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Carl Rutman

「アメリカは70年間、衰退し続けている」——チョムスキーの視点

2017/03/27(月) 07:34 配信

オリジナル

ドナルド・トランプ米大統領は、国内の労働者たちに「内向き」の政策を掲げて圧倒的支持を得た。トランプ率いるアメリカは、このまま世界から「孤立」する方向に向かうのか。世界的に高名な言語学者であり、ベトナム戦争以来、アメリカの政治について鋭い論評を加えてきたノーム・チョムスキー氏に、率直な疑問をぶつけた。(インタビュー・吉成真由美/Yahoo!ニュース編集部)

トランプ就任前から「孤立」している

トランプ率いるアメリカはどこへ向かうのか(写真:AP/アフロ)

——トランプ氏は、「内向き」の政策を掲げることで、大統領に当選しました。アメリカは、本当に世界情勢から手を引き、国内政策へ力を注ぐことになるのでしょうか。

アメリカにおいて、大統領の権限は小さくありません。トランプが決意すれば、多くのことを実現できます。例えば、キャンペーンで約束した通り、パリ協定から撤退することもできるし、イランとの核協議から撤退することもできる。ただ、こうしたアメリカの決定に、ヨーロッパ諸国が追随しない可能性は十分にあります。そうなるとアメリカは、世界の中でさらに「孤立」を深めることになる。近年ますます顕著になってきているのは、アメリカが世界情勢から孤立しつつあるということです。

西欧地域が、アメリカの完全な支配下にあった時代もありました。しかし現在は、むしろアメリカが疎外されているとさえ言えます。オバマ前大統領がキューバとの関係正常化に踏み出したのは、アメリカが西半球で完全に孤立してしまうのを避けるためです。西半球諸国は、以前からキューバとの関係正常化を望んでいました。それを阻止していたのが、アメリカだった。もしキューバとの関係改善に踏み出さなければ、2015年にパナマで開かれたサミット(南北アメリカ大陸全体のサミット:Seventh Summit of the Americas)にアメリカが呼ばれない可能性もあったでしょう。

アジアにおいても、アメリカは影響力を失いつつあります。中国の経済的な影響力は増大の一途を辿り、オーストラリアや日本は、その流れに組み込まれつつある。中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に主だった先進国が参加していますが、アメリカは参加していません。ひょっとするとヨーロッパも、アメリカに頼らないもっと独立した路線を歩むようになるかもしれません。

ピークは70年前に

ノーム・チョムスキー:1928年、米フィラデルフィア生まれ。マサチューセッツ工科大学教授。すべての言語に共通する普遍文法を提唱して言語学に革命をもたらした、言語学者にして哲学者であり、ベトナム反戦運動を機に、政治活動にも深く関与。邦訳書に『生成文法の企て』『覇権か、生存か』『すばらしきアメリカ帝国』など多数(撮影:Carl Rutman)

——そうしたアメリカの「孤立」は、アメリカの国力の「衰退」とも関連しているのでしょうか。

近年、アメリカは斜陽の時代に入ったと言われています。それはその通りでしょう。

アメリカは、たしかに後退してきています。そしてそのほとんどが、アメリカ国内の政治・経済政策の失敗によって起きたことです。レーガン時代からの政策(規制緩和政策)によって、国内社会はひどく傷つけられてきました。国内生産力は大幅に削減され、賃金や収入は停滞したり減額したりして、インフラも崩壊しつつあります。ボストン市内を歩いてみれば、後退は明白です。

先日、講演のためにボストンからニューヨークへ列車で行ったのですが、アメリカ一の列車という触れ込みにもかかわらず、片道約4時間もかかりました。1950年に私が初めて同じ列車に乗ったときと同じだけの時間がかかった。ヨーロッパや日本の列車であれば、おそらく2時間もかからないでしょう。これがアメリカの実情です。

