大手企業による「買いたたき」「不当な労務提供の要求」といった“下請けいじめ”は、かつてないほど蔓延している。公正取引委員会による下請法違反の「指導」件数は近年増加の一途をたどり、2017年度は6752件を数えて過去最悪になった。日本の基幹産業である自動車業界も例外ではない。下請けいじめの実態、いじめられる側の声を聞くため、各地で訴えに耳を傾けた。(文・写真:フリー記者 本間誠也/Yahoo!ニュース 特集編集部)
「納入価格を一方的に2〜3割カットされました」
「価格交渉をすることなく、部品の単価をなぜメーカーが一方的に決めるんですか? おかしいでしょう? 下請けは今、どこも我慢比べ。どこが最初に音を上げるか、会社をたたむか……。そんな状況に置かれているんですよ」
憮然とした表情で、「社長」はそう切り出した。
埼玉、群馬、栃木の3県にまたがる「関東内陸工業地域」は、自動車産業の集積地だ。各メーカーの大工場が点在し、特に群馬県内には二次、三次下請けまで含めると、1000社を超える自動車関連の下請け企業がひしめく。
「社長」の企業もその一つだ。同じエリアに大規模工場を持つ自動車メーカーの二次下請けで、自動車部品を製造している。
社長によると、自社だけでなく、このメーカーの仕事を担う下請けの中小企業はぎりぎりの経営状態に陥っている。全ては、メーカー側が打ち出した「新ガイドライン」が原因だという。下請けとの取引条件などを示したもので、2年前、傘下の中小企業向けに出された。
社長が続ける。
「その新ガイドラインに沿って、部品原価の一律値下げが、二次下請けにも降ってきたんです。一次下請けは、うちらに対して『メーカー側の意向だから』と。有無を言わさず、2~3割カットを強制されました。それ以前は、社員にボーナスも出せたけど、今は預金を吐き出してる状態です」
この取材に際し、社長は「絶対に匿名で」と条件を付けた。「写真も絶対にダメだ」と。取材に応じたことが判明すれば、メーカー側からどんな仕打ちを受けるか分からないからだ、と。
事務所から見える工場では、社員が忙しく行き交っている。
「例えば、プレス機で製造した部品は、それに関わる人員や生産性の良し悪しによって加工費も変わってきます。ところが、部品の大小もコストも生産性も関係なく、設備の加工能力だけで部品の単価を一方的に決められてしまった。『世耕プラン』には期待したけど、メーカー側は守ろうとしていない」
下請法は、下請け企業と取引する「親事業者」に対し、発注後の代金減額、下請けに責任のない返品、買いたたき、特定の製品・サービスの購入や利用強制などを禁じている。「世耕プラン」とは、下請法の運用を強化するため、2016年秋に世耕弘成経済産業相が打ち出した施策だ。最も重要視した「価格決定の適正化」では、親事業者が「一律○%の原価下げ」といった要請を出さないよう徹底する、としていた。
実際はどうだったのか。この社長は言う。
「(親事業者であるメーカーは)価格交渉を許さないんだから、明らかに『世耕プラン』に反しています。3割もカットされたら原価割れです。同業者の中には、自動車業界に見切りをつける経営者も出始めているんです」
1人1時間で1000個のナット溶接「不可能だよ」
群馬県内で、別の二次下請け企業にも足を運んだ。この部品加工会社の経営者も、同じメーカーの「新ガイドライン」に弱りきっていた。
「例えば、ナットの溶接では、1本当たり4円だった単価が3円になったんだ。たまらないよ。ナット溶接の場合、従業員には1時間当たり3000円分働いてもらわないと経営は成り立たない。4円なら(1時間の溶接数は)750個が採算ライン。新ガイドラインでは、それが約1000個になる。1人が1時間に1000個。そんな作業は不可能だから、結局、赤字です」
この経営者もマイナスの影響を恐れての匿名取材である。取材が進むうち、「ほかにも苦しんでいることがある」という話になった。親事業者を経て一次下請けから押し付けられる「金型」の保管や管理だ。
金型とは、金属製や樹脂製の部品をプレス加工によって製造するための型をいう。一般に下請け業者は、親事業者から金型を借りて部品をつくる。製品の量産期が終わったり、モデルチェンジしたりすると、その金型は不要になる。ところが、不要になった金型を親事業者はなかなか引き取らない。廃棄もさせない。結局、立場の弱い下請け業者は何年もの間、無償で保管せざるを得なくなってしまう。
