田川基成

キャリアを捨てる働き方──定年シニアが生き残るには

4/19(水) 7:08 配信

シニア層の仕事でミスマッチが起きている。改正高齢者雇用安定法の施行(2013年4月)で65歳まで継続雇用が義務づけられたが、小売業などの現場では雇用年齢の上限を75歳まで引き上げるなど、さらに上をいく動きが出ている。ただし、ニーズがあるのは体力仕事が多く、求職しているシニア層側から見れば、就きたい仕事が少ないのが現状だという。シニア層はどのように職を探し、どのように働くべきか。これからのシニアの働き方を見つめた。(ジャーナリスト・岩崎大輔/Yahoo!ニュース 特集編集部)

簿記の資格よりITスキルを

東京・品川駅にほど近い32階建てのオフィスビル。働き盛りのビジネスパーソンが足早に行き来するエリアだが、この日は昼過ぎからシニア層の一団がこのビルを目指し足を運んでいた。

55歳以上を対象にした合同面接会の会場だ。テニスコート2面ほどのスペースに、15社がブースを設けている。そこに、40人ほどの参加者が入れ代わり立ち代わり現れていた。配布された求人情報一覧に目を通し、ため息とともに退出する人もいれば、真剣な表情で企業の人事担当者が座るブースに向かう人もいる。

77歳の参加者。「頭と体を動かしたい」という理由で参加していた。(撮影: 田川基成)

「税理士、会計士の資格があれば別だろうけど、簿記2級程度ではむずかしいね……」

66歳の大石俊樹さん(仮名)はそう呟きながら面接会のアンケートに記入をしていく。

日本を代表する家電メーカーのグループ企業の経理として会社人生を全うした。現在、年金は月に17万円ほど。2人の娘もすでに結婚し、1歳下の妻との暮らしに不自由はない。ただ、「漠然とした将来への不安」と「体が動くうちは」との思いで、合同面接会に参加したという。

しかし、大石さんがピンときた仕事は、経理・財務経験者を中小企業に派遣する人材派遣業だけだった。

「肉体労働は一度も経験していないし、身体がついていかないと思う。自分のスキルを活かせる仕事を探したい」

だが、現実は厳しい。ハローワークで経理の仕事に応募しても、たびたびはねられてきた。IT化の進展でエクセルや経理ソフトなどのスキルが求められる一方、簿記の資格はほとんど評価されなかった。

「経理なんて、地道に人が担ってきた仕事だけど、これからはもっとコンピューターに奪われていくんじゃないかな」

「大田区いきいきしごとステーション」の面接会場。区が開拓した55歳以上の求人情報が紹介されていた。(撮影: 田川基成)

「時間が余っちゃってさぁ」

求職に来た目的を尋ねると、59歳の山田伸夫さん(仮名)はそう照れるように語る。山田さんは、ハードディスクドライブメーカーにエンジニアとして勤め、一時期は20名の部下を持つ設計部長だった。TOEIC715点という英語力を活かし、中国、タイ、シンガポールの工場立ち上げに携わった経験もある。年収は最高時で1400万円ほどだ。定年を待たず昨年9月に退職。登山や読書を楽しんだものの、1カ月も過ぎれば時間を持て余すようになった。それならば働いたほうがいい──そう考えて、合同面接会に足を運んだのだという。昨年末、民間の人材派遣会社にも登録したが、自分の希望とは折り合わなかった。

「海外工場の現地マネージャーの仕事は紹介してもらえそうだった。年収も良かった。けど、日本にいたくてね。責任と期待を背負う仕事はもうきついんです」

そう言うと、山田さんは高級マンションの管理コンシェルジュを紹介する企業のブースへと足を向けた。

15ある企業ブースの中でデスクワークに近いものはその1社だけで、求職者がひっきりなしに訪れていた。残りはいわゆる現場系の仕事。和食店の洗い場、ホールスタッフ、調理補助……。それらのブースに立ち寄る人はほとんどいなかった。

人口減少により、15〜64歳の生産年齢人口は減少。その穴を埋めるのが団塊世代で、さらに上の世代も労働市場側は狙う。(撮影: 田川基成)

雇用年齢の上限が70歳から75歳へ

2016年平均の有効求人倍率は1.36倍に上昇。7年連続の上昇で、1991年以来25年ぶりの高水準となった。深刻な人手不足の中、シニア層の雇用も拡大している。

小売業やサービス業などでは、すでに人手不足に見舞われ、健康であれば70歳を過ぎても採用してくれる職場が数多くある。

スーパーマーケットチェーンのマルエツでは、2015年2月期から従業員の年齢上限を5歳引き上げ70歳に。現在、65歳以上の従業員は1300人に増加し、店舗で働くパートなどの従業員全体の6%強を占めている。同業のスーパー、サミットでは昨年12月に、雇用年齢の上限を70歳から、後期高齢者に入る年齢である75歳に引き上げた。労働市場では55歳以上を「シニア」(ハローワークなど)と呼んでおり、2013年の改正高齢者雇用安定法でも希望者全員の65歳までの継続雇用を企業に義務づけた。だが、その上限はさらに広がりつつある。

