「2020年までに女性管理職比率を30%に」を合言葉に、政府が旗をふる「女性活躍推進」。しかし、「活躍予備軍」であるはずの20代大卒女性からはこんな声が漏れてくる。「普通に働きたい」「『活躍』より『家族との時間』が大事」。男女雇用機会均等法施行から30年あまり。社会全体が活躍を後押ししようとする中、彼女たちの心が動かないのはなぜなのか。
(ライター・石臥薫子/Yahoo!ニュース 特集編集部)
選んだのは一般職
かつて短大卒の女性に人気だった「一般職」が、大卒女性の憧れになっている――。そんな話を数年前からよく耳にするようになった。会社の基幹的な業務を担い、将来は管理職になることが期待される「総合職」に対し、総合職のサポートをするのが「一般職」。
関西の難関私立大の一つを卒業し、今年4月、大手生命保険会社に就職した女性(23)が選んだのも一般職だ。
「総合職としてキャリアを積んで管理職になりたいとは、全然考えませんでした」
重視したのは、「長く働けること」と「家族と過ごす時間が持てること」。総合職を目指さなかった理由をこう打ち明ける。
「まず転勤があるのがネックでした。それに、総合職では避けては通れない営業が嫌だったんです。大学の先輩たちからはどの業界でも『営業は残業がすごい』と聞いていましたし、『やり甲斐』と引き換えに、家族との時間が奪われるのは、私には無理かなと」
専業主婦への憧れはなく、「働くのは当然。人の役に立ちたい」という思いは強い。母も忙しく働いていた。でも、寂しい思いをせずに済んだのは、近くに住む祖父母が面倒をみてくれたから。いま、その祖母を両親と共に介護している。総合職で転勤になれば、両親に介護を押しつけ自分だけ家を出なければならない。もちろん自分が結婚し、子どもを持った時のことも考えた。
「管理職になれば、家庭より会社を優先しなければならない場面が頻繁に起きてくる。そうなった時、やっぱり無理と辞めてしまうくらいなら、最初から一般職のほうがいい」
女性活躍ランキングの新顔
女性の管理職登用を後押しする「女性活躍推進法」の施行から1年となる今年、女子学生向けランキングに「新顔」が登場した。東洋大学による「『女性活躍インデックス』法人ランキング2017」がそれだ。
分析対象とした910法人の女性活躍度とランキングをすべて公開し、会社名で検索もできる。
「日経WOMAN」の「女性が活躍する会社」や東洋経済新報社の「女性が働きやすい会社」と比較してみると、日経WOMANのランキングで1位の第一生命保険は東洋大のランキングでは「対象外」。東洋経済のランキングで1位の富士通は105位にとどまる。
逆に東洋大ランキングで1位のローソンは、日経WOMANと東洋経済のランキングでは100位以内に入っていない。
これだけ顔ぶれが違う要因の一つは、同大のランキングが、他のランキングが採用している上場企業などへのアンケート調査ではなく、厚生労働省の「女性の活躍推進企業データベース」を基にしている点にある。
このデータベースは、昨年施行された女性活躍推進法と表裏一体のものだ。同法によって従業員301人以上の企業は、女性管理職比率などのデータや行動計画の公表を義務づけられたが、多くの企業はそれをこのデータベース上に公表している。
「せっかく一元的にデータを集約する仕組みができたのですから、女性が就職先や転職先を選ぶときに本当に役立つように『見える化』しようと考えました」
ランキング作成にあたった東洋大の松原聡副学長はそう語る。
政府の女性活躍推進の背景にあるのは、労働力不足と、日本の「女性の管理職比率」の低さだ。後者の12.5%という数字は、アメリカ(43.6%)、スウェーデン(39.5%)はもちろん、フィリピン(46.6%)、シンガポール(34.0%)などアジア諸国にも到底及ばない(2015年時点。データブック国際労働比較2017より)。
そうした状況を変えようと、30%という数値目標が掲げられ、女性活躍推進法が始動。東洋大のランキングによってデータベースの本格活用も始まった。歯車が動き出したいま、改めて「活躍」を期待される20代女性たちに、問いかけてみることにした。
「総合職、管理職として『活躍』したいですか」――。
母の後悔みて「私は子どもを犠牲にしない」
都内の難関女子大の3年生(20)は、ランキングなどでチェックするのは「活躍」より「働きやすさ」だという。そう考えるのは、今年48歳になる母親の影響だ。母は医療関係の資格を持ち、女子学生が小学生の頃はパートで働いていた。記憶にあるのは学校から帰った時の「おかえりー」という声。中学受験も一緒に頑張ってくれた。その後、フルタイム勤務となり、徐々に残業が増えて夕食の時間も遅くなった。学生は振り返る。
「弟はその頃まだ小学生でしたが、後になって母は、弟ともっと一緒にいてあげればよかったとすごく後悔していたんです。その言葉を聞いた時から、私は、仕事で子どもを犠牲にしたくないと思うようになりました」
