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クビ切りで会社に加担? 従業員のメンタル診断 問われる産業医

9/13(木) 6:42 配信

不当な解雇や復職阻止といった企業側の動きに、産業医が加担しているのではないか――。そんな疑いを抱かせるトラブルが増えている。見た目で分かりにくい「メンタル面での不調」を持ち出すかたちが目立ち、メンタル不調を未然に防ぐことが目的の「ストレスチェック」を機に退職を促したり、内科の専門医が唐突に「統合失調症」と病名を付けたり……。パワハラを告発した社員をメンタル疾患と診断したケースもある。企業側に雇われる立場の産業医は、中立性や独立性を確保できているのか。(藤田和恵/Yahoo!ニュース 特集編集部)

スマホに残された上司たちの会話

「ああいう問題児にはさあ、産業医は必要だね」

「解雇したいという会社の意をくんで、産業医はあれだけ(休職や転職するよう)言ってくれた。事前に打ち合わせをすることによって」

「やっぱり産業医はカネをもらっているからねぇ。こっちも産業医を盾に、話(を)持っていかないと」

東京都内のバス会社に勤める間島久義さん(27、仮名)が持つ、ある録音記録だ。スマートフォンに残された、今年1月の上司たちの会話だという。このやりとりは、いったい何を意味しているのだろうか。

間島久義さん(仮名)=東京都内(撮影:藤田和恵)

少し時間を戻し、録音までの経緯をたどろう。

間島さんは昨年秋、会社が実施した「ストレスチェック」を受けた。判定は「高ストレス」状態。そして年明け早々、産業医と上司、そして間島さんによる三者面談が行われ、その席で、異動を希望していた間島さんに対し、産業医はこう言ったという。

「このままでは間島さんがうつになる可能性があります。そうなると私の責任になってしまうので、会社を休んでください」

ストレスチェックの後、間島さんは「クビにされるかもしれない」と思い、産業医や上司らとの面談があれば、スマホで会話を録音していた。

三者面談の1週間後、上司4人との面談があり、改めて休職を命じられた。この時、間島さんは動揺のあまり、退席の際、録音スイッチをオンにしたままのスマホを置き忘れてしまったのだという。そして、スマホには、間島さんが退席した後の上司たちのやりとりが残されていた。

冒頭で紹介した録音はその一部である。

偶然置き忘れたスマホに上司たちの会話は録音されていた=イメージ(撮影:藤田和恵)

上司たちの会話はさらに続いた。

会社が産業医に毎月10万円の報酬を払っていること、お歳暮を贈ったこと、この産業医が相当数の企業を掛け持ちし、高級スポーツカーで通勤していること……。上司の1人は「ゲスな話になった」と笑いながら「(間島さんが)復職できなければ、強制解雇できるんだよね」と言っている。

産業医が会社と結託?

図らずも会社の本音を知った間島さんは、悔しかったという。

「僕の前では『戻って働いてほしい』『間島を守りたいんだ』と言っていたのに……。産業医も会社と結託した、クビ切り請負人じゃないですか」

間島さんは、デスクワークと、ターミナルでの乗客誘導や運行管理をこなしていた。ターミナルでは、わずかな時間差で乗り遅れた乗客の苦情などを頻繁に受けた、と打ち明ける。

「年間20件くらい。クレームが多いのは事実です。『出発時刻を過ぎています』という僕の言い方がきついというか、そっけないみたいで……。でも、定時運行は僕らの重要な仕事でもあります」

東京駅のバスターミナル=本文と関係ありません(撮影:藤田和恵)

ストレスチェックを受けた昨年秋は、そうした接客にストレスを感じていたさなかだった。その後の産業医との面接では、この会社で働き続けたいし、働けると訴えた。でも、産業医は「休職して」「異動は無理」の一点張りだったという。

その後、間島さんは別の心療内科も受診した。そこで主治医から、パニック障害と発達障害と診断されると同時に、「就労は可能」と告げられた。発達障害と知り、間島さんは「正直ホッとした」と言う。子どものころからコミュニケーションが苦手で、いじめにも遭った。その原因が分かったと思ったからだ。そして、こう訴える。

「接客なんてやりたくないと言ったわけじゃなくて、発着便数の少ないターミナルへの異動を希望したんです。実際、そうした部署で働いている人もいます。セクハラをしたわけでも、会社のカネを横領したわけでもないのに、クビはあんまりです。『休職しろ』『異動は無理』なんてほとんど業務命令です。産業医にそんなことを言う権限、あるんですか?」

休職が必要という産業医、その必要はないという主治医――。

見解が分かれても、産業医が間島さんの希望や主治医の意見に耳を傾けることはなかった。間島さんは今年1月から事実上、休職しており、この秋には、休職期間満了による退職となる可能性が高い。そうなった場合、会社を相手取って裁判を起こすつもりだという。

メンタルが専門でなくても産業医に

産業医の役割は、労働者の健康維持や適切な職場環境などについて、専門的な立場から助言、指導することにある。2015年からは、労働安全衛生法の改正を受けて義務化された「ストレスチェック」の実施者としての業務も加わった。

