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「延命か自然な死か」家族に迫られる重い決断―終末期医療の現実

2018/11/18(日) 10:00 配信

オリジナル

人生の最期をどのように迎えるか――。自宅で穏やかな死を迎えたいと希望していても、必ずしもそうなるとは限らない現実がある。認知症になって本人の意思がわからないまま人工透析を続けたり、看取りの段階で救急搬送されて終わりの見えない延命治療に突入したり。そんなケースが頻発しているという。終末期医療の現実を追った。(取材・文=NHKスペシャル“人生100年時代を生きる”取材班/編集=Yahoo!ニュース 特集編集部)

「透析のために生きている」

9月、長崎市にある長崎腎病院を訪ねた。病室には20床ほどのベッドと人工透析のための医療機器がずらりと並ぶ。80代以上の患者も少なくない。

「ピーピーピー」――。人工透析が始まると、あちこちで血圧の低下を知らせる警告音が鳴り響く。90歳の女性患者の容体が急変した。

看護師が「目を開けて。分かる?」と呼びかけても応答がない。透析はいったん中断された。

透析が困難になった90歳の女性患者。いったん治療は中断された

理事長の舩越哲医師は「血圧が本当に下がってしまうと、意識がなくなってしまいますから、患者さんにとって非常につらいわけですね」と語る。この病院には、透析中に血圧が急低下し、意識を保てなくなる「透析困難症」を抱える高齢の患者が多い。

透析は血液の老廃物などを取り除く治療で、患者が生きていくためには欠かせない。以前は透析困難症が起こると、それ以上の治療は断念していた。しかし、医療技術が進歩し、衰弱した80代、90代の患者でも昇圧剤などを投与して症状をコントロールし、透析をギリギリまで続けられるようになった。

昇圧剤などで血圧をコントロールしながら透析を続ける高齢の患者もいる

日本透析医学会によると、80歳以上で透析を受けている患者は2016年末時点で約6万人に達している。統計を取り始めた1982年の182人に比べると、実に300倍以上だ。

長崎腎病院では、透析を受けている入院患者70人のうち、9割が認知症だ。治療を続けているうちに認知症が進行し、透析を続けるかどうかなど本人の意思を確認できなくなってしまうことが課題だという。

認知症の患者は透析の途中、自分で管を抜いてしまうことがある。やむを得ず家族の同意を得て、手袋で拘束した上で透析治療を行っている。

舩越医師は現場のジレンマを打ち明ける。

「医療技術の進歩で、状態の悪い方の透析を継続することになりました。しかし、透析のために生きているというか、生かされているような状況になってしまう」

80歳以上の透析患者は増え続けている

「延命か、自然な死か」

救急医療の現場も新たな悩みに直面している。80、90代の高齢者が次々と運ばれてきているのだ。

9月、東京都三鷹市の杏林大学病院高度救命救急センターに、84歳の男性が自宅から搬送されてきた。すでに意識はなく、すぐに人工呼吸器を取り付けなければ危険な状態だった。家族は自宅で看取るつもりでいたが、男性の呼吸が弱くなったため、思わず救急車を呼んだという。

杏林大学病院高度救命救急センターに搬送された84歳の男性

衰弱した高齢者の場合、一度、人工呼吸器を取り付けると、意識の戻らぬまま延命治療が続くことが多いという。担当した医師は病院に付き添った妻と息子、娘の3人にこう告げた。

「この容体では呼吸器を外せるまでに回復することは難しい。悩まれるところだと思う。10分待つので、(どうしたいかを)判断してほしい」

最期にどこまで治療を受けるのか。この家族は本人と話し合ったことはなかった。家族はベッドのそばで相談を始めた。息子が「俺は(人工呼吸器を)つけた方がいいと思う。お母さんは?」と言うと、妻はためらいながら「今のままの苦しそうな状態はかわいそう……」と言った。家族は別室に移動し、さらに話し合いを続けた。延命治療を選ぶのか、自然な最期を選ぶのか。

約10分後、部屋から出てきた息子が意を決したように医師に伝えた。

「(人工呼吸器につなぐ)挿管をお願いします」

もう少し一緒の時間がほしい——。家族の選択は「延命」だった。

国は近年、自宅での看取りを増やすことを想定して在宅医療制度の充実をはかってきた。ところが、いざ容体が悪化すると、あわてた家族が救急車を呼び、病院に運ばれる事例が途切れないという。

杏林大学病院高度救命救急センターの集中治療室には高齢者の姿が多い

この杏林大学病院高度救急救命センターでは、毎月50人近い高齢者が搬送されてくる。衰弱の進んだ「終末期の患者」も少なくない。救命措置で命をつないでも、元の状態にまで回復する患者はほとんどいない。多くの人は2週間ほどで、地域の病院に転院していく。

京都府立医科大学の松山匡医師は、救急搬送された全国約87万7000人の高齢者について、院外心停止の状況を分析したところ、85歳以上の高齢者でいったん心肺停止になった後に人工呼吸器などを外して退院できる確率はわずか0.5%だった。

家族に迫られる重い選択

東京都調布市の多摩川病院には、杏林大学病院高度救命救急センターから多くの患者が転院してくる。60床ある療養型ベッドのほとんどは、意識の戻らないまま延命治療を続ける高齢者でいっぱいになっている。

