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「ひとりじゃないよ」出張授業で語りかけるLGBTの若者たち

2016/04/29(金) 13:36 配信

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「みんなと風呂に入るのが嫌で、修学旅行も林間学校も行かなかった」

山下昴さん(25歳)は、そう中学校時代を振り返る。当時は自分が何者かわからなかった。いまは恋愛対象が男性であることを自覚し、隠すことはない。(Yahoo!ニュース編集部)

山下昴さん

LGBTとはレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字をとった言葉で、性的少数者を指す。電通総研の2015年の調査によると、日本では人口の7.6%がLGBTだと推計されている。この割合を単純に学校生活に当てはめると、クラスに1〜2人のLGBTの子どもがいることになる。

2016年4月1日、文部科学省はLGBTの子どもへの対応について、小中高校の教職員向けの手引きを公表した。いま、多くの学校でLGBTに関する教育の模索が始まっている。教育現場でLGBTについてどう教えるか、課題と最新の動きを追った。

成人式でカミングアウトする若者たち

2016年1月16日、東京都世田谷区におよそ180人の若者が集まった。彼らが向かう先は「LGBT成人式」。参加者の多くがLGBTだ。参加した平尾春華さん(27歳、研究職)は、トランスジェンダーであり、パンセクシュアル(全性愛者)。男性の体で生まれ、男の子として育てられたが、心は女性。現在は名前も変えて、女性として生き、恋愛対象は性を問わない。「子ども時代に話せる場所はどこにもなかった。20歳の成人式には男性の格好で出席した。今回の成人式でずっと憧れだった振袖を着ることができて夢のようだ」。

 「LGBT成人式」を主催するのは、LGBTを支援するNPO法人「ReBit」。2009年、早稲田大学のLGBTの学生たちが中心になって結成し、現在は約300人が活動している。初めて成人式を企画したのは2011年。成人を迎えるメンバーが、会議室に10人ほどを集めてお祝いをしたのがはじまりだった。 5年目の今年は北海道、大阪、長崎など全国11カ所でのべ900人が参加するイベントに成長した。主催者のひとり山下さんは語る。「LGBTであることを隠してきた子どもたちが、本来の姿で大人になる場所をつくりたかった」。

「ぼくは男性が好き」と友人に告げた日

山下さん自身が、自分の恋愛対象は同性であることをカミングアウトしたのは大学生の時だった。高校も大学も一緒の親しい同級生たちに、本当の自分を隠していることが苦しかった。

「最初のカミングアウトはなりゆきでした。何人かでぼくの家で遊んで、みんなが帰って、友人の男性とふたりきりになったとき話しました」。その後、友人ひとりひとりに告げていった。今日こそ話を聞いてもらおうと決心して会うものの、いざとなると「汗が止まらなくて、心臓もばくばくで、ひとことひとこと絞り出すという感じだった」。

友人のリアクションは様々だった。「俺のことは好きにならんといて」と冗談で返されて傷ついた。一方で「ええやん、気にすんなよ」と軽く受け流されるのもつらかった。「今なら、そういうリアクションもありがたいと思えるけど、当時はすごく悩んでいたから、もっとちゃんと聞いてほしいと思ってしまった」。

嬉しかったのは、4人目の反応だった。先にカミングアウトした同級生から「俺のことは好きにならんといて」と言われたと話したら、こんな言葉が返ってきた。「気持ちに応えられるかはわからんけど、俺のことやったら好きになってくれてもいいからな」。そのひとことに救われた。励ますでも繕うでもない、こういうリアクションを自分はずっと欲していたのだ、とそこで初めて気付いたという。

しかし周囲の人すべてにカミングアウトできたわけではなく、いまでも山下さんの本当の性を知らない家族や友人もいる。

山下昴さん(右)と友人の平澤誠さん(左)

「当たり前」がLGBTの子どもを傷つける

2015 年12月、大阪市の淀川区、阿倍野区、都島区の3つの区は教職員向けのハンドブックを作成した。

「性はグラデーション」 大阪市淀川区・阿倍野区・都島区 3区合同ハンドブック

「スカートを履くことを強要された」「男の子だから、と伸ばしていた髪を切られた」「友だちと好きな人の話をするのがつらくて噓をついていた」――。そこには3区内の学校を卒業したLGBT当事者から収集したネガティブな経験が記されている。さらに「ランドセルの色」「くん付け、ちゃん付けの呼び方」「修学旅行」「トイレ」「プールの授業」など、学校生活のあらゆる場面にLGBTの子どもを傷つける要素があるとハンドブックは警告する。

