趣味や資格を生かして、教室や店を開く。ネット上で、ビジネスを立ち上げる。子育て中の女性による起業。「ママ起業」がブームだ。育児と仕事を両立させて働くママ起業家の日常はSNSで拡散され、ファンが広がる。この起業ブームの中で、「ママ起業セミナー」をめぐるトラブルも目立ちつつある。数万〜数十万円という費用を支払いながら、セミナーで得られたのはSNSの使い方など、お金を払って学ぶほどでもないことだったとの不満の声が上がっている。起業を目指すママの間で何が起きているのか。(ライター・鈴木麻由美/Yahoo!ニュース編集部)
働き方を模索するママたち
東京のオフィス街にあるイベントホール、入口には多数のベビーカー。会場は小さな子どもの手を引いたママや抱っこひもで赤ちゃんを抱えたママでごった返していた。ママを対象とした「働き方を考える」イベントだ。
会場には自宅で開ける英語教室や子育て関連の資格紹介などのブースが設置されていた。最も関心が高かったのが、起業家を名乗るママ自身が出展する「アロマセラピスト」「焼き菓子手作り教室」など、趣味の延長線上とも言える分野での「起業」のブースだ。
この日の来場者は、およそ2000人。後援自治体担当者は、「女性を対象にしたイベントで、こんなに人が集まったのは初めて」と驚いた。
イベント運営団体の女性が言う。「自分のペースで働ける『起業』に興味を持つ方が多いですね。来場者からは、『ハンドメイドのような趣味でも起業できるんだ』などの感想をたくさんいただきました」
来場者の一人、東京都在住の長谷川朱美さん(35)=仮名、は、「専業主婦にはなりたくない。アメリカで暮らした経験を生かし、ホームパーティ文化を伝える教室やグッズの輸入販売なんかもいいな、と思い始めています」。
子育てと仕事を両立できる利点を考えると、「起業」は、ママにとって合理的に映るのだろう。実際、日本政策金融公庫によれば、女性に対する300万円以下の「小口貸出」の融資実績は2016年度の上半期で前年同期比21%増の1282件と、上半期で過去最高を記録。結婚や出産で一度働くことから離れた女性が、起業するケースが増えているという。
だが、こうしたママによる起業ブームを背景に、「起業セミナー」をめぐるトラブルも報告されている。受講料を支払ったものの、講義内容が期待していたものとほど遠く、役に立たないというのだ。
「ビジネス教室」のトラブルが女性に急増中
国民生活センターの相談情報部で、「お金儲け」に関するトラブルの担当者が言う。「『ビジネス教室』という大きな分類になりますが、その件数は2006年に512件だったのが、いったん下降した後、2009年から大きく上昇。特にここ2年は増え方が大きく、2014年に567件、2015年に805件、今後も増え続けることが予想されます」
男女別では男性が33%増に対し、女性は58%増(いずれも2015年、前年比)と、明らかに女性の増え方が多い。2014年まで20~30人台で推移していた「家事従事者」も2015年に急に50人台になっており、家事従事者のほとんどが女性であることも考え合わせると、「ママ」がターゲットになっているケースが増えていると推測される。
センターに報告された、40代女性の事例。SNS で見た起業塾の無料セミナーに行ったところ、100万円の講座の勧誘を受けた。高額なので遠慮したが、「ゼロから起業したいならバックアップします」と半ば強引に契約へと誘導された。後日、講座の内容を知らせるメールが来たが、毎月の交流会や動画の配信と書いてあるだけで、実のある講義やサポートはなかった。
「結局、交流会に参加したのですが、アフィリエイト(成功報酬型広告)の話とパチンコ攻略法。まったく期待はずれだったとのことです」(国民生活センター)
企業法務等を主に手がける髙橋淳弁護士は、こうした「ママ起業」のようなケースを詐欺などで訴えるのは現実的ではないと言う。「額にして数万〜数十万円だから、弁護士費用の方が高くなってしまうためです。セミナー会社側もそれを狙って、訴えられにくい低めの金額設定をしている節がある」
だがもちろん、不満な思いを抱く人はいる。
起業できないまま、お金は出ていく……
公立中学校の音楽教師だった東京都在住の梶谷友子さん(38)=仮名、は、いくつかの起業セミナーに総額で数十万円をつぎ込んできた。
退職して結婚、出産した後、「私が心地いい働き方がしたい」と、音楽療法をビジネスとして展開することを思い立った。そこでネットのママ起業塾を知って加入。半年間で10万円を支払った。だが、受講内容には落胆した。
「フェイスブックをやれとかブログを書けといった内容がメインで、すでにやっていた私には、新鮮味はありませんでした」
次に、その起業塾が開催するセミナーに参加。女性コンサルタントがビジネスを回す仕組みを教えるという触れ込みで、受講料は5000円。受講してみると、そのコンサルタントとコンサルティング契約を結ぶよう勧誘された。契約し、1年間で20万円を支払ったが、フェイスブックでとにかく『いいね』を押せ、交流会に参加しろ、という人脈づくりに重きを置いたアドバイスしか聞くことはできなかった。
梶谷さんは、彼女のアシスタントとしてコンサルティング契約をまとめる手伝いもしたが、梶谷さんにメリットはない仕事だった。
起業を成功させるのは容易ではない。そのことはわかっている。わかっているからこそ、セミナーに勧誘されると次々申し込んでしまうのだと梶谷さんは言う。勧誘の言葉も巧妙だ。「よく言われたのが、『(お金を出す)覚悟があるかないかで成功できるかどうかが決まります』でした」
梶谷さんがセミナーで知り合った起業仲間の中には、お金をつぎ込み、「貯金がゼロになっちゃいました」という女性も少なくないという。
起業セミナーに15万円を払ったところで「目が覚めた」というのが、グラフィックデザイナーの竹村由佳さん(43)だ。
2年前、夫の転勤に伴い、東日本の地方都市に引っ越した。知り合いもいないところで仕事を得るにはと考え、起業を思い立った。ネットで見つけた全12回の起業セミナーに連絡すると、受講料30万円のところ、すぐに入会すれば半額になると言われて参加した。だが入ってみると、当初聞いていた講座内容とは違っていた。
「東京から一流の講師が来てビジネスの最新情報が得られるという話でしたが、その講師は取りやめに。自分で起業の事業計画を持参して感想を求めても、明確な感想すら返ってこない」
夫の再びの転勤で現在は首都圏に暮らす竹村さんは、「『女性が輝く社会』という言葉に焦るママの気持ちにつけ込む輩が多い」と憤る。経験からわかったのは、ママを食いものにしていたのは、同じ女性だったということだ。
「ママがママを騙している。いや、騙しているという意識があるのかもわかりませんが……」(竹村さん)
起業法セミナー参加の目的は起業ではない?