83歳の男性入院患者は、脳梗塞の後遺症で意思表示ができず、6年間、胃ろうで命をつないできた。男性の妻は、苦しい胸の内を明かす。

「このまま病院にいて、至れり尽くせりでずーっと生きていてもらって。苦労することもあるけれど、行けるところまで行くしかないのかな」

延命を中止する場合、家族は重い選択と向き合わなければならない。

長崎腎病院で人工透析を受けている數(かず)クミ子さん(82)は「孫の成人式に立ち会ってほしい」と娘・仁美さんに勧められて、昨年、透析を始めた。半年後、數さんに認知症の症状が表れた。いま、体力も日に日に衰え始めている。仁美さんは言う。

「母のことを考えると、いつまで治療を続けるか悩みます。一人で決断しなければいけないのがつらいです」

數(かず)クミ子さん(左)と娘・仁美さん。人工透析をいつまで続けるか、重い選択と向き合っている

延命治療「希望しない」が7割

100歳以上の人口は急激に増え続けている。2018年時点で約7万人。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口によると、7年後の2025年には倍近い13万3000人、2050年には、53万2000人に達する。

「人生100年時代」を迎える中で、延命治療とどのように向き合うべきか。

100歳以上の高齢者は2050年には53万人に達すると推計されている

厚生労働省の意識調査では、末期がんとなった場合に希望する治療方針で、「胃ろう」「人工呼吸器」などの延命治療を「希望しない」と答えた人は7割近くに達している。

同省は今年3月に改定したガイドラインで、人生の最終段階で行う医療選択の指針を示した。医療・ケアの開始・不開始、中止については、医学的妥当性と適切性を基に慎重に判断する、としている。その際は本人の意思を尊重し、家族らや医療・ケアチームとよく話し合うこと、本人の意思が確認できない場合は、やはり家族らが医療・ケアチームと話し合って、本人にとって最善の方針を取る、としている。

人工呼吸器を外す決断

小澤敏夫さん(68)は昨年5月、心筋梗塞で東京都板橋区の帝京大学病院高度救命救急センターに搬送された。その後、人工呼吸器で命をつないだが、意識が戻らない。医師は家族に対し「意識が戻る可能性は極めて低い」と告げた。同センターでは、日本救急医学会と厚労省のガイドラインに沿って一度装着した人工呼吸器を外す選択肢を家族に示している。

小澤さんには弱い自発呼吸があったことから、人工呼吸器の管を抜き、自然な形に任せる「延命の中止」も可能だと家族に説明した。翌日に出された家族の結論は「延命の中止」だった。日ごろから「延命治療は望まない」と小澤さんが話していたからだという。医師たちは家族の意向を尊重し、医療チームで検討を重ねた結果、管を抜くことになった。管を抜いた1時間後、小澤さんは静かに息を引き取った。

延命治療を中止するか。家族は決断を迫られる

妻は当時の重い選択を振り返る。

「延命治療の中止という選択肢が示されたことはよかったと思う。私たち家族は、夫の意思を尊重できたのではないでしょうか。自分がした選択は正しかったと思いたいです」

広がりつつある延命中止

実際にどこまで延命中止は広がっているのか。NHKは全国に289ある救命救急センターを対象にアンケートを実施した。回答のあった117の施設のうち46の施設が「人工呼吸器などの生命維持装置の中止について、患者や家族に示している」とのことだった。一方で、アンケートでは現場の医師の率直な声も多数寄せられた。

「終末期であるにもかかわらず“最期、どのように死にたいか”が議論されていない」「本人も家族も死を他人事と思っている人が大部分で、急変時にどうしていいかわからないというケ-スが多い」

終末期医療の現状に詳しい東京大学大学院・会田薫子特任教授はこう話す。

「医師たちにとって、人工呼吸器を外すことはタブーだと考えられてきました。救急医療の現場で延命医療を終了する選択肢を家族に示す病院が出てきたのは、ごく最近です。最期にどのような医療を受けるのか、本人や家族が事前に話し合っておくことが重要です」

意思決定を第三者が支える

厚労省が今年3月に改定した終末期医療のガイドラインには、「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)の推進」が盛り込まれている。患者本人が事前に最期の医療を選ぶ際、医師や介護スタッフなど第三者が積極的に関わるという内容だ。

80代、90代の在宅医療を行っている京都府の門阪庄三医師は、地元の宇治久世医師会で作ったリーフレットを使いながら、認知症や病気が重くなる前に「人工呼吸器を使用してほしいか。心臓マッサージをしてほしいか」などの希望をくみ取っている。認知症などで患者の意思を確かめられない場合でも、家族や介護スタッフの話から、本人がどのような最期を迎えたいと考えていたのかを探っていくという。

リーフレットを見せながら説明する門阪庄三医師

門阪医師はこう話す。

「終末期には患者や家族の心は揺れ動く。死の直前だけの短いスパンで『一度決めたから決定』ではなく、何度も気持ちを確かめることが重要です。その方がどのような人生を歩んできたのか、人生観、死生観を尊重しながら、長期的な視点に立って最善の選択をさぐる姿勢が大切なのです」


NHKスペシャル 「人生100年時代を生きる 第2回 命の終わりと向き合うとき」は11月18日(日)午後9時~放送(NHK総合)

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