ここ数年、「LGBT」という言葉を見聞きする機会が多くなった。しかし、「Xジェンダー」という呼称をご存じだろうか。世の中には男女の枠にはまらない性がある。その一つ「Xジェンダー」は日本独自の呼び名で、いま国内で「増えている」のだという。彼らはどんな人たちで、どんな問題を抱え、社会に何を求めるのか。当事者たちに話を聞いた。(桑原利佳/Yahoo!ニュース 特集編集部)
日本にだけ存在する「Xジェンダー」という呼称
ゴールデンウィークは、日本国内で「LGBT」という言葉が最も注目される時期だ。東京では街のあちこちがレインボーカラーに彩られる。2012年から毎年、この時期に東京・代々木公園で、日本最大級のLGBT関連イベント「東京レインボープライド」が行われているからだ。
性的少数者が差別や偏見を受けることなく生きられる社会を実現することを目指すこのイベントは、年々規模を拡大している。今年の動員数は約15万人(主催者発表)。大手企業や自治体、大使館などがブースを出展し、ミュージシャンなどがライブパフォーマンスを行う会場は大勢の人で賑わった。
その3人は、イベント会場の喧騒から少し離れたところにいた。見た目だけなら男性2人に女性1人だが、3人が自認する性は、男性でも女性でもない。3人は、自身をLGBTのカテゴリーのどれにも当てはまらない「Xジェンダー」だと言う。
LGBTのLはレズビアン(女性同性愛者)、Gはゲイ(男性同性愛者)、Bはバイセクシュアル(両性愛者)、Tはトランスジェンダー(性別越境者、性別を越えて生きようとする人)の頭文字。抱える事情も問題も異なる「L」「G」「B」「T」が、それぞれ社会的に認められることを求めて連帯したのがLGBT運動だ。
もっとも、LGBTは性的少数者のなかの代表的存在であり、「L」「G」「B」「T」以外にも性別は細かく分けようと思えばいくらでも細かくなる。それらの区分は複雑で、例えば、フェイスブックのアメリカ版では自分の性別を「無性別」や「両性」など、58種類の中から選べるようになっているほどだ。
「Xジェンダー」はこうしたカテゴリーの一つだ。日本独自の呼称で、「X」と表記される。性自認が男女どちらでもない、もしくはどちらでもあるという立場をとっている人のことだ。
まずは動画でXジェンダーの当事者たちの声を聞いていただきたい。
3人の当事者
「東京レインボープライド 2018」の会場で会った3人のうちの1人、藤原和希さん(34)は、自分がXジェンダーだと自認した経緯をこう説明する。
「男性という性別への違和感に気付き始めたのは、小学生くらいのときでした。違和感には波があり、強くなることもあったし、弱くなるときもあった。それでも見て見ぬふりを続けました。はっきりと『自分は男性でも女性でもない』と思い始めたのは20代後半のころ。ちょうどそのころ『Xジェンダー』という言葉に出合い、これは自分のことだと思いました」
「Xジェンダー」という言葉は1990年代後半、関西で使われ始めたのが最初とされる。いったい、どんな人々なのだろうか。
性社会・文化史研究者の三橋順子さんは、自身もMtFのトランスジェンダー(Male to Female、出生時は男性で現在は女性として生活している人)である。その三橋さんによると、Xジェンダーは、欧米で「Q」と表記する「ジェンダークィア(Genderqueer)」や「クエスチョニング(Questioning)」というカテゴリーに近い。最近、メディアなどで見かけるようになった「LGBTQ」の「Q」だ。
「2010年代初頭に欧米からLGBTという言葉が日本に入ってきたときに『Q』の概念は輸入されませんでした。そのため、日本でもともと使われていたXジェンダーという言葉がそのまま広まったと考えられます」
もっとも、その概念は幅広い。イベント会場で藤原さんと一緒にいたreijiさん(25)と濱川敦材(はまかわ・あつき)さん(30)も、Xジェンダーだと自認した経緯や思いは違う。
reijiさんの説明はこうだ。
「ずっと女性という性別に対する違和感がありました。男性よりも女性のほうを好きになるからです」。第二次性徴を迎えて、体が女性的になるにつれて、女性であるということがイヤだと思うようになったという。
「とくに胸があることがイヤだった。かといって、男性になりたいかというとそうではない。自分は身長も低く、体格も最初から男性に生まれた人には絶対にかなわないという思いがあるからです。自分の性別がわからない……。苦しい思いでいた高校生くらいのとき、ネットで見つけたのが『Xジェンダー』という言葉でした。それがしっくりきて、Xジェンダーと自認し始めました」
濱川さんはどうだろうか。
