岡本裕志

「人口減」をイノベーションで好機に変えよ

2016/11/2(水) 14:44 配信

「人口減少」が日本経済を収縮させるという。人が減れば、生産の担い手=労働者も、消費の担い手も減るからだ。また、人口減という未来予測そのものがすでに現在の経済活動を収縮させており、デフレの一因となっているとの見方もある。だが、ここに来て「人口減」を前向きに捉える論調が出始めた。吉川洋・立正大学教授と経済協力開発機構(OECD)の村上由美子・東京センター所長に、人口減のどこにポジティブなポイントがあるのか、語り合ってもらった。(ジャーナリスト・森健/Yahoo!ニュース編集部)

人口減は大きな問題。しかし経済収縮とイコールではない

去る8月中旬発売された、吉川洋氏の『人口と日本経済』と村上由美子氏の『武器としての人口減社会』。2冊の主張には共通項があった。一つが「人口減は恐れることはない」、もう一つが「イノベーションを起こせ」。人口減少と少子高齢化が日本の重い課題と言われてきたことをひっくり返すような主張。2人がそう考えたきっかけから尋ねた。

吉川洋(よしかわ・ひろし)立正大学経済学部教授。1951年生まれ。東京大学経済学部卒業、エール大学大学院博士課程修了(Ph.D)。ニューヨーク州立大学助教授、大阪大学社会経済研究所助教授、東京大学助教授、東京大学大学院教授を経て現職。専攻はマクロ経済学。『マクロ経済学研究』(1984年)、『日本経済とマクロ経済学』(1992年)、『転換期の日本経済』(1999年)、『デフレーション』(2013年)など、著書多数。(撮影: 塩田亮吾)

──「人口減」を前向きに捉える発想はどのように出てきたのですか。

吉川洋(以下、吉川):いや、誤解なきように言っておくと、人口減少自体は間違いなく問題です。同時に高齢化も進行するため、現役世代の社会保障(年金、社会保険)の負担が大きくなる。かつては現役世代が多く高齢者が少なかったので、年金や医療費は、現役世代4人ほどの支出が1人の高齢者を支えていました。それが、2013年には現役世代と高齢者の比率が2.5対1となり、約3人で1人を支える騎馬戦状態になっています。そして、将来は現役世代1人が高齢者1人分を支出しなくてはいけない肩車状態になる。財政問題でもありますし、自治体の運営など人員不足で大変な問題もあります。

しかし、経済成長という観点で言えば、人口減イコール悲観的かというと、そうではない。

──なぜですか。

吉川:そもそも先進国の経済は、人口が多いから伸びたわけではありません。中国やインドなどの国は昔から人口は多かった。しかし、経済を伸ばしたのは先進国です。それは1人あたりの所得が増え、1人あたりのGDPが伸びたから。それこそが先進国たる所以なんですが、それを可能にしたのはイノベーション(技術革新)なんです。その違いは言っておかないと、と思っていたのです。

上図では1955年以降を示しているが、戦前についてもGDPと人口の成長は大きく乖離している

吉川氏は長年東京大学で教鞭をとり、森、小泉純一郎政権の頃は経済財政諮問会議の民間議員として貢献。2008年からの社会保障国民会議では座長も務めた。

今回の著書では、「多すぎる」「少なすぎる」の両面で人口問題と格闘してきた経済学の歴史を振り返り、「人口が減るから経済成長は無理という議論は正しくない」と述べている。

村上由美子(むらかみ・ゆみこ)経済協力開発機構(OECD)東京センター所長。上智大学外国語学部卒業、スタンフォード大学大学院国際関係学修士課程修了後、国際連合に就職。バルバドス、カンボジア、ニューヨークなどに赴任。国連での任期終了後、ハーバード大学大学院経営学修士課程入学。MBA取得後、ゴールドマン・サックス証券に入社し、ロンドン、ニューヨーク、東京で勤務。クレディ・スイス証券を経て、2013年より現職。(撮影: 塩田亮吾)

村上由美子(以下、村上):人口減という問題を抱える日本の潜在力に気づいたきっかけは、OECDの統計データでした。長年私は海外の証券会社などで勤務し、日本に関しては外からの視点で見ていたのです。それが3年前、OECD東京センターに勤務することになって、日本で暮らしつつ、OECDのパリ本部から日々送られてくる膨大なデータに触れることになった。そういう中で、何となく肌で感じていただけのことが統計上でも理解できて、『日本ってかなりおもしろい』と感じ始めたんです。