アメリカ社会は内側から崩壊してきているのです。金融セクターは、大変な勢いで伸びていますが、果たして金融が経済に貢献しているのかどうかは、大いに疑問です。

アメリカをむしばんでいるのは経済政策の失敗だけではありません。莫大な軍事費も、大変な負担になっている。健康保険システムも、完全に民営化されているために、非効率です。医療にかかる一人当たりのコストは、他の先進国と比べて2倍にもなっている。もし、他の先進国並みの健康保険制度に切り替えることができたら、それだけでアメリカの負債は消えてしまうでしょう。これらが、国をむしばんでいる国内政策です。

とはいえ、それでもまだアメリカは、世界最強の国として他の国々の追随を許さない状態ではありますが。

ただ、アメリカの「衰退」は、ここ最近になって「急に始まった」のではありません。アメリカの国力がピークに達していたのは、1945年です。今から約70年前。そこからだんだんと衰退してきているのです。

1950年代のニューヨークの風景(写真:アフロ)

当時のアメリカには、世界中の富の約半分が集中していました。それほどの権力の集中は史上初のことです。圧倒的な軍事力を持ち、大西洋と太平洋をともに支配下におさめ、西側諸国全体をコントロールしていました。

しかし、後退は、その後すぐに始まります。

1949年には、「中国の喪失(loss of China)」が起こりました。中国が中華人民共和国という社会主義国家としてスタートしたことを、アメリカでは「中国の喪失」と呼んでいます。

この「◯◯の喪失」という言葉の使い方が、当時のアメリカの意識をよく表しています。私は、「自分のiPhone」を失うことはできますが、「あなたのiPhone」を失うことはできません。つまり、「中国の喪失」という言葉からは、「われわれは世界を所有している」という当時のアメリカの深層心理が見てとれます。これは自分たちの世界なのだと。ですから、どこかの国が独立したら、その部分を失ったという意識です。もっと言えば、独立しようとしたり、アメリカのコントロールから逃れようとする行為は、必ず止めなければならないのだと思っていたということです。

「中国の喪失」は、アメリカの国内政策にとって、大きな問題になりました。誰の責任で「中国の喪失」が起こったのかという問題です。その後、ケネディが、「インドシナをどうするか」という問題に直面した時も、ケネディとそのアドバイザーたちは、「インドシナの喪失」の責任を問われる事態になりはしないか戦々恐々とした。また、「アラブの春」が起こったときも、今度は「中東の喪失」が問題視された。しかし、そうしたアメリカの「世界は自分たちのものだ」という意識とは裏腹に、後退は続いていきます。

1970年代には、世界は3極に分かれました。ドイツを中心とするヨーロッパ、日本を中心とする東アジア、そしてアメリカを中心とする北アメリカ。アメリカがコントロールしている地域は、世界の25%くらいまで下がっていた。現在はさらに分散化が進んでいるので、アメリカのコントロールの及ぶ地域はもっと少ないでしょう。

もちろん、アメリカがまだ、圧倒的に大きな力を持った国であることは間違いありません。世界中には800ものアメリカの基地があります。中国は大きな経済力を持っていますが、国民一人当たりの所得はまだまだ低い。国の発展状態を表す人間開発指数(2015年発表)を比べてみても、中国は90位で、インドは130位です(アメリカは8位、日本は20位)。軍事力をはじめとして、まだアメリカとは比べものになりません。

トランプが勝った理由

――「アメリカの国力の後退」は、トランプ氏の勝利の重要な背景ということでしょうか。

2017年1月20日、トランプ大統領の就任演説を聴くために連邦議会議事堂前に集まった群衆(写真:AP/アフロ)

大きな理由の一つであることは間違いないでしょう。新自由主義政策は、多くの人々の生活を困窮させ、国力を後退させることになりました。2008年の経済大破綻の直前、経済学者たちが「大エコノミック・ミラクル」と呼ぶ2007年ですら、アメリカの一般的な労働者の賃金は、25年前の賃金と比較して、低くなっていた。

さらにグローバル化は、労働者たちを国際的な競争の海に放り込みました。自由貿易協定とは、言い換えれば、製薬会社やメディア、大企業に対する保護政策です。プロフェッショナル・クラスは競争から保護される。そして投資家たちも前例のないほどのお金を手に入れた。しかし、労働者たちの生活水準は下がっていったのです。