「自分は男性として生まれたけど、大学3年生だった21歳のとき、就職活動でスーツを着ることに対して違和感があり、それがなぜなのか自問自答するようになりました」
どんなに考えても、自分は男でも女でもないという答えしか出てこず、性別について調べ始めた。
「何年かして『Xジェンダー』という言葉を知りましたが、それですべてが解決したとは思わなかった。世間から男性として扱われ、男性たちの中で男性として生きていくことを強いられることは変わらない。とにかく自分が男ではないということを他者に認めさせたいという気持ちがあった。社会的に『自分が男ではないと証明するもの』がほしかったんです。いまもそう思っています」
藤原さんや濱川さんのような人をMtX(Male to X)と言う。出生時の性は男性だが、男性でもなく女性でもない人、という意味だ。reijiさんのような人はFtX(Female to X)。出生時の性は女性だが、女性でもなく男性でもない人、を指す。
まだいないに等しい存在
藤原さんたちを取材しているうちに、「東京レインボープライド2018」のハイライトであるパレードが始まった。
「ハッピープライド!」
渋谷から明治通りを経由して代々木公園へ向かうコースでは、参加者の列が長く連なっていた。今年の参加者は37グループ、約7千人。昨年から約2千人増えたという。ノリのいい音楽に乗せて声を上げ、踊りながら、参加者たちは性の多様性や平等を訴えていた。
「今回のイベントでいろいろな講演を聴きましたが、『Xジェンダー』という言葉がときどき出てきて、少しずつ広まってきたかなと感じています。今年は同性婚の法制化を訴えるグループと一緒に歩きますが、いつかXジェンダーのグループとしてパレードに参加できたらと思っています」
そう言う藤原さんに対し、濱川さんの思いは少し複雑だ。
「まだXジェンダーが広く受け入れられるようになったとは思いません。自分たちは性別に違和感のない人たちと同じ格好をしているので、見た目と異性愛者ではないということだけでは主張が伝わらず、ゲイやバイセクシュアルだと勝手に思われてしまう。世の中でXジェンダーはまだ、いないに等しい存在です」
Xジェンダーと気付かず結婚し離婚
藤原さんは現在、約100人の会員がいる「label X」というXジェンダー当事者のための自助サークルで代表を務めている。後日、改めて取材に出向き、その「人生」を語ってもらった。
「26歳のときに女性と結婚し、男の子が生まれました。結婚して子どももできたので落ち着くと思っていましたが、性別の違和感がなぜか余計に強くなってしまって」
藤原さんはあるとき、意を決して自分が女装している写真を妻に見せた。
「妻はもともと中性的な人が好きだったので、受け入れてもらえるのではないかと思ったんです。でも逆に戸惑わせてしまって……。さらに、ヒゲや手足の脱毛を始めると、妻に不信感を持たれるようになってしまいました。妻には『Xジェンダーの人に会ったり、女装したりするのはやめてほしい』と言われたのに、会うこともやめず、メイク道具を捨てていないのも見つかってしまって。とうとう『別れてほしい』と言われました」
妻には、自分たち夫婦が信頼し合えていないこと、そして夫の女装が子どもに悪影響を与えるのではないかという危惧があったという。離婚は2人が付き合い始めて10年、子どもが2歳になる前だった。
藤原さんは「あんなに泣いたのは生まれて初めてでした」と言う。離婚後、養育費は払っている。でも、元妻にも子どもにも会えていない。
「結婚したときはまだ、自分がXジェンダーだと気付いていませんでした。世の中の理解がもう少し進んでいたら、もっと早く気付くことができたかもしれない。このことがきっかけで、label Xに当事者としてかかわることに決めました。自分のようになってほしくないからです」
Xジェンダーが日本で「増えている」理由
前出の性社会・文化史研究者、三橋さんによると、近年、日本ではXジェンダーと自認する人が「増えている」という。その理由を三橋さんはこう考えている。
「まず日本では、1990年代後半から『性同一性障害』という医学用語(疾患概念・病名)が諸外国に比べて広く社会に流布してしまいました。しかも、トランスジェンダーの『FtM』ならはっきりと女性から男性になりたい人、『MtF』ならはっきりと男性から女性になりたい人、手術をして戸籍を変えたい人が『性同一性障害者』なのだという形でとても狭く設定されてしまった。その結果、男性と女性の間で揺れているような、あいまいな性別の形の人たちが行き場をなくしてしまったのだと思います」
カミングアウトの問題