イメージ:アフロ

「自殺を考えた」アンケート結果が示すもの

宝塚大学看護学部の日高庸晴教授が2005年に実施した調査によれば、自殺を考えたことがあるゲイ・バイセクシュアル男性は65%を超し、14%が自殺未遂を経験しているという。異性愛男性と比較すると自殺未遂のリスクは約6倍高い。

※厚生労働省エイズ対策研究事業「ゲイ・バイセクシュアル男性の健康レポート」日高庸晴ほか

「LGBTの自殺率の高さが明るみに出たことが、結果的に教育現場が変わるきっかけになった」と話すのは、LGBTの教育問題に詳しい埼玉大学の渡辺大輔准教授。2012年に内閣府が発行した自殺総合対策大綱には、「自殺の要因となりうる」事例として初めて「性的マイノリティー」という語が記載された。

子どもを孤立させる教師の無理解

学校教育の場は、長い間、LGBTについて無関心だった。日高教授が2011〜13年に約6000人の教員を対象に実施した意識調査によれば、同性愛について授業で教える必要を感じると答えた教員は62.8%とどまった。さらに実際に授業に取り入れた教員はわずか13.7%。これまで、教職員の研修にLGBTに関する課程はなく、子どもたちに教える術も、その知識も持ち合わせていない教員がほとんどだった現実が浮き彫りになった形だ。渡辺准教授が強調するように、「同性愛もトランスジェンダーも生まれ持った指向」であり、本人が選択してなったものではない。しかし、前述の調査によれば、約7割の教員が、「性的指向は本人の選択によるもの」と誤解しているという。

LGBT出張授業で、子どもたちに語りかける

ReBitは、6年前から小中学校などでの出張授業を企画している。最初はかつての自分たちのように学校で孤立している子どもたちに「ひとりじゃないよ」と伝えるのが目的だった。次第に、LGBTではない子どもや教師たちにも正しい認識を伝えたいと意識が変わっていった。スタート当初は、学校に電話をかけて出張授業を打診しても「うちにはそんな子はいません」と断られることが多かったという。

自治体の教育委員会に働きかけるなどして、少しずつ機会を増やしていった。現在は全国の小・中・高校の側から依頼が寄せられるようになり、授業数は月10回ほど。これまでにおよそ350 回、のべ2万人に授業を行なってきた。教育現場の意識が変わりつつあることを実感するという。

LGBTという言葉すら知らなかった子どもたちが、ReBitのメンバーたちのカミングアウトに驚き、戸惑い、理解を深めていく。小学3、4年生に向けた出張授業に密着した。

出張授業では、LGBTの若者と子どもたちが車座になって同じ目線で語り合う。渡辺准教授はこの授業について、「LGBTのメンバーが複数で学校を訪問することにとても意味がある」と評価する。ひとりの体験談では、LGBTの多様性を伝えることは難しい。複数のLGBT当事者が揃って授業を行うことで、より深い知識を共有することができるという。

「今まで誰にも言えなかったけど、実は僕も男の子が好きかもしれない」。授業後、初めて自分のセクシュアリティーを自覚する子どもたちが声をかけてくることも少なくない。だが、同時に葛藤も多いという。「授業が子どもたちを刺激することで、翌日からLGBTの子がいじめられるかもしれない」「先輩たちの苦労話を聞くことで、LGBTの子どもたちが将来を悲観してしまうのではないか」。 毎回、メンバー同士で議論を重ね、授業の意味を問いながら活動している。

教科書が、授業が、変わり始めた

2015年、東京都渋谷区が全国で初めて同性カップルを「結婚相当」とする公的な文書の発行を始め、注目を集めた。2017年度からは、高校で使われる一部の家庭科の教科書に、初めて「LGBT」という語が登場する。

各教科でLGBTに配慮した授業を行うことは可能だと渡辺准教授は言う。体育の授業で男女が一緒にできる種目(大縄跳び、ヨガなど)を取り入れることもできる。歴史や公民の授業で、あるいは生物の授業でも、LGBTに言及する機会は作れる。「多くの学校にジェンダーフリーのトイレが設置されたらいいと思う。でもそんなことより、先生が性的マイノリティーへの理解を示す言葉をひとこと言うだけで事態は変わるんです」。


「LGBT」をとりまく状況は、近年劇的に変化している。それでもなお、この問題の根は深い。社会のなかでLGBTがどう位置づけられ、どういう課題を抱えているのか。連載「LGBTのいま」では、最新の動向から読み解いていく。

[制作]Yahoo!ニュース編集部、テレビマンユニオン