ネットで「ママ起業セミナー」を展開しているママは、どう考えているのか。セミナーを主宰する飯田えりさん(仮名)に疑問を投げかけてみた。
飯田さんは5年ほど前に起業。主に企業と協業する主婦向け商品の企画などを手掛けながら、起業志望のママたちを対象としたセミナーを定期開催している。
受講しても起業に結びつかず、お金だけ取られるとママ起業セミナーに不満を抱く人も多いようですが──。そう聞くと、彼女も「わかります」と頷いた。
「セミナーの中にはちゃんとした事業のノウハウを教えてくれるところもあれば、そうじゃないところも。起業の方法を教える以上、少なくとも主宰者が成功していなければ説得力はありませんよね。そこを見極めることが必要だと思います」
その見極めもせずに安易に起業セミナーに参加することが問題だ、と飯田さんは言う。飯田さんによれば、成功しているママ起業家は稀だそうだ。説得力のあるセミナー主宰者も稀ということになる。
「私の知る限り、『働いている』と言えるくらい収入があるケースは、全体の1割にも満たないですね。私自身、メディアにも取り上げられ、企業からも声をかけられ、成功している部類に入ると思いますが、収入は会社員のときの初任給に届いていません」
それでも起業に憧れるママが多い理由は、SNSの普及だという。「頑張っている人を身近で見られるメディアが生まれたことで、刺激を受けたのだと思います」。「ママ起業家」を名乗り、交流会やランチ会に顔を出すという段階で満足している人も多いと、飯田さんは見ている。
実際、埼玉県の田中秋穂さん(33)=仮名、は、起業を目指してネットで見つけたセミナーに申し込んだが、いくつか受講したところで今は小休止しているという。
不満はないのかと尋ねてみたところ、「安くないお金を支払い、当分起業はできそうにありませんが、私としては騙されたとは思いません。セミナーに来るママって、前向きで素敵な人ばかり。友だちになれただけでよかったかな、って」。
こうしたママに、飯田さんは手厳しい。「私自身は、起業する以上、収入を得ることを目的にしてほしい。最近、私のセミナーの受講生には面談で『真剣に』取り組む意思があるかどうか確認し、選抜しているんですよ」
ネットニュースの編集者で、『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)などの著書もある中川淳一郎氏は、「ママ起業」をめぐる事象を「女性ならでは」と指摘する。
「女性の場合、華やかな雰囲気に憧れてしまうんじゃないかな。ネットで成功している女性起業家って、たいてい美人風なんですよ。美人が少しでも世に出るとメディアがこぞって取り上げる。自意識の高い女性なら『私も』と思うんでしょう」
昔なら、その「成功ぶり」が知られるのは、突出した一部の成功者だけだった。でも今は、やろうと思えば、誰もがネット上で「成功」を発信できる。
「『ネットを使ってウハウハ幸せになる』という伝説は昔からある。でも、そんなことあるはずない。簡単に儲かる方法があったら、たった数万円で売るわけがない。信じてお金を出しちゃうのは、あまりにも安易ですね」
「ママ起業」の本質的な目的が友だちづくりで、きれいに着飾り、華やかな交流を楽しむことだとするなら、それもまた楽しみ方の一つなのだろう。
だが、本当にビジネスをしたいのなら、その成否はセミナーの見極めから始まってもいる。女性の起業が増える中、彼女たちの“趣味的”なビジネスが“本物”のビジネスに展開できるかどうか。これからの取り組みにかかっている。
鈴木麻由美(すずき・まゆみ)
1966年東京生まれ。大学卒業後、編集プロダクションを経て、ライターとして独立。現在は、保育・教育・育児・女性のライフスタイル等を中心に、雑誌・Web・書籍等で取材・執筆を行う。
[写真]
撮影:長谷川美祈
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝
コラージュ:EJIMA DESIGN