南スーダンのPKOに派遣されている陸上自衛隊部隊の「日報」が国会論戦の焦点となった。日報には現地で「戦闘」があったことが記録されており、「PKO参加5原則」が崩れているのではないかという議論だ。南スーダンの状況を現場はどう捉えているのか。安全保障関連法の成立から約1年半。自衛隊の海外派遣や日米同盟、周辺国との緊張関係など、安全保障をめぐる難しい局面を自衛隊トップである統合幕僚長・河野克俊氏に聞いた。
(ジャーナリスト・森健、ノンフィクションライター・中原一歩/Yahoo!ニュース編集部)
日報に書かれているのは「現地部隊が目の前で見たこと」
2月7日、防衛省は、南スーダンで国連平和維持活動(PKO)に参加する部隊が作成した文書などを公開した。2016年7月11日付の「南スーダン派遣施設隊 日々報告」には、ジュバ市内の自衛隊宿営地付近で「戦闘が生起」、「流れ弾には注意が必要」などの記述がある。
日報がなぜこれほど取り沙汰されるかといえば、自衛隊のPKO活動に関わるからだ。国会答弁に立った稲田朋美防衛大臣は、「一般的な用語では戦闘だが、法的な意味では戦闘ではなく武力衝突」と説明し、「戦闘行為」を認めていない。南スーダンの状況はどうなのか。昨秋、ジャーナリストにより開示請求された際は「破棄した」とされた日報が、一転して公開されたのはなぜなのか。
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——南スーダン派遣施設隊の日報、一度は破棄したため存在しないとされたものが再調査によって存在が確認されたのはなぜですか。
南スーダンに派遣されている部隊は、陸上自衛隊の施設部隊です。日々の日報は、現地部隊から、座間駐屯地(神奈川県相模原市)にある中央即応集団(CRF)の司令部に送られます。
日報にはあらゆることを書きます。食事の献立や、個々の隊員の体調まで。中央即応集団だけが知っておけばいい情報が含まれているので、司令部が取捨選択をして、防衛大臣と我々のところ(統合幕僚監部)に報告を上げてくる仕組みになっています。
——河野さんが日報を直接見ることはないということですか。
統合幕僚監部に直接は日報は来ません。ただ、統幕の担当者は陸上自衛隊のサーバにもアクセスすることができます。PC経由でしかるべき場所にアクセスすれば、日報をダウンロードすることはできる。
昨年、開示請求にしたがって現地部隊と座間の司令部を探したが、そこではすでに破棄されていた。したがって「ありません」と報告したわけです。しかし再調査の指示を受けて範囲を広げて探した結果、統幕の担当者がダウンロードしたものが電子データとしてPCに残っていたことがわかった。そこで、不開示の決定を取り消して、開示したわけです。これは法律で決められている手続きに則っています。
——内容については報告を聞いていましたか。
ですから、私も大臣も、日報そのものは報告を受けていません。
——開示請求があったのは7月7日から12日の日報です。その時期に「銃撃戦が行われた」ことはお聞きになっていましたか。
もちろん聞いています。
——聞いていますよね。
ただし、日報で見たわけではありません。現地で何が起きているかは十分わかっている。日報を見なければ知らないという話ではありません。
日報は、現地部隊が目の前で見えていることを言葉にして報告しているわけです。しかし、日報はあくまでも、報告資料をつくるための重要な素材のひとつという性格のものです。現地に展開しているUNMISS(国連南スーダン共和国ミッション)にも司令部要員を派遣していますし、在南スーダン日本国大使館もあります。米軍とも情報を共有しています。当時はJICA(国際協力機構)も入っておられた。そういったところからの情報を総合して、現地の状況を把握している。
「我々が見るのは全体の構図」
——すると、2月9日の会見で、日報に書かれていた「戦闘」は「一般的な意味で戦闘という言葉を使った」とおっしゃったのはどういうことですか。
稲田大臣は国会答弁で「法的な意味での戦闘ではない」と答弁されましたが、現地部隊は日報に「戦闘」と書いてきたわけです。それはそれでいいんですよ。現地部隊を責める必要はないと私は思う。今回彼らに改めて確認しましたが、目の前で行われている銃撃戦を、一般的な意味の戦闘として報告しました、と。
しかし、我々としては、日報に「戦闘」と書かれていることがすなわちPKO5原則に違反しているという意味にはなりません。
日本国内において自衛隊派遣の根拠とされるのは1992年に成立したPKO協力法である。「紛争当事者間の停戦合意」などの条件が定められており、「PKO参加5原則」と呼ばれる。
【PKO参加5原則】
1 紛争当事者の間で停戦合意が成立
2 当時国及び紛争当事者の受け入れ同意
3 中立的立場の厳守
4 上記のいずれかが満たされない場合、撤収が可能
5 武器の使用は、防護のための必要最小限に限る。「駆け付け警護」の実施には2の安定的維持が必要
