子どもが小学4年生になる時期に、共働き家庭は新たな悩みに直面する。学童保育のような放課後に子どもを預けられる場所が減り、あらためて居場所を探さねばならなくなったり、自立し始めた子どもの気持ちが読めなくなったり――。こうした障壁をどう乗り越えればいいのか。実態と、解決法を探った。
「最悪、仕事を辞めることになるのでは」
都内に住む近藤康子さん(仮名・38)は、夫(39)と娘(11)との3人暮らし。夫婦ともにフルタイムの正社員だ。娘の小学校入学までは保育園に、小1からは公設の学童保育に通わせ、18時に迎えに行くのがルーティンになっていた。しかし――。
「娘の通っていた公設の学童保育は、小4以上の児童を受け入れていません。預け先がなくなると、娘の帰宅時間が早まるため、最悪、仕事を辞めることになるのではと悩んでいました。結局、平日の放課後は塾と習い事に通わせることになりました」
新宿区在住で共働きをしている三浦薫さん(45)は、別の悩みを抱えていたと振り返る。子どもが小3になったとき、「学童クラブ機能付き放課後子どもひろば(ひろばプラス)」 という“準学童保育”のような制度が始まり、預け先を確保することはできた。
「とはいっても、学童保育のように下校時の付き添いもありませんし、宿題の声かけもないのが気がかりで……。特に、平日は数時間程度なので気にならなくても、夏休みのような休暇中は長時間を同じ施設内で過ごすようになるので、楽しく過ごせるのか心配していました」
対象拡大でも残る「小4の壁」
共働きやひとり親家庭の小学生を放課後に預かる「学童保育」に登録する児童数は増えている。厚生労働省によると、2016年5月時点の登録児童数は109万3085人。10年前から約40万人増えた。近年、増加のペースは上がっている。
背景には、2014年6月に閣議決定された「『日本再興戦略』改訂2014」がある。子どもが小学校に入ると、預け先が見つからず親が仕事を続けづらくなる「小1の壁」を打破するため、2019 年度末までに30万人の学童保育の受け皿を拡大するとしている。2015年の改正児童福祉法の施行で、学童保育の対象児童の規定から「おおむね10歳未満」の文言が削除され、小4から小6までの児童にも、学童保育の門戸が開かれた。
学童保育の対象とされていなかったため、受け入れ施設が極端に減る小4への進級は「小4の壁」と呼ばれ、仕事と子育ての両立を阻んできた。対象は拡大したが、受け入れは追いつかず壁は依然として残っている。2016年の登録児童数を学年別でみると、小1から小3までの児童が84%を占める。
「実情として、小4以降の児童を受け入れられる学童保育はまだまだ多くありません。新設したところならともかく、ほとんどの学童保育は今まで3年生までしか受け入れていなかった。敷地面積は同じなのに、急に3学年分の児童を追加して受け入れることはできないですよね。場所だけでなく、人も資金も含めて一気に拡大するのは難しい部分があります」
放課後の小学校で子ども向けの多様な学習プログラムを手がける放課後NPOアフタースクール代表理事の平岩国泰さんはそう話す。
子どもが自ら学童保育を離れる理由
子どもが小4になって学童保育から離れる理由は、受け入れ自体がなくなるからだけではない。平岩さんは、この時期に子どもが大人への第一歩を踏み出すのも要因の一つだと話す。
「小4前後になると、子どもはそれぞれに専門分野や自分の世界を欲しがるようになります。個々に異なる興味・関心を持ち始め、週に5日、同じ場所でみんなと同じように放課後を過ごすスタイルがマッチしなくなるんです。低学年が多い環境で、子どもっぽく見えてしまうのを嫌がる子もいます」と、平岩さんは指摘する。
「親の干渉を離れ、友だちとのグループ行動が増えるようにもなります。仲間の承認が重要な時期に入り、おのずと集団での役割を持ち始めるのです」。小3の夏頃から、学童保育に通っていない友だちと遊びたいという理由で足が遠のく子も出てくるのだという。
では、学童保育を離れた子どもたちの放課後はどのように変化するのだろうか。「習い事をする子もいますが、特に都内では圧倒的に塾に通い始める子が多いですね」と平岩さんは話す。国立教育政策研究所の調査によれば、東京都の通塾率(家庭教師も含む)は57%。全国平均の46%と比べて、10%も高い。東京圏だと、神奈川県で56%、千葉県で51%、埼玉県で45%という結果だ。