産業医の役割とは=イメージ(写真:アフロ)

労働安全衛生法は、常用従業員50人以上の事業所に産業医の選任を義務付けている。一定規模以上の事業所には専属医が必要だが、それ以外は非常勤嘱託医でも構わない。

医師であれば、専門にかかわらず、日本医師会による研修を修了するなどの要件を満たせば、産業医になることができる。日本医師会の認定産業医は約9万人だが、厚生労働省によると「実際に活動しているのは3万人ほど」だという。

2015年に日本医師会が産業医に対して行ったアンケートによると、産業医1人当たりの事業所数は、1カ所が38.3%と最も多かった。一方、10カ所以上を掛け持ちする医師も3%いた。1カ月の契約額は「3万〜4万円未満」が19.5%と最多で、「5万〜6万円未満」の16.2%が続いた。

専門性はどうだろうか。

産業医の専門診療科は内科が44.1%と飛び抜けて多い。一方、精神科は4.7%、心療内科は0.5%。精神科領域の産業医は、両科を合わせても5.2%にすぎない。

裁判所「産業医判断に根拠なし」

「産業医判断に根拠なし」「社労士組合職員の退職無効」――。今年5月10日、新聞各社がこんな見出しのニュースを電子版で配信した。

横浜市内の社会保険労務士らでつくる事務組合の職員2人が、パワハラによる休職後、復職が認められなかったのは不当だとして、職場を訴えた裁判。その判決で、横浜地裁が「退職は無効」としたのだ。判決理由では、産業医が職員2人を「統合失調症」「自閉症」などと診断し復職不可と判断したのは、「合理的根拠がなく、信用できない」と指摘された。

労働問題に詳しく、この裁判で原告側代理人を務めた北神英典弁護士(神奈川県弁護士会所属)は次のように語る。

北神英典弁護士(撮影:藤田和恵)

「非常勤の産業医には、10社、20社の企業を掛け持ちし、高額報酬を得ている医師もいます。雇い主である企業に迎合せず、職務を果たせるよう、産業医の客観性や中立性、独立性を担保する仕組みが必要です。また、医師はその専門にかかわらず、50時間程度の研修を受ければ産業医になれます。メンタル疾患は(内科的・外科的な病気やけがに比べて)客観的な判断が難しい。それを、専門外の医師がどこまで見極めることができるのでしょうか」

北神弁護士によると、この社労士組合の産業医の専門は内科で、複数の事業所をかけもちしていた。職員2人のうち1人に対しては、30分ほどの面接のみで「統合失調症」と判断したうえ、「復職可能」とした主治医への問い合わせもなかったという。

産業医が関与するトラブルの背景については「メンタル不調やそれに伴う休職が増えています。質の悪い経営者はこれを格好の口実として労働者を職場から追放しようとし、そこに一部の産業医が迎合するというケースが顕在化しているのではないでしょうか」と指摘する。

「不当な解雇に手を貸すな」 厚労省に申し入れ

北神弁護士は昨年4月、「“ブラック産業医”を防ぐ制度が必要」として、同様のケースを扱う弁護士や当事者らとともに、産業医を所管する厚生労働省などに申し入れを行っている。

項目は3点あった。

第1は「復職の可否について産業医と主治医の判断が異なった場合、産業医が主治医から十分な意見聴取を行うことを法令で義務化する」という内容だ。さらに「法令による産業医に対する懲戒制度を設ける」「メンタル不調による休職の場合、精神科専門医ではない産業医は復職の可否を判断できないこととする」という項目が続く。

産業医を所管する厚生労働省(写真:アフロ)

北神弁護士は、企業から報酬を得ることや、専門外の医師が産業医として活動すること自体がただちに問題だと主張しているのではないという。

「雇い主のためにいい仕事をしたいと考えるのは弁護士も同じです。しかし、倫理上の一線を越えたらアウト。産業医への信頼を確保するためにも、何らかの制度が必要なのではないでしょうか」

産業医の判断、自分で覆す

病院や薬局に足を運び、医師などに医薬品情報を提供する製薬会社の営業担当者をMRと呼ぶ。元MRの元木秀行さん(58、仮名)は「必死でした。1分1秒でも早く、(産業医の判断を)打ち崩したかった」と言い、医療機関3カ所の診断書のコピーを見せてくれた。

それぞれのコピーには、こう記されていた。

「精神科的には現時点で問題はない」

「精神病、てんかん(中略)大麻又は覚せい剤の中毒等のないことを認めます」

「産業医からの診療情報提供書と、本人からうかがった内容のずれが大きく、現時点で医療的な判断を行うことは困難である」

いずれも、元木さんの精神状態に問題はないという内容だ。彼の身に何が起きたのか。

元木秀行さん(仮名)の診断書。産業医とは異なる見解が示されている(撮影:藤田和恵)