仕事はしたい。生き生きと働く母は憧れでもあり、職場の病院で、患者やスタッフから慕われている姿を見た時は誇らしかった。学生自身、やるからには能力を発揮し、評価もされたいと思う。「でも」と彼女は続ける。
「いまは子どもを犠牲にしてでもバリキャリで働くか、マミートラック(両立はできるものの、昇進・昇格とは縁遠いキャリアコース)かの二択しかない。普通に働いて普通に子育てしたいだけなんですけど。でも状況が変わるには時間もかかる。現状でどちらを選ぶかと言われれば、うーん、やっぱりマミートラックなのかなぁ……」
彼女たちの中で「活躍」はなかなか実像を結ばない。
ロールモデルの不在と、変わらない女性の「役割意識」
いまの20代の人たちの母親の多くは、1986年の男女雇用機会均等法施行後に社会に出た「均等法第一世代」。「総合職」への門戸が女性にも開かれたものの、採用数は限られ、しかもその多くは男性職場への戸惑いや、家庭との両立の難しさから職場を去っていった。子どもを持ちながら管理職にまでなれたのはごくごくわずかだ。
社会人になると会社には30〜40代の先輩がいる。出産後も働くのが当たり前の世代だが、いまの20代はそこにも理想の姿を見いだせていない。
例えば、大学の卒論テーマに「短時間勤務の女性でも管理職になれるか」を選んだ女性(23)。学生時代はリーダー的存在で、就活の面接でも「管理職を目指したい」と答えた。ところが入社した大手メーカーでは、女性が昇進すると「女性活躍の時代だからね」と陰口をたたかれ、女性管理職もごくわずか。しかも子どもを持たない人が大半だ。さらにこの女性を滅入らせたのは、育休から復帰した先輩たちの現状だ。
「毎日の送り迎えがすごく大変とか、料理を作り置きするために週末は一日中台所に立っているとか、話を聞いているだけでもため息が出る。子育てしながら管理職ともなれば、自分の体力、精神力に加えて、上司や同僚の理解、親や夫のサポート……と、いったいどれだけの条件がそろわなければならないのかなって。もう目指す気持ちはなくなりました」
入社1年目には管理職を目指していたのに、2年目にその意欲を失う女性の割合は、男性の倍――。独立行政法人国立女性教育会館が2015年と16年、大手企業に勤める若手正社員約1000人を対象に実施したアンケートでは、そんな結果も出ている。
女性たちが「活躍」に背を向ける要因は、ロールモデルの不在だけではない。女性とキャリア形成に詳しい聖心女子大の大槻奈巳・人間関係学科教授は、伝統的に女性に期待されてきた「役割」に対する責任意識が、若い女性にも連綿と受け継がれているとみる。
「中央大学の山田昌弘先生がご指摘されていますが、ご飯を作るとか、洗濯をするといった家事労働は、女性の家族への『愛情表現』であると見なされてきました。愛しているなら一生懸命やるべきだと。その役割をきちんと果たしているかどうかが女性としての評価にもつながっています。そして、女性が仕事をしていても、期待される役割は変わらないんです。一方で、『仕事をして高収入を得る』のは男性の役割とされ、それを女性が果たしても、男性ほどには評価してもらえない。そういう意識構造が、若い女性たちの中でも変わっていないんだと思います」
育児休業制度が整っても、本当に大変なのは育休後だ。だが女性たちは、「仕事責任」を負う夫たちが忙しすぎてあてにできそうもないこと、そして自分が働き続けながら期待される「家庭責任」を果たそうとすれば、時短などで仕事をセーブするか、祖父母の助けを得る以外に道がないことも学んでいる。であれば、そうまでして管理職になりたくなくても不思議ではない。
「活躍」は「働き方を選べるようになる」ため
もちろん女性たちも多様で、「活躍」に意欲的な人もいる。
「私は役員を目指します」と明言する石井ありささん(25)は女性の営業職が多いことで知られる広告代理店に、昨年、念願かなって転職した。
「うちの会社の営業女性は、女子力が高いと言われるのですが、そこに知識やスキルが加われば鬼に金棒。男性以上の実績をあげることで早く管理職になることも可能です。大事なのは圧倒的な実績。それがあれば子どもを産んでも会社がポストを用意してくれるはずです」
「子育ては自分の両親に頼ります」と割り切る石井さんに対し、家のことも100%やると意気込みを語ったのは、上智大学4年生の女子学生(23)。ハードワークで知られる企業に就職するのは「早く成長したい」から。成長を急ぐのは「戦略」だと話す。
「30歳までに結婚したいんです。その後も第一線で働くつもりですが、仕事のせいで家族が犠牲になるのだけは絶対にイヤ。働き方を選べる立場になれるように、キャリアの最初にがむしゃらに働いて自分の市場価値を高めておく戦略です」
「管理職を目指す」「第一線に立ち続ける」とはりきる女性。そういった形の「活躍」に背をむける女性。前出の大槻教授は「一見、彼女たちは対照的に見えるが、どちらにとっても『活躍』が、子どもや家族との時間を犠牲にしたり、いくつもの好条件が重なったりしなければ得られないものであることには変わらない」と指摘する。