親事業者と下請けの悪しき慣習。これは日本のあちこちに残っている。この経営者も取材で怒りをぶちまけた。
「うちが保管している金型の中で最も古いのは30年前ですよ。あまりに量が多いから、金型保管のために月30万円ほどで土地を借りてます。大型部品を製造している知り合いの下請け業者の場合は、金型も大きいから、結構な大きさの倉庫を借りている。かなりの出費でしょう」
使用しないことが明白な、古い金型。メーカーや一次下請けに対し、引き取りや廃棄を要請できないのか。
「一次下請けに『廃棄してくれ』と頼んでも、その上にいるメーカーは『もしものために』と言って突っぱねる。メーカーにそう言われたら、こちらは先々の取引のことを考えて受け入れるしかありません」
下請け2社のこうした訴えについて、メーカーに直接取材したところ、部品単価の一律カットについては「より競争力のある原価構造の実現を目指したもの」「お取引先さまの納得、合意がなければスタートしない仕組み」と言い、金型保管については「政府、業界の諸制度にのっとり、お取引先さまと合意、協力の上で金型管理の合理化を進めています」との回答があった。
「支払いの遅れ」「買いたたき」「減額」……
“下請けいじめ”の広がりは、数字が物語っている。
公取委によると、2013年度に4949件だった下請法違反の「指導」は、年ごとにワーストを更新し続けてきた。17年度は前年度比450件増の6752件。その内訳は「支払いの遅れ」が54%で最も多く、「買いたたき」の20%、「減額」の11%と続く。
「指導」より厳しい「勧告」を受けると、企業名が公表される。13年度は10件で、14年度以降は7件、4件、11件と続く。そして、17年度の9件は全て、親事業者による支払い代金の不当な「減額」だった。「山崎製パン」「伊藤園」「セブンーイレブン・ジャパン」「タカタ」「DXアンテナ」などの社名が公表されている。
ここ数年、大手メーカーは「アベノミクス」による円安効果などで好業績を続けてきた。その陰で拡大するばかりの“下請けいじめ”。この実態を政府はどう見ているのだろうか。
東京・霞が関の中小企業庁を訪ねると、取引課の松山大貴・課長補佐は「下請けいじめは以前から潜在的には蔓延していたのだと思います」と切り出した。下請け業者の声を直接吸い上げようという施策を強く打ち出した結果、「表に出てこなかった問題が顕在化してきた」と話す。
「下請Gメン」が直接出向く
中小企業庁と各地の経済産業局は昨年4月、80人体制の専門チーム「下請Gメン」を全国で立ち上げている。この4月からは120人超に増員。年間約4000社もの下請け業者に足を運び、親事業者との取引の実態について耳を傾けているという。
自動車業界の“下請けいじめ”についても、同庁は改善を促しているという。
今年1~3月に実施した調査によると、「不合理な買いたたきや減額などが改善された」という回答は38%、「今まで保管していた金型を廃棄または返還することができた」は11%。松山課長補佐は「改善は進みつつある」と話す。
では、冒頭で紹介した群馬県の二次下請け2社については、中小企業庁はどう対応したのだろうか。
「下請Gメン」の中心メンバーの安田正一・課長補佐は「個別事例への回答は控えます」と話した。その上で、こう説明した。下請Gメンなどの活動によって、“下請けいじめ”の具体的な実例を個別に把握しており、事例によっては業界団体などに是正を促している、と。「だから、(下請けいじめ解消に向けた)親事業者や各業界団体の対応は従来とは異なっているはずです」
不要になった「金型」の保管も押し付け
下請け事情をさらに知るため、群馬県とは別の工業団地を訪ねた。首都圏のJR駅からバスで数十分。広大なエリアには、100社近い企業が工場や配送センターを構えている。
取材に応じてくれた自動車部品の製造会社は、複数のトラックメーカーにミッション部品などを供給している。社屋1階の事務室。取材に応じた社長は、こう口を開いた。
