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藤元敬二

高齢ドライバー500万人時代 免許返納いつ?悩む本人と家族

2016/06/07(火) 12:26 配信

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75歳以上の高齢ドライバーが増えている。自動車免許の保有者は2015年末で477万人。今年中に500万人を超える勢いだ。高齢になると、運動神経が鈍くなり、事故の可能性が増す。認知症の問題も大きい。75歳以上の運転免許保有者のうち、認知症にあたる人が数十万人いるという推計もある。高齢ドライバーやその家族は、車の運転とどう向き合っていけばいいのか。(Yahoo!ニュース編集部)

77歳の男性による衝突事故。アクセルとブレーキの踏み間違えが原因だった

「走行が異常に低速」の運転者は要注意

千葉市中央区の住宅街。その一角に、今井町診療所が運営する「生活支援センター まちかど相談室」はある。水色を下地にした看板がよく目立つ。

センターでは、お年寄り約200人の介護プランを作っている。7~8割が認知症。ケアマネジャー竹村育子さんが担当する約35人も、7割ほどが認知症だという。

認知症になると、自動車の運転にも支障が出る。認知症患者特有の運転とはどのようなものだろうか。

千葉市にある「生活支援センター まちかど相談室」(撮影:藤元敬二)

「走行が異常に低速。私が後ろに付いて走った時、時速15キロだったことがあります。道路標識を無視したり、逆走したり。バックで自分の駐車場に入れられなくなったり、車幅の感覚を持てなくてぶつけてしまったり。だから、車の外側が傷だらけですよね」

実際、竹村さんは訪問先で、どこかにぶつけて、でこぼこになった車をしばしば見かける。

「認知症が疑われる人の助手席に一度、乗ったことがあるんです。怖いですよ。人が歩いて渡ろうとしているのに行くとか、信号無視とか」

75歳以上の運転免許保有者は年々増えている

そうした兆候に気付くと、竹村さんはまず、「異変」を家族に連絡する。様子を見ながら、「免許返納」を勧め、説得する。しかし、生活の一部であり、生きがいでもあるハンドルを諦めてもらうことは、簡単ではない。

「ガードレールが寄ってきた」

千葉市内に住む82歳の渡辺潔さん(仮名)を訪ねた。竹村さんの手助けで運転を諦めた1人である。潔さんと娘に当時のことを聞き、動画におさめた。

潔さんは肝臓の病気で3カ月ほど入院し、退院後の2013年3月から介護が必要になった。ケアマネとして担当した竹村さんは訪問初日、傷だらけの車を見た。別の場所に住む娘も「異変」に気付いていた。しかし、最初は認知症のせいだと思っていなかったと明かす。

「両方の側面に、線でも入るようにずーっと傷が付いてて。1回や2回の傷じゃない。『ごみ箱が勝手に寄ってきた』とか、『ガードレールが寄ってきた』とか言い出した。あ、これはちょっと変だなって」

専門医に診てもらうと、アルツハイマー型の認知症だった。それでも父は運転を止めようとしなかった。

娘の横でケアマネジャーと向かい合う渡辺潔さん(撮影:藤元敬二)

娘は介護スタッフと相談し、強硬手段に出た。

「鍵を取り上げたんです。ここ(父の家)に鍵を置かないで、私が預かった。大変だった、やっぱり。『なんで鍵がないんだ』と怒っていました。でも、車も(娘自身の家に)持って行っちゃったから諦めたと思います。それに私の言うことは聞かないから、竹村さんに『危ないよ』って言ってもらった」

第三者の言葉の方が有効なことがあります、とケアマネの竹村さん。「(車がないと)つまんないよ。どこにも行けねえ」と繰り返す潔さんが運転を諦めるまで、およそ3カ月かかったという。

渡辺潔さんがかつて乗っていた自動車のカギ(撮影:藤元敬二)

車に傷が付いたり、同じ言動を繰り返すようになったりしたら、認知症の疑いがある。高齢者にそうした兆候が見え始めたら家族はしっかり見守り、「異変」が動かし難くなったら、運転をやめさせる努力を、と竹村さんは訴える。

もっとも10人いれば、異変の兆候も10通りだ。では、兆候はどのような形で現れるのか。

「車庫入れがうまくできない」「ギアの前進とバック、ウインカーの左右を間違える」といった操作ミス。「通い慣れた道なのに間違える」「鍵の置き場所を忘れる」などの記憶力・注意力の低下が挙げられる。

さらに、「極端な低速」「赤信号の無視」「歩行者や右折時の対向車を見落とす」という危険な運転。「同乗者と会話しながらの運転ができなくなった」「運転中にささいなことで激しく怒る」といった事柄も要注意だ。

減らない高齢ドライバーの死亡事故

高齢者による事故の抑止は大きな課題だ。例えば、死亡事故の件数は2015年までの10年間で約5700件から約3600件へと大きく減ったのに、75歳以上が起こした死亡事故はむしろ増加。その割合は7.4%から12.7%に増えている。

そこに「認知症」の問題が加わる。警察庁のまとめによると、2014年に75歳以上が起こした死亡交通事故は471件。そのうち4割は「認知症の恐れ」「認知機能低下の恐れ」に該当する者が運転していた。