その困難を、同世代の男性が考えもしないであろう「圧倒的な実績」や「戦略」で乗り切ろうと考えるのか、最初からその道を選ばないか、の違いだけだ。
均等法施行から30年あまり。なぜ、いまだに「活躍」はこんなにも難しいものなのか。
均等法と育休法のパラドックス
「それは、日本の『総合職』という働き方自体の問題です」
『仕事と家族』などの著書がある立命館大学の筒井淳也・産業社会学部教授はそう指摘する。さらに「均等法、育児休業法によって、男女平等どころか、男は仕事、女は家庭という性別分業が強化されるパラドックスが生まれてしまった」とも言う。
筒井教授によると、日本の「総合職」は「職務内容」「勤務地」「勤務時間」の3つにおいて制限がない。それは配置転換や転勤、長時間労働の一つでも拒否すれば、給料が下がったり昇進に影響したりするため、事実上拒否できないことを意味する。ただし、それら3つの「無限定性」を受け入れるのと引き換えに、高い給料と長期雇用が保証される仕組みだ。同教授は続ける。
「そういう『24時間いつでもどこでも』という働き方ができるのは、現実的には体力のある体育会系男子、あるいは実家の母親か、専業主婦かパート勤めの妻からの全面サポートを受けられる男性だけです。均等法が男性と女性が対等な立場で働ける環境の実現を目指すものであるなら、本来は男女ともにそういう無限定な働き方を抑制する必要があった。でも実際には均等法は、従来型の『男並みの世界』に一部の女性を引き入れただけでした」
その後、育児休業法も作られたが、日本の女性活躍・両立支援政策が一貫して発してきたメッセージは「女性を男並みの世界に入れてあげる。出産・育休時だけは配慮するが、その後は24時間フルに戦うスタイルに戻ってもらう」というものだった。そう筒井教授はみる。
そんな環境のもとで、総合職と総合職がカップルになると、「家庭に、24時間戦うお父さんが二人いるのと同じ」なのでとても文化的な生活は望めない。
「しかも、二人とも転勤の可能性があるとなればリスクが大きすぎて結婚できないし、子どもも安心して産めない」(同教授)
総合職採用に占める女性の割合が2014年度時点においてさえ、約2割にとどまり、女性総合職の約6割が、入社10年以内に職場を去っているのは至極当然の結果なのだ。
「女性活躍」の定義を問い直す時期に
男性仕様の「総合職」のあり方自体を変えない限り、女性の「活躍」はまたしても絵に描いた餅になる。「3つの無限定性」はどうにかならないものなのか。
筒井教授は「やりようはある」という。ただし一気に変えるのは「非現実的」。日本企業は配置転換や転勤、残業時間を、雇用の調整弁として使うことによって、景気後退期や業態転換をする際にも、解雇をせずに済んできた。欧米型の雇用は「3つの無限定性」はない代わりに失業率が高い。いま、日本で3つの無限定性をいきなりすべて否定してしまうと、失業の増加という受け入れがたい副作用が生じてしまうという。
そこで同教授が「最も現実的な案」として提起するのは、「勤務地」と「労働時間」の無限定性をはずす方法。つまり、配置転換はあるが、転勤なし、残業なしというスタイルだ。しかも、それを女性だけではなく、男女共通の新しいスタンダードにするのがポイントだ。
「モデルは地方公務員カップルです。彼らは現状において、総合職と総合職の組み合わせでも、比較的早く結婚して早く子どもを産んで働き続けているグループです。頻繁に配置転換はあるが、基本的に転勤はないし、残業も少ない。夫婦ともに定時に帰って、まともな家庭生活を営むという展望を持つことができます」
長時間労働是正についての議論が高まっているが、本気で女性の「活躍」を後押しするなら、労働時間だけでなく、転勤の問題も俎上に載せるべきだろう。
「人手不足のいま、優秀な人材を確保したい企業の中から『転勤なし、残業なし(もしくは少ない)』を強くアピールする企業も出てくるでしょう。そこに注目する企業ランキングなどが出てくれば、動きを後押しできる」(筒井教授)
「活躍」「総合職」の定義を問い直す時がきている。
石臥薫子(いしぶし・かおるこ)
福岡県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。ボストン大学コミュニケーション学部大学院修了。日本経済新聞記者を経てフリー。テレビ朝日「ニュースステーション」やNHK WORLDでディレクター、週刊誌「AERA」などでライターとして活動。
[写真]
撮影:鬼頭志帆、幸田大地
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝
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