発明家にして未来学者、コンピュータ・エンジニアでもあり、実業家。現在、グーグルで技術部門のディレクターの一人であるレイ・カーツワイル氏は、人類がテクノロジーを取り入れることで近い将来、次の段階へ進化すると言う。人類を超えた存在(ポスト・ヒューマン)とは、どのようなものなのか。そこで見える世界は、天国か地獄か、それとも変わらぬ日常か――。インタビューはサンフランシスコ郊外、カーツワイルが創設者の一人である教育機関「シンギュラリティ大学」内の図書室で行われた。(インタビュー・吉成真由美/Yahoo!ニュース 特集編集部)
ほんの10年でAIが人間の知能を超える
——人類は「シンギュラリティ」と呼ばれる新時代に移行する端境期にあると言っておられます。そして2029年にはコンピュータが人間の脳力を超えるという予測を立てています。ほんの10年あまりでコンピュータがそこまで進化するという根拠について伺いたいのですが。
われわれは、つい「線形的な」将来予測をしてしまいます。これまでの人類の歴史においては、「あの動物はあちらの方へ向かって移動しているので、もしこの道を進んでいったら、あの先の岩のあたりで出会ってしまう。それを避けるためにこちらの道を行った方がいい」といった線形思考がサバイバルに役立ってきました。だから、それが脳の機能として定着していったわけです。
しかし、情報テクノロジーは線形的な発達ではなく、指数関数的な発達をします。
たとえば、「ヒトの遺伝子の塩基配列をすべて解析する」というヒトゲノム計画。このプロジェクトは、1%の解析が終わるまでに7年を要しました。多くの科学者や批評家たちは、「1%の解析に7年かかったのだから、すべてを解析するにはその100倍、700年かかる」と予測した。線形思考ですね。
しかし、私は、「1%終わったのなら、もうほとんど終わりに近づいている」と考えました。この分野の研究は、毎年倍々で結果が伸びていくから、次の年には2%、その次の年には4%、その次の年には8%……つまりあと7年で解析は終わりだ、と。実際そのようになりました。
AIも、まさに指数関数的に発達します。6年前には、「AIはまだ犬と猫の区別さえつかないじゃないか」と批判されましたが、現在は犬と猫の区別はもちろん、コンピュータのほうが人間よりもイメージ認識力にすぐれている場合もあります。非常に深いパターン認識力を必要とする碁も、ほんの数年前まで「AIが人間のチャンピオンに勝つことは不可能じゃないか、少なくともあと100年は無理だろう」という見方がありました。しかし2016年の段階で、AIが人間の碁名人に勝ってしまいました。
2011年に、IBMのコンピュータ・プログラム「ワトソン」がアメリカの人気TVクイズショウ「ジョパディ!」で世界一の回答者2人を破りました。ワトソンは、ユーモアや語呂合わせ、なぞかけにジョーク、さらには比喩を理解する能力を備えていました。自力でウィキペディアほか2億ページにものぼる人間の自然言語文書を読み、知識を積み上げていったんです。まだ小説を書いたり、作曲ができるところまではいっていませんが、時間の問題だと考えています。
そして、コンピュータがすべての分野において人間の脳力を超えるようになるのが、2029年だと予測したわけです。
人間の思考力は無限に拡大していく
——人類が「人間の脳力を超えたコンピュータ」を手に入れると、何が起こるのでしょうか。
まず、寿命が格段に延びると思います。人間がもともと備える自己防衛力の1つが免疫系ですが、老化にともない顕在化してくる疾患に対しては役に立っていません。進化は長寿を選択してこなかったからですね。自然界にある食料の量には限界があるし、25歳を過ぎて子どもを育ててしまえば、進化上はもうお役御免。実際1000年前、人間の寿命は19歳でした。1800年でも37歳です。
しかし、発達した人工知能は、人間の免疫力を強化することができます。今のところスマートフォンのようなデバイス(機器)は、主にコミュニケーション手段として使われています。しかし、2030年までには、これらのコンピュータ・デバイスが血球ほどの大きさになる。血球サイズのロボットは、血液中に入り免疫力を拡張してくれる。結果として、人間の寿命は延びるというわけです。
また、人類は、拡張現実(AR)を日常的に体験することになるでしょう。今はARデバイスを眼や耳や腕に装着していますが、2030年代になればそれらを神経系の中で行うようになる。すると、現実と寸分違わない世界を、脳内に作ることもできるようになります。
一番重大なのは、思考などの高次タスクを担う脳の新皮質を、直接インターネットのクラウド(コンピュータ・ネットワークのこと)につなげるようになることで、われわれの思考そのものが拡大するということです。
約200万年前、われわれが類人猿から人類に進化する段階で、新皮質が拡張し、前頭葉は大きくなりました。新皮質は多層構造になっていて、新しい層が上に追加されるようにしてできています。そして、上の層になればなるほど、より知的で抽象的な高次のタスクを行います。これにより頭蓋骨も膨張したため、出産時のリスクも大きくなりました。これ以上大きくなると、出産が不可能になります。それでも十分な新皮質の拡大が言語の誕生につながり、アートや音楽がさらに続きました。いかに原始的な文化であっても、人間の文化であれば必ず音楽が存在します。他のどの動物にも存在しない特徴です。