Xジェンダーは、まだまだ社会的に認知されているとは言い難い。彼らは、社会に対してどういう思いでいるのか。label Xがインターネットで行った当事者148人(会員以外も含む)への意識調査アンケートがある。そのなかの「当事者が社会に最も望むこと」の回答をもとに藤原さんが教えてくれた。
「もっとも多かったのは、男性らしくしろ、女性らしくしろ、と強要しないでほしいという意見です。男性らしい人、女性らしい人も素晴らしいですが、そのどちらでもない人たちがいることを知ってほしい。Xジェンダーがよく言われるのは、『はっきりしろ』『中途半端だ』ということなんです。また、生活のいろいろな場面で男女どちらであるかを明記する必要に迫られますが、僕らはどちらでもないため、たとえば『M(男性) F(女性) X(第3の性)』のように三つ目の選択肢があればと思っています」
一方で、彼らもまた、多くの性的少数者と同様、カミングアウトの問題を抱えている。最近でも、女性との交際を公表した経済評論家の勝間和代さんが「カミングアウトには勇気がいる」と語っていたように、どのカテゴリーにとってもセンシティブな問題だ。藤原さんは、こう話す。
「カミングアウトは当事者にとっても、周りにとっても難しいものです。当事者は親しい人にウソをついているという罪悪感から逃れるためにカミングアウトしようと考えることもありますが、それは相手を動揺させてしまうだけで、かえって迷惑を掛けることにもなりかねないからです」
藤原さんがこのインタビューを受けるのは、Xジェンダーの社会的認知の向上のためだ。こういうかたちで周りに知られることは、むしろ望ましいという。
「僕の両親も薄々気づいていると思いますが、まだカミングアウトはしていません。僕はいまのパートナー(同じくXジェンダー)と結婚しようと考えていますが、僕は戸籍上男性で、パートナーは戸籍上女性なので、婚姻届を出すのに法的な問題はありません。カミングアウトしなくてもいまのところ生活に支障はないので、両親を不用意に動揺させようとは思いません」
藤原さんは、会社でもカミングアウトしていない。
「でも、会社で同僚が雑談中に『男でも女でもないという人がいるらしいよ』と言っているのを聞いてとてもうれしかった。あ、僕たちの存在を知ってくれているんだと思って」
ただ存在を知ってくれていたらいい
マイノリティーのための情報バラエティー番組「バリバラ」(NHK・Eテレ)に出演する芸人の万次郎さんは、FtMのトランスジェンダー(Female to Male、出生時は女性で、現在は男性として生活している人)で、Xジェンダーの知り合いも多い。その万次郎さんは、こう語る。
「違う性、違う考えの人を僕は『おもろい』と感じます。『理解』まではしなくていいと思うんです。根がいい人に限って、理解しようとして『なんでそうなったの?』と聞いてくるんですが、なんでなのかは僕にも分かりません(笑)」
だから「そこまでの『理解』ではなくて、ただ存在を知ってくれていたらいい」と言う万次郎さんが強調するのは、性の多様性とは本質的には個人のあり方の問題だということだ。
「僕たちも、カテゴリーがあってそこに仲間がいると知ると安心します。だけど、カテゴリーは知らない人に分かりやすく伝えるための手段です。本当はあくまでも個人の問題なので、僕がどんなに自分のことを説明しても、その人は僕のことを知るだけで、トランスジェンダーについて知るわけではないんです」
カテゴリーにとらわれすぎると、その先の「個人」が見えなくなり、「生活」が見えなくなる。前出の三橋さんは研究者として、また当事者としてこう指摘する。
「日本社会の外側に性的少数者が存在しているわけではなく、彼/彼女らもこの社会の中にいるのです。だから、例えば男女格差、貧困、高齢化などの社会問題は、マジョリティーたちと同様に性的少数者も抱えています。しかも、より増幅されたかたちで。レズビアンカップルは女性の貧困問題の影響を2人とも受けてしまいがちだし、性的少数者はパートナーを見つけるのが難しく単身率が高いため、高齢単身という問題を抱えやすいことになります」
性の多様性を受け入れるとは、どういうことなのか。三橋さんはこう続けた。
「カテゴリーの中で『らしさ』を求めすぎるのは、性の多様性という点では本末転倒です。尊重されるべきはカテゴリーではなく個人の性のあり方ですから。『人の数だけ性はある』ということです」
【文中と同じ動画】
桑原利佳(くわはら・りか)
雑誌や書籍、ウェブサイトの編集者兼ライター。ニュース週刊誌「AERA」の編集スタッフなどを経てフリーに。現在、THE POWER NEWS編集部に所属。
動画制作:古田晃司、山口佳秀、鈴木恵生