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「会社に縛られずに働く」ことは可能か

2016/9/5(月) 11:21 配信

安倍政権が最重要課題と位置付ける「働き方改革」。非正規雇用は約4割を占め、長時間労働は依然として課題になっている。そんななか、勤務場所や時間に柔軟性を持たせた労働環境や、副業や起業など働き方の選択肢も広がっている。自分の希望に沿った「会社に縛られない働き方」は実現できるのか。未来を見据えて個人に何ができるのか。4人の識者らに聞いた。(ライター・平賀妙子/Yahoo!ニュース編集部)

・旧来型の雇用スタイルでは、もう優秀な人材は集まらない
青野 誠・サイボウズ株式会社 人事部マネージャー
・独立や起業を夢見る前に、今の場所でやるべきことがある
瀧本哲史・京都大学客員准教授
・未来の選択肢を増やすためにも「貯蓄」をするべき
藤川 太・ファイナンシャルプランナー
・会社に「縛ってもらえる人」が減っていく
安藤至大・経済学者

<旧来型の雇用スタイルでは、もう優秀な人材は集まらない>

青野 誠・サイボウズ株式会社 人事部マネージャー

青野 誠(あおの・まこと)2006年にサイボウズに入社、営業やマーケティングを経験後に人事部へ。採用・育成・制度作りに携わる。(撮影:稲垣純也)

1年で4分の1が辞めていく会社だった

サイボウズは、いわゆるITベンチャーとして起業しました。10年ほど前までは昼夜を問わず、全員がバリバリ働くといった雰囲気で、社員が泊まり込みで業務をこなすこともありました。しかし、勢いがある一方で離職率も高く、2005年には28%まで上昇し、1年で全体の約1/4が辞めていくような状況でした。いくらコストをかけて優秀な人を採用しても、短期間で辞めてしまう。「これは企業活動として非合理的なのではないか」と、2006年から大きな人事制度改革に取り組み始めたんです。

まず、育児中の社員が働きやすい環境を整えようと、最長で6年の育児・介護休業制度を採り入れました。これは、もちろん男女問わず取得できます。さらに「選択型人事制度」といって「仕事を重視する人」「残業をなくして他の活動に注力したい人」「仕事とプライベートを両立させたい人」など、ライフスタイルの変化に合わせて自分の意志で働き方を選ぶという仕組みに変えました。

他の企業と比べて特徴的なのは、働き方の選択はいつ変えてもいいということ。仕事重視のスタイルから、途中で残業なしのスタイルに変えてもいい。実際に子どもの怪我で、どうしても看病が必要になり“週に2日は出社、2日は在宅勤務、3日は休み”という働き方を選んだ40代の女性社員がいました。「休職せずに業務を続けることができたので、ありがたかった」と言っていましたね。きちんと制度になっていることで、周囲の理解も得られやすいんです。

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ワークスタイル変革で女性社員が4割にまで増えた

もちろん、こうした柔軟な制度は企業にとってメリットばかりというわけではありません。全員が定時勤務の企業に比べれば、現場を管理するマネージャーの負担は大きいものです。業務の引き継ぎ、仕事の分配……。実際に仕事をしてみたら、自分の理想通りには仕事が回らなかったというケースもある。そういう場合は、どうすればうまくいくかを再度本人と話し合って、調整しています。

それでも、28%だった離職率は4%まで下がり、採用や教育コストが削減できたことは非常に大きいですね。また、「働きやすさ」を理由に、中途採用で優秀な人材が多く応募してくるようにもなりました。女性社員が4割にまで増えたのは、制度導入の結果だと思います。

多様な雇用のあり方を受け入れることによって得られる企業の利益と負担を比べて、プラスかマイナスかを数字で明示するのは難しいでしょう。しかし、雇用は企業の土台ですから、風土そのものであると言えます。雇用のあり方を変えることで、風土を変えることになる。たとえば、サイボウズでは、社員たちが会社のあり方に対して主張することがぐっと増え、同時に仕事の合理化、効率化にそれぞれ自主的に励むようになりました。