われわれは、同じような「進化」を遂げる時期に来ています。新皮質の最上層をクラウドにつなげることによって、新皮質が「量的に」拡大をするわけです。ちょうど200万年前に、新皮質の拡大が行われたのと同じように。
しかも今回は「一度きり」の進化に止まらない。クラウドは情報テクノロジーですから、指数関数的に拡張していく。つまり、毎年パワーが倍々で増加していく。したがって、人類の思考力は、無限に拡大していくことになると考えています。
シンギュラリティは、進化の必然だ
——イスラエルの歴史家ユヴァル・ノア・ハラリのように、ホモ・サピエンスとポスト・ヒューマンとの間には超えられない差が生じていき、50%の人間が職を失い、役立たずになるだろうと予測する意見もありますが……。
アメリカにはアーミッシュという小さなグループがあって、今でも電子機器を一切使わずに生活をしています。彼らが使うのは、馬車など19世紀のテクノロジーまで。しかし彼らはごく限られた小さなグループです。一般の人たちは、おしなべてテクノロジーの恩恵に浴します。タイミングに多少の差はありますが、多かれ少なかれ社会全体に浸透するでしょう。
さきほど触れた医療用のナノロボットは、基本的にワクチンと同じ働きをします。そしてワクチン同様に、将来的には無料で提供されるようになる。限られたお金持ちだけが恩恵に浴するのではなく、スマートフォンのように何億という人々が使うようになり、いずれ無料ですべての子どもたちに提供されるようになると考えています。
——人類は、進化の樹の「一つの枝」の上に乗っているに過ぎません。何らかの環境変化でホモ・サピエンスが滅び、他の種が生き延びることも十分考えられます。「人間には進化のコースをデザインする力がある」というのは、一種の不遜ではないでしょうか。
確かに進化は、人類に向かって起こっているわけではなく、多方向に向かって起こってきています。多方向ですが、その一つが「知能を高める」という方向だと思います。その上人類は、自分の知能を自分が創った「外部機器に移す」という飛躍を成し遂げた。
他の動物、例えばビーバーはダムを作ることができる。しかし、高知能のテクノロジーを生み出し、それがさらに次世代のテクノロジーを生み出すようなことはできません。
人類は自然の創造物ですが、テクノロジーを生み出し、そのテクノロジーが次世代の音楽、アート、サイエンス、新たなテクノロジーなどを生み出し、それらがさらにその次の創造物につながっている。このことを指摘するのは「不遜」ではなく、人類が進化上の一つの臨界点を超えたという事実を「観察」して、述べているに過ぎません。
進化の過程でこれは避けて通れないことです。「シンギュラリティ」の究極の本質はここにあります。つまり、自らを改良していけるような、十分に知能の高いテクノロジーを生み出すことです。
——テクノロジーの進化には、ネガティブな側面もあると思いますが……。
作曲家だった私の父は、オーケストラを雇わなければ自分の作品を聞くことができませんでした。今なら、学生が一人で、シンセサイザーやパソコンを駆使しジャズバンドやロックバンドやオーケストラを組み、自分の作品を自由に聞くことができます。子どもたちは、一流の音楽家たちから直接指導を受けることができる。世界中の人たちと友達になったり、コミュニケートすることもできる。これは、テクノロジーの進化がもたらした大きなメリットです。
一方で、いじめが、ソーシャル・コミュニケーション・ツールの発達によって拡大することも確かでしょう。またテクノロジーが進化したことで、テロリスト・グループがソーシャル・メディアで憎悪のイデオロギーを宣伝したり、リクルートすることも可能になった。こちらは大きなデメリットです。
テクノロジーを使うことで、ガンや他の病気を遠ざけることができる一方、同じテクノロジーを使いウィルスの毒性を高めたり拡散機能を拡大して、恐ろしい生物兵器に仕立てることもできる。
テクノロジーのもたらすポジティブな面はネガティブな面を上回っていると思いますが、「ネガティブな面が無い」と考えているわけではありません。
日常生活において、医療現場において、戦場において……、さまざまなレベルにおける「希望の拡大」と「危機の縮小」は、これからの人類が直面する大きな課題でしょう。
(4月18日追記)本記事は『人類の未来——AI、経済、民主主義』(NHK出版新書・4月10日発売)における取材内容を編集して掲載。
吉成真由美(よしなり・まゆみ)
サイエンスライター。マサチューセッツ工科大学卒業(脳および認知科学)。ハーバード大学大学院修士課程修了(脳科学)。元NHKディレクター。教育番組、NHK特集など担当。著書に『知の逆転』『知の英断』など。ノーム・チョムスキー氏、レイ・カーツワイル氏らのインタビューを収録した最新刊、『人類の未来——AI、経済、民主主義』が4月10日刊行予定。
[制作協力]
夜間飛行
[写真]
撮影: Matt Beardsley