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「攻撃的兵器は保有しない」とする日本政府の真意と核兵器シェアリング

JSF軍事/生き物ライター
カナダ航空宇宙博物館より核迎撃ミサイル「ボマーク」。核兵器シェアリング用装備

 日本の軍事力は憲法9条の制約があり、現在までの政府による解釈は自衛のための必要最小限度のものでなければならないとされています。そのため「攻撃的兵器」の保有は禁止されていますが、その線引きは曖昧なもので、具体例は3つ挙げられていますがそれは全てではありません。

 わざと政府が口を濁して明記しなかった存在が解釈の中にあるのです。

しかし、個々の兵器のうちでも、性能上専ら相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる、いわゆる攻撃的兵器を保有することは、直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるため、いかなる場合にも許されません。たとえば、大陸間弾道ミサイル(ICBM:Intercontinental Ballistic Missile)、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母の保有は許されないと考えています。

出典:日本防衛省:憲法と自衛権:2.憲法第9条の趣旨についての政府見解:(1)保持できる自衛力

 上記の政府見解「相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる攻撃的兵器の保有は許されない」は一つの文として意味を成します。つまり「攻撃的兵器」だけでは意味が通らないのです。そして前置きである「壊滅的な破壊のためにのみ用いられる」という異様なまでに苛烈な表現が意味するところは一つしかありません。

 それは核兵器です。具体例の3つは核兵器の運搬手段なのでしょう。

「相手国国土」を「壊滅的破壊」する「攻撃的兵器」の禁止

  1. 相手国国土 → 相手国に限定。つまり自国内なら使用してよい。
  2. 壊滅的な破壊 → 大量破壊兵器。この場合は核兵器という意味。
  3. 攻撃的兵器 → 1と2を同時に満たすもの以外は保有してよい。

自国内で起爆する核兵器は防衛用の自衛戦力として合憲

 憲法9条の制約上、「相手国を攻撃する核兵器とその運搬手段の保有を禁止」したが「自国内で起爆する核兵器は防衛目的の自衛戦力として合憲」とした。だから憲法上保有できない攻撃的兵器の具体例に核兵器を挙げなかった。これが政府解釈の真意だと推測できます。

 この自国内で起爆する迎撃用の核兵器という考え方はNATO方式の核兵器シェアリングそのものであり、冷戦当時はNATO以外でもスイスやスウェーデンで一時検討されていたもので、決して荒唐無稽なものではありませんでした。【参考】核兵器シェアリングへの誤解と幻想

 そしてこれを裏付ける動きが実際に二つ確認されています。日本に自衛用核戦力を保有させる検討が冷戦時代の1950年代後半と1960年代後半にそれぞれ別の動きとして存在していたのです。

1954年の自衛隊創設から間もない50年代後半、原爆を使用する日米共同図上演習が日本国内で実施され、米軍は演習を受け「自衛隊の核武装を望む」とする見解をまとめていたことが17日、米解禁公文書から分かった。米国が核弾頭を提供して有事に共同使用する北大西洋条約機構(NATO)の「核共有」方式を想定していた。

出典:冷戦下、米軍「自衛隊核武装を」 NATO方式を想定:共同通信(2015年1月17日)

日本政府が1960年代後半に核兵器である弾道弾迎撃ミサイル(ABM)の国内配備を検討し、米国政府と協議を重ねていたことがわかった。ABMは米国が東西冷戦期にソ連や中国と対立する中で開発。当時すでに日本政府が唱えていた「非核」の方針に反する極秘協議で可能性を探った。

出典:核ミサイル防衛、日本も検討していた 50年前極秘協議:朝日新聞(2018年8月17日)

政府はこれまで、自衛のために必要最小限度の実力を持つことは、憲法9条2項で禁じられていない、と解釈している。例えば、1978年に当時の福田赳夫首相は国会答弁で、核兵器について「憲法9条の解釈として、絶対に持てないということではない。必要最小限の自衛のためであれば持ちうる。ただ、非核三原則を国是としている」と述べている。

出典:「憲法は核兵器保有を禁止せず」政府、閣議で答弁書決定:朝日新聞(2016年4月1日)

