選挙権年齢が「18歳以上」に引き下げられ、来年夏の参院選から適用される。だが、2014年12月の衆議院議員総選挙で、20代の投票率は世代別最下位の32.5%だった。若い世代の政治参加意識をどう育てるのか。連載3回目は、"政治教育の先進国"として諸国から一目置かれるドイツの政治教育にフォーカスする。歴史と正面から向き合い、模索を続けた末に打ち立てた【 政治教育3原則 】は、40年経ってなお、ドイツの政治教育の背骨となっている。(Yahoo!ニュース編集部)
ドイツに【政治教育3原則】が生まれた背景
ドイツの政治教育は、選挙権年齢の引き下げと密接に関係している。
1918年、ドイツは選挙法を改正し、20歳以上の男女すべてに選挙権を認める普通選挙を導入した。それから半世紀以上経った1972年、選挙権年齢は18歳に引き下げられる。背景にあったのは60年代後半に吹き荒れた学生運動だ。「兵役が18歳以上なら選挙権も18歳以上に」という学生たちの声を無視できなくなった。「18歳選挙権」をめぐる議論は政治教育にも大きく影響を与えた。知識学習型だった従来の政治の授業を、「自ら政治に関心を持ち、政治的判断力を育てる」教育へと変革する運動が始まった。
だが、教育現場からは不安の声が上がった。政治的中立を保った政治教育は、どうすれば実現できるのか。現場の教師たちや研究者が議論を繰り広げ、1976年、3項目からなる教育指針が導き出された。会議が行われた街の名を冠し「ボイステルバッハ・コンセンサス」と呼ばれているドイツの【政治教育3原則】だ。
その土台となった論文がある。タイトルは『政治の教師は、授業で自分の意見を言うことが許されるか?』(1976年)。執筆者は、当時高校の教師だったシビル・ラインハード博士(教育学)。政治教育を不安視していたという博士の論文は広く読まれ、「 3原則 」に至る議論をけん引した。
政治教育の目的は 「民主主義の根本理解」
論文の執筆者ラインハード博士は、その後も政治教育に関わる提言を続けてきた。選挙権年齢の引き下げを決めた日本に、博士はこう呼びかける。
「日本の皆さん、今がチャンスです。学校で政治の授業をしっかりやって、有権者として責任を持てるよう若者たちをサポートしてあげてください。それは民主主義を育てることなのです」
1960年代後半から過熱した政治教育の議論には、「教師が自分の政治信条を主張し、生徒を調教するのではないか」という懸念が常につきまとっていたと博士は語る。【 3原則 】の第1項は、この不安を解消するための原則だ。『教師の意見が生徒の判断を圧倒してはならない』、すなわち『押し付けの禁止』である。
注目すべきは、教師が自分の考えを述べること自体は禁止していない点。「政治的中立性は大切だが、"中立"の客観的な基準は定められない」からだ。明らかに中立性を欠く『押し付け』のみが規制されている。
"社会の不安解消"が第1項なら、第2項は言わば"教師の不安解消"のための原則だ。高校の教壇に立っていたラインハード博士は、実体験に基づいて語る。
「教師は恐怖に怯えていました。生徒を政治的に調教するつもりはなくても、うっかり自分の思想を押し付けてしまう可能性もあります。そこで第2の原則が生まれたのです。」
博士も恐怖に怯えていた教師の一人だ。「3原則」ができる前は、学校の保護者会で「もし私が一方的な政治信条を子どもに押し付けたと感じたら、すぐに直接連絡をください」と保護者全員に自分の電話番号を手渡したこともあるという。
今もドイツの政治教育では、現実の政治的問題について討論する授業が重要視されている。政治的争点に踏み込むことがタブー視されてきた日本の教育現場と大きく異なる点だ。「民主主義は論争のシステム。論争の末に合意を形成すること、異なる意見にも敬意を払うことが重要です」と博士は強調する。
政治教育とは、ルールや正義といった"正解"を教えるのではない。議論を通じて、民主主義の当事者としての"態度"が身に付くよう導くことなのだ、という哲学がそこにある。
この第2項によって教師たちは「政治」を教える恐怖から解放されたという。
第3項『自分の関心・利害に基づいた政治参加能力を獲得させる』とは、つまり「自分の頭で考え、自分の言葉で意見を言えるようにする」ことだと博士は説明する。自分自身の興味を出発点にし、授業を通して自分の意見を発展させ、主張できるようにする。言わば民主主義の"根本"を身につけることが政治教育の命題だと宣言しているのだ。民主主義は人間が発明したシステム。それは教えなければ身につかないものに違いない。
歴史から目をそらさず、問い続けるドイツ
ドイツはなぜ"政治教育の先進国"と呼ばれるようになったのか。その理由を「歴史と徹底的に向き合ったからです」とラインハード博士は解説する。
ドイツは、かつて民主主義の中からヒトラーという独裁者を生み出したことに深い反省がある。そして、戦後ドイツは負の歴史から目をそらさず、"政治と教育"のあるべき姿を問い続けてきた。だからこそ【 政治教育3原則 】は生まれたのだと博士は語る。
「アウシュビッツは 二度とあってはならないし、教育の力でそれを阻止しなければなりません。皆が政治に参加する権利を持ち、決断に加わることが、ファシズムを排除するために欠かせません。」
若者の政治参加、一歩間違えば......
選挙権年齢の引き下げに関して研究・提言を続ける西野偉彦氏(松下政経塾政経研究所 研究員/NPO法人Rights副代表理事)は、日本の政治教育はまだ試行錯誤の過程にあると指摘する。
「政治的問題を自分事として判断するトレーニングをしないまま投票に行くと、扇動的で分かりやすい"ワンフレーズ・ポリティクス"に若者の意識がなだれこむ危険性がある。政治への意識が"観客"から"当事者"へ変わると民主主義はステップアップする」
政治に当事者意識を持ち、自分の頭で考える。それには若いうちからの訓練が必要だ。「民主主義の担い手を育てる教育こそが、ファシズムの抑止力になる」という信念が、ドイツの政治教育を貫いている。
ドイツ国民の強い信念が込められた【 3原則 】は、実際の教育現場でどのように生かされ、実践されているのだろうか。
次回はドイツの教室から"生きた政治の授業"をレポートする。
日本では選挙権年齢が18歳以上に引き下げられ、70年ぶりの改革となる。だが、世界に目を向ければ18歳から選挙権を認めている国と地域は、全体の85%にも及ぶ。10代の政治参加は世界的に見れば"当たり前"になりつつある。
ヨーロッパでは、選挙権年齢を18歳からさらに引き下げる動きも見られる。ドイツやノルウェーでは地方選挙で16歳選挙権を導入している。そのきっかけとなったのはオーストリアだ。「選挙権年齢の引き下げで、若者も社会も変わる」と実証したオーストリアの取り組みと"政治教育先進国"ドイツの事例を、識者へのインタビューと教育現場からのレポートで紹介。全4回の集中連載で日本の未来を考える。
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