日本企業にはこれまで、高齢者を積極採用する風土はなかった。だが、折からの人手不足と、高齢者の活用を掲げる政府の成長戦略をきっかけに、風向きが変わった。

(厚生労働省「平成27年度雇用政策研究会報告書概要」より作成)

「企業側からすれば、高齢者が“コストセーブになる”ことは否定できないでしょう」

みなと*しごと55(以下、みなと55)の池田真弓マネージャーはそう語る。

みなと55とは、港区や東京都の支援を受けて運営されるシニア層の就業支援をする機関。事務所内には、「週3日」や「日3~5時間」などフルタイムではない求人が散見される。

コスト抑制のターゲットにも

この数年、企業の労務コストは上がり続けている。安倍政権による賃上げ要請はもちろん、昨年10月からは非正規雇用者への社会保険の加入要件緩和も行われた。従業員が500人を超える企業は、「所定労働週20時間以上」「雇用期間の見込みが1年以上」「賃金月額8万8000円以上」の、学生を除く短時間労働者に対し、社会保険を適用することが義務づけられる。今後、「働き方改革」で正社員と非正規社員との「同一労働同一賃金」が実施されていけば、非正規社員の賃金増加も見込まれ、企業側の労務コストはさらに増える可能性も指摘されている。

合同面接会のアンケートを記入する参加者。(撮影: 田川基成)

そうした環境の中、企業が高齢者に熱い視線を注ぐのは単に人手不足を補うためだけではない。フルタイムではなく、少しずつ働くパートタイムでの雇用が高齢者に向いているためだ。

ひとりの人間を雇用して、一定時間以上働いてもらえば、企業側は社会保険などの労務コストを負担しなければならない。だが、2~3人の高齢者でワークシェアをしてもらい、フルタイムではなく、少しずつ働いてもらう。そうすれば、『週20時間以上』や『月額8.8万円』といった枠組みをすり抜け、社会保険も回避できるわけだ。

この企業側の事情は、シニアにとってもけっして悪い話ではない。シニア向け再就職支援セミナーで講演を数多く手がける神谷敏康・ディアロゴス代表も、年金などで生活のベースがあるのなら、フルタイムよりもパートタイムの仕事のほうがふさわしいと語る。

「年金で生活費のベースがある高齢者は無理してまで働く必要はありません。生き甲斐を求めるシニアには、パートタイムの仕事でもいいでしょう、と話しています。いくつになっても新しいことにチャレンジすることで、脳も体も活性化できますから」

一方で、シニアの求職で重要なのは、過去の自分にこだわらないことだと神谷氏は言う。

就労相談だけでなく、ボランティア活動紹介や社会活動に関する相談も。(撮影: 田川基成)

ジェネラリストのキャリアは役に立たず

冒頭の合同面接会のように、55歳を過ぎた段階での求職で多くを望むのは難しい。とくに自分が築いてきたキャリアを活かすことに固執すると、マッチした仕事を見つけることが難しく、いつまでも職を得られない可能性もある。

厚労省東京労働局が発表した『関東労働市場圏有効求人・有効求職 年齢別バランスシート』(2016年12月)によれば、60歳以上の「サービスの職業」では有効求人倍率が2.86、「保安の職業」では4.80と高い一方で、「事務的職業」は0.42、「管理的職業」は0.46と、ホワイトカラーの求人はわずかしかない。

グラフに示す「求人倍率」は求職者1人あたりいくつの求人があるかを表している(厚労省東京労働局「関東労働市場圏有効求人・有効求職 年齢別バランスシート 平成28年12月」より作成)

「学歴・職歴が高度なシニアの男性は、自分が積み上げた経験、知識を活かした仕事を望む傾向が強いものです。しかし、実際には管理職や事務職の求人そのものが非常に少ない。すると、求職と求人のミスマッチが起きてしまい、シニアの人は仕事に就けないで、時間だけが経過してしまうことも」(神谷氏)

一部の求人には、年収が高いものもある。だが、そうした求人の募集要項をよく見ると、「中国や東南アジアで工場をオペレートした経験あり」「欧米系企業と販売業務などで協業や契約交渉の経験あり」など、きわめて限定的な経験とそれに伴う能力をもつスペシャリストを求めているケースが少なくない。そんな求人は、人事異動で多くの部署を回ったジェネラリストのキャリアとは一致しない。

