笹島康仁

医療危機を乗り越える 「地域で医師を育てる」試み

9/11(月) 10:07 配信

「おはようございます」。ガラガラと引き戸を開けて、医師たちが集会所に入ってきた。福井県高浜町の関屋地区。2カ月に1度の巡回診療だ。畳の上で待っていた住民7人に対し、医師やその卵は計3人。全国各地で医師不足が大きな問題になる中、高浜町では「この町で働きたい」と医師が集まり始めているという。そこにどんな仕掛けがあるのか。「地域で医師を育てる」という試みを追った。(笹島康仁/Yahoo!ニュース 特集編集部)

高齢者7人に「医師」3人

集会所にやってきた“医師団”が早速、診療を始めた。その1人、辻本佳久医師(26)は福井県立病院(福井市)の研修医。1カ月の地域医療研修先として、高浜町の和田診療所を選んでいた。

辻本医師が95歳のおばあちゃんと向き合い、「おなかが張っとる感じはないですか?」「畑は毎日行っとりますか?」と問診を続けた。その隣には福井大学医学部の学生が座り、おばあちゃんの左腕に血圧計を巻いていく。研修中の2人に指示を出し、最終的に判断を下すのが、和田診療所の井階友貴医師(36)だ。この町での医師研修を担当している。

井階友貴医師(左)と研修医の辻本佳久医師(撮影:笹島康仁)

過疎の集会所で行われる巡回診療。地域のありふれた光景に映るかもしれないが、高齢者1人に対し、こんなに多くの医療関係者が向き合うケースはそう多くないかもしれない。

「生活全体のケア それが地域医療」

診察が始まると、会話はあらゆる方向に及ぶ。体の衰えや不安、身の回りのこと、家族のこと。幼少期や戦時中の思い出話が出れば、「1人20分超」も珍しくない。

この日の藤本アサノさん(86)もそうだった。「皮がつまめるぐらいやせてしまって」と言い、がんじゃないかと訴える。話はそのまま、10年ほど前に亡くなった夫の話になった。「夫は山の仕事でね。力仕事やから、こぉんなに肩の筋肉があったの。でも、胃がんで、最後は骨と皮になって……。先生、私もやせすぎじゃろ?」

関屋地区のお年寄り。手のしわに人生が刻まれている(撮影:笹島康仁)

井階医師は「うん、うん」とじっくり話を聞いた後、「大丈夫。がんやったらもっと急激にやせますよ」と答え、笑顔で送り出した。

診察後、井階医師が研修中の2人に言った。

「病院の外来とは違うよね? それは地域や患者さんのニーズが違うから。医療のあり方は地域のニーズで決まる。『自分は天才外科医なので、オペを施してあげましょう』といった発想は違うんだ。ここに来る人は病気の治療だけを求めているわけじゃない。巡回診療で大事なのは、にじみ出てくる家族関係や生活状況を知ること。『ああ、ここが悪いから、こういうところで困るんや』と分かること。ここでは、生活全体のケアが必要とされているんだ」

巡回診療には看護師も付き添い、日々の暮らしぶりにも話が及ぶ(撮影:笹島康仁)

高浜病院の「危機」 常勤医がたった3人に

原発でも知られる高浜町は福井県の西端にある。人口は約1万。公的医療機関は二つあり、一つが和田診療所だ。

もう一つの「若狭高浜病院」(2013年度まで「社会保険高浜病院」)では、2001年に11人いた常勤医が2008年には3人にまで減ってしまった。深刻な医師不足である。町内で唯一入院のできる病院がなくなる恐れもあった。

ところが、町民に特段の危機感はなかったらしい。民宿経営の北村美和子さん(69)もその1人だ。夫は2006年秋、和田診療所での検診後、隣接する市の病院でがんが見つかり、その後は福井大学医学部付属病院に転院。2008年に亡くなった。「夫は町外の病院。それに夫婦とも健康そのもので、夫のがんまで、病院と関わることはなかったですから」

若狭高浜病院。産科は今も休診中だ(撮影:笹島康仁)

町の担当職員はこう振り返る。

「町民全体の関心は低くて、『ふーん』という感じ。町に医者がいなくても、車で30分ほどで隣の市の総合病院に行けるから、と。ちょっとした風邪で町外の病院へ行く人もいたので、先生たちも『ここにおる必要ない』『勉強できん』と離れる方が増えていました。でも、町外の病院にしても、先生が足りないのは同じ。どこも余裕はありません。町外の病院といつ共倒れしてもおかしくない。そんな状況でした」