──どこがおもしろかったのですか。

村上:たとえば教育です。3年前、OECDが成人(16~65歳)を対象にしたスキルの調査(PIAAC:国際成人力調査)を行いました。調査は読解力、数的思考力、ITを活用した問題解決能力の3分野からなり、日本は数的思考力と読解力の2分野で、男女ともダントツで一番でした。ただ、ITを使った問題解決能力だけは、OECD加盟国35カ国のうち調査を行った24カ国の平均にまで下がってしまう。

OECDには子どもを対象にした調査(PISA)の実績があるが、成人力調査(PIAAC)は2013年にはじめて行われた

日本は人材で「宝の持ち腐れ」

村上:この成人力調査では「成人が持っている能力を日頃の仕事や生活で使っているか」も調べており、日本は「使っていない」人の割合が高いという結果が出ています。要は、宝の持ち腐れです。そうしたデータを見ると、「宝」をうまく使えば、日本の経済は化ける可能性を秘めている。国際的に見て、これほど教育レベルが高くて、しかも、職業訓練も行われているのに、その人材がここまで有効に使われていない国は珍しい。その意味で日本は特殊です。

村上氏は1990年代に米ゴールドマン・サックス証券に就職。2013年からOECD東京センター長を務めている。今回の著書では、経済成長に向けて、日本の社会がその「強み」を活かしきれていない点があることを指摘した。その代表的なものが「中高年層」「女性」という人材の活用だ。

これらの人材を活用すれば、人口減であっても大きな経済成長が起こると村上氏は指摘する。特に「女性」は、仕事への意欲も能力も高いにもかかわらず、賃金や昇進の男女格差があり、30代以降「労働参加率(16-65歳の生産年齢人口で働く意思を表明している人の比率)」が低下していく現状がある。

──経済成長できるという指摘ですが、何か試算がありますか。

村上:たとえば女性がもっと働いた場合の推計です。2030年までに男女間の労働参加率の差が50%解消すると、日本のGDPの年平均成長率は1.5%に増加します。解消しない場合は1.0%です。さらに女性の労働参加率が男性並みになれば、GDP成長率は現状維持の場合の約2倍の年平均1.9%になるという試算があります。1.9%の成長率だと、2030年時点のGDPは年率1.0%で成長した場合より約20%高くなります。

「中高年層」についても、数的思考力など日本人の能力の水準の高さは統計に表れているという。高度な基礎教育に加え、現場で丁寧に職業訓練を行ってきた強みだと村上氏は分析する(撮影: 塩田亮吾)

村上:人口減という危機については、5年ほど前くらいまではあまり話題になっていなかったように思います。日本企業が本当に焦りだしたのは、東日本大震災で建設などで大きな内需が起き、直後の円安で輸出企業も需要も増えた後のこと。つまり、深刻な人手不足が出て、人口減少が実感として分かってきたからだと思うんです。

吉川:日本の企業はとにかく退嬰(たいえい)的(消極的の意)なんですよね。せっかくいい技術をもっていても、実際の製品化で活かされない。たとえば昨今人気のお掃除ロボット。一番売れているのはアメリカの商品ですが、基本技術もアイデアも、昔から日本にもあったんです。けれど、ある会社で経営のほうから批判が飛んだと言います。「これ、仏壇にぶつかってロウソクが倒れて火事になったとき責任がとれるのか」。それで商品化を見送った。あるいは、大人用紙おむつ。経営陣の反応は「お前ら、まじめに仕事しろ」。製品化にOKが出たのは、なんと3度目の提案だったそうです。要するに、技術はあるのに、失敗するリスクを恐れて、進まないのが日本企業なんです。

「日本企業はリスクをとる考えに非常に乏しい。ここは本当に問題です」と、吉川氏の指摘に同意する村上氏(撮影: 塩田亮吾)

──リスクをとるという点ですが、個別の企業の違いだけでなく、国としての違いもありませんか。

村上:ありますね。わかりやすいのが、2008年のリーマンショック。あの世界的経済危機当時、アメリカでは倒産企業が激増し、失業率が急増しました。一方、バブル崩壊時の日本では“派遣切り”などの失業者も増えましたが、リーマンショックのときのアメリカほどの倒産はなかった。

