朝鮮学校に対する自治体の補助金は縮小か打ち切り――。こうした動きが広がり、各地の朝鮮学校はいま、厳しい経営を迫られているという。校舎の修繕費にも四苦八苦し、雨漏りを直せない学校もある。国の高校無償化政策からも朝鮮学校は除外されてきた。「朝鮮学校は、核実験や拉致問題を引き起こした北朝鮮と密接な関係がある。公費投入は認められない」という意見の一方、「日本にはフランスやドイツなど多くの外国人学校がある。朝鮮学校だけを除外するのはおかしい」と考える人もいる。朝鮮学校を考えるシリーズの後編は「運営を公的に支えるべきかどうか」に焦点を当てた。(Yahoo!ニュース 特集編集部)
朝鮮学校への補助のあり方―。55秒動画であらすじを見てほしい。
教科書に「敬愛する主席様」
ジャーナリストの萩原遼さん(80)は1970年代前半、日本共産党の機関紙「赤旗」(現・しんぶん赤旗)の平壌特派員だった。当時の取材やその後の経験を経て、北朝鮮の政治に強い疑念を持ったという。2010年には、当時の朝鮮学校で使用されていた高校の歴史教科書を翻訳・刊行し、反響を呼んだ。
その書物によると、ほぼすべてのページに「敬愛する金日成主席様」といった表記があった。「朝鮮戦争は韓国とアメリカによって引き起こされた」「大韓航空機爆破事件は韓国の自作自演」などという、国際社会の一般的な見解とは異なる記述もみられた。
日本人拉致事件の説明では、「日本当局は『拉致問題』を極大化し、反共和国・反総連・反朝鮮人騒動を大々的にくり広げる」(現代朝鮮歴史、高級部3年)と記載され、教科書で痛烈な日本政府批判を展開していたという。
萩原さんは言う。
「一般常識としても、天皇崇拝とか、だれそれを崇拝するとか、偏った内容は教育と言えません。教育は中立じゃないとダメ。当たり前です。キューバの教科書は知りませんが、例えば、『カストロは偉大な人』ということばかりを教えるなら、そんな学校は要らん、となる。それが日本人の常識だと思います」
「嘘の教育に税金を投入できますか?」
朝鮮学校に対する補助金の是非は、日本政府による高校無償化政策をきっかけとして盛んに議論されるようになった。関連法の成立は2010年3月。この制度は公立高校の授業料を無償とし、私立学校についてはそれと同等の公費を投じる仕組みで、そこに朝鮮学校を含めるかどうかが問われた。
当時は、北朝鮮が核実験を強行して間もない時期。拉致問題も解決に向けて進展せず、北朝鮮に対する反発は強まるばかりだった。
それに歩調を合わせるかのように、2010年3月、大阪府の橋下徹知事(当時)は府独自の補助金交付の条件として「金日成・金正日父子の肖像画を教室から外す」「朝鮮総連とは一線を画す」など4要件を示し、他の自治体でも補助金の打ち切りや交付の凍結が続出した。
なぜ、朝鮮学校への補助金がだめなのか。萩原さんは「自分の国の言葉や歴史が分かることは大事なこと」と言いつつ、こう指摘する。
「でも、嘘八百を教え、個人を崇拝する教育を行い、挙げ句、反日感情を煽る。そんな今の朝鮮学校に補助金を出すということは、そういう教育を大いにやってくれ、という意思表示でしょう? それはおかしい」
神奈川県、補助は「県民の理解得られない」
前編でも取材した神奈川朝鮮中高級学校(横浜市)は、学校法人神奈川朝鮮学園が運営する。同法人は、幼稚園や小学校も含め県内に計5校を持ち、2012年度には約6500万円の補助金を神奈川県から受け取った。年間運営費の約3割に相当する額だったという。
ところが、北朝鮮の核実験や拉致問題などを背景として、神奈川県は2013年度に「県民の理解が得られない」と補助を打ち切った。2014年度には児童・生徒に直接支給する形で再開したものの、2016年度には交付を凍結。2017年度分についても、当初予算に計上していない。
そうした結果、朝鮮学校にはどんな影響が出ているのだろうか。神奈川朝鮮中高級学校にカメラが入り、生徒たちの様子、教師や保護者らの考えなどを収録した。
