「原発」の再稼働や運転期間延長で「電気料金」は本当に安くなるの?
原発(原子力発電所)の再稼働、運転期間延長、新増設が議論になっている。電力のインフラ確保、エネルギー安定供給、電力価格低減、温暖化対策などのためにやむなしと考える人は少なくない。だが、このような原発の効果は本当なのだろうか。専門家の意見を聞いた。
エネルギー原発政策の大転換
今、東日本大震災以後、脱原発へ向かいつつあった日本のエネルギー原発政策の方向が大きく逆戻りしている。
岸田内閣は、運転停止中の原発を再稼働させ、運転期間を60年以上に延長させる方針を打ち出し、新増設も目指すとしている。また、政府は原発推進の理由として地球温暖化対策もあげる。
現政権や産業界は原発回帰へ前のめりだ。原子力規制委員会も、運転期間について十分な議論がないまま延長を認め、すでに老朽化対策のための基準作りに入った。
停止中の原発を抱える各電力会社も、原発再稼働に向けて動き始めている。一方、新基準の審査はハードルが高く、安全対策のための工事が長期化し、耐震基準のための地質データ収集に手間取り、さらに地元自治体の同意がないと再稼働できない。
政府はエネルギー原発政策の転換の理由として、ロシアのウクライナ侵攻など、エネルギーをめぐる環境の変化によるエネルギー安定供給や電力価格の上昇抑制をあげている。実際、各家庭や企業などが支払う電気料金が高くなり、家計や経営を圧迫し始め、先日の全国紙の世論調査では原発再稼働賛成が東日本大震災後に初めて過半数を超えたという。
では、本当に、原発の再稼働、運転延長、新増設で電気料金が下がったり、安定供給が実現したりするのだろうか。そして、温暖化対策のために原発は必要不可欠なのだろうか。再生可能エネルギー(再エネ)や省エネなど他の選択肢はどうなのだろうか。
発電コストはどうやって決まる?
これらの疑問について、エネルギー問題や地球温暖化問題などを研究している東北大学東北アジア研究センター・同大学院環境科学研究科の教授、明日香壽川氏に話をうかがった。
──政府や電力会社は、原発を再稼働すれば電力料金が下がる、と言っています。それは本当ですか?
明日香「現在、各電力会社は家庭向けの料金値上げ申請をしています。再稼働が進んでいる関西電力と九州電力はその中に入っていませんが、再稼働をしている四国電力は値上げ申請をしています。また、原発を再稼働させていても赤字の会社はありますし、再稼働させていなくても黒字の会社はあります」
──電気料金は、原発の再稼働の可否だけでは決まらないということでしょうか。
明日香「少なくともそんなに単純ではなく、再稼働の効果も限定的です。例えば、東北電力は約32.94%の値上げを申請していますが、そのうち原発稼働で減らせる分はわずか5%と東北電力の社長自らが明らかにしています。電気料金は、本来は、原発のコストだけでなく、火力発電の化石燃料価格の変化、各電力会社の経営資産の価値評価、事業のポートフォリオ、財務状況など、多くの要素が検討して決められているはずです」
──原発に代わる発電エネルギー技術として、太陽光発電や風力発電などの再エネがあります。発電コスト(円/kWh)では、どちらに分があるのでしょうか。
明日香「国際エネルギー機関(IEA)や米国政府など、多くの国際機関、政府機関、投資会社がコスト比較を出していて、その最新版ではほぼ全てが、原発の新設コストは再エネの新設コストの数倍から数十倍としています。その中には、原発の運転コストも再エネの新設コストよりも高いとしているものもあります。これは、太陽光発電や風力発電のコストが急激に下がっているのに対し、原発のコストが過去10年間で約2倍に上がっているからです。この差はまだまだ広がっていくでしょう。原発再稼働にしても、防波堤を築いたり、地盤対策を施したりするなどの追加的な安全対策費がかかるため、日本でも、実際に原発の再稼働は電力会社にとって大きな経済的な負担になっているはずです」
