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鬼頭志帆

シニア世代の再婚――後妻と子どもに降りかかるお金クライシス

2017/09/21(木) 10:33 配信

オリジナル

シニア世代の結婚・再婚が増えている。年を重ねても、新たなパートナーができることは喜ばしいことだろう。だが、現実には、そう簡単ではない。預貯金や不動産など財産の扱いに関して、再婚相手と子どもとの間で利害が一致しないからだ。再婚したことを後から子どもが知って訴訟になることもあれば、簡単に分割しにくい不動産をめぐって争いになることもある。シニアの再婚では、どのようなトラブルが起き、どうすれば解決できるのか。
(ライター・すずきまゆみ/Yahoo!ニュース 特集編集部)

82歳の父親が結婚した

東京都城北地区で夫と2人の娘と暮らす小柴恵子さん(仮名・48)のもとに、ある日結婚式の招待状が届いた。それを見て、驚かずにはいられなかった。金のシールで封をされた招待状の差出人の名は自分の父親だったのだ。

恵子さんの父親・島村幸太郎さん(仮名)は82歳。10 年ほど前に妻を亡くし、二世帯住宅で恵子さんの弟夫婦と同居していた。だが、1カ月ほど前に「結婚するから」と、スーツケースひとつで家を出て行った。弟夫婦も寝耳に水だった。

(写真:鬼頭志帆)

結婚式当日、金屏風の前に満面の笑みで立つ年老いた新郎新婦の姿を眺めながら、恵子さんは明るい気持ちにはなれなかった。

「籍を入れてしまった以上、父の死後、遺産の半分は女性に渡る。そして、それはいずれあちらのお子さんたちのものになる。父の遺産と言いますが、その多くはもともと、母の実家から受け継いだものだったんです」

(写真:鬼頭志帆)

その後、懸念した通り、問題が起きた。父と弟で半分ずつ所有権を持つ二世帯住宅を父が売ると言い出したためだ。所有権は半々で、簡単に売ることはできない。親子で弁護士を立てての調停に発展した。身勝手とも感じられる父の言い分に、恵子さんは「女性の差し金に違いない」と憤慨する。

「シニアの結婚、よその人の話なら『素敵だね』と思えます。でも、自分の親なら『冗談じゃない』。それが多くの子どもの本音ではないでしょうか」

相続争いはあって当たり前

10年ほど前からシニア向けの婚活パーティを始めた東京・銀座にオフィスを構える結婚相談所「ブライダル ゼルム」のアドバイザー・立花えりこさんは、ここ5~6年でシニアの婚活が盛んになってきているという。

「当初、婚活パーティは月に1回ほどでしたが、ニーズが高く、徐々に回数を増やしていきました。いまは週に2~3回ペースで実施しています。どの回も盛況です」

婚活アドバイザーの立花えりこさんは20代でアドバイザーとなり、十数年。20~70代まで、さまざまな年代の男女の結婚をまとめてきた。(写真:鬼頭志帆)

厚生労働省の人口動態調査を見ても、シニア層の結婚は2000年ごろから年々増えている。特に65歳以上で婚姻届を提出した人の伸び方は顕著で、15年前に比べ男性で1.7倍、女性では2倍に達している。

だが、そんな結婚の伸びと同様に、問題も増えている。

厚労省の統計をもとに編集部が図表作成した。2000年から15年にかけて、65歳以上のシニア層の婚姻件数は伸び続けている(図版:ラチカ)

相続や離婚など家事事件を専門に扱う本橋総合法律事務所の本橋美智子弁護士は、後妻と前妻の子との間の相続争いはあって当たり前だと思っていたほうがいいと語る。

「シニアになって新たなパートナーを得て、生き生きと暮らす。望ましいことだとは思います。ですが、それぞれ人生を重ねてきた者同士、背負っているものは大きい。子どもやお金の問題のすり合わせをせずに結婚し、後々トラブルに発展するケースは多いのです」

本橋弁護士によれば、相続争いに財産の多寡は関係ないという。小説の世界では何十億円といった高額財産が争いのもとになるが、現実には家庭裁判所に持ち込まれる相続事件の7割強が遺産総額5000万円以下なのだという。

本橋美智子弁護士(撮影:編集部)

争いを防ぐ方法は、生前に遺言書を作成しておくことだ。どんな財産がどれだけあるかを明確にし、誰にどの財産をどれだけ遺すのかを記す。

「相続人の遺留分(法律上確保された一定割合の遺産)を侵害しない範囲で書いておけば、少なくとも法律上の争いになることはありません」(本橋弁護士)