自治体の補助金 8年間で7割減
「各種学校」に相当する朝鮮学校は2015年度時点で28都道府県に計66校あり、約6200人が通う。文部科学省の資料によると、2007年度には28の都道府県全てが補助金を出し、総額も約8億2000万円に達していた。
これに対し、15年度に補助金を交付した都道府県は18。市区町村を含めた補助金の総額は約3億7000万円だった。従って、この8年間に10の都道府県が補助金の打ち切りや凍結に踏み切り、金額も7割ほど減ったことになる。
2016年3月には、文科省が朝鮮学校を所管する28都道府県に「通知」を出し、補助金の公益性を検討するよう求めた。それを境に補助金交付の打ち切りや凍結に踏み切る自治体はさらに拡大している。
朝鮮学校OBも「公費投入に反対」
朝鮮学校の卒業生にも「教育内容がおかしい。補助金は不要」と主張する人がいる。幼稚園から高校まで15年間を兵庫県の朝鮮学校で過ごした在日3世の黄哲秀(ファン・チョルス)さん(37)。最初の違和感は中学3年生の時だったという。
ピアノが得意で音楽家を志していた黄さんは、音楽科のある日本の高校に進学を希望した。ところが、推薦状も書いてもらえなかったという。「当時は、日本の高校に進学したいと言うと、すごく嫌がられました。反逆者扱いです」
やむなく進んだ朝鮮高校は、思想教育の場と映った。特に高校2年時の「進路合宿」では、「自分たちは祖国のため、将軍様のために生きるべきだ」と集団で教え込まれ、それを完全に信じる仲間も出たという。
卒業後、黄さんは朝鮮大学校(東京)への進学を勧めた高校の教師と喫茶店で向き合ったことがある。
「結局、朝鮮学校はどういう人材を育てたいんですか、と聞いたんです。そしたら、将軍様の名前を出すわけ。嘘のような、本当の話ですよ。真顔で『祖国と将軍様への忠誠心を養うんだ』と。ああ、自分は15年間もこういう学校にいたのか、と。彼らは『補助金を出さないのは非人道的だ』と騒ぎますが、私からすれば、朝鮮学校そのものが非人道的だと思います」
朝鮮学校は教育の本当の姿を外部に見せない、と黄さんは言う。見学を受け付けても、作られた良い所しか見せない、と。
「(自分の時代の)朝鮮学校で教えるのは、金日成・金正日親子が朝鮮の歴史で一番偉大だ、ということ。それが教育の大前提でした。しかも、そういう部分は外部に見せず、良い所だけ見せる。本当の姿を知らせずに『補助を出さないのは差別だ』と騒ぐのは、黙って金だけ出せ、と同じです」
教育に変化も 拉致問題は「両論併記」へ
東京都が2013年にまとめた「朝鮮学校調査報告書」によると、朝鮮学校の教科書には変化も起きている。
例えば、「現代朝鮮歴史」(高級部3年)に記載されていた拉致問題。「日本当局は『拉致問題』を極大化し、反共和国・反総連・反朝鮮人騒動を大々的に繰り広げる」という記述は、「不適切」という外部の指摘で改訂され、「拉致」の語句そのものが消えた。日本を非難する記述は残っているものの、朝鮮学校側は都の調査に対し、「朝鮮と日本の両国間において異なる見解があることを踏まえ、誤解を招かないよう記述を改めた。生徒たちには両論を説明している」と回答したという。
報告書によると、他の記述でもこうした改訂は行われている。
「歴史的な視点で考えて」
在日朝鮮人の歴史に詳しい鄭栄桓(チョン・ヨンファン)明治学院大学教養教育センター准教授は「日本で生まれ育ち、これからも日本で生きていく2世3世にとって、日本社会の実情と掛け離れた教育は意味がないし、できるはずもない」と指摘する。
北朝鮮からの影響が少なくなっているのに、公的支援の枠組みから朝鮮学校だけを外すのはおかしい、といった主張についても「論点がずれている」と言い、歴史的に考える必要性を訴える。