話は2014年7月にさかのぼる。

元木さんは、度重なる上司のパワハラを会社に申し立てたところ、1カ月後に一方的に産業医との面接を設定された。

「指定された部屋に入ったら、産業医が一人で座っていたので『なんじゃこりゃ』と。産業医に会うなんて聞いていませんでしたから」

産業医はその日、たった1度の面接で「躁状態の疑い」と診断。翌日、会社は元木さんに対し、文書で「当社の業務に携わることを一切停止」するよう命じたうえ、同僚らとの連絡も原則、禁じたという。

そして、その日から数日間かけ、元木さんは精神科や心療内科を3カ所回り、メンタル疾患はないとの診断を得た。「一刻も早く仕事に戻りたくて必死でした」。診断書を提出すると、会社側は産業医による診断の真偽をうやむやにしたまま、今度は「(元木さんが)禁止されている手土産を営業先に持参した」「同僚に意味不明のメールを送り付けた」などのトラブルがあったと主張してきたという。

元木さんによると、手土産は身に覚えがないし、同僚へのメールも当時の業務内容などを知っていれば、意味は通じる。会社にもそう訴えたが、事態は変わらず、今度はデスクワークを命じられた。

机はコピー機のさらに奥、ゴミ箱と自動販売機のすき間を通った先に置かれた。そこで一人、入力業務をさせられた。事実上の「追い出し部屋」である。

取材に答える元木さん(撮影:藤田和恵)

メンタル疾患があると診断された社員に、果たしてこんな仕打ちをするだろうか。元木さんは産業医に対してこう憤る。

「会社の言いなりになり、ありもしない病気をでっちあげ、それを飯のタネにしている。普段から医者にかかっているわけじゃない普通の人が『精神疾患がある』なんて言われたら、人によっては、それが原因で本当に病気になりかねませんよ」

「“ブラック産業医”と言われるケースもある」

産業医らでつくる「公益社団法人 日本産業衛生学会」の「産業医部会 部会長」で、専門産業医として20年以上のキャリアを持つ斉藤政彦さんは「多くの産業医は真面目に誠実に業務に当たっています。一方で、一部の例外として“ブラック産業医”と批判されても仕方のないケースがあることも事実です」と言う。

そのうえで「企業から報酬を得る仕組みの下でも、産業医が公正公平な判断を下すことは可能」と語り、こう続ける。

「そのためには、それぞれの産業医が『企業にとって本当によいことは何か』を考える必要があります。それは決して、言われるがまま労働者を辞めさせることではありません。従業員の健康増進を図ることで生産性向上につなげる『健康経営』に適切な投資をするよう、企業を促すことも、企業の発展に寄与することになります」

現代は「ストレス社会」とも言われる(写真:アフロ)

斉藤さんはさらに、産業医は必ずしも精神科の専門医である必要はない、と言う。

「ストレスチェックなどの際、産業医に求められる資質は、メンタルヘルス対策への前向きな姿勢と、常識に基づいたバランス感覚です。主治医は専門的な診断と治療、産業医は職場における(メンタル疾患などの)予防と、それぞれが役割を果たし、必要に応じて連携すればよい」との考えだ。

「産業医と、労働者本人の希望が反映される主治医の意見が食い違うのはむしろ当たり前なんです。こうしたとき、産業医に求められるのは“対立”ではなく、“協力”。主治医の判断にも耳を傾け、会社や労働者、家族が納得できる部分を探りながら、導く。高い倫理性と人間性が求められる仕事です」

職場の安全衛生についての助言などを行うNPO法人東京労働安全衛生センターの事務局長・飯田勝泰さんも「産業医が(精神科領域の)専門医である必要はありません」と言う。肝心なことは、さまざまな関係者から情報を収集し、公正中立な判断をしようとしている多くの産業医を孤立させないことだ、と。

「(専門外の事例に直面して)困っている産業医をバックアップするようなシステムや公的機関があるといいと思います」

東京労働安全衛生センター事務局長の飯田勝泰さん(撮影:藤田和恵)

「産業医の言葉、人生を左右しかねない」

MRだった元木さんは結局、解雇され、会社を相手取って裁判を起こした。その後、金銭和解が成立。「原告勝利」だと元木さんは言う。

実は、この出来事の過程では、元木さんの妻も複数回にわたって会社に呼び出されている。夫が産業医の面接を受けていた際、一人で待っていた妻は上司から「旦那さん、(会社には)帰るところないです」「居場所ないです」などと言われたという。

元気な夫が突然、メンタル疾患だと言われてショックを受けているところへの追い打ち。ストレスのあまり、彼女は円形脱毛症になったという。

妻は「すべてが忘れたい出来事です」と言いながらも、こう話してくれた。

「産業医の方は、自分の言葉が主人の人生を大きく変えるのだということを、どこまで真剣に考えていたんでしょうか。産業医の言葉にはそれだけの力があるんです。やるなら、責任と覚悟を持ってやってください」


藤田和恵(ふじた・かずえ)
北海道新聞社会部記者などを経て、現在フリーランス。

[写真]
撮影:藤田和恵、イメージ:アフロ


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