そもそも「市場化」と呼ばれる政策は、引責しなくてもいい私的な権力(大企業や銀行など)に、判断権限をゆだねるものでした。結果として、民主主義が制限され、生活水準が下がったのです。

――トランプ大統領誕生の背景には、中産階級の消滅や、大企業寄りの政府に対する不信、移民恐怖、反クリントンなど、たくさんの理由が挙がっていますが、トランプ支持者たちの不満は、どのあたりにあったのでしょうか。

社会学者のアーリー・ラッセル・ホックシールド(カリフォルニア大学バークレー校教授)は、トランプ支持者たちを調査した結果、「彼らは、長蛇の列で順番待ちをしているんだ」と言っています。

彼らの両親も、彼ら自身も、よい生活を求めて懸命に働いてきた。保守的で、聖書に従う敬虔なクリスチャンで、よりよい生活を求めて一歩ずつ前進していた。ところが過去25年間、彼らは一向に前へ進めなかった。列の先頭の方は、次元の違う金持ちになった。でもそれは構わない。「懸命に働けば、金持ちになれる」というのがアメリカンドリームなのだから。問題なのは、自分たちの後ろにいる奴らだと。黒人や移民、シリア難民といった弱者たち。連邦政府は、「列の後ろに並んでいる奴ら」を優先して、列の前の方に押し入れてくる。外国人や職を失ったシングルマザーに、政府が経済援助するということは、彼らを列の前に押し出すということだ。こうして自分たちは割を食ってきた。もううんざりだ、というわけです。

「トランプ支持者たちの不満はどのあたりにあったのか」(吉成)(撮影:Carl Rutman)

こういった、スケープゴートを立てて不満のはけ口にするというのは、よく使われる手です。実は、こうした傾向はアメリカだけに見られるものではありません。ヨーロッパでも同じことが起きています。フランスでは北アフリカからの移民がその対象になっています。

フランスの共和党は、右寄りの代表(フランソワ・フィヨン元首相)を選出しました。彼は今年4月、極右政党「国民戦線」の代表(マリーヌ・ルペン)と大統領選で戦うことになります。オーストリアでも、ネオ・ナチにルーツを持つ政党「自由党」が、次の選挙で台頭する可能性がある。イギリスはEU離脱を決めてしまった。イタリアでは、昨年12月の国民投票の結果、改革派のマッテオ・レンツィ首相が辞任に追い込まれました。

一般的に、民主主義への攻撃が見られます。労働者の権利や社会福祉などに対する強い反発が出てきているのです。

「トランプのもっとも『確か』な点は、彼が『不確か』だということです」(チョムスキー氏)(撮影:Carl Rutman)

――トランプ大統領のもとでは、反グローバリズムになるのではないかという恐れがある一方、ロシアとの関係改善を期待する声もあります。トランプ氏のもとで、アメリカはどのような方向に進んでいくのでしょう。

トランプのもっとも「確か」な点は、彼が「不確か」だということです。予測不能です。彼は、多くの事柄について発言していますが、その発言がどのような意味を持つのかわからない。彼の言うことは、全方向に向けて矢を放っているようなもので、たまに的に当たる場合もありますが、一体何をしたいのかわからない。本人にもわからないという状態です。

もしロシアとの非常に危険な対立関係が緩和するのであれば、それは歓迎すべきことです。しかし、もし彼の得意とする「取引(deal)」というものが、プーチン大統領との間でうまく行かなかった場合、彼は頭にきてハチャメチャな行動に出るかもしれない。ミス・ユニバースが彼を批判した時と同じような、度を越した行動に出るかもしれません。彼がどのような行動に出るか、本人も含めて誰にもわからない、という状態なのです。


吉成真由美(よしなり・まゆみ)
サイエンスライター。マサチューセッツ工科大学卒業(脳および認知科学)。ハーバード大学大学院修士課程修了(脳科学)。元NHKディレクター。教育番組、NHK特集など担当。著書に『知の逆転』『知の英断』など。ノーム・チョムスキー氏らのインタビューを収録した最新刊、『人類の未来——AI、経済、民主主義』が4月10日刊行予定。

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撮影:Carl Rutman