学校行事、PTAへの参加、習い事や宿題のサポート、受験......。子どもが大きくなると、教育にかかる時間も増えていく。ある父親は子どもが小学校に入学してから、"小1のパパの壁"に直面したという。PTA活動が平日の日中に行われ、参加のハードルが高いのだ。子どもの教育を夫婦でどう分担するか。「リソース不足」に悩む親たちに実情を聞いた。(取材・文:宮本恵理子、撮影:今村拓馬/Yahoo!ニュース 特集編集部)
週末は習い事の付き添いで終わる
「子どもが小学校に入ると、子育てはラクになるかと思ったらとんでもない。むしろタスクは純増し、夫婦だけではリソース不足に陥っています」
そうため息交じりに語るのは、9歳と3歳の男児二人を育てる山本篤さん(仮名・44・IT企業社員)だ。妻は旅行会社に勤務していたが、結婚を機に退職。一時は子育てに専念するも、現在はフリーランスでPRやイベント企画の分野で働く。山本さんは平日夜、妻子が寝静まった22時過ぎに帰宅した後、風呂を掃除し、食器を片付け、翌朝のための炊飯予約をする。
子どもが小学生になってから増えたのは、習い事のサポートだ。サッカー好きの長男は地域のクラブチームに所属し、月水の夕方、土日の午前と週4回の練習に参加する。山本さんは記録係として週末の試合に付き添うことが多い。
さらに土曜の午後には都内にある人気の学習教室に通わせている。
「教室を見つけてきたのは僕です。先進的なプログラムに共感して、子どもの可能性を広げるために通わせてあげたいと」。楽しそうに授業を受ける息子の顔を見るのは嬉しいが、週末はほぼ習い事の付き添いで終わってしまう。山本さん自身も転職直後で、勉強のために読みたい本はたまる一方だ。
先月、長男が通うクラスがインフルエンザで学級閉鎖となった。こういった緊急事態に仕事を調整して態勢を整えるのは、妻の役割だ。サッカークラブの保護者をまとめる係も、社交的な妻が引き受けている。
「今のところは、夫婦それぞれの得意なスキルと割ける時間を持ち寄って、なんとかやりくりしていますが、これ以上は無理。共に両親は遠方で気軽に頼れず、これから妻の仕事のペースが上がっていった時にどうバランスを取っていけるのか不安です」
山本さんの事例からは、教育熱心な家庭ほどリソース不足に悩む実情が見えてくる。子どもに"プラスアルファの教育"を与える選択肢の豊富さに対し、費やせる時間は限られている。
塾の膨大な宿題をどうするか
首都圏を中心に、小学校高学年になると、中学受験を検討する家庭も少なくない。
橘美紀さん(仮名・39・企画職)は小学5年生の長男に来冬、都内の名門私立中学を受験させる予定だ。「長男の性格に合う環境を選ぼうとしたら、自然と夫婦で意見が一致した」。しかし、ここからが苦難の始まりだった。受験に向けての塾通いのサポートに関して、「これ、どっちがやるの?」問題がたびたび浮上したのだ。
小学3年生の秋から通わせ始めた進学塾は、いわゆる"塾弁"(=塾通いに必要な夕食の弁当)が不要で、「共働きにはありがたい配慮」。電車を乗り継いでの通塾も、子どもに覚えさせることでなんとかなった。問題は毎回持ち帰る膨大な宿題だった。
平日の夜だけではこなしきれず、週末も使わなければ追いつかない。
「同じ塾に子どもを通わせている専業主婦の方から『うちは子どもが学校に行っている間に、先に私が宿題をひと通り解いているのよ。それから帰宅後に本人が解くのを隣で見守って付きっきりで教えている』と聞いて、めまいがしました。働いている私にはとてもできないって......」
一時は夫とけんかが絶えなかった。
「夜遅く帰宅した夫から『宿題、まだできていないの? それくらい見てあげてよ』と言われるけれど、私は家事や下の子の世話で手いっぱい。夫から責められている気になって落ち込んで、子どもにも八つ当たりしてしまっていたと思います」
1年以上の試行錯誤を経て、現在は役割分担が整ってきたという橘さん。計画を立てるのが得意な夫が、リビングの壁にホワイトボードを設置し、その日にやるべき宿題のリストを書き出すのが日課に。山本さんと同じく橘さんも「夫婦で得意なスキルを持ち寄る」ことが、解決のポイントになっているようだ。
学校との連絡係は妻が主体
「保育園の朝の送りは毎日担当しています」という渋川誠さん(仮名・38・編集職)も、日常的に子育てに関わってきた。妻はIT企業の技術職で、時短勤務をしている。
しかし、子どもが小学校に入学すると環境が変化した。「保護者が参加するPTA活動は、平日の日中が原則。『保育園時代と同じように、わが子に関わっていこう』と盛り上がっていた"子育てモチベーション"が遮断された気分です。"小1のパパの壁"ですね」と落胆を隠せない。結果として、学校との連絡係は妻が主体となる。