また、警察庁の交通局長は、昨年の国会で「75歳以上の運転免許保有者のうち、認知症に該当する者の数は29万から75万人程度ではないかと推計している」と答弁している。

現在の道路交通法では、認知症の診断を受けた者は運転できない。75歳以上の高齢者については、免許更新時に「認知機能検査」を受ける義務があるものの、3段階で一番重い「認知症の恐れ」と判定されても、過去1年間に逆走などの違反が無ければ、医師の診断は不要だ。

75歳以上の運転免許更新では、認知機能の検査が義務づけられている(撮影:藤元敬二)

こうした事態を少しでも防ごうと、道交法が改正され、来年3月から施行される。改正法では、「認知症の恐れ」と判定された全員に医師の診断を義務付け、それ以外に分類された人も免許要件を厳しくした。

認知症の疑いがある人にどうやって運転を諦めてもらうか。法改正とは別に、警察の現場もこの難問に日々悩み、地道な取り組みを続けている。

群馬県警は「認知症に悩む方(家族)の運転適性相談を行っています」とホームページなどでPRを続けてきた。相談は昨年までの3年間で、102件、159件、264件と増加。運転免許課の大場勇課長によると、相談は、認知症の疑いがある本人ではなく、家族からが多いという。

「認知症の人は自分で認知症と判断できないため、必ず『自分は認知症ではない』と言います」。だから、本人を伴わず、家族だけが来庁するケースも少なくない。

警察は、認知症に悩む人や家族に向けて「運転適性相談」を実施している(撮影:藤元敬二)

認知症患者の運転する車が行方不明になり、やがて遠くで発見されるケースは全国で頻発している。群馬県でも静岡ナンバーの車を保護したことがある。自宅に戻ろうとして、車で徘徊し、燃料がなくなるまで走り切っていた。運転適性相談室の職員は言う。「運転できないと生活できないという声もありますが、命に関わること。不便より命の方が大切です」

「認知症の疑いがある場合は、早期診断を」

日本認知症予防学会理事長で鳥取大学医学部の浦上克哉教授は「認知症の疑いがある場合は、早く医療機関できちっと診断してもらうことが重要」と強調する。認知症が進行すれば、周囲が気付くしか方法がなくなるからだ。

一方で、認知症の正しい理解も欠かせないと話す。

「誤解を受けやすいのですが、軽度認知障害(MCI)というのがあって、これは認知症の軽度の状態ではないんですね。物忘れなどはあるけれども、日常生活や社会生活に困る状態には至っていない」

認知機能が衰えると、自動車の運転が難しくなっていく(撮影:藤元敬二)

MCIは認知症ではないので、法律上も、自動車を運転することができる。

「認知症にもいろいろな段階、種類があるので、MCIも含めて早期に認知症の前段階を見つけてあげて、早く予防する。で、末永く安全に乗ってもらう。『危ないから(運転を)やめて』だけでなく、もっときめこまかな対策が必要だと思います」

免許を返納したら、買い物にも病院にも行けなくなってしまう。そんな状態にならないよう、生活のサポートも含めた対策が必要だ、と浦上教授は力説する。

「車に乗らない生活」にどう備えるか

神奈川県に住む田中彰さん(仮名・76)の経験も紹介しよう。田中さんは1年半ほど前、MCI、つまり認知症の前の段階と診断された。田中さんは、車の運転とどう向き合っているのか。現在の様子を動画で撮影させてもらった。

田中さんはMCIと診断されたときを振り返って、こう話す。

「家内に時々言われたんです。『この前言ったでしょう』『さっきやったでしょ』って。これ、本当は高齢者にタブーなんですよね。そのたびにショックを受けるから。ただ、家内は介護福祉士でもあるから、私にあえて気付かせようとしたんでしょうね」

MCIと診断された後、田中さんは認知症予防のトレーニングを始めた。専門の教室に通ったり、自宅で2時間程度のストレッチをしたりする。やがて、脳機能が回復しているとの言葉が医師から出るようになったという。

「車で道を間違えなくなりました。今も毎日、5〜6キロは乗っています。スーパーまで。(若い頃と比べて)スピードは出せなくなった。瞬時の判断がしにくくなったわけですよ」

70歳以上の運転者が自動車につけるシルバーマーク。その対象者は増え続けている(撮影:藤元敬二)

高齢ドライバーの問題は、自動車教習所の今後のあり方にも影響を及ぼしている。

大阪府八尾市にある八尾自動車教習所の浅田克子地域安全課長は「教習所は今後、免許の取得だけでなく、取得後を考える場所にもなる」と感じ、高齢者に助言を続けている。その立場から「10年も20年も前から、車に乗らない生活への心構えを」と訴える。

「自分自身が変化している。それに向き合っていけば、安全に運転する時間を長く作れる。危ないと思ったときに『運転をやめないと』という判断をしっかりできるようになります」

神奈川県の田中さんは若い頃から車の運転が大好きで、かつては新潟や秋田にまで遠出を楽しんでいた。だが、当時のような運転はもうできない。田中さんも免許を返納すべきときがまもなく訪れることを覚悟している。

「息子の嫁が『お父さん、運転やめたほうがいいよ』と言ってくる時期が1、2年で来ると思っています。(免許返納は)難しいけど、しばらくしたらやめるでしょうね」

[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:藤元敬二
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝

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