによって、これだけ病気の予防をすることができるのかと、本当に驚きました」

どうすれば分かる? 血圧サージ

では、自分にリスクがあるのかどうか。それはどうすれば分かるのだろうか。最良の方法は、家庭で自分の血圧を測ってみることだ。家庭で使える血圧計は、機能によって幅はあるが3000円程度から購入できる。

(写真:アフロ)

測定のタイミングは、交感神経が活性化しやすく、血圧サージが起きやすい早朝がおすすめだ。朝、目覚めた後にトイレを済ませ、起床後1時間以内に血圧を2回測り、その平均値を記録する。健康診断で血圧に問題がないのに、最高(収縮期血圧)135mmHg以上、最低(拡張期血圧)85mmHgをたびたび超えるようならリスクがあると言える。

高血圧と診断されている人の場合は、同様の計測方法で5日間続けて血圧を測定し、最も高い値と低い値の差が20mmHg以上あるようなら注意が必要だ。生活習慣に気を配るのはもちろん、記録を持ってかかりつけの医療機関に行き、医師と相談してもいいかもしれない。

今回、帝京大学医学部の大久保孝義教授の協力を得て、自分で血圧サージなどのリスクを簡易的に調べることができるチェックテストも用意した。

朝がポイント? 血圧サージの対策法とは

このチェックテストや血圧測定で「リスクあり」と出たらどうすればいいのだろうか。基本的な対策は、有酸素運動や減塩など、高血圧の改善に効果があるとされるものと変わらない。また、苅尾教授によれば、すぐにできる対策としては「血圧サージが起きやすい朝の行動に気をつける」ことが有効だという。

「食事」「急な運動」「ストレス」などは、ともに交感神経の活動を高める引き金となる。例えば平日の朝に「ギリギリまで寝て、食事をかきこんで走って駅まで行き、満員電車でストレスを感じる」ような行為が重なると、血圧サージを引き起こしかねない。

(写真:アフロ)

ちょっとだけ早起きして、食事の後、一服のお茶でリラックスする。忙しい朝に、ほんの少し息抜きするだけで、交感神経の興奮が収まり、血圧の急激な上昇の抑制が期待できる。気温の急激な変化も交感神経が興奮する引き金になるため、冬の寒い時期は、起床後にベッドを出るときにスリッパをはき、冷たい床に足が直接つかないようにするなどの気配りも効果的だ。

血圧測定やテストで「リスク低」と出たとしても、飲酒や喫煙など血圧サージの要因となる生活習慣を自覚している人には、継続的に家で血圧を測ることをおすすめする。

血圧は私たちの体の生命活動そのものであり、日々のストレスや生活習慣の影響を受けて変わり続けている。それが時に、命に関わる病のリスクになることもある。それを知ることが、少しでも自分の体を大切にしてみようと思うきっかけになるかもしれない。


NHKスペシャル「“血圧サージ”が危ない」は、10月29日(日)午後9時~生放送(NHK総合)
血圧が一時的に大波のように変動し、血管にダメージを与える“血圧サージ”。脳や心臓に関係する、深刻な病気のリスクを高めることが明らかになってきた。健康診断や医療機関では見つけにくい“血圧サージ”の発見法や効果的な対策法を生放送で伝える。

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