高浜町は若狭湾に面し、夏には多くの観光客が訪れるが……(撮影:笹島康仁)

医師“不足” 全国で相次ぐ

実はこの時期、全国各地で「医師不足」「医療危機」が表面化し、大きな社会問題になった。実例は枚挙にいとまがなく、しかもこの傾向は今も消えていない。

千葉県銚子市では2008年、市立総合病院が休止に追い込まれ、市長のリコールにまで発展した。愛知県では2016年6月末現在、「医師不足による診療制限」をしている病院が全体の22.6%に及んでいる。

愛媛県の南端、愛南町の県立南宇和病院では、3年前から外科の常勤医が不在のままだ。昨年からは週に1度、町外の医師が午前中に来るだけ。県の担当者は「医師は都市部に集まりがちで、良い報酬の提示だけでは募集の効果がない。特に外科医は難しい」と明かす。救急患者があると、隣接する宇和島市や高知県の病院へ30〜40分かけて搬送する場合もあるが、外科の救急医療でこのタイムロスは厳しい。しかも、その搬送先の病院も外科医不足に直面したことがある。

外科の常勤医がいなくなった愛媛県立南宇和病院(撮影:笹島康仁)

なぜ、地方で医師不足が続くのか。

原因は一つではないが、国立国会図書館がこの3月にまとめた「医師不足の現状と対策」は、医療制度改革に原因があったと指摘する。それによると、厚生労働省は2004年、医師の臨床研修を義務化した。この時、研修医の定員数を地域ごとに調整しなかったことから、研修先に都市部の大きな病院を選ぶケースが続出。さらに、大学病院も研修体制を充実させる必要が生じるなどして医師不足に陥り、地方の医療機関に派遣していた医師たちを引き揚げた。

厚労省の「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」も2009年、この研修制度が「地域における医師不足問題が顕在化・加速するきっかけとなった」とする報告書をまとめている。要は「不足」ではなく、都市部などへの「偏在」との指摘だ。

巡回診療で高齢者の血圧を測る(撮影:笹島康仁)

「医師を育てる」とは

そうした中、高浜町では2008年から「地域で医師を育てる」という試みを本格化させた。高浜病院の常勤医が11人から3人になった直後のことだ。

地域医療再生を話し合うワーキンググループを立ち上げ、翌年には、福井大学医学部との連携に取り掛かった。町は毎年2000万〜2500万円を寄付し、大学側は「地域プライマリケア講座」を開設する。大学は寄付金を元手に医師2人を派遣。高浜町を題材にして地域医療の実習や研究を行い、医師研修の場所を高浜町とする仕組みだ。この実習では、町内の医師も教員になる。

町に来る医学生や研修医が増えると、地域医療を学ぶイベントも増やした。夏には「海と地域医療体験ツアー」を開く。診療実習に加え、海水浴場での救護ボランティアも実施する。きれいな海と砂浜を求めて、学生や研修医は全国から集まってきた。

医師を外から呼ぶよりも、じっくり地域で育てていく——。そこに主眼を置いたこの「地域プライマリケア講座」の開設以来、高浜に来る研修生は大幅に増えている。2016年度のデータでは、研修医が37人、学生は85人。これに伴って町内の常勤医も増え、現在は12人。8年前の倍以上になった。

2009年度の「地域プライマリケア講座」の開設後、研修学生や常勤医は明確に増加した(和田診療所のデータより編集部作成)

町内で活動中の研修医・安原大生さん(29)は学生の時に高浜町の研修に参加し、「研修医としても高浜で」と思ったという。「患者との距離が本当に近いんですね。患者に寄り添う、人々の老いや死に寄り添う。言葉ではよく聞くけど、そういうことに実際、初めて触れたのがここでした」

冒頭の巡回診療で学生らを指導していた井階医師は2008年、高浜町の診療所に赴任した。医師が最も少なかった年だ。井階医師は、当初からこの講座にも関わっている。

巡回診療の案内。学生も研修医もここで学ぶ(撮影:笹島康仁)