表現を変えると、アメリカは突然死を受け入れる。でも、日本はモルヒネを打たせて突然死はさせない。社会的な打撃を与えないようにするのが日本なのです。この慣行の違いは、どちらがいい、悪いと単純な判断はできません。ですが、この厳しい経験を経て、アメリカ経済は復活していった。アメリカ式を全部受け入れるのではなく、ハイブリッドでうまく取り入れていくことが、いまの日本経済への刺激になるように思っています。つまりモルヒネが効いている間に、資本や人材の再配分がしやすくなる手立てを打つという。

吉川:基本的に賛成です。アメリカ式に根こそぎ入れ替えるというやり方がいいとは思えません。労働市場の活性化という意味ではよくても、人間は生身ですからね。在庫を扱うように乱暴にはできません。

沈滞する不採算部門は、個人にとっても必ずしも居心地のよいものではなく、望ましいのは「イノベーションがベースとなる活力ある組織」(吉川氏)であり、「自分の能力をできる限り活かせる職場」(村上氏)だと2人は考える(撮影: 塩田亮吾)

村上:雇用されている社員側も、不採算事業や沈滞している部署などに長くいると「これでいいのかな?」と疑問を感じると思いますし、人は本来、自分のもっている能力をできるかぎり活かしたいという気持ちをもっていると思うんです。だとすると、労働市場の流動化率が高いほうが、働く人にとってもよいのではと思います。

吉川:よく日本は雇用の流動性が低いと批判されます。「終身雇用」とか「年功序列」といった日本的労働慣行のイメージが強いからでしょう。しかし、じつは日本でも高度成長期は流動性は高かったんです。流動化率が低かったのは大卒ホワイトサラリーマンだけ。大学進学率が今ほど高くありませんでしたから、ごく一部の人ということです。それ以外の大多数の人たち、たとえばいまクリーニング店を経営している70歳ぐらいの方など、若い頃に7~8つぐらい仕事を変えた人は珍しくないはずです。重要なことは高度成長期には、転職しやすい、つまり自分の人生を自分の進みたい方向に選びやすい環境があったということです。

──「1つの企業に長く勤めたい」といった人が最近増えていることを示す各種の意識調査が出ています。安定性ばかりが就職の基準になっているように映ります。

吉川:いまの日本はあまり新しい職に移りたいと思えるようなジョブ・オポチュニティ(就業機会)がないのでしょう。よいジョブ・オポチュニティとは、よい給料、高い生産性、活力ある組織ということでしょう。そのベースになるのが、イノベーションだと思います。

シルバー市場こそイノベーションの宝の山

村上:その通りですね。ただ、先生もご存じの通り、そのイノベーションというのが難しいわけですね。それを育む環境なら改良の余地があると思いますが。

吉川:いきなりイノベーションそのものを起こそうとするより、環境を改良していくのが確実かもしれないですね。

村上:日本企業の多くは、トヨタのカイゼンのように小さい改善で品質向上をしていくのが得意でした。しかし、いま求められているのは、アップルのiPhoneやiTunesのような製品やサービス、既存の分野をすべて取り入れて奪ってしまう「破壊的イノベーション」です。それを生み出す奇抜なアイデアを、企業がどう受け入れ、育むか。

吉川:さきほど挙げたロボット掃除機や成人用紙おむつのようなことが起こる会社では難しいですね。

村上:そうです。予測不可能な状況に適したリーダーには、意外と女性的な要素があるのではないかと思います。前で引っ張るのではなく、羊飼いのように後ろからまとめて、方向を示す人。私のビジネススクールの恩師は最近この新しいリーダーシップを研究していますが、共感するところが多いです。必ずしもリーダーがイノベーションを生むわけではないので、経営者はイノベーションを生む環境を促進する。そういう発想の転換が求められるのではないでしょうか。

「人口が減少すれば経済は衰退して当然、よくてもゼロ成長、と言う人は多いのですが、私はそうは思いません」。著書では「実質経済成長率1.5%程度」を日本経済が実現可能な数字として示している(撮影: 塩田亮吾)

吉川:もう1つイノベーションで重要なことは、いまの人口減少と直接的な関係がないことです。

──でも、人口の少ない小さな国では社会の活力も低く、イノベーションが起きにくいようなイメージがあるのですが?