「どうすれば仕事をもっとうまくやれるか」を能動的に考えるようになったのは、社員が自立した証(あかし)だと考えています。人事にたずさわる立場としては、社員一人ひとりの個性が違うことを前提にそれぞれが望む働き方を実現することが、長い目でみて、企業にとっても合理的なあり方であると思っています。そのためには、企業側も社員の要望を柔軟に受け入れていかないといけない。「毎日同じ時間に出社し、同じ時間に帰る」といった旧来型の働き方を社員に強いるスタイルでは、企業そのものが市場で生き残っていけないのではないかと思います。

<独立や起業を夢見る前に、今の場所でやるべきことがある>

瀧本哲史・京都大学客員准教授

瀧本哲史(たきもと・てつふみ)京都大学産官学連携本部イノベーション・マネジメント・サ イエンス研究部門客員准教授。エンジェル投資家。東京大学法学部卒業後、同大学院助手、マ ッキンゼー・アンド・カンパニー勤務を経て独立し、企業再建などを手がける。著書に『僕は君たちに武器を配りたい』『ミライの授業』など(撮影:稲垣純也)

「脱・会社」を目標にするより、会社を利用してとことん学ぶ姿勢でいたほうがいい

成功した起業家には、意外と大企業出身者が多いんです。モスフードサービスの創業者・櫻田厚氏は日興証券出身です。米国赴任中に「マクドナルド人気の強いアメリカの町外れで高級ハンバーガー店が繁盛していた」ことから着想を得てモスバーガーを作ったのは有名な話です。世界的企業のGoogleやFacebookも、成功の要因としては同業他社を辞めた人が創業に関わっていたことが大きい。

もし、企業内出世といった狭い枠にとらわれず、自分なりのやり方で成功したい=「起業したい」と思うなら、まずやるべきことは、今の会社で一定の成果を挙げることです。

どんな仕事でも、きちんと取り組めばさまざまな情報が詰まっていることに気づくはずです。周囲に差をつけようとして、留学や資格取得などに走る人もいますが、それらが仕事に結びつく保証はない。まずは目の前の仕事に集中してパフォーマンスを上げた方が、仕事に対する学びも深まるし、その後のステップアップもしやすい。断然、効率がいいと思います。

現実には、仕事で成果が上がらない不満から「独立したい」といった願望を抱く人も多いかもしれませんね。しかし、脱サラしたフリーランスのほとんどは、以前より少ない収入での生活に耐えなければいけないし、顧客の無茶な注文に汲々としていることも多い。つまり、縛られているものが「会社」から「取引先」に変わるだけなんです。「何ものにも縛られない、自由な働き方がどこかにある」と考えるのは、青い鳥を追うようなもので、幻想でしかないと思います。

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まず、見晴らしのいい場所に行くことが重要

そもそも、給与にしろ人脈にしろ、企業に所属していることによって享受できるメリットは非常に大きいものです。毎月一定額の給料が振り込まれる。これはフリーランスと比べると、かなりありがたいことでしょう。他にも企業の肩書を使って取引先と知り合える。困ったときに相談できる上司や同僚もいる。中規模以上の企業であれば分業制が整っているため、雑務にわずらわされずにひとつの仕事に集中できる。これらのメリットをすべて捨てても見合うほどの収入とやりがいを、独立して得られるのかどうか。

私は、基本的に安易な起業はおすすめしていません。起業で成功するパターンは限られているからです。可能性があると思うのは「自分がいる業界の矛盾や弱点に気づき、それを変えていく目的で会社を起こす」場合です。ですから、自分が現在働いている業界でおかしいことがまかり通っており、「こうすればうまくいく」と確信が持てたときには、起業や独立を選択してもいい。

海外での起業例を挙げると、アメリカのEDS(Electronic Data Systems)の創業者のロペス・ペローは、もともとはIBMのセールスマンでした。彼は顧客回りをするなかで経理業務などのアウトソーシングに需要があることに気づき、上司に提案した。しかし相手にされなかったので退職して自分で会社を作ったんです。EDSはITアウトソーシングサービスの先駆的企業として成長し、一時は海外を含めて13万人以上の従業員を抱える大企業になりました。