井階医師は言う。

「赴任当時は町の医療がいつ破綻してもおかしくない状況でした。今は全然違いますね。学生時代の研修でここを訪れた人がここで研修医になったり、研修医として働いていた人がそのまま町で勤め始めたり。そういったことは、住民にも周知されつつあります。『地域の医師は、地域が育て、地域が守る』という目標は、少しずつですが実現に向かっていると思います」

「医療は地域社会の維持装置」

各地の医療再生に関わる城西大学経営学部(埼玉県坂戸市)の伊関友伸教授は「医療」を「空気」に例えて言う。

伊関友伸教授(撮影:笹島康仁)

「空気だから、窒息して死ぬまでその大切さが分からない。医療は地域社会の維持装置です。なくなってしまうと、若い親は子どもを育てられない。高齢者だって住めなくなる。でも、それに気づいて本気で対策を取っている地域は、本当に少ないですよ」

伊関教授によると、医師が不足すると、多くの自治体は大学の医局に「医師の派遣をお願いします」と頼むだけで、ほとんど工夫がないという。「そして頑張るのは医療現場の人ばかり。行政や住民には危機がなかなか伝わっていません」

小児医療を学ぶ母親。産科や小児科不足も各地で深刻だ(撮影:笹島康仁)

逆に、住民や行政が知恵を絞っているところは、医療危機の克服に成功しつつある、と伊関教授は話す。「医師を地域で育てる高浜町のやり方はこの点でも非常に参考になります」。同教授によると、住民と医療者が2009年に立ち上げた「たかはま地域医療サポーターの会」を中心に、医師と住民の距離が近くなったことも大きいという。

この会は毎月1回、住民と医療従事者が語り合う「健高カフェ」を続けている。菓子をつまみながら飲酒について考えたり、乳がん経験者が自分の体験を語ったり。ポスターやパンフレットを作り、「住民から住民」への啓発も行う。

高浜町の「健高カフェ」。30人ほどが集まり、高校生も参加する(撮影:笹島康仁)

「もっと医師も地域に出るべきです」

「たかはま地域医療サポーターの会」の副代表、横田行雄さん(67)は「高浜の医療が大変なことになっていると知って、『住民も協力しなきゃ』と。それで生まれた会です」と言う。

「それまで医療問題なんて、住民が考えることじゃなかった。病気の時に病院に行くだけ。今は違いますね。みんなで医療を何とかしよう、と。みんなが健康になって医療費が減れば、まちづくりにお金を使えるかもしれないしね」

健高カフェに登場した町のゆるキャラ「赤ふん坊や」。住民と医師らの笑いが弾けた(撮影:笹島康仁)

この集まりにも参加する井階医師は、こう話した。

「もっと医師も地域に出るべきです。顔を知ってもらい、『あの先生』と身近に感じてもらう。そうすれば、もっといい医療ができると思います」

今年3月には、高浜町が中心になり、地域医療の再生に取り組む自治体が「健康のまちづくり友好都市連盟」を発足させた。北海道稚内市や宮崎県延岡市など既に17市町村が加盟。今年12月には、まちづくりの視点で地域医療を考えるサミットも開くという。

「将来は高浜に戻りたい」

関屋地区の巡回診療に参加していた研修医の辻本医師は、この6月末に高浜町での研修を終えた。今は福井県立病院に戻り、整形外科で勤務している。

高浜町での約1カ月間で何を得たのだろう。

高浜で研修した辻本医師=左端(撮影:笹島康仁)

「患者さんとの向き合い方が変わりました。急性の患者を診る時も『どういう生活をしていたのだろう』『退院後はどうなるのだろう』と想像するんです。地域で働くことの意味を教えてもらいました」

1人の高齢女性との出会いが大きかったとも話す。訪問診療をきっかけに知り合い、勤務の合間に何度か家を訪問した。女性はケガのため、自力で動くことが難しくなっていたが、訪問のたび、少しずつ体調を取り戻した。

「お風呂に入れるようになったとか、花壇の手入れができるようになったとか、笑顔で話してくれました。『家族』と言ったら大げさですけど、すごくよくしてくれて。絶対忘れないですよね。まだ自分の将来は見えません。でも、医師としてのキャリアを積んだら、この町に医師として戻りたい。高浜に戻りますって、そう宣言して帰ってきました」


笹島康仁(ささじま・やすひと)
高知新聞記者を経て、フリージャーナリスト。

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