「職場はハードワーカーが多く、僕ももともと深夜残業をいとわないタイプ。娘が生まれてからは成長を間近で見たくて、子育て優先で働き方を調整してきました。保育園では"熱心なパパ"のキャラで通っていたんですが、長女が小学校に上がった途端、情報がほとんど入ってこなくなった」
学校生活のことを正確に把握するためには、妻任せにせず、担任の先生から直接話を聞いて"一次情報"を取りたいと思っている。そのチャンスとなる保護者会は平日の昼間に開催され、参加のハードルは高い。授業参観には有給休暇を使ってフル参加しているという渋川さんだが、約30人いるクラスの保護者のうち父親の参加はごく少数だという。
日常的なコミュニケーションとして、学校の宿題を見てあげたいが、平日の帰宅は遅い。対策として、渋川さんはSNSのメッセージツールを使って"遠隔"で宿題チェックをするようになった。「パパ、宿題やってるよ」と妻から送られてきた画像を仕事の合間に見て、「いいね!」と短い返信をする。たったそれだけでも、毎日こまめに関わり続けることがゆくゆくの関係性に影響するはずだと信じている。
勤務調整は妻に偏りがち
共働き家庭の支援を続けてきた人材育成会社「スリール」の代表取締役・堀江敦子さんは、「小学校入学に伴い、共働き夫婦の間で協力のバランスが崩れるケースを多く見てきた」と話す。
「背景は、学校行事が平日の昼間に設定されたり、習い事や塾通いが始まったりすること。やりくりのための勤務調整は妻に偏りがちで、回数が重なるほど、子育てにおける教育面の対応が"妻の仕事"になってしまいます」
加えて、小学生の放課後の居場所となる学童保育所では、保育園と比べて夜の時間帯の延長が難しい点も挙げる。
「公立校に併設されている学童は18時までの預かり(「育成」と呼ぶ)が基本で、延長しても19時まで。それ以降まで預けるには、民間学童とハシゴする必要が生じ、この調整も妻が担いがちです。発熱など突発的な対応を乗り切ればよかった未就学期と比べ、小学生は友達関係のトラブルなど、中長期で乗り越えていく問題も増えていきます」
親主導で生活リズムを決められる乳幼児とは異なり、子ども自身の「あれやりたい、ここに行きたい」の自我も強くなる。冒頭の山本さんは、長男が小1の夏休み、急に「今の学童に行くのは嫌」と言いだし、慌てて民間学童を探して1カ月間だけ転所したことがある。夫婦の勤務先の中間地点にある学童を探し、交代で送迎をやりくりしたという。
堀江さんは、こうアドバイスする。
「学校環境が合わず、転居を伴う転校を検討する家庭もあります。どんな教育がわが子に合っているか見直すタイミングが来たら、夫婦が一緒に話し合って当事者意識を同等に持つことが大切。妻側も『いざとなれば私がなんとかする』と一人で抱え込み過ぎず、夫も当事者である前提で態勢づくりを」
コツは"初動"を間違えないこと。
「小学校入学からしばらくの間、子どもが新しい環境に慣れるまではさまざまな問題が噴出します。せめて夏休みを乗り越えるまでの5カ月ほどは、夫婦共に働き方を柔軟にして、『何かあれば夫婦で子どもに寄り添える』態勢をつくっておく。それを可能にするには、職場や社会全体の理解が進むことも必要です」
例えば、勤務先でノー残業デーやリモートワークデーなどが実施されているのであれば、その曜日の放課後に習い事を設定するといい。
「どちらかに偏らないよう、具体的なタイムスケジュールを組んで考えるのがポイントです」と堀江さんは続ける。
「妻だけが働き方を制限し続けると、稼ぎの柱が夫に偏り、"教育面のサポート責任者は妻"という役割が固定化する。ますますキャリアとの両立は厳しくなります。子どもが小学校高学年になる頃に、『これ以上は無理』と、会社員としてのキャリアをあきらめる女性たちを何人も見てきました」
週末の娘のバレエ教室送迎も苦にならないという渋川さんはこう語った。
「平日の宿題チェックをリモートではなく、自宅で娘の顔を見ながら、夫婦交代でできるのが理想。"男性育休"も出産直後だけでなく、時期を選べるなど柔軟な制度設計にして、それを活用できる空気がほしい。子育て中の社員を特別扱いしてほしいわけではなく、たとえ一時的に給料が下がっても、選択的に働き方にメリハリを付けられないか。普通の人が、普通に働き、普通に子育てする。それが無理なくできる社会であってほしい」
連載「分け合うふたり」
共働き夫婦が1500万世帯を超えた現在。公平な役割分担をパートナーに求めようとしても、すれ違いや偏りが生まれてしまうことも。お互いが役割やタスクを分かち合い、ストレスなく生きていくためには、どうすればよいのでしょうか。さまざまな事例から、解決のヒントを探ります。2月5日から、不定期で配信します。