吉川:友人の経済学者やエコノミストからも、私が「イノベーション」を連呼することについて、「人口減だというのに、too rosy(バラ色すぎる)」という反応がありました。2044年に1億人を割り、2060年に8000万人を割り込むという推計は、その減少率で考えるとたしかに重い。現在の人口1億2000万人のうちの4000万人、3分の1が失われるのですから。

しかし、8000万人という絶対数で見ると、現在のドイツより少し少ないけれど、フランスやイギリスよりは多い。いまの独英仏あたりと同じぐらいになるだけの話なんです。

ドイツの人口は約8200万人、フランス、イギリスはともに6500万人前後。その他のOECD加盟国では、オランダ1700万人、スウェーデン988万人、フィンランド549万人など

──絶対数はそうでも、人口構成で高齢者が4割近くに増えることに懸念はありませんか。

吉川:そうじゃないんです。そこにこそ市場があり、イノベーションがあるんです。高齢者が増えることで、ビジネスのモデルは大きく変わります。たとえば、いま物流の世界は宅配が生活の中に大きく占めるようになりました。そうした変化が高齢者対策でどんどん起こる。大きなものでは介護ロボットなどから、食事や小売、日用品などの身近な商品・サービスまで、高齢者向けにいまとはまったく違うものに変わるでしょう。

村上:シルバー経済が“大きく化ける”可能性はたしかにあります。高齢者が増える国は、近隣では韓国、中国、欧州でもドイツやイタリアなどたくさんあり、膨大な市場がある。日本が課題先進国として最初に難題に直面しますが、その分、最初に商品やサービスを切り拓くことが可能なのです。関わる分野は、ソフトウェアやビッグデータのような技術から、自動運転車、医療関係など、山ほどあるでしょう。

高齢化が進む日本社会は、「格好の実験場でもあるが、言い換えればイノベーションの宝の山」だと吉川氏は言う(撮影: 塩田亮吾)

リスクをとれる環境整備が重要

──そうしたイノベーションを有効に育むのには何が必要だと思われますか。

吉川:今日言うところのイノベーションに関して、20世紀前半の経済学者ジョン・メイナード・ケインズは、「アニマル・スピリット(野心的意欲)」が起業家に必要な心理と言っています。『坂の上の雲』じゃないけれど、高い志をもち、上を向いて取り組むこと。イノベーションにはそれがなによりも大事だと思います。今日の村上さんのお話で、日本の伸びしろの大きさに何度も頷きましたが、実際に取り組むにはポジティブに行くしかないですね。

村上:日本は社会のシステムをちょっと工夫すれば、イノベーションがたくさん生まれると思います。特許も含め技術力は高く、教育レベルも総じて高く、お金はじゃぶじゃぶある。あとは良質な人、モノ、カネをどう融合させて、新しい付加価値を生み出すか。だとするなら、「失敗したらまずいのではないか」と考えるのではなく、二度でも三度でも失敗していいから、リスクをとって挑戦できる環境整備や意識づくりをすることかなと思います。

人口減は厳しい課題だが、前向きに捉えることもできる。鍵となるのは「イノベーション」だ(写真: アフロ)

人口が減っても、現在の欧州主要国ほどで恐れることもない。むしろ他国にない高い教育レベルの人材をうまく活かせば、日本の経済にはまだまだ伸びしろがある。そこで重要なのはイノベーション。そのイノベーションはむしろシルバー市場に眠っているはずだ──。

2人の見解を乱暴にまとめると、そういうことになるだろうか。だとするなら、経済成長について、前向きに考えるマインドセットこそが大事ということになりそうだ。

9月30日に発表された「労働経済白書」によると、雇用に関して「出来るだけ1つの企業で長く勤めあげることが望ましい」という人が60.7%。「企業にとらわれず、もっと流動的に働けることが望ましい」という人16.6%をはるかに上回った。

人口減少社会を前に必要なのは、まず私たちの気持ちの持ち方を変えることかもしれない。


森健(もり・けん)
1968年東京都生まれ。ジャーナリスト。2012年、『つなみ――被災地の子どもたちの作文集』で大宅壮一ノンフィクション賞、2015年『小倉昌男 祈りと経営』で小学館ノンフィクション大賞を受賞。著書に『反動世代』、『ビッグデータ社会の希望と憂鬱』、『勤めないという生き方』、『グーグル・アマゾン化する社会』、『人体改造の世紀』など。
公式サイト

[写真]
撮影:塩田亮吾、岡本裕志
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝
[図版]
ラチカ

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