──しかし、政府や電力会社は、原発の発電コストは再エネに比べて安いか同じ程度と主張しています。
明日香「政府のエネルギーのコスト評価は4年から5年ごとにしか更新されていないので、再エネの大幅な価格低減や原発のコスト増加など、最新の技術動向や実情を十分に反映した数値の想定がなされていない可能性があります」
──発電コストはどのように決められるのでしょうか。
明日香「一般的に、電力インフラの建設と運転にかかる発電コスト(円/kWh)の算定は、均等化発電コスト(Levelised Cost of Electricity、LCOE、平準化コスト)という指標で計算されます。この均等化発電コストは、発電所の建設にかかる建設費(初期投資費、設備費、土地取得費など)、運転維持費(燃料、人件費、保守管理費、固定資産税など)、社会的費用(環境対策費用、事故リスク対応費用、政策経費など)、廃棄処理費(廃炉、リサイクル、廃棄物処理費など)を運転年数の総発電電力量で割った式で算出されます。この計算方法ですと、運転年数を延長したり、稼働率を上げたりすれば分母が大きくなるので発電コストが安くなります。定量化が難しい費用もあり、設定する割引率(最低限の収益率)によっても変わってきますし、入るべき費用が入っていない場合もあります」
──入るべき費用が入っていないとはどういう意味でしょうか。
明日香「例えば、原発事故に対応した保険料を電力会社は払っていません。引き受ける保険会社がいないためです。また、放射性廃棄物処理にかかる費用も十分に算定されているかは議論があるところです。特に日本の場合、福島第一原発事故の事故費用をどう見積もるかも重要です。可能な限りリスクやコストを保守的に大きめに見積るというのが企業の本来の会計処理の一般原則なのですが、それが守られているとは言い難いのが現状です」
莫大な国費が投じられてきた原子力
──政府はまた「統合コスト(System Integration Cost)」を考慮すると、原発に分があるようなことを主張しています。
明日香「この統合コストというのはここ数年で出てきた概念で、均等化発電コストだけでなく、新たな発電所を送配電システムに接続するコスト、発電システムの供給信頼度を維持するコスト、発電量が超過した場合に電気を捨てざるを得ない状況でのコスト、電力不足時の対策コストなどを含んだ電力システム全体での総合的なコストのことを意味します。政府は、変動電源(太陽光や風力)を電力システムに入れた場合の統合コストの大きさを指摘しているわけですが、例えばIEA(国際エネルギー機関)は2016年に変動電源の割合が45%でも大きな追加費用は発生しないとしています。最近でも、統合コストを過大視するのは問題だと指摘する研究論文が有名な国際ジャーナル誌に載っています(※)。つまり、統合コストを考えても、原発のほうに再エネより分があるとは言いにくい状況です」
──原発の新設コストだけでなく、運転コストも高いというのはすぐには信じられないのですが。
明日香「それくらい相対的に再エネが安くなった、ということです」
──再エネ賦課金が、大きな負担になっているという声もあります。
明日香「日本では、これまで原発に対して研究費などの名目でこれまで約19兆円の国費が投じられていて、これは再エネへの国費投入よりもはるかに大きい金額です。また、電力料金の中にも原発維持費は入っていて、消費者が特に自覚せずに負担しています。一方、再エネ賦課金だけ、電力料金のレシートで特だしされていて消費者に見えるようになっています。これはまさに不公平です。政府予算は現在でも原発・火力発電重視ですし、電力会社も基本的に自分たちの経営資産である原発や火力発電を手放そうとせず、電力自由化が不十分なために大手電力会社の市場支配力や政治的影響力は絶大なままです。こんな状態では温暖化対策は進みませんし、再エネや省エネの普及による電気代の低減も日本では実現できないでしょう」
──原発は脱炭素に必要なのでは?