 1950年代後半のNATO方式の核兵器シェアリング構想は、日本に上陸侵攻してきたソ連軍地上部隊を核ロケット弾「オネスト・ジョン」で攻撃するものです。オネスト・ジョンの射程は短く、遠い敵国を狙い撃つことはできません。

 1960年代後半の日本へのABM導入案は核武装したばかりの中国を名目上の対象とした核弾頭式の弾道弾迎撃ミサイルで(ただし実際の主対象はソ連だった可能性が高い)、これもNATO方式の核兵器シェアリング構想です。アメリカのABM(ナイキ・ゼウス、スプリント)は結果的に他国に供与されることはありませんでしたが、過去に爆撃機迎撃用の核地対空ミサイル「ボマーク」と核空対空ロケット弾「ジニー」がカナダ軍に配備されていた実績があります。これは自国領空への敵機の侵入ないしその直前を核で迎撃するもので、敵国の国土は攻撃できません。

 つまり1978年の政府答弁で「必要最小限の自衛のための核兵器は存在し得る」としたのは上記の二つの動きを踏まえていたのであり、将来に日本が核兵器シェアリングを採用する可能性の芽を残したかった意図が窺えます。「自国内で起爆する迎撃用の核兵器」と具体的に説明しなかったのは、あまりにも苛烈で悲惨な運用方法を、まだ具体的な計画として動き出す前に国民に説明するのを避けたかったのでしょう。

 そして政府答弁「相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる攻撃的兵器の保有は許されない」とは相手国攻撃用の核兵器の意味であり、これは自国内で起爆する迎撃用の核兵器ならば合憲というのが真意であるならば、通常兵器については歴代政府の憲法解釈では制約は存在しません。ただし核兵器を相手国国土まで運搬する専用の手段は除きます。

核兵器の運搬手段「ICBM」「戦略爆撃機」「攻撃型空母」

 こうして日本政府は「相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる攻撃的兵器の保有は許されない」としながら核兵器を具体的に挙げたくなかったので、相手国国土に核兵器を運搬する手段を3種類だけ挙げることにしました。

  • ICBM
  • 戦略爆撃機
  • 攻撃型空母

 この3種類の中でICBMと戦略爆撃機は核攻撃用だと分かりやすいのですが、空母は通常攻撃にもよく使われるので核攻撃用という印象が薄く、少し場違いな感じもします。これはおそらく核爆弾が小型化できずに大型のものしか用意できなかった時代には、空母で艦上運用できる核攻撃機は大型機にならざるを得ず、大型機を運用できる大型空母しか核攻撃能力が無かったころの考え方を引き摺っていたのではないでしょうか?

攻撃空母(CVA)と対潜空母(CVS)

 アメリカ海軍は1952年に空母を攻撃空母(CVA)と対潜空母(CVS)に分けました。過去の日本政府の答弁にある攻撃型空母とはこの攻撃空母を意識した表現であり、対潜空母は保有しても合憲という意味だったのでしょう。この当時の大型艦上核攻撃機「A-2サヴェージ」は対潜空母には搭載されていません。

 アメリカ海軍の攻撃空母は1956年から大型艦上核攻撃機「A-3スカイウォーリア」を運用開始、1961年からは大型艦上核攻撃機「A-5ヴィジランティ」を運用開始します。しかし核爆弾の小型化は急速に進み、対潜空母でも運用可能な小型艦上攻撃機「A-4スカイホーク」に搭載可能な核爆弾がこのころに既に登場しています。A-5ヴィジランティは1967年には核攻撃任務を解かれています。敵国深奥部を核攻撃するならば潜水艦発射弾道ミサイルでよく、近い距離を狙うなら小型艦上機に搭載した小型核爆弾でよいとなったからです。1975年には攻撃空母(CVA)および対潜空母(CVS)という分類も無くなりました。

 攻撃空母=核攻撃空母という図式は既に1960年前後には崩れていました。しかし日本政府の答弁は1970年代以降になってもこの考え方を変えていなかったのではと推測します。1970年の衆議院内閣委員会で中曽根康弘防衛庁長官(当時)が「攻撃的空母」を持たないと発言したのを、そのまま踏襲していったものと考えらえます。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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