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日本社会が直面する、認知症「1300万人」時代

3/25(土) 9:10 配信

高齢ドライバーによる交通事故、徘徊による行方不明、誰にも看取られることなく逝く孤立死――「認知症」が一因と見られる事件・事故が年々目立つようになってきた。だが、これは、世界に先駆けて日本が直面する「認知症社会」の始まりに過ぎない。2025年、国民の1割以上が認知症またはその予備群になる社会では、何が起きるのか。そして解決策はあるのか。(取材・文=NHKスペシャル「私たちのこれから」取材班/編集=Yahoo!ニュース編集部)

「認知症高齢者の徘徊による行方不明、孤立死・異状死…といった事態が日常化する厳しい現実が待つことを見据え、2025年を安心して地域で暮らしていける社会にできるか」——。国際医療福祉大学大学院の武藤正樹教授は「いまが分水嶺だ」と警鐘を鳴らす。

1300万人以上が認知症およびその予備群に

いまから8年後の2025年。団塊世代のすべての人が75歳以上の後期高齢者に達するこの年を皮切りに、日本は未曾有の「認知症社会」へと突入する。厚生労働省は、認知症の人が2025年に最大730万人にのぼると発表しているが、その予備群とされる軽度認知障害(MCI)の人数は明らかにしていない。

そこで今回、すでに発表されている軽度認知障害の有病率と、複数の専門家への取材を重ね合わせ、独自に数値を算出した。その結果、2025年に軽度認知障害の人は580万人を超える見込みがあることがわかった。認知症高齢者の数と合計すると、総数は1300万人に達する。国民の9人に1人、65歳以上に限れば、実に3人に1人が認知症あるいはその予備群の人になるという「認知症1300万人時代」が来る可能性が浮かび上がってきた。

2025年のMCIの人数については、2012年時点で認知症の人数の8割がMCIの人数であることから、2025年も同じ割合と仮定した場合をNHKスペシャル「私たちのこれから」取材班が試算した。(図表:EJIMA DESIGN)

「認知症社会」で顕在化する問題

2025年に「認知症1300万人時代」を迎える日本。この「認知症社会」とも呼ぶべき社会で一体、何が起きるのか。その兆候はすでに現れている。 たとえば、ここ数年で急激に目立ち始めた高齢ドライバーの問題だ。高知大学医学部の上村直人医師は、現在252万人いるとされる認知症の高齢ドライバーは、2025年には350万人まで増加すると試算している。警察庁が今年1月に発表した統計によれば、75歳以上の死亡事故のうち、認知症や認知機能が低下している恐れがある人の割合は5割。この3年間で1.5倍に増えている。

(図表:EJIMA DESIGN)

高齢者が「加害者」になる

認知症の人が事故に巻き込まれる「被害者」ではなく、事故を引き起こす「加害者」になってしまう側面が大きくなってきているのだ。国は今年3月から75歳以上の高齢ドライバーへの認知症の検査を強化。警察も免許証の自主返納の制度を推し進めているが、地方では過疎化に伴う利用者の減少から、鉄道やバスの路線廃止が続いていることから、高齢者がマイカーに頼らざるを得ない事情があるなど、高齢ドライバーが運転を止められない背景も浮かんでくる。

「認知症社会」は、救急医療の現場にも影響を及ぼす。東京都健康長寿医療センター研究所の粟田主一研究部長は、2025年、救急搬送の3~4人に1人が認知症の疑いがある人になると予測している。現在、受け入れ数が東京都内最多レベルの病院でも、救急要請の4割近くを断らざるをえないなど、すでに救急医療は逼迫している。それがさらに悪化し、救急医療を崩壊させてしまうのではないかという懸念も強まる。

認知症高齢者への対応が、逼迫する救急医療への追い打ちに(写真:ペイレスイメージズ/アフロ)

2025年は、認知症の人を受け入れる施設の不足も深刻になる。特別養護老人ホームへ入所を望みながらも叶わない人は62万人に達しそうだ。加えて、彼らのケアをする介護人材も、38万人足りなくなると推測されている。

カギは早期対応にあり

このまま認知症とその予備群の人たちが膨れあがれば、深刻な状況になることが懸念される。ところが、財源は限られている上、圧倒的に介護人材も足りない。こうした中、手立てとして注目されるのが、認知症の予備群とされる軽度認知障害の人にアプローチすること。それを個人の努力に頼るのではなく、社会全体として取り組んでいくことで対応できないかという方策だ。

認知機能は、軽度認知障害から段階を経て低下し、本格的な認知症に移行していく。実は、この初期の段階では、外部からの助けがなくても多くの人が穏やかに生活できることがわかっている。もし、この状態を長く保つことができれば、深刻な認知症患者の発生数を抑えられ、「認知症社会」の問題をかなり軽減できるはずだ。

フィンガー研究は世界でも類を見ない大規模な認知症予防研究だ(画像:NHK)

最新の研究では、その具体的な手立ても明らかになってきている。2015年に発表された、北欧のフィンランドでの「フィンガー研究」。軽度認知障害の疑いがある約1200人の協力を得て、週3回、1日30分ほどの早歩きなどの運動、野菜や魚を多く摂る食生活の改善、さらに、記憶力を使うゲームや血圧管理などを2年間継続してもらったところ、対象者の認知機能が平均25%も上昇したことがわかった。

