60代、70代の恋愛や結婚が珍しくなくなりつつある。エッセイストの阿川佐和子さん(63)が結婚を発表し、美容外科の高須克弥さん(72)も事実婚の状況をテレビなどで公開。実際、40〜70代で結婚した人の数は2000年に比べ、約1.5倍に増えている。高齢化が進むなか、中高年の「婚活」も活発になっている。シニア世代が恋愛に夢中になるのはなぜか。(ライター・すずきまゆみ/Yahoo!ニュース 特集編集部)
デートを重ねる78歳と68歳
元商社勤めで、今は退職し、年金生活を送る千葉県船橋市の西川省三さん(78)=仮名=は週に1度のペースで、食事や散歩などのデートを楽しんでいる。相手は、都内で小さな会社を営む三谷洋子さん(68)=仮名=だ。
西川さんの最初の結婚は1966年。半世紀近く連れ添ったが、3年前に妻は亡くなった。子どもは男女合わせて3人、現在はそれぞれ独立・結婚して別の場所に暮らす。
「女房は1年間の闘病後、食道がんで亡くなりました。それ以来、マンションに一人暮らし。女房は明るい性格で、朝は明るく『いってらっしゃーい』と送り出してくれ、帰ったら『お帰りなさい、今日はどうだった?』とまめに声をかけてくれていた。そんなやりとりがなくなったのが寂しくてね。三回忌を機に、そろそろまた、そういうことを言い合える人にめぐり合いたいと思いました」
新しい連れ合いを求め、「婚活やるよ」と子どもたちにも宣言。昨年8月、結婚相談所に入会した。
「世話好きの知人が女性を紹介してくれたこともあったが、好みのタイプではなかった。この年になると、ほかに出会いもない。で、効率よく探そうと」
西川さんは地元・船橋市にある「婚活生活」に入会。「お見合い保証24回コース」というコースを選択した。相談所に依頼すると、会員のプロフィールや希望条件、写真などを見て気に入った人と、お見合いをセッティングしてもらえる。西川さんは自分で探すことはせず、相談所に頼んで「性格が合いそうな人」を選んで紹介してもらった。最終的にはお見合いした女性は12名になった。
結果として、西川さんは60代前半の女性とは求めているものが違いすぎ、話の合わないことがわかったという。
「『私はまだ若いのに、こんなおじいちゃんの相手をしてあげている』という相手の思いが透けて見えてしまう。それはあまり愉快ではなかったですね」
同相談所は、基本的にお見合い後3カ月以内で正式な交際をするかどうかを決断していくルールだ。それまでは、同時並行で何人と交際しようと自由。西川さんは数人とデートを重ね、最終的に三谷さんに決めた。今年4月のことだ。
「第一印象はそうでもなかったが、会うたびにじわじわと評価が上がり、一度も下がることがなかった。これからもどんどんいいところが見つかるだろう、と思ったのが決め手になりました。明るい性格で、話し上手、会っていて楽しい。毎日、彼女の仕事が終わったあたりで電話をして、お互い健康を気遣い合っています。週末はレストランで食事をしたり、電車で一時間ほど離れたあちらの家で手料理をごちそうになったり。生活にハリが出てきました」
78歳と68歳のカップル。西川さんによれば、二人の間にあるのは「若い頃に感じたような、この人を自分のものにしたいという『燃えるような思い』ではない。お互いの個を尊重し合う、もう少し穏やかな感情」だそうだ。
西川さんは少し照れた様子で、こうも打ち明けた。
「会って2回目で彼女、自分から腕を組んできたんですよ。女房とすら手をつないで歩くなんてしたことなかったから、ドキッとしちゃって。でも、嬉しかったよね」
恋愛花盛りのシニア世代
最近、シニアやシルバーと形容される60、70代の恋愛・結婚の話題が続いている。
著名人では、今年5月、エッセイストの阿川佐和子さん(63)と6歳年上の元大学教授が結婚を発表。6月、以前から事実婚状態を公表していた高須クリニック院長・高須克弥さん(72)と漫画家の西原理恵子さん(52)がその様子をテレビで公開した。4月からテレビ朝日系で放送されているドラマ「やすらぎの郷」は、高級老人ホームでの人間模様を熟年恋愛も織り交ぜて描き、好調だ。
実際、パートナーを求める中高年層は増えている。
東京・新宿で結婚相談所「アイシニア」を運営する池田淳一さんは、設立当初は特に中高年をターゲットとして意識していなかったと振り返る。