「『昔みたいな北朝鮮の学校ではなくなった』と強調する人もいるけれど、問題はそこではありません。歴史と現実を考えれば、今でも朝鮮民主主義人民共和国との関係は朝鮮学校の大事な要素です。双方の関係に内部でも議論はありますが、そもそも朝鮮人が日本で暮らすことになったのは、日本の植民地支配があったからです。植民地支配とは国がない状態。そこから新しく国を立ちあげた人たちが、子どもたちの教育を考え、朝鮮学校を作った。ずっと以前から朝鮮の人々とともに『一緒に国を作っていくんだ』という感覚が学校を作った人たちの間にはあるんですね。単に『日本の中での民族的少数者として、ルーツを尊重してほしい』というだけではなく、朝鮮半島の一員として自分を考えたいという発想が彼らにはあるんです」
鄭さんはさらに続けた。
「短期的な外交政策や日朝の敵対関係の中だけで、『北朝鮮に制裁を加えたい。だけど、効果のある外交政策は限られているから、朝鮮学校への支援を絞ってみよう』という発想で、人の人生に大きな影響を与える教育に手を付けていく。こういう風潮は悲しむべきことではないでしょうか」
他の外国人学校には支援継続
政治や外交の理由によって、公費助成の制度から朝鮮学校だけを除外するのはおかしい————。一橋大学名誉教授で、在住外国人の権利拡大の活動を長年続ける田中宏さん(80)もそう主張している。
田中さんは「最近は政治家が率先して在日朝鮮人への反感を煽っている。朝鮮学校への締め付けが有権者にアピールする側面がある」という考えを持つ。その上でこう言う。
「(外国人学校の)教育内容に関し、政府や地方行政は基本的に介入しない。それが原則です。朝鮮学校が問題だと言い始めたら、じゃあ、『南京虐殺について中華学校の教科書はどう書いているのか』『アメリカンスクールでは原爆投下をどう扱っているか』となっていく。北朝鮮と日本の対立は政治外交の問題なのに、対北朝鮮の関連では何をやってもいい、という雰囲気が日本にはある。政治外交的な問題なのに、学校で差別する、排除する。それをやっているわけです」
中華学校、アメリカンスクール、フランス人学校、ドイツ人学校、ブラジル人学校など日本には朝鮮学校以外にも数多くの外国人学校がある。海外の日本人学校がそうであるように、日本の外国人学校の多くは本国の教育体系に沿った授業を実施しており、各校では当然、母国の言語や歴史、風土も学ぶ。
学校教育法上の「各種学校」として認可された朝鮮学校以外の外国人学校59校(2016年5月時点)には、補助金も支出されている。日本の高校に相当する教育課程を有すると認定されると、「高校授業料無償・高等学校等就学支援金支給」制度の対象にもなる。しかし、朝鮮学校は「無償化」の枠組みからも外れたままだ。
「政治・外交と教育は区別すべき」
こうした日本の対応について、国連の社会権規約委員会は2013年、「(制度からの排除は)差別を構成している」「(この制度を)朝鮮学校に通学する生徒にも適用されるよう要求する」(日本外務省仮訳)とする見解を示した。翌年には国連の人種差別撤廃委員会も補助金の再開や「無償化」制度の適用も勧告している。
田中さんは言う。
「拉致問題で進展がないから朝鮮学校を無償化から外す、と文科大臣は言いましたが、子供が学校で勉強することと拉致問題がどう関係しているのか。国連の委員会はこの問題について『子供の勉強する権利の問題であり、差別の問題だ』と言ったわけです。他の外国人学校に補助金を出すのに朝鮮学校に出さないのは差別ですよ、と。同じ国連は、北に対する制裁をきちっと決議した。双方をしっかりと区別しています。日本では、そこがごっちゃになっているんです」
記事中盤にあるものと同じ動画です。
※本文中で「中学3年生」「高校2年」と表記しましたが、「各種学校」のため厳密には「中級部3年生」「高級部2年」と呼ばれています。
[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:田川基成
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