日本でも同様の取り組みとして、運動と脳のトレーニングを組み合わせた運動療法を取り入れる試みが愛知県大府市で行われている。

「声に出したらいかんよ。3と6と9は手を叩くんだよ」

列になったジャージ姿の高齢者たちがリーダーの音頭に合わせ、歩きながら1から10まで数え、3の倍数の時だけ手を叩く。「コグニサイズ」と呼ばれる取り組みの一例だが、参加者のなかには効果を残す例も出ている。74歳の女性は、4年前には年齢平均より低かった注意力や処理能力などの認知機能が回復した。

コグニサイズを実践する高齢者たち(画像:NHK)

虎の門病院高齢者総合診療部長の井桁之総医師も、早期対応について「糖尿病の管理や血圧管理、運動などの面で、エビデンスも数多く出ており、早期対応をやらなければ損ということになる」と効果を認めている。

「認めたがらない」立ちふさがる壁

ところが、早期対応の必要性はわかっていても、多くの人は検査などになかなか踏み切れない。千葉大学教授で国立長寿医療研究センター部長も務め、認知症予防の活動に詳しい近藤克則さんは「誰もが、早期の対応が大切だと認めていても『あなたは認知機能低下の恐れが高い方なので来て下さい』と対象を絞って声かけされると『私はそんな人間ではない』と拒否することが多い」と指摘。「家族が『様子がおかしい』と思って、認知機能の検査などをすすめても本人は『自分は違う』と認めたがらない」あるいは「認知症そのものを隠したいのではないか」など、実際に認知症高齢者を身内に抱える人々の声は厳しい。

こうした認知症の疑いがあることを認めたがらない傾向を、どう解消していくか。そのヒントになる取り組みが埼玉県幸手市の「幸手モデル」だ。

地域医療の先進地として知られる幸手市の考え方は、医師や看護師がお年寄りに「認知機能の検査を受けて下さい」と呼びかけるのではなく、普段から彼らが自然に集まる公共施設や飲食店などを探し出し、そこに自ら出向くというもの。お年寄りとのちょっとした会話をきっかけに健康相談を行い、なんらかの兆候に気づいたら、診察を進めて早期の対応へと結びつける。認知症に限らず、病気全般の兆候をいち早く見つけるための試みだ。

「キャバレー」が高齢者を救う!?

ホステス役(右)を務めるのは現役の医療・介護の関係者たちだ(画像:NHK)

さらに一歩進んで、お年寄り同士が集まれる場を作るプロジェクトも始まっている。幸手市の住民が企画した「しあわせすぎキャバレー」。お年寄りには懐かしいキャバレーを模した会場で、歌や演奏、ダンスなどをしながら、結果として健康相談もできてしまう。対象は60歳以上の高齢者。ホステス役は、看護師や介護士などの医療・介護のプロが務める。とにかく楽しさを前面に打ち出し、多くのお年寄りに集まってもらう狙いだ。イベントを企画したのは、幸手市内で高齢者向けのカフェを経営する小泉圭司さん。小泉さんは「いろんな仕掛けをしていくことによって、誰かしらの目に触れる事が大切。何かあったときにすぐ専門職とつながれるきっかけの場にしていきたい」と語る。

幸手市の一連の取り組みを進めているのは、東埼玉総合病院で在宅医療を担当する中野智紀医師だ。「認知症という病気だけをクローズアップしてしまうと、やはり怖いものであったり、得体の知れないモノだったりする。地域の方に馴染むような形で入り、会話の糸口から自然に相談に結びつけていくことが大切。重要なのは、認知症対策と銘打たないこと」と中野さんは言う。

幸手市の取り組みについては前出の近藤さんも「誰かに的を絞って声をかけるという“ターゲット・アプローチ”ではなく、みんな丸ごと面倒を見るという“ポピュレーション・アプローチ”が対策の参考になる」とその重要性を評価している。

企業にも「認知症社会」の波

国民の9人に1人が認知症またはその予備群の人になる「認知症社会」に向けて、私たちはどんな社会を目指していけばいいのか。これまでとは異なる大胆な発想が求められる中で、認知症介護研究・研修東京センターの永田久美子部長は「認知症になったとしても、終わりじゃない」という社会への転換の必要を訴える。「生きていく主人公は本人。行きたい場所があったり、やりたいことがあったり、得意なことがあったりする。こうした認知症の本人たちの声を起点に、町の人や行政がそっと応援に入ることが重要」と語る。

その意味で「認知症社会」を支える重要な役割として、企業の取り組みに期待しているのが、国際医療福祉大学大学院の堀田聰子教授だ。堀田さんは、2025年を見据えるなら「バス、電車といった交通機関やコンビニ、宅急便などのサービス、プールや映画館といった大規模施設にいたるまで、認知症でも行けるような場にしておかないと顧客を失うのではないか」とみる。企業は、商品やサービスのあり方を「認知症社会」を前提としたものに転換すべき、という考え方だ。

2025年に75歳以上に突入する団塊世代は消費欲も旺盛で、企業にとっては重要な顧客層だ。その世代が認知症、あるいはその予備群になるのであれば、それに対応した新サービスや新事業も当然求められることだろう。ヘルスケアや介護といった従来のジャンルにとらわれない企業の対応が「認知症社会」を支える上では重要な役割を持つといえる。

2025年「認知症社会」の到来。それに飲み込まれるか、乗り越えるのか。8年後はあっという間にやってくる。




NHKスペシャル「私たちのこれから #認知症社会 ~誰もが安心して暮らすために~」は、3月26日(日)午後9時~生放送(NHK総合)
番組HPでは、2025年シミュレーションや認知症の方の“世界”を映像化したコンテンツを公開中。もはや他人事ではなくなっている「認知症社会」を仮想体験できる。

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