明日香「不要です。逆に、原発があると脱炭素は遅れます。温室効果ガスを出さない発電エネルギー技術は、原発以外にもたくさんあります。温暖化対策として原発を選択するのは、前述したように新設はもちろん原発運転延長でも、温室効果ガス排出削減コストという指標で再エネ新設と比較した場合は経済的に不合理です。現実的には、投資資金も必要な電力設備量も限られています。その中で原発に投資されれば、その分再エネや省エネが導入されなくなります。それはより少ない排出削減しか実現しないことを意味します。その上に原発は、事故のリスク、核兵器拡散のリスク、攻撃対象となるリスク、放射性廃棄物の管理などの負担など、多くの課題を抱えています。つまり原発は地球温暖化対策の技術としても、高過ぎるし、少な過ぎるし、遅過ぎるし、危険過ぎるし、不確実過ぎる技術であり、原発に投資することは実質的に地球温暖化対策を遅らせる、邪魔することになるのです」
以上の明日香氏の話をまとめると、電気料金は原発だけでは決まらず、再稼働や運転延長、新増設などと電気料金の変動の間に強い関係があるわけではない。
また、政府や電力会社が出している各エネルギーの発電コストは、最新のデータによるものではなく、恣意的に操作されている可能性がある。
米国など複数のエネルギー機関や調査機関が最新のデータを使って出している数字をみると、再エネよりも原発の発電コストのほうが明らかに高くなっている。特に、太陽光発電のコストがこの10年間で急激に下がっている一方、原発の発電コストは逆に10年間で2倍になっている。
さらに、温室効果ガスの排出削減コストの比較でも、原発よりエネのほうがかなり有利になっていて、原発推進はむしろ地球温暖化対策を遅らせることになる、ということになる。
昨今、太陽光発電に対し、ネガティブな情報が多く流されているようだ。どんな発電エネルギー技術も完璧なものはない。もちろん、再エネにも欠点はある。
だが、その欠点を補うような蓄電池や省エネを含めた電力システム全体での管理技術が大きく発展しているのも事実だ。一方、原発に大きな技術的イノベーションはなく、依然として安全管理や用地買収などに大きなコストと長い時間がかかる。
例えば、前出の明日香氏提供のグラフ(米国の民間投資会社「Lazard」による2020年のデータ)では、太陽光発電がkWhあたり5米セント(約7円)に比べ、原発の発電コストは15米セント(約20円)を超えている。最近、日本の電力業界のトップが「原発のコストは3円/kWh」と発言していたが、いったいどこから出てきた数字なのか疑問だ。
電気料金の高騰が国民生活や企業経営にとって大問題であることは間違いないが、東日本大震災による福島原発事故を経験した我々にとって、原発の再稼働、運転期間延長、そして新増設は軽々に結論を出せるような問題ではない。
原発回帰は、国のエネルギー政策の根幹を変える極めて大きな方針転換だ。
本当に原発によって電気料金が下がるのか、そして脱炭素や長期的・総合的な視点で見た時、原発への回帰が将来の日本社会全体にとって本当に最適解なのか。こうした問いかけが、今こそ必要なのではないだろうか。
利害関係者だけを集めた審議会での短期間の議論で政府が強引に結論を出すのではなく、国内外の様々な数字や議論を比較検討し、国民に対してより丁寧で双方向のコミュニケーションを実施してから国の方針を決めるべきだろう。
明日香壽川(あすか・じゅせん)
東北大学 東北アジア研究センター教授、東北大学 環境科学研究科 環境科学政策論教授(兼任)。1986年、東京大学大学院農学系大学院修士課程修了(農学修士)。1989年、欧州経営大学院(INSEAD)MBAプログラム修了(経営学修士)。1996年、東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程単位取得退学、2000年、博士号(学術)取得。スイス実験外科医学研究所研究員、(株)ファルマシアバイオシステムズ管理部プロジェクトマネージャー、電力中央研究所経済社会研究所研究員などを経て1997年から現職。ほかに朝日新聞アジアネットワーク客員研究員、京都大学経済研究所客員助教授、(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクターなどを歴任。2006年、第32回山崎賞受賞など。
※:Philip J. Heptonstall, Robert J. K. Gross, "A systematic review of the cost and impact of integrating variable renewables into power grids" nature energy, Vol.6, 72-83, 2, November, 2020