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安部俊太郎

「食べない」人々――グルメ時代に抵抗感?

2017/02/11(土) 11:22 配信

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Facebookを開けば、子どものお弁当からお気に入りの酒の肴まで、料理の写真がずらりと並ぶ。全国各地では、ご当地食材の食フェスやB級グルメフェアが連日のように組まれている。この空前の「グルメ時代」に、「食べない」生活を選ぶ人たちがいる。なぜ、そんな価値観を選ぶのか。医師や栄養学の専門家はどう見ているのか。「食べない」人々を追った。(ライター・神田桂一/Yahoo!ニュース編集部)

「ぜいたくな食事」への抵抗感がある

俳優の榎木孝明氏は、地下にある控え室から階段を軽やかな身のこなしで上がってくると、「ようこそいらっしゃいました」と言って、にっこりと微笑んだ。榎木氏は、都内の医療機関で指導を受け、30日間の「不食」を実践しながら、現在出演中の『相棒season15』の撮影所に通っていたことがあるという。不食とは、文字通り、何も食べないこと(毎日の水分補給と場合によっては塩分・糖分をとることもある)。人間はそれほど食べずに活動できるものなのだろうか。代々木上原にある事務所の打ち合わせスペースで、その時の話を聞いた。

「『集中力アップ』は、あくまで『やってみた結果』に過ぎない」と語る榎木氏(撮影:岡本裕志)

「これまでも、役に合わせて10キロから15キロのダイエットは何度かしたことはありました。きつくないですかと周りの人からは心配されるんですけど、食べないときのほうが、かえって体調がよくなったりするんですよ。意識がはっきりしてくるというか。今回の『不食』体験では、それをよりはっきりと感じることができましたね」

水と飴玉だけでは、腹が減ってしまい、演技に集中できなくなりそうなものだが、空腹には悩まされることはなかった。それどころか、普段にもまして、集中して演技に取り組めたと榎木氏は言う。ただ、そうした「集中力アップ」は、あくまで「やってみた結果」に過ぎないとも言う。役作りのための体形調整でもないのに、なぜ榎木氏は「不食」に取り組んだのだろう。本人によるとこうだ。

「食を楽しむことを否定するつもりはない」と笑顔で語る榎木氏(撮影:岡本裕志)

「日本では、大食い番組やグルメの番組が人気で、すごく視聴率をとったりする。一方で、世界には必要な栄養をとることができずに、餓死してしまう人たちもいる。正直、『ぜいたくな食事』に抵抗感があるんです。食べることが楽しいというのはわかりますし、レストランに限らず、流通業者の方から、それこそグルメ番組の制作者まで、食にかかわる職業の方もたくさんいて、『食を楽しむ』ことで多くの人が生活できているのもわかります。だから『グルメ』を否定するつもりはありません。『粗食のすすめ』なんて啓蒙するつもりもない。ただ、個人としては、『毎日おいしいものを食べなさい』というマインドコントロールをされ続けているように感じる世界から、ちょっと距離をおいてみたかったんです」

「不食ブーム」はカウンターカルチャー

日本各地にある断食道場では、20代、30代の男女を中心に、入門希望者が増えているそうだ。福井県にある断食道場「和(やまと)」でも、10代から60代までの女性の参加者が年々増えているという。

「私どもの断食道場にはダイエット目的だけではなく『自分を変えたい』というお客さまが集まります。決定的に増えたのは東日本大震災以降です。空腹の我慢大会ではなく、心身をリセットすることで、よりよい自分になっていただく。当道場では、そのためのプログラムを用意しております」(断食道場「和」オーナー)

『フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人』などの著書があり、食と思想との相関に詳しいライターの速水健朗氏は、「不食ブーム」について、「既存の食の在り方へのカウンター」だと指摘する。

「不食や断食のカルチャーは、1960年代にアメリカで流行したスピリチュアル的なムーブメントとも重なる」と語る速水健朗氏(撮影:安部俊太郎)