「アベノミクスの恩恵? うちには無関係です。メーカー側が人件費の安い海外から部品を調達したり、海外で現地生産したりする状況に変わりはないですから。この5年間で業績は上向いていません」
同社は昨年秋、一次下請けとして仕事をもらっているメーカー側から注文を大幅に減らされたという。メーカー側が部品の調達先を海外に切り替えたからだ。
「メーカーに言わせると、海外生産の部品は国内より3割ほど安いそうです。運送費を上乗せしても国内生産より安い、と。純粋な価格競争になったら負けてしまいます」
この会社は別のメーカーとも取引がある。そちらの対応も厳しい。
「口を開けば、コストダウン、コストダウン……。で、何の根拠もなく、協議もなく、『何パーセント下げてください』の繰り返し。口では共存共栄を言うけれど、技術部門のメーカー社員がうちに来て、価格の協議をしたことは過去に1度しかない。円安で材料や電気、ガス料金が上がっているのに、それについて考慮もしてくれません」
取材した下請け企業の中には「ここ5年間の売り上げは上昇カーブ。二次下請けで入っているメーカーの販売台数が伸びているからです」と話す経営者もいた。東京近郊の自動車関連の金属加工会社もその一つ。同社の加工技術は、国内外に競合他社が少なく、その影響も大きいという。
それでも、親事業者への要望は少なくない。
「第一は、量産が終了した後の金型保管の押し付けです」と言う。実際、この金属加工会社の敷地では、金型を積み上げた小さな山が何カ所もできていた。積み上げられた金型の高さは2メートルほど。面積は優に200平方メートルを超える。
「本来なら駐車場、駐輪場に使いたいけど……。土地や倉庫を借りてないだけ、ましなほうです。5年も10年も下請けに預けっぱなしで、1円も払わない、とか。そういう慣習はそろそろ終わりにしないと。『声を上げない業者が協力的な業者』という評価はおかしいと思う」
専門家「下請けは自ら動きなさい」
立場の弱い下請け企業は、大企業のメーカーにどう対応すればいいのだろうか。中小企業問題に詳しい神奈川大学法学部の細田孝一教授は言う。
「部材の単価について一律ダウンの要請などを受けた際は、ただ従うのではなく、コストの根拠をきちんと示させたうえで交渉してほしい。親事業者が『けんもほろろ』だったとしても、今は中小企業庁などによるフォローアップ体制もある。そうした下請けの声は、首相官邸の会議にフィードバックされるので、業界全体で取り組みの改善に向かうことになるでしょう」
――隠れた負担とされる金型の保管・管理については?
「何年前から預かっているのかを全てチェックし、メーカー側に要不要の回答をもらってほしい。そして不要なものは廃棄し、必要だと確認されたものに限って『保管費用の負担』を交渉すべきです。下請け側からも行動を起こさないと。受け身のままでは、状況は改善しません」
下請法や独占禁止法に詳しい本間由也弁護士(第二東京弁護士会)は「親事業者とは話し合いすらできないと思っている中小企業主が多い」と指摘する。下請け業者には、親事業者から契約を切られて初めて弁護士に相談し、闘おうとする人がいるという。でも、その前にアクションを起こすべき、と本間弁護士は助言する。
「下請けも『根拠ある提案』を示す必要があると思います。下請け業者のコスト意識を知ることは、親事業者にとってもメリットがあります。また自社製品の価値や技術力を見つめ直し、海外からの調達部材とどこが違うのか、競合他社と比べて自社の強みは何か、を見極める。下請け業者のそうした努力があれば、親事業者に追従するだけの関係ではなくなるかもしれません」
「親事業者に下請法を意識させながら、価格交渉でも金型保管でも積極的に意見や提案を発信しなければ、事態はなかなか動きません」
記事冒頭で紹介した群馬県の2社への取材は、10月上旬だった。その後、わずか2カ月足らずの間に、両社の経営環境は深刻さを増している。検査不正によるリコールの拡大のため、メーカー側が生産計画の見直しを公表したからだ。
2社のうち、部品製造会社の社長は電話でこう言った。
「一律の大幅コストカットで泣かされ、今度はリコールや不正問題の影響で泣かされる。おそらく、経営体力のない中小零細の倒産や廃業が続出する。そんな気がしています」
本間誠也(ほんま・せいや)
北海道新聞記者を経てフリー。