ところがこの件が持ち上がった時点で、国会答弁で、これは戦闘だ、PKO5原則に違反しているじゃないかという議論に発展しました。しかし、稲田大臣も私も、全体の構図から判断するわけです。そこにおいて大事なのは、法的な定義が定まっている「戦闘行為」という用語があるわけです。それは(憲法9条に違反する)「国または国に準ずる組織の間で起きる武力紛争の一環としての戦闘行為」を指し、部族間抗争や民兵組織が引き起こす散発的な戦闘ではありません。ここの見極めが大事なわけです。
PKO5原則に抵触しなくても引く判断もあり得る
目の前で起きている銃撃戦をどう捉えるのかが、なぜ問題になるのか。それは前述の「PKO参加5原則」と関わってくるからである。南スーダンでは、5原則のうち「紛争当事者間の停戦合意」が既に崩れているのではないかと野党は追及している。
南スーダンは、内戦の末に2011年にスーダンから分離・独立した国だ。情勢の安定しない新米国家の平和と安定を図るためにUNMISSが組織され、自衛隊は2011年末から参加している。任務の中心は道路整備やインフラ整備などの施設活動で、現在も約350人が活動している。
2013年12月に首都ジュバで南スーダン政府軍と反政府軍の衝突が起き、大勢の国内避難民が発生した。和平協議の結果2015年8月に停戦合意が締結されたが、2016年7月、ジュバの情勢が悪化。戦闘は全土に広がり、民間人が多数犠牲になっている状況に、今年2月、国連安保理は強く非難する声明を発表した。
2013年12月に首都ジュバで南スーダン政府軍と反政府軍の衝突が起き、大勢の国内避難民が発生した。和平協議の結果2015年8月に停戦合意が締結されたが、2016年7月、ジュバの情勢が悪化。戦闘は全土に広がり、民間人が多数犠牲になっている状況に、今年2月、国連安保理は強く非難する声明を発表した。
——しかし、南スーダンは「国家または国家に準ずる組織」を判定することも難しいような、混乱した状況になっていますよね。
非常に複雑になっています。
——マシャール前副大統領は昨年の夏に国外に脱出し、同年10月の日本の複数の新聞社の取材に「7月に起きた戦闘で、和平合意は崩壊した」と答えています。
さまざまな衝突が起きているのは事実ですが、先ほども申しましたように、「国または国に準ずる組織」の衝突にまでは至っていないというのが、現在の我々の判定です。ですから、現地部隊が目の前に起きている銃撃戦を、戦闘と表現しようが武力衝突と表現しようが、それは我々にはあまり関係ない。ただ、今回は戦闘イコールPKO5原則に違反する戦闘行為という意味で捉えられてしまった。そこは混乱をきたしたと思うので、整理が必要だとは思います。ですが、我々としては、部隊が戦闘と上げてきたって、武力衝突と上げてきたって、今後とも問題ない。ただ、そういうことが起きた時にどう判断するか。現実をどう見るかということです。
——判断材料は、自衛隊の現地部隊からの情報だけではない、と。
PKOを続行するかどうかはそれだけでは判断できません。先ほども言いましたように、全体の構図です。もしも、「国または国準」でなくても、PKO部隊として安全に有意義な活動ができないとなったら引くということも、今回の派遣の要件には加わっています。だから、さまざまな情報に基づいて、今後どう発展するかを予測する。そして、たとえばPKO5原則に抵触しなくても、引く判断に至る場合だってあり得るわけです。
——ということは、南スーダンでの活動は綱渡りなのでは。
決して我々は楽観はしません。
——撤退もあり得る。
もちろんそうです。これからの推移によっては。ただ現時点においてはまだ続行できるという判断です。
(3月10日追記:安倍晋三首相は3月10日夕、南スーダンのPKOに派遣している陸上自衛隊の施設部隊について、5月末を目途に撤退させることを表明した。)
日米同盟はさらなる深化を
PKOに次いで、日米安全保障体制に質問を移した。
ドナルド・トランプ政権が誕生した。選挙期間中は日本政府に対し在日米軍の駐留経費の増大をほのめかすなど、厳しい対日姿勢を見せていたトランプ米大統領。だが、ジェームズ・マティス国防長官が来日時に、尖閣諸島の「安保5条適用」などを明言するなど、トランプ政権は日本に理解を示しているようにも映る。
——トランプ大統領の就任前の発言を、統合幕僚監部ではどう見ていましたか。
我々の認識では、他国に比べて駐留経費を非常に多く負担しています。ですから、これは誤解に基づく発言ではないかと思っていました。
2月にマティス国防長官が来日され、稲田大臣との間に会談を持ちましたけれども、ご承知の通りマティスさんはそういう(駐留経費負担増の)話は一切持ち出さず、記者会見では「日本は模範的である」という言葉も出ました。ですからこの問題についてはアメリカの理解は得られているのではないかと思います。
——大統領選挙期間中、トランプ氏は同盟そのものを見直すという過激な発言をしていました。
我が国を取り巻く安全保障環境は非常に厳しいものがあります。それに対応していくためにも日米同盟は不可欠です。日米同盟をどう深化させていくかということでは、日米首脳会談の共同声明にうたわれているように、日本はより責任を果たしていくという方向で、アメリカと調整が進むのではないかと思っています。