「食というのは、現代において、カウンターカルチャーを表明するのに、もっとも重要な領域になっているんです。そういう背景があるから、『不食』にしても、『断食』にしても、貧乏で日々の生活に困った人が取り組むことではないんです。知的水準が高くて、生活にもそれなりにゆとりがあって、現代のメインカルチャーを味わうことができるアッパーミドル層が、『ちょっとこれは違うんじゃないの?』と考えて、行動に移していく。1960年代に、アメリカ西海岸を中心に流行したスピリチュアル的なムーブメントであるニューエイジなんかとも、思想の面から見ると重複する要素も多いと思います」

ダイエットや役作りなど、明確な目的があって「食べない」人がいる。また、摂食障害を患っていて「食べることができない」人もいる。それから、速水氏が指摘するような、「現代の日本」を批判したいという意識がなんとなく働いて、「食べない」ことを選ぶ人がいる。

一方、食にまったく興味がなく、食のことを考えたくないがゆえに「食べない」人々もいる。

「食べるために生きているんじゃない」

山形県に住む女性のAさん(44)は、毎日コーヒーを2杯程度と、「生野菜サラダ、チョコ2欠片、ビスケット2枚、季節のフルーツ1個」のうちいずれかを摂るだけという「食べない生活」をかれこれ2年続けている。

「もっと効率よく生きられないのかなと思ったのが、食べない生活に入るきっかけでした」とAさんは語る(イメージ:アフロ)

「14年前に、友人から健康に良いと聞いて、玄米菜食を始めてみたのがきっかけです。それから徐々に食事の量を減らしていき、5年前にローフード(食材に加熱処理を行わない、いわゆる生食)に変えてからは、劇的に『食べない生活』へと変わっていきました。個人差はあると思いますが、食べるとやっぱり眠くなりますよね。それから排泄もしなくちゃいけない。1日に3回食べて、そのたびに眠くなって、1日1回排泄をする。この、当たり前のことの繰り返しを、なんとかできないかなと思ったんです。食料を買うにもお金が必要ですし、料理だってしなくちゃいけない。食べたそばから、次のごはんは何にしようかと考えないといけない。当然、ゴミも出るから捨てないといけない。もっと効率よく生きられないのかなと思ったのが、食べない生活に入るきっかけでした」

Aさんは決して、異常にやせているという感じではなく、健康体に見える。黒にピンクをあわせたオシャレな服も着ているし、ショートの髪型が魅力的な女性だ。話す様子もいたって快活で元気。今でも、1日1食を続けている。

「食にまつわることを減らすことによって、もっと他のことができるんじゃないかと考えたんです。私はべつに食べるために生きているんじゃないって」(A
さん)

身の回りのものをなるべく減らして、シンプルに生活するミニマリストが注目を浴びているが、Aさんの考え方は、その食バージョンなのだろうか。

都内の大手出版社に勤めるBさん(34)も食事にまったく関心がないという。

「何を食べようかなと考えるのも、実際に口に食べ物を入れるのも面倒」と語るBさん(撮影:安部俊太郎)

「食べないと空腹感が出てきて仕事に支障が出てくるのが嫌なんです。だから、それを避けるためだけに食事をしている感じですね。朝は食べずに出社して、そのまま仕事。だいたい1日に2食は食べていると思いますが、そのうち1食はファミリーマートのおろしそばを食べています。何を食べようかなと考えるのも、実際に口に食べ物を入れるのも面倒なので、心の底から仙豆(マンガ『ドラゴンボール』に出てくる、1粒でお腹がいっぱいになる豆)が欲しいなって思いますね」

食に無関心な人々が生まれる背景には、何があるのか。食のトレンドを追いかけ、その分析を専門にする、株式会社味香り戦略研究所の菅慎太郎氏は取材にこう答えてくれた。

「食事をするということの相対的な価値が低下しているのが原因だと思います。

誰でも1日に24時間しかないわけですが、その24時間をどう使うかと考えたときに、『食事』の優先順位が下がっている。『食べる時間がもったいない』と考える人たちは、食事に関わる時間をできるだけ減らしたい。かと言って、グルメな人々が食事に関わる時間に対して寛容であるかと言えば、そうとも言い切れない。例えば、代表的な高級料理といえば、会席料理、フランス料理、寿司ですが、会席料理とフランス料理は、食べ終わるのにだいたい3時間くらいかかります。グルメな人々も短時間でおいしいものを求めていて、その点では寿司が人気だと言えます」