「アフタースクールでも、小3あたりから『塾に行くので通う日数を減らします』という声が聞こえ始め、4年生になるとその数はだいぶ増えます。小4から勉強が本格化することもあり、そのフォローをしたくてもできない親にとって、学習塾は学童保育の代わりとなる、一石二鳥の“預け先”なんです」(平岩さん)
子どもだってゴロゴロしたい
塾や習い事で「預け先」が確保できたとしても、「小4」の問題は複雑だ。子ども自身が「家で過ごす日がほしい」と言いだすケースも少なくないという。「小4の時期の子どもは、実はすごく疲れているんです」と話すのは、夜間保育や学童保育を20年運営してきた認定NPO法人あっとほーむ代表の小栗ショウコさんだ。
「学童保育を退所して塾や習い事に通うようになると、いくら楽しくても、新しい環境になじむまで、子どもには大きなストレスがかかります。毎日同じ場所で放課後を過ごし、同じ時間に迎えに来てもらっていたときと比べ、曜日によって違うスケジュールで動くようになり、一人で移動することが増えるからです」
子どもにとっては集団で過ごし、他人の視線や評価が気になりだす時期なので、それまであまり経験してこなかった人間関係への悩みを抱えるようになるのだ。
こうした変化は急速で、子ども自身も戸惑いを覚える。もし周囲の大人から「もう小4なのだから」とプレッシャーをかけられれば、緊張もする。小栗さんは、「放課後に予定のある子どもは、働いている大人で例えれば、毎日残業続きの日々を送っているのと同じ状況」と説明する。
「大人がビールを飲んで休息を取るように、子どもだってゴロゴロしたりソファでボーッとしたりして、心身を休める時間が必要なんです。そこで『なに、だらけてるのよ』『暇なら手伝ってよ』なんて声をかけたら、子どもは『お父さんもお母さんも何もわかってくれない』と反抗心を爆発させかねません」
塾をサボって駅のベンチにいた娘
東野真紀子さん(仮名・36)は、都内で夫(36)と娘(10)と3人暮らし。小4になった娘は小3まで通った学童保育を退所し、平日の放課後は自ら希望した塾か習い事に行って過ごすようになった。
ただ、預け先の問題が解決しても、仕事で子どもから目を離す時間があることに不安を感じるようになったという。
「自立心が芽生えて行動範囲が広がり、親に黙って友だちの家へ行くようになりました。この前は塾をサボったと塾から連絡があり、本人を問い詰めると駅のベンチに一人でいた、と。娘の自立は応援したい。でも、何かあったら……」(東野さん)
心の変化を迎える子どもと親はどう向き合うべきか。小栗さんは、「子どもが自らの変化を乗り越えられるようにお膳立てしてあげることが、小4の時期を乗り越える一番の方法」とする。
「小4の壁」で浮き彫りになる居場所の問題は、子どもの心の変化による問題とも絡み合っている。親は、提供される教育やプログラムの内容など、子どもが充実した時間を送れるかに目がいきがちだ。しかし、「仲のいい友だちや信頼できる大人がいるような、心の休まる居場所となるかどうか」も見逃せないと小栗さんは言う。「小4の問題は、大人の都合と子どもの希望が合致しないことで立ち現れるものなんです」
つかず離れずのいい距離で
「子どもが小4になったら、子どもが何に興味を持っていて、どんな才能がありそうか、それを伸ばすためにはどんな手段があるのか、そのアイデアを持っていることが親の役割になります」と、働く母親を支援するサービスを手がける「マザーネット」の上田理恵子社長は言う。「小4以降は、親は子どもが夢中になれることを探す手伝いをできるといいと思います。子どもが興味を持っていることに関してさりげなく情報提供したり、イベントなどがあれば休みの日に一緒に行ったりできるといいですね」
前出の平岩さんは、「父親にとって子どもとの関係が難しくなり始める時期」だと前置きして、こう語る。
「過剰に詮索するでもなく、放置するでもなく、つかず離れずのいい距離でコミュニケーションを取りながら、子どもを思う気持ちを伝えましょう。このころから、子どもは大人の世界への興味を深めます。父親は、ぜひ仕事や社会の話を聞かせてあげてください。子どもは少し大人扱いされることに喜びを感じ、上手にコミュニケーションが取れると思います。くれぐれも仕事の愚痴や自慢話ばかりにならないようにしてくださいね」
取材・文:有馬ゆえ
編集・制作:ノオト
[写真]
撮影:森カズシゲ 林和也
イメージ:アフロ
[図版]
藤田倫央
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