「ところが、広告を出してみたら、3件続けて60代の方からの問い合わせだった。需要があるのだなと感じ、50歳からの出会いに特化することにしたのです」
日本性科学会セクシュアリティ研究会代表で「セックスレス時代の中高年『性』白書」(harunosora)の共著者・荒木乳根子さんも、中高年の婚姻件数は、1990年ごろから急増していると言う。
「国の調査によれば、2014年に結婚した40〜70代の人は、男性8万9754人、女性5万2792人でした。2000年と比べると、男性1.5倍、女性は1.6倍です」
荒木さんは続ける。
「シニア世代がパートナーを求めるのは、基本的に寂しいから。かつて3世代同居が多かった時代は、配偶者を亡くしても子どもや孫に囲まれていて、孤独を感じにくかった。でも最近は、配偶者に先立たれ単身者になる人が増えている。だから、新しい人との恋愛や結婚に目が向きやすいのでしょう」
老人ホームでも恋愛模様が
寂しいという気持ちが出発点となる恋愛は、男女が集まるあらゆる場で起こり得る。
特別養護老人ホーム(特養)など高齢者施設に30年間携わり、いまは特定非営利活動法人「生き生き介護の会」(神奈川県相模原市)を運営する米山淑子さんは「高齢者施設でも当然、恋愛は起こります」と語る。
「若くても年をとっていても、どこに住んでいようと、その人らしい生活ができるのが第一優先だと思っている」という米山さんは、高齢者の恋愛についても応援してきた。
「高齢者施設に長く勤めている間に、いろいろな恋愛を見てきました。若い人と同じですよ。成就する恋愛もあれば失恋もある。三角関係もある」
米山さんが特養で施設長を務めていたとき、同施設に入所する車椅子の女性と精神発達遅滞の男性が親しくなった。どちらも70代前半。しばらくの間2人は一緒に食事をし、ニコニコと話をしていた。だが、女性の方が別の男性に気を移し、その男性と過ごす時間が長くなった。ある日、振られた側の男性が、米山さんに相談に来た。
「『彼女が別の人を好きになってしまったみたいだ』と悲しそうに言うんです。そこで『女の人っていくつになってもプレゼントをもらうと嬉しいのよ、考えてみたら?』とアドバイスしました。でも、生活保護で暮らしていた男性は、お金を使うことは気が進まなかったみたい。結局は、振られてしまいました」
他の施設でも、いろいろな恋愛があった。いつもソファに並んで座って手を握り合っている、90歳を少し過ぎた男性と80代前半の女性のカップルもいた。
「女性は長く水商売をしていた方で、色白で甘え上手。男性は『この子は可愛いんだよ』と、ぞっこんでしたね。会社の経営者でお金があったから、よくお小遣いをあげていた」
恋愛の副次効果か、ふだんはいていたオムツが外れた女性もいる。
「そのカップルは、女性のほうがひと回り上で80代後半、男性は70代半ば。見るからに仲がいい。抱き合っている現場こそ見たことはなかったけれど、いつもくっついていました。エレベーターが屋上で止まったまま下りてこなかったこともよくあった。エレベーターの中がデートの場所だったようです。恋愛関係になってから、女性は男性の身の回りの世話をせっせとやき始めました。そうしたら、みるみる生き生きしてきて。それまで少し認知症気味で、オムツもしていたのですが、そのうち要らなくなりました」
一方、これも恋愛なのかと切ない気持ちになったことがある。
「90歳を過ぎた女性が、20代の若くて格好いい職員に告げた言葉を聞いた時だった。『ずっと経験なく生きてきた。一生に一度でいいから女にしてほしい』と」
いくつになっても変わらない
恋愛は心身に大きな影響を与える。
中高年の性に関する調査をしている前出の荒木さんは、恋愛にともなうスキンシップは心身への癒やしになると言う。
「乳幼児期のスキンシップは、人間としての基本的な安心感や信頼感を育む大切な要素と考えられていますが、その重要性は乳幼児期だけに限りません。高齢者でも、ふれあうことでオキシトシンというホルモンが分泌され、心地よい安心感が得られることが知られています」