ところが、遺言書どころか再婚したことを子どもに伝えていないケースも多いという。

(写真:鬼頭志帆)

寝たきり男性が再婚していた

離婚して、一人暮らしをしていた東京都西南部の70代の男性。入院先で亡くなり、長男、長女、次女の3人の子どもたちに連絡がいった。子どもたちが病院に駆けつけてみると、そこに60代の女性がいた。「妻だ」と言う。

戸籍謄本を取り寄せてみると、たしかに結婚していた。病院の話では、男性に対して介護もしていたという。だが、婚姻届が出されたのは、亡くなるひと月ほど前のことだった。

男性は不動産のほか、預貯金などで5000万円ほどの資産を保有していた。もしその婚姻が有効であれば、その半分が女性のものになる。

再婚のことなど何も聞かされていなかった子どもたちは驚き、慌てて弁護士に相談をした。婚姻届は男性の筆跡のように見えたが、病院で寝たきりの生活が約1年と長く、認知にも問題があった。そんな男性に果たして結婚の意思はあったのか──。子どもたちは、父が認知症という根拠のもと、意思能力の欠如を理由に「婚姻届の無効」を訴えた。

(写真:鬼頭志帆)

この裁判では子ども側が勝訴した。担当した本橋弁護士が言う。

「子どもにしてみたら、遺産目当てで悪い女に騙された、としか思えないわけです。いわゆる『後妻業』(ごさいぎょう)のような事件もあるわけですから」

『後妻業』とは作家・黒川博行氏による、遺産を狙って高齢男性と結婚し、殺害する事件を題材とした小説である。

「実際、遺産目当てで高齢男性と結婚する女性はいます。殺してしまったら事件になりますが、ただ黙って相手が死ぬのを待っていれば、犯罪にはなりませんから」

シニアの結婚は、「お金」の問題を外しては語れない。女性のなかには経済的な安定を、男性のなかには身のまわりの世話を求めて婚活している人もいる。

後妻と前妻の子どもとの相続争いが泥沼化

(写真:鬼頭志帆)

たとえば、妻がなくなり、意気消沈していた60代後半の男性。婚活をしたところ、男性にすり寄ってくる50代後半の女性が現れた。ただし、女性はラグジュアリーブランドのバッグや、海外旅行に行きたいと積極的にせがむような人だった。周囲から見れば女性はお金目当てと映ったが、男性本人は「愛されている」と思い込み、せがまれるがままにお金を使った。果たして、数年ののち、男性の貯金が底を尽きかけたところで、その女性は去っていった。

男性の姪にあたる本庄澄子さん(仮名・46)は振り返る。

「その女性は親戚の集まりにも顔を出していたので、1、2度見かけたことがありますが、派手な雰囲気であまり感じがよくありませんでした。叔父は結婚まで考えていたようでしたが、親戚じゅうが大反対でした。そのうちにいなくなったので、みんなで『それ見たことか』と言い合ったものです。叔父はかなり参っていましたが……」

また、再婚後、数年で亡くなったようなケースでは、「子どもたちに非常に強い遺恨をもたらす」とある弁護士が振り返る。

ある70代の男性は一人暮らしの寂しさに耐えかねて婚活し、50代後半の女性と再婚した。男性の子どもたちは再婚に強く反対したが、男性はそれを押し切って強行した。結婚してみると、生活は男性が望んだものとは異なっていた。女性は外出しがちで、ほとんど男性の世話をしなかった。男性は「この結婚は失敗だった」と知人に愚痴をこぼしていた。その数年後、男性が他界すると、遺産は法に則って配偶者に半分が相続された。

子どもたちの感情的なしこりは消えず、遺産をめぐって弁護士に相談をしたのだという。

「『たった数年間の結婚生活、しかも、ろくに父の面倒を見なかったのに遺産の半分をもっていくなんて!』と子どもたちは怒っていました」

子どもに祝福されてのシニアの再婚は叶わぬ夢なのだろうか。

そうとは限らない。当初は反対されながらも、周囲の理解を獲得し、幸せな再婚にこぎつけた人もいる。神奈川県横浜市に暮らす窪田夫妻(仮名)だ。

(写真:鬼頭志帆)