今、起業を目指す学生にアドバイスを求められたら、まず、大企業に就職することをすすめますね。もちろん恵まれた環境に安住してしまう危険性もありますが、企業への就職で得られるもの、学べることは依然として大きい。「できるだけ会社に縛られずに生きよう」と思ったら、市場を正確に捉え、時代の先を読む眼を養わなければいけない。そのためにも、まず「見晴らしのいい場所」に行くことは非常に重要なことだと思います。

<未来の選択肢を増やすためにも「貯蓄」をするべき>

藤川 太・ファイナンシャルプランナー

藤川 太(ふじかわ・ふとし)ファイナンシャルプランナー。自動車会社に技術者として勤務後、ファイナンシャルプランナーの資格を取り、1996年に有限会社アイディーシー(現・生活デザイン株式会社)を設立。著書に『サラリーマンは2度破産する』など(撮影:稲垣純也)

個人のキャリア設計をせばめている「貯蓄ゼロ」

生活面で“給料だけが頼り”になっていると、無意識のうちに会社に精神的に依存しやすいものです。その反動として「リストラされたらどうしよう」「ずっと今の職場にいていいのだろうか」などといった悩みを抱くこともあるのではないでしょうか。

こうした悩みはシンプルに言えば「貯蓄」で解決できることが多い。しかし、現実的には多くの人が貯蓄をしていません。「貯蓄ゼロ」の世帯は増加傾向にあり、2015年の調査によれば30代で2人以上の世帯の場合35.7%、つまり3世帯に1世帯は「貯蓄ゼロ」ということがわかっています。

(金融広報中央委員会による「家計の金融行動に関する世論調査」より ※2人以上の世帯の場合)

30代(2人以上の世帯)で「貯蓄ゼロ」の世帯をさらに年収別に見ていくと、300〜500万円未満では31.3%、年収750〜1000万円未満でも12.1%が「貯蓄ゼロ」という結果が出ています。年収750万円といえば世間的には中流、企業勤務とすれば大企業クラスです。しかし、貯金はないというわけです。

実は、破産リスクが最も高いのもこの層なんです。年収が上がると、人間どうしても「欲」が出てくる。マンションや車を買ったり、旅行したりと消費行動が派手になって支出がふくらんでいく。さらに、いったん上げた生活レベルはなかなか落とせない。そうした中で「子どもの私立進学で教育費が跳ね上がる」あるいは「給料カットなどで収入が減る」といった予期せぬ出来事があると、収入と支出のバランスがくずれ、貯蓄の少ない家計はあっという間に破産してしまうのです。こうなっては、会社に精神的に依存しない、「縛られずに働く」ことなど、不可能でしょう。

「お金のためだけに働く」生活に陥らないために

(撮影:稲垣純也)

今まで、弊社では2万件を超える家計相談を受けてきましたが、会社に勤めている人の中でも「この人はいきいきと仕事しているな」と感じる人は一定数います。彼らの特徴を振り返ってみると、まず “貯蓄がある”ということに尽きます。そして転職・独立しても稼げるような能力を身につけている。この2点です。

「稼ぐ能力」は景気や業界の変化にも左右されますが、「貯蓄」はそこまで左右されない。リストラへの備えにもなるし、自己投資にも活用できる。どんな時代においても自分を支えてくれる「支柱」になるんです。実際、自信を持って仕事をし、職場でも上司に物怖じせず意見を言っている方は、1000万円以上の貯蓄を持っています。

人生では、結婚や転職を始めとして「新たな道を選ぶ」瞬間がなんども訪れます。今の仕事よりやりがいのある仕事に出合うかもしれない。仕事を辞めて地元に帰る「Iターン」したくなるかもしれない。そうしたときに貯蓄がないと、金銭的なハードルを越えられず、やむなく今の生活を続けることになる。以前、育児のために奥さんと子どもを連れて地方移住をした方が家計相談に見えましたが、2000万円を超える貯蓄をしていました。もし「貯蓄ゼロ」であれば、実行に移すのは難しかったでしょう。

家計を安定させるには、自分の“欲”を抑えて支出をコントロールすることが不可欠です。収入の2割以上の貯蓄ができるようになれば家計にも自分にも自信が持てるようになるでしょう。自分の人生を本当の意味で「自分のもの」にしていくためには、まず家計を堅牢にして、余裕を持たせておくことが大事だと思います。

<会社に「縛ってもらえる人」が減っていく>

安藤至大・経済学者

安藤至大(あんどう・むねとも)経済学者、日本大学総合科学研究所准教授。現在はNHK「オイコノミア」にて講師として出演中。著書に『これだけは知っておきたい 働き方の教科書』など(撮影:稲垣純也)

正社員を守ろうとするから残業が増える?