特にひとり暮らしの若者は、食事より、周囲とのコミュニケーションや睡眠に時間を費やしたいという傾向が見られるそう(イメージ:アフロ)

ゲームや本やテレビといったコンテンツの世界も、「余暇時間の奪い合い」に勝たなければ生き残れない。「食事」もそうした争いに巻き込まれていると菅氏は続ける。

「もはや食べるための時間は『生きるために絶対に必要な時間』ではないんです。睡眠欲や性欲、交遊などとの『快楽のシェア争い』に巻き込まれている。短期的に見れば、結婚せずに単身で暮らす若者にとっては、食事を作る時間的、金銭的コストが、これまで以上に負担になっていて、そこを減らしたいという意識が出てきているとも言えるでしょうね」(菅氏)

とにかく摂取カロリーには気をつけてほしい

科学的な視点に立った場合、私たちは、どのくらい「食べない生活」をすることができるのか。1日あたりの「食べる」量が減りすぎては、健康被害が出るのではないか。摂食障害の専門家で、精神科医の酒井和夫氏は、こう述べる。

「まず、1日1食の生活を続けているくらいであれば、摂食障害には入りませんね。リバウンドをしてしまうかどうかと、どんどんやせていっているかどうかの2点で摂食障害かどうかを判断します。摂食障害の場合は、目に見えてやせていく。体形がとにかく安定しない。これは人体にとってまずい状態です。ダイエットでも、カルチャーでも、どんな理由で『食べない生活』を始めたのであっても、もし体重が減り続けるようになったら、とにかく病院で診察を受けてほしい。逆に言えば、体重が減り続けるようなことがなければ、多少食事を抜いても問題ありません。ちなみに私は1日1.5食です」

さらに、女子栄養大学副学長の香川靖雄氏は、「食べない生活」について、厳しく警鐘を鳴らす。

女子栄養大学副学長の香川靖雄氏(撮影:安部俊太郎)

「必要な栄養を極端に摂っていないと、最初に筋肉と骨がやせて減っていく。脂肪が減るのは最後です。当然、体力も弱っていき、免疫力も下がり、感染症などにかかりやすくなる。栄養学の立場からすれば、この段階ですでに危険な状態と言えます。さらに食べないでいれば、餓死します」

1日3食きちんとバランスよく食べるのが基本

実は、日本人の総摂取カロリーは下がり続けている。厚生労働省の国民健康・栄養調査では、1日のエネルギー摂取量が、平均で、1975年には2100キロカロリーをオーバーしていたのに対し、2014年には、1863キロカロリーまで落ち込んでいる。

「日本人の摂取カロリーが減っているのは、交通機関や情報流通の利便化が進んで、日本人の運動量が減り、日常の生活の中で以前よりもエネルギーを必要としなくなったからです。現在、全国で、朝食を摂らない20代が3割と言われています(平成26年国民健康・栄養調査)。しかしながら、朝食を抜くと人間の体は防衛反応が働いて、昼と夜に食べたご飯のカロリーを過剰に取り込むことになり、あまり食べてはいないのに太るという人は、この状態ですね。また近年問題になっている血糖値スパイクの原因にもなります。血糖値スパイクとは、食事のあとだけ、すぐに血糖値が極端に上昇することです。他の器官を傷つけ、がんなどの原因になります。また、1日2食や1日1食などの少食も中高年が行うと危険です。フレイルと呼ばれる『高齢者の虚弱』になりやすくなる。1日3食きちんとバランスよく食べるのが基本です」(香川氏)


神田桂一(かんだ・けいいち)
1978年生まれ。編集者、ライター。主な執筆先に『POPEYE』『スペクテイター』『ケトル』『クイック・ジャパン』『週刊金曜日』など。マンガ『アイアムアヒーロー』のリサーチも手がける。現在、新創刊の旅雑誌の取材でバンコクに滞在中。

[制作協力]
夜間飛行

[写真]
撮影:安部俊太郎、岡本裕志
写真提供:アフロ

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