「相続放棄」で心を開いた

白いワンピースを若々しく着こなす美絵さん(66)と黒いポロシャツに白いパンツという端正な身だしなみの恭介さん(70)は去る8月5日に婚姻届を出したばかりの「再婚ホヤホヤ」だ。

二人は結婚相談所で出会ったが、どちらも真剣なパートナー探しを掲げていた。

48歳で離婚した美絵さんが婚活をはじめたのは3年前で、63歳の頃だ。同居していた次男が結婚し、一人暮らしとなったのがきっかけだ。

「経済的な不安もありましたが、何より老後をともに仲良く過ごせるパートナーが欲しかったんです」(美絵さん)

美絵さんが結婚相手に求めた条件は、「年収1000万円以上」「年上」「きちんと結婚」できることの3つだった。結婚相談所のファイルの中から、条件に合う男性を見つけては積極的にお見合いを重ねた。3年で出会った男性は100人を超えるが、そうして出会ったのが恭介さんだった。

シニアという言葉は似つかわしくないほどに若々しいカップル。(写真:鬼頭志帆)

恭介さんは不動産管理会社の役員で、妻を病気で亡くして3年。子どもは3人の娘がいるが、それぞれ結婚して別の場所に住んでいた。恭介さんと美絵さんは昨年12月に会うと互いに好意をもち、まもなく交際に進展。結婚という話につながった。だが、そこで障害となったのが、恭介さんの3人の娘だった。娘たちは父の再婚話に強く反対した。理由がはっきりわからなかった恭介さんは、娘たちと美絵さんを何度も会わせ、美絵さんの人柄を理解してもらおうとした。そうこうしているうちに、娘たちの反対の理由がはっきりしてきた。

いくら父親の認めた女性といえども、娘たちには赤の他人。ましてどこの馬の骨かわからない女性への不安感に加え、遺産の問題も絡んでいた。

娘たちのその気持ちを理解した美絵さんは、みんなが幸せになるためには、絶対に娘たちの理解が必要だと考えた。そのための胸襟を開く方法として、「相続放棄」を提案した。

誠意ある態度を見せることで娘たちの理解が得られたと話す美絵さん。(写真:鬼頭志帆)

「経済的な不安もあって始めた婚活ですが、必要以上にお金が欲しいわけじゃないんです。日々お金の心配はせずに暮らせて、死ぬまで自宅に住まわせてもらえれば、遺産はいらない。老後のお金は、いっしょに暮らし始めてからいただく生活費をやりくりして貯めればいいと考えました。そして実際にそれを提案したんです」

恭介さんが先に亡くなった場合、美絵さんは相続を放棄する。そのまま自宅に住み続けるが、美絵さんが亡くなったら娘たちに返す。こうしたことを公証役場で正式な書面にまとめ、娘たちに提示した。娘たちの態度は軟化。2人の結婚に同意した。

「相続放棄」を含む美絵さんの提案は、公証役場で正式な書類にまとめた。(写真:鬼頭志帆)

「残りの人生、お父さんといっしょに生きていきたいのです。お金目当てではありません。それをわかってほしかった。理解を得られたのは本当にうれしかったです」(美絵さん)

恭介さんの自宅で暮らし始めて3週間、新婚生活は充実していると恭介さんも言う。

「彼女は料理がうまくてね。毎食、栄養満点の食事を作ってくれるんですよ」

(写真:鬼頭志帆)

恭介さんの左手が、ごく自然に美絵さんの髪に触れる。すると美絵さんも照れて言う。

「一生尽くしたいと思う相手に出会えるなんて、本当に日々幸せをかみしめています」

長く生きてくると、子どもや資産など抱えるものは小さくない。そこで新しいパートナーと生活を建て直す際に必要なのは、関係者(親族)の信頼だと美絵さんは言う。

「ある程度年をとると、再婚は周囲の信頼を得られないとはじまりません。一方で、ややこしい問題で時間を長くかけるのももったいない。お金よりも大事なものを得たいなら、女性側がリードしてその問題をクリアにする。そうしたほうが周囲からの信頼はスムーズに得られるのかなと思いますね」

「あと20年はいっしょにいられる。仲良く生きていきたい」(恭介さん)(写真:鬼頭志帆)


すずきまゆみ
1966年、東京都生まれ。大学卒業後、会社員を経てライターとして活動。教育・保育・女性のライフスタイル等、幅広いテーマでインタビューやルポを手がける。

[写真]
撮影:鬼頭志帆
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝
[図版]
ラチカ

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