毎朝すし詰めの満員電車に耐えながら通勤し、深夜まで残業に追われ、家族とのコミュニケーションもままならない……。こうした「長時間労働」は大きな社会問題になっていて、現在、政府が進めている「働き方改革」の課題にもなっています。

長時間労働がなくならない理由の一つに、「長時間労働は雇用保障とセット」ということが挙げられます。正社員の長期雇用を守ろうとすると、どうしても人員は増やしづらくなる。いったん採用した人を簡単にクビにはできないからですね。だから景気が上向いて、忙しくなった場合に「人員を増やすより、残業で何とかしよう」ということになる。

そもそも日本では、就職した企業に自分のキャリア形成を任せるような風潮があります。年功序列による昇進と引き換えに、長時間労働などのデメリットも受け入れきたようなところがあった。

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一方、アメリカやヨーロッパでは仕事内容は契約で明確にするという原則が徹底しているため、大多数の人は契約で定められた仕事をこなし、生活できる程度の収入をもらうのが一般的です。高い報酬を求めて長時間バリバリ働いているのは、ごく一部のエリート層だけ。そうした「働き方の二極化」が日本の風土に合うかどうかはわかりません。しかし、全員が正社員として働くだけが幸せな働き方ではないでしょう。

例えば、自分の希望に合わせて働く場所や内容が選べる「限定正社員」などの新しい働き方には、雇用の選択肢を増やすという意味で可能性を感じます。非正規雇用も本人が望むのであれば、必ずしも“悪”というわけじゃない。「バリバリ働く」か「不安定」かという極端な二択だけでなく、「そこそこ働く」ことも選べるような働き方の多様化が必要だと思います。

これから「技術的失業」が労働市場を覆っていく

最近、商店街を歩いていても昔ながらの写真店はめっきり見なくなりましたよね。これは、カメラのデジタル化、さらにカメラ付スマホが普及したことで、写真プリントの需要がなくなり廃業に追い込まれてしまった結果です。また、自動運転機能が搭載された車が今後実用化されていくことで、バスやトラック、タクシードライバーの仕事は失われていきます。

ここ十数年、ITや機械、化学などあらゆる技術が急速に進化してきました。効率化が進み便利になる一方、仕事そのものが減ってきている。これが経済学用語でいう「技術的失業」です。今後はこうした「技術的失業」に伴ってリストラや転業を迫られる人が増えていくでしょう。

(撮影:稲垣純也)

企業側も、「正社員として60歳まで雇う」というような長期雇用を減らしつつあります。技術革新や需要の変化に対応するためには、その時々で最新の技術を使える人材が必要です。ですから新卒から定年まで人材を「縛る」よりは、流動的に人材を使いたいと考えるケースが増えているのです。

この流れはすでに数字にも現れていて、2016年現在、非正規雇用者の割合は全体の37.1%に達し、働く人の3人に1人はすでに非正規雇用という状況です。非正規雇用は不安定な雇用として批判されがちですが、「人材を安く使うため」という側面だけでなく、企業として抗いようがない社会状況へ対応するための工夫という側面もあるのです。

一つの仕事に取り組み専門性を上げていけば、おのずと給料が上がるような時代は、もはや終わりを迎えつつある。「会社に縛られたくない」と考えるまでもなく、例外的に優秀な人でないかぎり、ほとんどの人は会社に“縛ってもらえなく”なるでしょう。

(撮影:鬼頭志帆)

平賀妙子(ひらが・たえこ)
1989年生まれ。ライター。ビジネス、カルチャーなどの分野で取材・執筆を行う。人々にとっての“サード・プレイス”となる空間に興味があり、時代の変遷や地域文化を映し出す場所として都内のスナックの取材・研究もしている。

[制作協力]
夜間飛行
[写真]
撮影:稲垣純也、鬼頭志帆
写真提供:アフロ
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝

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