たとえば、未熟児の背中や手足に優しく触れることで体温が安定し、体重の増加が見られたという経験から考案された「タクティールケア」と呼ばれる療法(タクティールは「触れる」という意味のラテン語「タクティリス」に由来)。精神的な不安の解消や痛覚を抑制することによる痛みの軽減などの効果があることから、介護や認知症ケアの場でも応用されている。
荒木さんらの調査によれば、70代を超えた男性の30%ほど、女性も20%以上が夫婦間で年数回以上の性交渉をもっているという。また、英国の西スコットランド大学のスチュワート・ブロディ教授の研究では、血圧や脈拍などの健康調査において高齢者でも日常的に性交渉がある人のほうが健康だったという調査結果もある。
荒木さんは、性は若い人だけのものではなく、肌の温もりを求める気持ちは、いくつになっても変わらないと言う。むしろ死に対する不安が強くなる高齢者だからこそ、肌の温もりを切に求める場合があるとも指摘する。
ある老人ホームで、せっせと男性のベッドに通う高齢女性がいた。そのたびに介護士が『あなたのベッドはこっちでしょ』と女性を自分の部屋に戻すのだが、気づくと女性は男性のベッドで腕枕をしてもらって寝ていた。そんな関係になって、2カ月ほどで女性は亡くなった。
「思うに、死が近くなって得体の知れない不安感や寄る辺ない気持ちが襲ってきたときに、肌の温もりで安心したかったのではないでしょうか」
「恋愛は日常の小さな祝祭だ」
そもそも、年を重ねたからといって人格が変わるわけではない、と荒木さんは言う。「心理学上も、成人期に出来上がった人格はその後もそう変わらないとされています」。好ましい異性を見て「いいな」と感じる気持ちも、年齢には関係ない。
作家の猪瀬直樹さん(70)は現在、女優で画家の蜷川有紀さん(56)と熱愛中だ。1年ほど前から、主に週末を一緒に過ごす関係を続けている。
猪瀬さんは2013年7月に、長く連れ添った妻を脳腫瘍で亡くした。その後、都知事を辞任。失意の日々を過ごしていた。
「妻とは本当に仲が良かったから、同じように散歩をしたりできる相手が欲しくて」
そこで、次なるパートナーを探すことにした。何人かとデートもしたが、ときめかなかった。そんなとき、知人を介して蜷川さんと出会った。話してみると、亡くなった妻と誕生日と血液型が同じであることを知った。そのせいか「出会った途端、ピン!ときた」と猪瀬さんは言う。
「僕は作家だから、僕の本を読んでくれていないとダメなんだよ。その点、彼女は『ミカドの肖像』をはじめ『ペルソナ 三島由紀夫伝』など、僕の自信作はすべて読んでくれていた。これはもう『合格』でしたね」
お互いの仕事や感性を尊敬しあえる相手が蜷川さんだった。ワインを飲みながらの会話が尽きず、ともに人生を味わえる感覚をもった。
逢瀬を重ねる中、2016年10月、二人の仲は週刊誌に報道されることにもなった。そこで、年齢的な揶揄もされた。
だが、猪瀬さんは恋愛で年齢を問題にするのは的外れだと語る。
「僕自身の感覚は20歳のころと何も変わっていない。少年時代からの好奇心をずっと持ち続けている。仕事も現役だし、ランニングやテニスもやっている。おしゃれも忘れない。それは、彼女も同じ。だから、互いにときめいたわけ」
いくつになっても恋愛はできるが、その前提として好奇心が必要、と猪瀬さんは言う。
「僕はね、道を歩いていて咲きかけの紫陽花を見つけると、おっ!と思ってスマホで撮って、ツイッターに投稿するの。そういう感じる心があるかどうかだよ。でないと、女の人にも何も感じないでしょ」
猪瀬さんにとって、70歳でも恋愛は特別なものではなく、日常の中にあるものだ。今日、彼女が帰ってきたら、一緒に何を食べようか──そう考えることが張り合いになると言う。
「2020年東京オリンピック招致の際、『たった1カ月のお祭りにお金を使うなんて』という声もあったが、そうじゃない。昔から人間は、折々に祝祭を入れ、それを励みに生きてきた。オリンピックは大きな祝祭、恋愛は毎日の小さな祝祭。それがあるから、頑張って生きていけるんだよ」
すずきまゆみ
1966年東京都生まれ。大学卒業後、会社員を経てライターとして活動。教育・保育・女性のライフスタイル等、幅広いテーマでインタビューやルポを手がける。
[写真]
撮影:長谷川美祈、岡本裕志、塩田亮吾
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