68歳の参加者。「水虫もないほど健康」「朝食にパンを3枚食べてきた」と元気そうに笑った。(撮影: 田川基成)

だからこそ、シニアの転職では自分とどう折り合いをつけるかが肝要だと神谷氏は言う。

「有名企業に勤めていた方でも、いろんな部署を回っていたようなキャリアでは、自分が思うほど求人市場では売りにならない。また、気力や体力で30代、40代と同じように働けるかといえば、それも難しい。一方、彼らを求めている企業で言えば、小売りやサービス業が中心で、場合によっては最低賃金に近い仕事になってしまうのも致し方ないのでしょう。要するに、過去のプライドは大切にとっておいて、一からやり直すことに『新しい出会いややりがいがある』と思えるかどうかなんです。もとの能力は高いはずなので、意識や行動を変えられれば、再就職もうまくいくと思います」

ニッチな仕事ですこし働く

高齢者が積極的に望まれる職場があるとすれば、どのようなものなのか。

みなと55の池田氏は「隙間を埋めるニッチな仕事」とし、一例として、時給1000円の高級料亭の洗い場を挙げた。居酒屋では短時間で大量の食器を洗うのが仕事になるが、高級料亭では高価な茶碗や食器を時間に追われるのではなく、むしろ時間をかけてでも1枚1枚丁寧に洗い上げる人材が求められる。

大田区いきいきしごとステーションの佐々木文雄所長は、介護の分野でも法定資格なしでも活躍できる場があると指摘する。

「例えば、シーツの取り換えや床にこぼした食材の清掃。仕事はニッチなものですが、介護福祉士の国家資格がなくともできる。こうした部分を元気なシニアが埋めれば、介護士もゆとりが生まれると思います」

では、実際に「ニッチな仕事」で「すこしだけ働く」というのは、どのようなものだろうか。

訪れる人の足は絶えない。(撮影: 田川基成)

感謝される仕事を

東京都港区の寺院。そこで森裕平さん(68)は、水曜と日曜の週2日、朝8時から夕方まで時給1200円で働いている。仕事は、墓地や周辺の清掃、あるいは高齢の檀家がお参りに来た際、水を満たした手桶を持ってお墓まで同伴するといった仕事だ。

墓地での清掃アルバイトをする68歳の森さん。訪れた檀家さんの表情を見ながら話しかけることも。(撮影: 塩田亮吾)

「自分のペースで働けるのでストレスはないが、暑さ、寒さ対策は重要」と森さん。(撮影: 塩田亮吾)

森さんは音楽プロダクションの社長を務めた時期もあり、国民的な人気を博した女性歌手を手がけた過去もある。その時期は1600万円で購入した外車に乗り、横浜市に2億円の邸宅も建てた。だが、事業や株に投資しすぎた結果、バブル崩壊とともに全ての資産を失った。

森さんはそんな半生を語りつつ、「真面目に生きたことがない」「大人になりきれない」と自らを振り返る。お金にも執着はない。現在の年金は月約14万円で、お寺の仕事で得られるのは月額8万円ほど。毎月の収入は二十数万円にとどまる。マンションの家賃は孫の世話をすることで次女に負担してもらい、それでも生活に足りない分は13歳下の妻の収入で補う。不足を自覚しながらも、あくせく稼ごうとしないのが、いまの暮らし方だ。

豪奢な生活とお金のない生活の両極を経験してきた森さんにとって、「働く」とはどういう意味をもっているのか。

「感謝されるのが仕事ということだね。お寺の仕事は、夕方には泥だらけでクタクタ。だけど、自分を正したい、律したい、とも思っている。奉仕ではないが、近いものはあるかも」

その上で、シニアの働き方とはそうした余裕があるべきだとも述べた。

「生活のために働くのは当然のことだと思う。一方で、老いていく中で、お金だけ、仕事だけに関心を奪われるのも考えもの。働く喜びを感じられる距離感で仕事ができるといいなと思いますね」

森さんの小指には今年1月3日に亡くなった母の形見の指輪が光っていた。(撮影: 塩田亮吾)




岩崎大輔(いわさき・だいすけ)
1973年、静岡県生まれ。ジャーナリスト、講談社「FRIDAY」記者。主な著書に『ダークサイド・オブ・小泉純一郎「異形の宰相」の蹉跌』(洋泉社)、『激闘 リングの覇者を目指して』(ソフトバンククリエイティブ)、『団塊ジュニアのカリスマに「ジャンプ」で好きな漫画を聞きに行ってみた』(講談社)など。

[写真]
撮影:田川基成、塩田亮吾
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝
[図版]
ラチカ

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