——前オバマ政権下の2015年には、自衛隊と米軍の連携強化を図る新たな機関として「同盟調整メカニズム」が設置されました。この流れはトランプ政権下でも引き継がれますか。
これまでも「同盟調整メカニズム」はありましたが、それは有事に限ったことでした。それを、2015年4月に改定した「日米ガイドライン」で、平時から連携を強化しましょうということになったわけです。これは今後も維持されると私は確信しています。
——具体的にはどんなことが行われるのでしょうか。
たとえば、北朝鮮で弾道ミサイルの発射実験が行われたとか、大規模災害が発生したなどの際に、このメカニズムを通じて常に意思疎通を図っていくということです。
ロシアの軍事的プレゼンスは上がっている
——一方で、スクランブル(緊急発進実施)の回数は高い傾向にあります。昨年度は873回、そのうち6割強が中国、3割がロシアです。こういったことも米軍と情報共有はされているのでしょうか。
スクランブルは日本独自の対応です。
——一般的に中国との緊張が注目されますが、ロシアとの間も、2016年12月に日ロ首脳会談が行われたあとも一向にやわらいでいないどころか、むしろ北方四島には軍事配備が強化されています。
安倍晋三総理とウラジーミル・プーチン大統領の間では政治対話が続いていますし、北方四島における共同経済活動についても合意されているわけですね。それが最終的に北方領土返還交渉や平和条約に結びつけばいいと思います。ただ、我々の仕事は日本の国防ですから、軍事的な観点からロシアの動きは見ております。それはまた別の話です。
現実として、我々は警戒を怠っていない。ちょうど先日報道されましたが、セルゲイ・ショイグ国防大臣がクリル諸島(千島列島)の部隊を師団級に増強すると発言しています。まだこの発言だけでは具体的なことはわかりませんから性急なコメントはできませんが、北方領土は我々の安全保障に直結する場所ですから、今後この動きは注意しなくてはいけないと思っています。
——ロシアは昨年11月にも、国後島と択捉島にミサイル配備をしたと伝えられています。
彼らはそう言っているようですね。詳しくは申し上げられませんが、いずれにしても北方におけるロシアの軍事的なプレゼンスが上がっていることは確かです。
ご承知の通り、中国が尖閣をめぐって我々と非常に厳しい対立をしています。中国は海軍力、空軍力を増強して、活動範囲も広げている。北朝鮮も、昨年は20発以上もミサイルを発射している。我が国をめぐる安全保障環境は非常に厳しいということです。それを約23万人の自衛官でやっているわけです。ですから、隊員に相当、負荷がかかっているのは事実だと思います。
苦しい自衛官募集
自衛官の応募者はここ数年減少傾向にある。特に2015年度は、主に現場部隊の中心となる「一般曹候補生」の応募者数は2万5092人で、前年の3万1145人から約2割の減少。防衛省は「民間の雇用情勢が改善しているため」と説明したが、2015年9月に成立した安全保障関連法の影響を指摘する声も聞かれた。
——人員の確保・育成は難しくなってきています。それについてはどうお考えでしょうか。
自衛隊員の募集については今、非常に苦しいんです。テレビコマーシャルやポスターにはじまり、募集担当者が高校などに行って説明をさせてもらうなど、あらゆる手段を尽くして、募集には力を入れています。こういう厳しい安全保障環境になって、それなりの防衛力は必要なわけです。それを支えるには女性の力が必要です。
——なぜ女性なのでしょう。
少子化の今、男子だけでは採用できない。
——数として確保できない。
そうです。今女性隊員が6パーセントほどですが、それを9パーセント以上にするのが当面の目標です。戦闘機パイロットは女性にも門戸を開きましたし、昨年女性の護衛艦長も誕生しましたから。
——自衛官に求める能力も昔と変わってきていますか。
当然のことながら、今はミサイルを動かすのも大砲を動かすのもシステム化されています。コンピューターを使って武器を運用する時代になっています。それから、一般社会もそうですが、サイバー攻撃に対してどう守るか。これなどは男女の区別なく活躍できる分野です。
森健(もり・けん)
1968年東京都生まれ。ジャーナリスト。2012年、『つなみ――被災地の子どもたちの作文集』で大宅壮一ノンフィクション賞、2015年『小倉昌男 祈りと経営』で小学館ノンフィクション大賞を受賞。著書に『反動世代』、『ビッグデータ社会の希望と憂鬱』、『勤めないという生き方』、『グーグル・アマゾン化する社会』、『人体改造の世紀』など。
公式サイト
中原一歩(なかはら・いっぽ)
1977年生まれ。ノンフィクションライター。「食と政治」をテーマに、雑誌や週刊誌をはじめ、テレビやラジオの構成作家としても活動している。著書に『最後の職人 池波正太郎が愛した近藤文夫』、『奇跡の災害ボランティア「石巻モデル」』など。最新刊『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』。
[写真]
撮影:塩田亮吾
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