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「当たり前を疑う」ドイツの政治教育の現場

2015/12/7(月) 15:37 配信

選挙権年齢が18歳以上に引き下げられるのを受け、いかに若者へ政治教育を行うか。日本の教育現場では「政治的中立性」の確保など、その導入を巡って模索が続けられてきた。だが、ドイツでは、幼い頃から身近な事に関心を持ち、徐々に政治的な事柄を自分の頭で考えられるようにしていく長期的な教育戦略をとっている。
(Yahoo!ニュース編集部)

ドイツでは【政治教育3原則】という教育方針が定められている。

果たして実際の教育現場でどのように実践されているのか。一般的な公立校で、13歳の少年少女が学ぶ教室を取材した。

※連載【世界に学ぶ「18歳選挙権」】第1回第2回第3回

法律って何? 自分の頭で考える

ドイツ北西部のハンブルクにあるクロスター校。1週間に1度の「政治」の授業が始まった。授業の冒頭、教師は生徒たちに尋ねる。

「必要な法律と不要かもしれない法律、みんなはどう思う?」これが今日の授業のテーマだ。

生徒たちはグループにわかれ、続々とアイディアを出していく。すぐに教室のホワイトボードは、生徒たちが書いたカードで埋め尽くされた。「文化財保護法」「タクシー条例」「交通規制」など、関心のある法律を書き出してこれから討論するのだ。自分自身の興味を出発点にして法律を考える授業、「政治教育3原則」の第3項『自分の関心・利害に基づいた政治参加能力を獲得させる』を実践している。

この授業の狙いを「“当たり前”を疑うこと」だと学級担任のニーマイツ教諭は語る。

「法律の意味を解説するのではなく、生徒たちが自分の頭で考えるように促す。当然のように受け入れていることをもう一度問い直し、自分も政治に関わる有権者だと気づかせるのが目的」

政治を考える力は、身近な実感から

最初の議題は「文化財保護法」だ。この法律では歴史的建造物などを損傷した者に罰金を課している。この学校があるハンブルクの街は、歴史ある港湾都市であり、生徒たちの生活圏内に文化財は多く存在する。最初にこの法律を選んだ生徒は「あって当然」の法律に分類した。

多くの生徒もこれに同調。「大切な文化財を守る重要な法律だと思う」「この法律が無ければ、貴重な建物が落書きだらけになってしまう」……肯定派が多数を占め始めた。

だが、そこへ先生が別の視点を提示した。「じゃあ、改築はいいと思う?」この法律は、文化財の改築や移設も禁じているのだ。

すぐに反応が返って来た。「改築された古い建物、旧市街でよく見るよ」賛成意見ばかりだった教室の空気が少し変わった。

「その場所から動かしてはいけない、というのは合理的じゃない場合もあるんじゃないかな」

小さな声で発言した男子生徒に、先生は声をかけた。

「とても面白い意見だ」

異なる意見に耳を貸すことが民主主義の第一歩

討論で大切なのは、「各自それぞれ意見が違っていいんだ」と安心させること、とニーマイツ教諭は言う。異なる意見に耳を貸すことが、民主主義の第一歩だ。

「民主主義では最終的に過半数が物事を決めるが、少数意見もあることを忘れてはならない。」

賛成か反対かを結論づけずに討論は終わる。普段“当たり前”と思っていた法律も、賛否両論がある。その是非を議論しながら自分で考えてみることにこそ意味があり、結論や正解を導くことを目指していないのだ。『論争は論争のままで良い』と3原則の第2項は定めている。

中でも教師が最も気を配るのが3原則の1つ目、『教師の意見が生徒の判断を圧倒してはならない』という点だ。この日の授業でニーマイツ教諭が自分の主張を口にすることはなかった。だが、それは禁じられているからではない。

「私自身の意見を伝えることもあるが、絶対に押し付けないよう気を配る。生徒が自分のスタンスを固めるのを邪魔してはいけません。」

40年前に定められた【政治教育3原則】は、今も教育現場の指針となっている。

身近な法律の是非を巡る討論を終え、授業の後半はさらに濃い議論になった。ニーマイツ教諭は提案する。

「法律と自由について考えてみよう」

「誰が法律を決める?裁判官や政治家が決めたことに、君たちは賛成できないかもしれない」と先生に問われ、13歳の生徒たちは考える。

「選挙や政治は、自分に身近なこと」という実感が持てるよう導く授業だ。教師が臆することなく現実の政治問題を教室に持ち込むことができるのは約40年前に定められた「3原則」が根付いているからだろう。

現在、ドイツの国政選挙権が与えられるのは18歳以上だ。しかし地方選挙では16歳から投票できる州も増え、国も16歳への引き下げを検討している。今回取材した13歳クラスの女子生徒は、真剣な面持ちで語った。

「私は12歳から投票できるようになるべきだと思います。家でよくニュースを見るし両親と政治の話もします。まだ投票できないことに腹が立つこともあります。私たちにだって意見はあるんです」

【18歳選挙権】で、日本は変わる?

いち早く「16歳選挙権」を導入し、政治教育を制度化し、成果を上げたオーストリア。歴史と向き合い、政治教育の芯となる「3原則」を練り上げたドイツ。両国の取り組みから浮かび上がるのは、民主主義を尊ぶ真剣な姿勢だ。

日本でも“主権者教育”の議論は盛んになりつつある。2015年内に高校生に配布予定の副教材『私たちが拓(ひら)く日本の未来』の内容が9月末に発表された。模擬選挙やディベートの進め方など、体験学習の例に多くのページが割かれている。

東京大学大学院教育学研究科の小玉重夫教授はこう語る。

「18歳の政治参加を一過性のトレンドに終わらせないために、実のともなった政治教育を続けていかなければならない。【18歳選挙権】は日本の民主主義のテコ入れになる。今こそ教育と政治の関係を正面から位置づけ直すチャンス。大人の側も一緒に勉強し、政治について考えていくという姿勢が望まれる」

だが、教員向け指導資料にはこのような記述がある。
「教員の個人的な主義主張を避けて中立かつ公正な立場で指導するよう留意しなければならない」。
政治的中立に違反した教師に罰則規定を設けるべきだ、という提案も自民党内から出ている。

「この副教材の存在がますます教員を萎縮させることになる」と危惧するのが、松下政経塾政経研究所 研究員の西野偉彦氏だ。

「授業プログラムの例よりも重要な“教員の意見表明権”が副教材には欠けている。政治について教員は自分の意見を表明できないのに、生徒には自分の意見を持ちなさいと促すのは矛盾ではないか。現場の教師からは“政治教育は怖い”という本音も聞く。主権者教育そのものをお蔵入りさせる学校が増えるのでは」

政治を自分事として考える姿勢が、民主主義のスタート地点。それは若者だけに限らず、全有権者に問われている。日本の民主主義をより成熟したものにできるのか。今、私たちは分岐点に立っている。

写真:アフロ

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